下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

U字工事

宇都宮 宇都宮餃子館 餃子村 本店

今日は「昔の下町其の壱」の話です。 
スカイツリーができ私の生誕の地、下町はなにやらここにきて観光美化されてきていますが、昔の下町はその実まさにダウンタウンでありました。

昔の下町は随所に棟割り長屋がみられました。
細い路地の両側に長屋が並びその中央に共同水道があり、そこで食事の支度や洗いもの等がなされていました。
路地の中央には排水路がありその排水路の上には長い木蓋がかぶさっており、随所には木蓋が朽ち落ちてないところもあり、そこからは糸みみずがゆらいでいるのが見えます。
ほとんどの家が汲み取り便所で、水洗便所の家は稀で不衛生きわまりありませんでした。
家の前にはゴミ箱があり、そこは蠅の繁殖場所でもありました。
ゴミ箱には上部に上げ蓋があって、そこからゴミをはじめ台所からでる野菜くずその他を入れていました。そのゴミ箱の全面には差し込み板があって、上の方にずりあげてたまったゴミを回収していました。しかしこのゴミ箱は悪臭の元凶で夏場にはまさにサリン状態となっていたのです。
家には鼠が多く、夜になると鼠の運動会が始まり、その運動会阻止のため大半の家庭では猫を飼っていました。金網で作られた鼠捕り、猫イラズという駆鼠剤も売られていました。
鼠捕りに入った鼠の始末は下町の子供の仕事で、子供達は近くの川に鼠捕りを持っていき、水に浸けてお陀仏にするのですが、すぐには殺さず鼠の苦悶の表情を楽しみながら始末していました。

このように昔の下町は不衛生でした。よって住民は町をきれいにすることを心がけていました。住民は早起きで、家の前をきれいにすることから町の一日がはじまります。
箒(ほうき)で丁寧にはき、バケツにとった水を柄杓にすくって撒きます。それも、自分の家の前だけでなく、両隣の家まで清めます。
両隣の家でも同じことをするので、家の前は三度はかれ、水がうたれます。
夏の日など、暑さを和らげるため水がまかれ、夕方には再び清掃します。

顔をあわせれば、必ず挨拶の言葉をかわします。
学校へ行く時、路上で会う近所の人に挨拶をしながら学校に急ぎます。
素知らぬ顔をするのは他所者か、最近引っ越してきた人のみです。

当時下町の親達は子供の躾で口を酸っぱくして言っていたのは「他人様ひとさまに迷惑をかけぬよう生きなさい」です。
家が密集しているので、住民は互いに譲り合わなければ暮らしてゆけないのです。
一人一人が思う存分の振舞いをしては混乱が起こるわけで、周囲の人への配慮をしながら日をすごす。まさに、ご迷惑にならぬよう身を処さなければ、生きてゆけない町、それが昔の下町だったのです。
参考文献 吉村昭著「東京の下町」

この動画は必ず最後まで見て下さい。結末は・・・これ以上書けません。



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今日は宇都宮に出没です。
宇都宮といえば「餃子の町」です。
餃子の消費量日本一といえば、今まで栃木県宇都宮市と認知されていました。
しかし、2007年2月19日、静岡県浜松市の浜松餃子学会が突如「餃子消費量日本一宣言」を行いました。市が行った調査によると、市内1世帯あたりの餃子年間平均消費が宇都宮市を大きく上回ったとのことです。

静岡新聞の記事によると、浜松市ではかねてからご当地グルメとして「浜松餃子」が知られ、市内には餃子を扱う店が300店以上あるなど消費量は全国でも1、2を争うほど。
去年9月に独自調査を実施した結果、市内1世帯あたりの平均年間消費量が1万9400円と、日本一とされている宇都宮市4710円を上回ったことが分かったのです。

では、なぜ今まで餃子の消費量は宇都宮が日本一と発表されてきたのでしょうか?
それは、総務省の家計調査が県庁所在地と政令指定都市のみのためです。
なので、今まで歯がゆい思いをしていた浜松市が独自調査を行いこのような結果を得たというわけです。

調査方法が異なるため、現時点では単純に比較することはできませんが、浜松市は2007年4月1日に政令指定都市に移行するため、次回の総務省の家計調査の対象になります。
この時ようやく同じ土俵で勝負ができるようになるわけです。
参考文献 Yahoo知恵袋!「minami0355」さん回答

