珍しくフリネタ無しで始めます。今日のお店は刺身料理の虎の穴、岩本町「おやじ」です。
お店の外観です。決して飛び込みで入るようなお店ではありませんね(笑)

お店の入口です。
住所:: 東京都千代田区岩本町3-7-5
TEL:03-3866-9906
定休:土曜日・日曜日・祝日

店内にあるお品書きです。
このお店接待では良く行くのですが、ランチは初見参です。ちなみにここの夜の部は凄いのですヨ、何ってたって刺身が盥(たらい)で出てきます。かなりの回数来ていますが、いつも四人位でかかっていくのです。しかしかかし一度たりとも完食した試しがない程デラ盛りなのです。

過剰労働の為あまり食欲無く、ここでのお約束の「頭でっかち」(刺身大盛り@100増し)にはせず、今日のオーダーはノーマルな「刺身定食」@700です。

大根の漬けものが食べ放題です。

味ですか、最高ですネ、バチリ
でもわかるように極上の赤身です。ご飯は銀シャリで噛めば噛む程芳醇な甘さがフーガいたします。とどめは蜆の味噌汁です。何て表現したら良いのでしょうか、ただただ美味しい
としか言いようがありません。
思わず「蜆はしみじみ」とくだらない駄洒落の一つも口について出てきます。
今日の口福に感謝です。
お店の外観です。決して飛び込みで入るようなお店ではありませんね(笑)
お店の入口です。
住所:: 東京都千代田区岩本町3-7-5
TEL:03-3866-9906
定休:土曜日・日曜日・祝日
店内にあるお品書きです。
このお店接待では良く行くのですが、ランチは初見参です。ちなみにここの夜の部は凄いのですヨ、何ってたって刺身が盥(たらい)で出てきます。かなりの回数来ていますが、いつも四人位でかかっていくのです。しかしかかし一度たりとも完食した試しがない程デラ盛りなのです。
過剰労働の為あまり食欲無く、ここでのお約束の「頭でっかち」(刺身大盛り@100増し)にはせず、今日のオーダーはノーマルな「刺身定食」@700です。
大根の漬けものが食べ放題です。
味ですか、最高ですネ、バチリ
でもわかるように極上の赤身です。ご飯は銀シャリで噛めば噛む程芳醇な甘さがフーガいたします。とどめは蜆の味噌汁です。何て表現したら良いのでしょうか、ただただ美味しい思わず「蜆はしみじみ」とくだらない駄洒落の一つも口について出てきます。
今日の口福に感謝です。
が弱い」の話です。
かもしれません。
のですね…皆さん自信もってください。でも時間
が進めば進むほどそこはかとなく壊れていくのですね。まず話がくどくなる、動作が緩慢になる、呂律が回らなくなる、まさに脳にアルコールが滲出してくるのがよくわかります。でも二次会は駄目でした、お取引様のシツッコサが素面の人間にはクドスギるのです。それと二次会になると何故か素面の人間の話は浮いてしまうというか、妙に論理的な会話が場の雰囲気にそぐわなくなってしまうのです。しかしかかし帰りは運転手
になるのでそれになりに重宝されていました。定年退職したらもう一度禁酒しようかしらんと思う今日この頃です。
やはり男は尽くしてくれる女性と結婚しなければいけませんね(笑)
も掛かってこずサクサクと仕事ができるのでそれほど嫌ではありません。
さんです。
が鳴動しています。着信人を見ますと得意先の京都の工場長です。
)コール音を5回数えてしまいました、出るべきか出ないべきかそれが問題です…
が私の心を侵食し始めたのです。
」
をしている私がいました。着いちゃったものは仕方ありません。早いお昼でも食べましょうと、余裕のヨッチャンで既にスィッチは切り替わっていたのでした。
、と消防員の方に思わずいいそうになりました。
ですので、一日くらいのんびりしようと、映画
「火天の城」を見に行きました。

モード全開です(笑)

してしまいました。
を返して引き下がったという曰く因縁のお店です。
、すこし腹立ちはじめたのですが夢のお店ですので冷静に食を進めたのです。
の厚さを気にしながら飲み食いしたのは・・・
しまいますもの(笑)



で供応してもらえたようです。
のお肉といえどもやはりお高いのでは…ちなみに、松阪牛元祖店「和田金」さんで、すき焼きをお腹イッパイ食べようとすると、一人@30,000が相場だそうです。さすがに太っ腹となっている観光客もこの値段にはたまげるそうです(笑)
で名古屋、鳥羽、伊勢、松阪へといってきました。先ずは初日編です。
いましたら何のことはない「円弧切り」でした(笑)

の由来」の話です
です。ブッチャー先生、その節は大変失礼しました、と言ってもブッチャー先生は既に鬼籍に入られておられるのでしょうね…合掌
の味」は大正9年、創業者の三島海雲は後輩の駒城卓爾(コマキタクジ)氏の、『甘くてすっぱいカルピスは「初恋の味」だ。』、『初恋とは、清純で美しいもの。それに、初恋という言葉には、人々の夢と希望と憧れがある。』という言葉に納得し、大正11年4月の新聞広告に使用したのが始まりです。当時は世論を二分するほどの話題になったそうです。
で油煙を落としてから懇親会
