下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

龍馬伝

燕三条 小川屋

今日は「続龍馬伝異聞」の話です。 

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個人的に今年は「龍馬伝」にあけくれ、結局龍馬の故郷ふるさと高知には奥様の強い要望で訪れるなど、完璧に夫婦ともどもmy boomになった一年間でした。
そして「龍馬伝」最終回ですが、龍馬の暗殺シーンを見るのが怖くて、それを紛らわすためにお酒を飲みながら見ていたらすごく酔ってしまい、ほとんど覚えてなかったのです。
よって今日久々の休みに最終回を見なおしたのです、ハイ。

無題
龍馬暗殺の録画は10月8日(金)です。
ちなみにこのパチリは10月24日()クランクアップのセレモニーです。

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「龍馬伝」そのものの最終回録画は10月14日(木)、西郷と中岡のシーンです。
最後の最後の場には、撮影終了のセレモニーが始まったそうです。高橋克実さん、上川隆也さんに花束が贈られ、くす球が割られ、クラッカーを鳴らして喜びました。と、そこへ白煙が立ち込め、中からはなんと福山雅治さんがsurprise演出で登場されたそうです。

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龍馬終焉の地「近江屋」はほぼ完璧に往時のまま再現されていました。
しかし階高が少し高いような。
以前もblogで書きましたが私の身長は176cmです。この私が「近江屋」のレプリカに立つと頭が天井に届きます。龍馬の身長が168cm(科学的に証明済)なので実際は天井には届かないもののかなりキワキワのはずです。ところが放映された「近江屋」の室内シーンでは、福山龍馬は余裕のヨッチャンでした。
それと龍馬は暗殺当日インフレンザに冒され呻吟していたので厚手のドテラを着て座っていたのです。したがって体を切ること(ドテラには刃が通らず)はかなわずで、頭部を抜き打ちにされたのですが、放送では最初から立ちあがっての殺陣でした。まあいいでしょう、演出ですから。

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さらに脚本担当の大友directorさん、最終回の今井信郎さの暗殺動機ですが少し無理があるのではないかと思います。暗殺犯、今井信郎には政治的背景はなく、上役からの命に従っただけなのですから。
その実、龍馬がどのような人物だったのかも知らない、というか知る由もなかったと思われます。まあいいでしょう、これも演出ですから。
そもそも「龍馬伝」のclimaxは言わずもがな「竜馬暗殺」です。
大友directorさんは、端(はな)から「龍馬伝」には「竜馬暗殺」複数犯説をとっていましたが、盟友中岡慎太郎までも場合によっては、龍馬を切るかもしれないという設定は如何なものでしょうか。
実際「中岡慎太郎記念館」で暗殺再現ビデオを見ましたが、そのビデオでは確かに海援隊、陸援隊の人事及び徳川幕府の処遇で龍馬と慎太郎は揉めていましたが、しかしそれでも龍馬を切りにきたという様子ではありませんでしたヨ。
弥太郎の絶叫、号泣がなければ、本当に後味の悪いendingでしたね。
最後に弥太郎、近江屋近くにいたら龍馬を介護し、救急車呼べよ、もしかしたら助かったかもしれないじゃないか!

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乙女姉やン、お龍さんいつもお気軽に桂浜行かれていますが、龍馬の家から桂浜迄は12km以上は離れているのですよ、余程の健脚家なのですね・・・
私も高知に訪れた時、お二人の真似をして歩いて行こうと思いエライ目に遭うところでした・・・

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最後に放送を終えて、制作統括の鈴木圭CPさんからのコメントをお届けします。
最終回で龍馬が襲撃されるシーンに愛媛県知事選挙の当選確実のニュース速報が流れたことに対し、多くの苦情が寄せられています。
マスコミからの問い合わせにお答えしているのですが、報道機関であるNHKとして、当選確実と判断できるものは、速やかに速報・放送することが視聴者や有権者の皆様の関心に応えるものだと考えています。「龍馬伝」最終回の時間帯にも速報を流しましたが、こうした方針に基づいています。なにとぞご理解ください、としか申し上げられません。
「スーパーのない状態で見なおしたい」という声も多いです。再放送は通常と同じく12月4日に総合テレビで放送しますので、そちらでお願いします。再放送のときに何もないことを祈るだけです。

「ドラマスタッフブログNHKブログ龍馬伝」及『大河ドラマ「龍馬伝」』より参照・転載


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今日は新潟に出張です。
今日のお店は「小川屋ラーメン」さんです。

住所: 新潟県燕市井土巻3-209
電話:0256-47-7838
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです、かなり多いですネ。