ということで今日のお店は宇都宮餃子館餃子村本店さんです。

住所: 栃木県宇都宮市駅前通り3-4-4
電話:028-666-6067
休日:年中無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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来場芸能人の色紙です。
2009年7月6日に栃木県は太田原市のsuperstar、U字工事さんが来店されていました。
御承知の通りU字工事は地元断トツの進学校の県立「太田原高校」OBなのです。
ということでいつもすごいなぁとrespectしていたのですが、この後太田原の取引先に行ったら、U字工事って「太田原高校」は「太田原高校」なのですが、今は廃科されてしまった同校の商業科卒って言っていました。
取引先の担当者さん曰く、いくらなんでもお笑い芸能人が太田原に入れたら、それこそ私達が“ゴメンネ、ゴメンネ”ですよと笑っていました。

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今日のオーダー「食べくらべセット」@800円です。
待つこと15分で着皿です。
食べくらべセットというくらいですから、短冊かなにかで中身が分かるようにしてあるのかなと思いきやありません。
お店のお姉さんに、これじゃまるでロシアンルーレットじゃない、って笑いながら聞きますと、食べれば中身が分かります、ですって・・・
それでは実食です。
皮は美味しいですネ。
味ですか、餃子は餃子ですね。しいていえば“にんにく”“激辛”“チーズ”の三点が刮目されました。
そうそうスープが美味しかったので、ここのラーメンは多分美味しいと思いますよ?

それでは(^_-)

栃木市 肉のふきあげ

今日は「ガッツ伝説」の話です。 
実は私は栃木が好きです。
nativeの方とほぼ同levelでの栃木弁も話すことができます。
image[1]
あまりお笑いには興味ないのですが、好きな芸人は栃木出身のU字工事さんです。
しかし栃木といえばお笑いではないのですが?やはりガッツ石松さんでしょう。

m93-0831-101116[2]
ガッツ石松さんは、昭和24年(1949年)6月5日、栃木県上都賀郡粟野町北半田下新田の生まれ。昭和40年3月に粟野町立第二清洲中学校を卒業し、ちょうど1年後の41年3月にヨネクラジムに入門。同年12月にプロデビューを果たすが、この時、1ラウンドKOをやってのける。そして、49年4月に世界ライト級チャンピオンとなり、以後5度の防衛に成功。53年3月にプロボクシング界を引退するが、それまでの全成績は51戦31勝(うちKOは17)、14敗6引き分けとかなりよい数字である。また、生まれ故郷の粟野町栄誉賞第1号を得ている。

そしてこれからがかの有名なガッツ伝説です。
鎌倉幕府が開かれたのはいつか? という問いに対し、「よい国作ろう鎌倉幕府だから、4192年だ!」と答え、会場を騒然とさせた・・・それじゃ未来だ!
「日本の機関車は最高で何度の坂を登れる?」に「90度!」と答えた。
「日本の都道府県の中で一ケタの漢数字が使われるのは?」という問題に「九州! いや間違えた、四国だ」と解答した。(正解は三重)
「太陽はどちらから昇る?」というサービス問題に「右!」と即答した。
「ボウリングで、2回連続でストライクを出すのはダブル。では、3回連続でストライクを出すは?」に「まぐれ!」
「とんち問題です。1+9+3は?」ガッツは「12」と答える。司会者「正解は一休さんです」それに対してガッツ「なんだよ! 俺、マジメに答えちゃったよ」…それなら13だって。
「いやあこのカツラかぶってると暑いねー。江戸時代の人って大変だったんだなあ。だってこんなものを毎日かぶってたんだからなあ」
世界タイトルマッチの解説で挑戦者の気持ちを尋ねられたときのコメント 「いやぁ恐いのが半分、恐ろしいのが半分でしょうね」・・・半分ではなく同じですね
同窓会に参加したガッツは『おぉ、老けたなぁ!いくつになったんだ?』 同い年ですよ!ガッツさん!!
土木作業員のことを土曜日と木曜日しか働かない人だと思っている。
「猿とボクシングしよう」というほのぼの企画で、猿におもいっきり右フックを炸裂。
1分を100秒だと思っていた。
Jリーグを見て興奮し、「こりゃあボクシングもプロ化しなけりゃ駄目だ」と発言した。
海外ロケの番組のオープニングで、突然、アナログの腕時計を見て「熱いなー、今何度だ?」と言った。
試合中、クリンチした時に相手の耳元で「This is a pen」とささやいた。
自分とボクシングとのかかわりについて聞かれ、「ボクシングに出会ってから人生観が380度変わった」と言った。
子供の頃、貧しくてバナナを食べたことがなく、バナナを初めて見て竹と勘違い。一生懸命バナナをかんだことがある。
「Akogi」さん掲示板、「ガッツ石松伝説」より転載

