「八百屋お七」異聞 後編

来年、山手七福神のガイドをするので、早々と下見をしました。
その中で、七福神の一つの目黒の大円寺も事前調査をしました。
ここで不思議な掲示をみました。
今日は「八百屋お七」の後編です。
行人坂の石造道供養碑と「西運」伝承を再検証する— 距離データから見えてくる「生年の矛盾」—

目黒・行人坂の中ほどに建つ「石造道供養碑」です。
碑文の下部には、施主として「西運(さいうん)」の名が摩滅しながらも読み取れる、とされています。
しかし、この「西運」が本当に 1703年(元禄16) の建立に関わったのか。
史料を丁寧に読み合わせていくと、とてもそのようには考えられない矛盾が浮かび上がります。
1. 西運の活動時期は「明和年間(1764〜1772)」
目黒区教育委員会の『行人坂石造道供養碑』解説では、西運は 明和年間(1764〜1772)に活躍した人物 とされます。
この時期、西運は
• 浅草・浅草寺
• 目黒不動尊(龍泉寺)
を 毎日往復して修行した と語られています。
2. 実際の距離は 「往復26km」で、これは江戸の行人なら可能な距離です。
今回あらためてインターネット地図で調べたところ、浅草寺=>目黒不動尊の距離は、片道 約13km、往復 約26kmでした。
江戸時代の徒歩速度は、1里(約3.9km)=約1時間前後。
20〜30kmの移動は一般に無理のない日程とされています。
したがって往復26kmは、およそ 6〜7時間
で十分に踏破可能な距離であり、「西運が実際に歩いた」とする伝承は十分に現実的です。
3. この事実から逆算できる「合理的な生年」
毎日26kmを歩く修行をこなすには、
少なくとも 20歳以上、自然に考えるなら 30〜40代 が妥当でしょう。
そこで幅を持たせて「30歳で修行していた」と仮定して生年を逆算すると
• 明和8年(1771)に30歳 → 1741年生まれ
• 明和1年(1764)に30歳 → 1734年生まれ
したがって、西運の生年は 1730〜1750年 の範囲と見るのが最も自然です。
4. では1703年(元禄16年)の供養碑を建てられるか?
石造道供養碑は 元禄16年(1703)建立 とされています。
しかし、上記の「1730〜1750年生まれ」説を採ると、次の矛盾が生じます。
1703年には西運はまだ生まれていない。
したがって以下のどちらかしか成立しません。
1703年碑の施主「西運」は別人である
同名の僧侶(あるいは在家信者)が存在した可能性。
摩滅した文字の誤読である
現在読まれている「西運」は、当時の書体・摩耗状況から誤読された可能性。
5. まとめ:伝承をそのまま受け入れるには無理がある
距離データを踏まえると、西運の修行内容そのものは十分現実的です。
しかし、
• 活動時期(明和)
• 推定年齢(1730〜1750年生まれ)
• 供養碑の建立(1703)
この三つは整合しません。
したがって、
供養碑の「西運」は別人、または誤読である可能性が極めて高いという結論が、もっとも歴史的整合性の取れた説明と言えるでしょう。
同じ名の僧侶を「一人」としたのは、後世の美化か
ではなぜ「二人の西運」が混同されてしまったのでしょうか。
大円寺は明和の大火で「火元の寺」という汚名を負いました。
その後、浅草で托鉢し念仏をとなえ続けた西運は、寺にとって「再起の象徴」として語られやすかったのではないかと考えられます。
そこに、たまたま境内に1703年の供養碑があり、そこにも「西運らしき名」が刻まれている。こうした条件が揃うと、寺の歴史を一つの物語として“きれいにまとめたくなる”
のが人の常です。
その結果、
• 1703年の“別人の西運”
• 1770年代の“明和の西運”
が後世の語りの中でひとつに束ねられ、
「西運=行人坂の石畳整備者」というストリーが形成されていったのでしょう。

今回「石芝・高輪」をガイドすることになりました。
今日はその下調べです。
今日のお店は「サムラート カレーハウス」 高輪店さんです。
住所: 東京都港区高輪1-2-1 藤波ビル1F
電話:03-5420-9230
定休日:元旦のみ

お店の外観です。

店内の雰囲気です。

メニューです。
今日のオーダー、「豆のカレー」@880円です。
店内は満席です。
なんか期待できますね。

待つこと1分でお水が到着しました。


待つこと5分で「豆のカレー」と「ナン」が到着しました。
それではナンにカレーをつけていただきます。
まずナンに香りが立っていません。
クリーミーな匂いが好きなのです。
カレーは美味しくもなく不味くもなくです。
このクオリティでなんで満席なのか考えてしまいました。
値段ですかね?
それでもランチをきちんと食べることができたので感謝です。
ごちそうさまでした