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本日のオーダー「小川屋風タンタンめん」@780です。
これを坦々麺といってよいのか悩みます、しいて言えば辛味胡麻ラーメンではないでしょうか。スープは熱さ足らずで少し残念。麺は太麺で少し茹ですぎです。ちなみに麺の茹で加減の調整はできません。
味ですか、「チャッチャ系」の元祖とも言われる「燕三条系ラーメン」なので期待したのですが、スベリましたね。
でもいいのですよ、燕三条駅周辺にラーメン屋さんはこのお店だけですから、おおいに満足しました。ご馳走様でした

それでは(^_-)

池袋 栄児家庭料理(ろんあーるかていりょうり)

今日は「龍馬伝異聞」の話です 
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「龍馬伝」も残すところ、「大政奉還」、そして最終回「龍の魂」で終了です。好きなドラマだったのでもう見られなくなってしまうのはとても残念です。
ネタバレですが、最終回はは15分を超える、ヘビーなシーンが二つあります。
まずは一つ目、龍馬と弥太郎が最後の会話を交わす場面です。
福山さんと香川さんのここに賭ける気合が素晴らしいようです。大友ディレクターも、いつも以上に二人と打ち合わせを重ねています。一年間、積み重ねてきた二人の歴史と想いが凝縮した、名場面となっているそうです。
そして二つ目は、いよいよ龍馬と中岡が話しているところに刺客が襲う暗殺場面です。これまた17分にも及ぶ長丁場を、ノンストップで収録しています。
福山さんと上川さんの鬼気迫る最終回の演技を楽しみにしましょう。

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このドラマ、NHKチーフプロデューサー鈴木圭さんは次の様に龍馬伝の思いを語っています。
「資料を読み込んでいくなかで、岩崎弥太郎という人物がでてきました。弥太郎から見た龍馬というアプローチをするということで、新しい龍馬像が描けるのではないか。いけるという手応えがありました。それはちょうど映画『アマデウス』に出てくる天才モーツァルトと、そこそこの天才サリエリの関係に似ている。サリエリはモーツァルトに追いつけない。でもモーツァルトの才能をいちばんよく知っているのがサリエリです。岩崎弥太郎も“土佐の天才児”ではあったけれど、龍馬は常に時代の一歩先を進み、弥太郎は置いていかれる。そんな弥太郎から龍馬を見ることで等身大の龍馬像が描いていけるんじゃないか」
そして脚本家の福田靖さんは「なかなか芽が出ない弥太郎から見た龍馬像。映画『アマデウス』の ように、ライバルの宮廷音楽家サリエリから見たモーツァルトは破天荒なのに輝いた というイメージで構築した」と語っています。
そのようドラマになっていましたか・・・

アマデウスは、天才作曲家モーツアルトを羨むサエリエを扱った映画作品で、プーシキンの戯曲「嫉妬」を原作に持つと言われています。
功名心が旺盛なサリエリは、さしたる苦労もなく、次々と名声を勝ち得る天才モーツアルトに強烈なジェラシーを抱いていました。
「神よ、私はあなたの化身、モーツアルトをこの手で滅ぼして見せる」
まるで、ゲーテのフゥストに登場するメフィストフェレスのようにモーツアルトを呪ったサエリエなのでした。

岩崎弥太郎役の香川照之さんの番組中のナレーション“×××だったがじゃ”は「龍馬伝」の第一話に出てきた土陽新聞社に勤務する坂崎紫瀾という記者に、岩崎弥太郎から見た龍馬回顧録を話しているので、番組のstoryを話しているのではありません。この件(くだり)はご存じですよね・・・

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最終回に登場する京都見廻組の3人は、今井信郎役に市川亀治郎さん、佐々木只三郎役に中村達也さん、渡辺篤役にSIONさんです。特に市川亀治郎さん扮する今井信郎役は自薦、多薦含めてとても演じたがる役者さんが多く、NHKの鈴木チーフプロデューサー、大友ディレクターはとてもその人選に苦労されたようです。
はたして市川亀治郎さん、見事な剣さばきで三太刀(歴史的事実)にて福山龍馬を天国に送ってくれるのでしょうか、乞うご期待ですね!
ちなみに今日11月15日は143年前に坂本龍馬が京都河原町近江屋で暗殺された日であります、合掌。