これは私が粟野でtaxiに乗ったときの話。
Taxi運転手「(唐突に)粟野の町役場もどうしようもないよね!」
私「何でですか?」
Taxi運転手「鈴木(ガッツ石松)なんかに栄誉賞あげたんだから」
私「そうですか、ガッツ石松さんって栃木県の知名度あげた方じゃないんですか」
Taxi運転手「それはそうなんだけど、鈴木って奴はさぁ、字はねぇ、ひらがなしか読めないんだよね。そんな奴にさぁ、栄誉賞あげたら、粟野ってところは馬鹿を自慢してるって町ってことになるよね」
私「・・・」

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しかしこの墓はすごいというのか何と言うのか・・・
“しかられたお礼参りの墓参り” これって一応日本語になっていますが、この右側の文章とはあまり連関がみられませんね(笑)
ちなみにお笑いのU字工事が卒業した高校は進学校らしく、ガッツ石松さんとは基本的に脳の構造がちがうらしいですよ・・・

珍しくフリネタと紹介店が一致しました。
今日のお店は、栃木といえば直営農場の新鮮な牛肉を供することで有名な「肉のふきあげ」さんにお邪魔しました。

住所: 栃木県栃木市吹上町793-2
電話:0282-31-1022
定休日:月曜日

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お店の外観です。

ふきあげ
今年の4月TBSの「ぴったんこカンカン」で放映されたようです。

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店内の雰囲気です。

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今日のオーダー「牛肉のスライスガーリック焼定食」@1,365です。
実はこのお店かなりの回数きています。その中でお気に入りなのがこの料理です。
スライスガーリックが柔らかジュシ―牛肉にBest matchしています。
和風調の醤油だれもパンチがあって結構です。これはどなたでも一度食べたら病みつきになる一品です、お奨めします!

それでは(^_-)

大泉町 やぶ重

M−1グランプリ2008を家族で見ています。
個人的にはU字工事が好きですが、地域ネタなので早々と敗退していました。

【Wikipediaより抜粋】
「北関東は栃木からやってまいりました、U字工事です」と挨拶してから、濃厚な栃木弁による漫才に入る。出身地である栃木県を持ち上げたり自虐的に語る一方、隣接する茨城県・群馬県などと比較したり敵視するネタが持ち味。茨城県と群馬県をライバル視して対抗意識を持つ一方、東京により近い埼玉県に対しては憧憬を抱くなど県に対する見解が各ネタを通して一貫しているのが特徴。

残念来年頑張ってください。
優勝はNON STYLEでした。彼らは巧いですね、優勝には納得です。

今日は長男と大泉町にある「やぶ重」です。

やぶ重1
ここは土支田「やぶ重」の暖簾分けのお店です。
土支田「やぶ重」は正統な蕎麦を食べさせるお店として有名ですので、そこの暖簾分け店ですから味はたしかです。
いつも車で行くので飲めないのが欠点ですが美味しいので我慢しましょう。

住所: 東京都 練馬区大泉町1-40-14
電話:03-3921-4607
定休日:水曜日

やぶ重2
ここは品数が多いです。これでもメニュー全体の四分の一です。

やぶ重3
お酒のメニューも充実しています。日曜の昼には野球チームの人たちが反省会で使っているのですがこれならキッチリと飲めますね(笑)

やぶ重4
私の頼んだ「大もりそば」@580です。
これ美味しいな happy01
蕎麦の香りもキッチリとしているし、蕎麦の茹で方も私好みです。蕎麦つゆも下町風でギリギリのショッパさです。この冷たい蕎麦をツルツルと手繰る時に無常の喜びを感じます。
なお蕎麦は咽で食べるといいますが、私は良くかんで味を噛み締めて食べるタイプです。
咽で食べるとせわしないからですね。

やぶ重5
長男の頼んだ「親子丼」@800です。これも鶏肉が柔らかくホッコリと仕上がっています。割下も程よいショッパさで申し分ありません。
でもここのカツ丼はもっと美味しいのですよ。

それでは(^_-)
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