来年、山手七福神のガイドをするので、早々と下見をしました。
その中で、七福神の一つの目黒の大円寺も事前調査をしました。
ここで不思議な掲示をみました。
今日は「八百屋お七」の後編です。
行人坂の石造道供養碑と「西運」伝承を再検証する— 距離データから見えてくる「生年の矛盾」—

目黒・行人坂の中ほどに建つ「石造道供養碑」です。
碑文の下部には、施主として「西運(さいうん)」の名が摩滅しながらも読み取れる、とされています。
しかし、この「西運」が本当に 1703年(元禄16) の建立に関わったのか。
史料を丁寧に読み合わせていくと、とてもそのようには考えられない矛盾が浮かび上がります。
1. 西運の活動時期は「明和年間(1764〜1772)」
目黒区教育委員会の『行人坂石造道供養碑』解説では、西運は 明和年間(1764〜1772)に活躍した人物 とされます。
この時期、西運は
• 浅草・浅草寺
• 目黒不動尊(龍泉寺)
を 毎日往復して修行した と語られています。
2. 実際の距離は 「往復26km」で、これは江戸の行人なら可能な距離です。
今回あらためてインターネット地図で調べたところ、浅草寺=>目黒不動尊の距離は、片道 約13km、往復 約26kmでした。
江戸時代の徒歩速度は、1里(約3.9km)=約1時間前後。
20〜30kmの移動は一般に無理のない日程とされています。
したがって往復26kmは、およそ 6〜7時間
で十分に踏破可能な距離であり、「西運が実際に歩いた」とする伝承は十分に現実的です。
3. この事実から逆算できる「合理的な生年」
毎日26kmを歩く修行をこなすには、
少なくとも 20歳以上、自然に考えるなら 30〜40代 が妥当でしょう。
そこで幅を持たせて「30歳で修行していた」と仮定して生年を逆算すると
• 明和8年(1771)に30歳 → 1741年生まれ
• 明和1年(1764)に30歳 → 1734年生まれ
したがって、西運の生年は 1730〜1750年 の範囲と見るのが最も自然です。
4. では1703年(元禄16年)の供養碑を建てられるか?
石造道供養碑は 元禄16年(1703)建立 とされています。
しかし、上記の「1730〜1750年生まれ」説を採ると、次の矛盾が生じます。
1703年には西運はまだ生まれていない。
したがって以下のどちらかしか成立しません。
1703年碑の施主「西運」は別人である
同名の僧侶(あるいは在家信者)が存在した可能性。
摩滅した文字の誤読である
現在読まれている「西運」は、当時の書体・摩耗状況から誤読された可能性。
5. まとめ:伝承をそのまま受け入れるには無理がある
距離データを踏まえると、西運の修行内容そのものは十分現実的です。
しかし、
• 活動時期(明和)
• 推定年齢(1730〜1750年生まれ)
• 供養碑の建立(1703)
この三つは整合しません。
したがって、
供養碑の「西運」は別人、または誤読である可能性が極めて高いという結論が、もっとも歴史的整合性の取れた説明と言えるでしょう。
同じ名の僧侶を「一人」としたのは、後世の美化か
ではなぜ「二人の西運」が混同されてしまったのでしょうか。
大円寺は明和の大火で「火元の寺」という汚名を負いました。
その後、浅草で托鉢し念仏をとなえ続けた西運は、寺にとって「再起の象徴」として語られやすかったのではないかと考えられます。
そこに、たまたま境内に1703年の供養碑があり、そこにも「西運らしき名」が刻まれている。こうした条件が揃うと、寺の歴史を一つの物語として“きれいにまとめたくなる”
のが人の常です。
その結果、
• 1703年の“別人の西運”
• 1770年代の“明和の西運”
が後世の語りの中でひとつに束ねられ、
「西運=行人坂の石畳整備者」というストリーが形成されていったのでしょう。

今回「石芝・高輪」をガイドすることになりました。
今日はその下調べです。
今日のお店は「サムラート カレーハウス」 高輪店さんです。
住所: 東京都港区高輪1-2-1 藤波ビル1F
電話:03-5420-9230
定休日:元旦のみ

お店の外観です。

店内の雰囲気です。

メニューです。
今日のオーダー、「豆のカレー」@880円です。
店内は満席です。
なんか期待できますね。

待つこと1分でお水が到着しました。


待つこと5分で「豆のカレー」と「ナン」が到着しました。
それではナンにカレーをつけていただきます。
まずナンに香りが立っていません。
クリーミーな匂いが好きなのです。
カレーは美味しくもなく不味くもなくです。
このクオリティでなんで満席なのか考えてしまいました。
値段ですかね?
それでもランチをきちんと食べることができたので感謝です。
ごちそうさまでした

















































































































































































































































































































































































































































































































































































