今日のお店は、前から行きたくて行きたくてタマラナカッタ池袋にある「英児家庭料理ろんあーるかていりょうり」さんです。

住所: 東京都豊島区東池袋3-1-1サンシャインシティアルパ3F
:03-3982-6886
定休日:無休

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お店の外観です。

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メニューです。

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今日のオーダーは「麻婆豆腐定食+食べ放題水餃子」@950です。
このお店は尊敬するB級グルメの頂点、伊丹由宇(いたみゆう)さんの一押しの辛い系のお店です。本店が板橋にあり過去二回行こうと試みたのですが、近隣に駐車場がないので致し方なく引き返しています。従ってその思い入れには半端ないものがあるのです。
まずは水餃子の実食です。これはランチタイムに限って食べ放題です・・・六個も食べてしまいました。作りおきになっているので熱々感が足りませんが、その分割り引いてもかなりの美味しさです。皮がモチモチしていますし浸けタレもいいですね。
そしてmainの麻婆豆腐です。アレッそんなに熱くないじゃないですか、いやな予感・・・
味ですか、やはりこれも作りおきみたいでその為か辛さだけが際立ってきてそれ程の美味しさは感じられませんでした。しいていえば味に深みがありません。
花山椒を効かした自家製ラー油は脳にくる辛さではなく、どちらかというと喉にくる辛さでした。個人的には脳にくる辛さ系支持者なので少しがっかりです。
やはり超人気店なので作りおきは致し方ないのでしょうが、少し残念なランチとなりました。次回は夜の部に行きますので、本場の痺れる辛さで私をknockoutして下さい!

それでは(^_-)

続 月島 将

今日は「ここが変だよ龍馬伝」の話です。

龍馬を土佐に連れ戻しに来た権平さんは、最後は連れ戻すことは諦め、去り際に一言。「決して道半ばで命を落としてはいかん」

おまんは予言者か?

武市半平太の奥さんの富が坂本家に来ている所へやってきた弥太郎。乙女は富に「こいつは岩崎弥太郎いう龍馬の友達」と紹介。

いつからこいつ呼ばわりするようになったがや。おもろ過ぎるで。

武市の奥さんだと富を弥太郎に紹介したが「あの堅物の女房がこんなべっぴんとはのぉ」

人のことは言えんぜよ。喜勢を見たら、「あの汚物の弥太郎の女房がこんなべっぴんとはのぉ」と武市に言われるぜよ!

5両の借金の形に妹を取られたお龍は、妹を取り返しに行こうとするが、龍馬は手紙と一緒に入っていた乙女姉やんからもらった5両をお龍に渡す。

1両持ってるというんだし、4両でいいんじゃね?やっぱ下心あるんじゃね?

同じく最後の朝餉「これからはおまんと二人で過ごすがぜよ。夏が終わる前に桂浜へ行こう・・・」(弥太郎の名ナレーション)「武市半平太が投獄されたがは文久3年9月21日のことじゃった」

旧暦の9月21日は今の10月28日。夏はとっくに終わってますなぁ。

「龍馬伝 瞳の中のヒーロー」さんより転載

「龍馬伝」毎週楽しみにみています。この「龍馬伝 瞳の中のヒーロー」さんはしかし良く見ていますね、ツッコミがとても面白いです。
私も先週の「龍馬伝」を見ていたのですが、乙女姉やんは為替を使ったのでしょうか、なにか無造作に封書の中にいれていたような・・・
楢崎竜さんは5両のために命かけているのに、坂本さんとこは素封家だからでしょうか、無頓着ですね。
個人的には、武市半平太役の大森南朋さんがいいですね、顔の表情で演技できるという稀有な役者さんです。もうすぐ出演もなくなるのでともて残念です。
それと言葉数少ない武市冨役の奥貫薫さんの抑えた演技もいいですね、この夫婦の人間絵巻が「龍馬伝」の華かと思っています。
それにしても福山さん相変わらず剣術が下手ですね、近藤勇と対峙するシーンですか、腰が引けた構えにはがっかりでした・・・

今日のお店はらー麺屋「将ラーメン」さんです。

住所: 東京都中央区月島3-19-4
電話:非公開
定休日:月曜日

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お店の外観です。ここのご主人中央区入船町で屋台ラーメンを引いており、その後たゆまぬ努力を重ね当地月島でお店を開いた苦労人です。

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お店の雰囲気です。

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ご主人が永ちゃんフリークです、しかし永ちゃんスゴイ腹筋ですね!

