#澤田美喜──「慈善家」では語れない真の姿
エリザベス・サンダース・ホームの創設者・澤田美喜さんは、三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の孫娘として生まれ、外交官・澤田廉三氏と結婚し、4人の子どもに恵まれました。
第二次世界大戦後、日本人女性と在日米軍兵士との間に生まれ、親にも社会にも受け入れられず捨てられた「GIベビー」の孤児たちを救うため、神奈川県大磯町にエリザベス・サンダース・ホームを設立しました。
敗戦により財閥は解体され、美喜はもはや「三菱財閥の令嬢」ではありませんでした。
それでも没収されていた大磯の別荘を苦労の末に取り戻し、そこへ乳児院を開設します。設立資金となった170ドル(当時6万1,200円)を寄付したイギリス人女性の名にちなみ、施設は「エリザベス・サンダース・ホーム」と名付けられました。
1948年のことです。
美喜自ら園長となり、わずか2人の乳児からスタートしました。
その後、乳児院は児童養護施設へと発展し、1953年には聖ステパノ学園小学校、1959年には中学校を設立。
自ら校長も務めながら、1980年に亡くなるまで約2,000人の子どもたちを育てました。
余談ですが、この学校名は戦死した三男の洗礼名「ステパノ」にちなんで名付けられたそうです。
施設の運営は常に財政難との闘いでした。
世間からは「しょせん財閥のお嬢様の道楽」と見られることもありましたが、美喜は決して諦めませんでした。
実際に調べてみると、澤田さんはテレビで語られるような「慈善家」というイメージだけでは語れない人物でした。
ホームの運営資金を確保するため、国内はもちろん海外の知人にも支援を求め、約5,000通もの募金依頼の手紙を書き続けました。
これだけの活動ができた背景には、世界の上流階級との幅広い人脈や、外交官だったご主人の国際的なネットワークも大きな力になったのでしょう。

澤田美紀
当時、GHQは、混血孤児を一か所に集めるとアメリカ国内で悪い評判が立つことを恐れ、施設の設立に難色を示しました。
それに対し、美喜は「認めないのは分かりました。しかし、それならGHQが日本を去るときに、この子どもたち全員をアメリカへ連れて帰ってください」と訴えます。
この強い言葉がGHQを動かし、設立が認められたという有名な逸話が残っています。
また、ご長男・信一さんの述懐によれば、「気の毒な子どもたちを慈悲深く救った篤志家」という表現が、母親の実像とは最もかけ離れているそうです。
さらに信一さんの述懐は続きます。
「他に誰かやる奴がいるだろう、何も母がやる必要はないと思ったのです。
それで子供達3人、死んだ3男を除いて集まると「子供たちは孤児になった。孤児が子供になった」つまり、実の子どもたちは母親を孤児たちに奪われたように感じ、一方で孤児たちは母親の愛情を受けて本当の子どものようになった、という複雑な心境を表した言葉です。
私が受けた印象を一言で表すなら、澤田美喜さんは卓越した交渉力と実行力を備えたタフネゴシエーターであり、優れたプロジェクトリーダーでした。強い使命感のもと、多くの人や組織を動かし、一つの社会事業を成し遂げたその姿は、私が抱いていた「慈善家」というイメージを大きく変えるものでした。


ということで今日は大磯です。
旧吉田邸で時間を潰し過ぎたので、エリザベス・サンダース・ホームについたのは15時30分でした。実は、エリザベス・サンダース・ホームは15時に閉館だったのを知らなかったのです。結果、中には入れませんでした。トホホです。
ということで今日のお店は「めしや大磯港」です。

住所: 神奈川県中郡大磯町大磯1398-18
電話: 0463-62-1755
定休日:水曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー、私「おまかせ4点盛&目アジフライ付き」@2,530円、奥様「太刀魚煮つけ&目アジフライ付き」@2,530円です。

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待つこと17分で全品到着しました。
まずは私の「おまかせ4点盛&目アジフライ付き」です。
刺身は左上、ほうぼう、右上、ぶり、左下.かつお炙り、右下、真鯛です。
刺身は皆肉厚があって美味しいです。
白眉はブリですね、生きているような感じです。
味フライはカラッと揚がっていて絶ウマです。

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奥様の「太刀魚煮つけ&目アジフライ付き」です。
良く炊かれていて身離れがいいです。
脂がのっていてこれまた超ウマです。
目の前が大磯港ですので波の音が聞こえます。
大満足のランチでした。
ごちそうさまでした。

今日の一日のスライドショーを造りました。
宜しかったらご覧ください。

それでは(^_-)