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今日のオーダーは「ニラレバ定食」@550です。ここのレバは月島で一番美味しいです、肉が全然違います。
このレバを口に入れば弾力あるハジケが堪能できます。そして雑味のないpureな肉汁が口内にアフレテきます。
ニンニクが好きな方は卓上にあるガーリックパウダーを振りかけることで味わいを深めることができます。
ニラは少し火が通りすぎていますがno problemです。これは美味しいですね、そうそうレバ好きな方にはここのレバステーキをお勧めします。ボリュームあってさらに美味しいですよ!
ご馳走様でした

それでは(^_-)

神田司町 ジャーマン 

今日は「CX(フジテレビ)に物申す」です。
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5月8日放送のフジテレビ系「知られざる“龍馬伝” 世紀の英雄・坂本龍馬 最大の謎と秘密の暗号」 をみました。
龍馬フリークとしては、見逃せませんね、やはり。
内容は特段サプライズもなく淡々と堺雅人さんのMCで番組は進行していました。
しかし許せんネタが二つもあったきに、まっことたまらんぜよ(興奮している!)
一つは、龍馬の暗殺者が十津川と名乗って龍馬を訪れたといっていましたが、これは事実と反します。なぜなら襲撃から二日後に亡くなった中岡慎太郎さんが次の様に証言しているからです。
「犯人は十津川郷某と名乗り、名刺を出した」
すなわち名字は誰も覚えてないのですね、龍馬は十津川に勤皇志士が数多くおり知己もいたため、迎え入れたのです。
二つは「寺田屋事件」の時、お竜さんが、西郷隆盛に助けを求め京都まで走っていったとのナレーションがありました。
深夜二時過ぎに、京都の薩摩藩邸までか弱い女性が行けるわけないじゃないですか、一体伏見から京都の薩摩藩邸まで何kmあるとおもっているのですか-->約9km!
正しく申しますと、お竜さんは機転を効かせて伏見の薩摩藩邸(直線距離:約800m)まで駆け込んだのです。その通報により藩邸から川船を出してもらい龍馬たちは救出され九死に一生を得ることができたのです。
CXさん、見ている人は見ているので時代考証はキチンとやりませう。
書いていて思ったのですが、何か“自分はこれだけ知ってるんだ”と読めるのですが、実はその通りです、あまり自慢することがないもので・・・
ところでTVで龍馬襲撃の再現シーンがあったのですが、龍馬が襲撃されて三太刀で絶命し、その時間といえば3秒以下です、ほぼ即死ですね。
「竜馬がゆく」では司馬遼太郎先生は、暗殺者が龍馬の額を左から右に薙ぎった初太刀が致命傷だと書かれていましたが、どうやら三太刀目のようですね、龍馬が三太刀目を受けようとした時、龍馬の刀の鞘さらにその刃まで傷づけているという強烈な打ち込みから推察できます。
龍馬が死亡したときその額にはクロスカットが刻まれていたようです。
初太刀が横、三太刀目が縦きりですからね、でも龍馬だけになぜか絵になります・・・?

今日はサンドウィッチの名店「ジャーマン」さんです。

住所: 東京都千代田区神田司町2-17
電話:03-3295-1460
定休日:不明

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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今日のオーダーは「Cセット(サンドウィッチ+ミートソース+コーヒー」@700です。
このお店の奥さん感じが悪いのです、最初に入店したときテーブル席に座ろうとしたら怒られました、一人客はカウンターに座るのがこのお店でのお約束のようです。
さらにここのお店A、B、C及びジャーマンセットとあるのですが、違いがわからないので二回聞いたところ、スゴクいやな顔をされました。
でも最近分かってきたのですが、この奥さん感じが悪いのではなく、真面目なのでお愛想がいえないのですね、ちがうか(笑)
味ですか、美味しいですね、具が新鮮なのでしょう、特に野菜。
こういう手合いは愚直に真面目に作れば美味しいとおもうのですが、結構言うは易し、行うは難し、で中々できないものです。
ミートソースはひき肉が美味しく、ソースも味わいが深くイケます。
奥さんの淹(い)れてくれるコーヒーがとても美味しい、多分神田一番ではないかと思います。奥さんが淹れるので苦みがほど良いのかも・・・


それでは(^_-)

勝どき 鳥の助

今日は「龍馬は本当に剣豪だったのか?」です。
そもそもこの話の端緒は龍馬の「免許皆伝」が以下の“薙刀”だったことから来ています。
龍馬の修行期間は安政3年(1856年)8月から約1年間という期限が決められていたが、途中でさらに1年間の延長が認められた。
そして安政5年(1858年)1月、24歳のときに、千葉定吉から『北辰一刀流長刀法目録』が与えられた。これは現存する唯一の龍馬の北辰一刀流目録で、免許皆伝の証と伝えられてきたが、現在では薙刀の初伝であることが判明している。
ちなみにこの伝書は「千葉重太郎一胤」の名前に続いて、「千葉佐那女、千葉里幾女、千葉幾久女」と定吉の3人の娘の名が署名されており、龍馬と佐那が婚約した記念に定吉が授けたものであるとも伝えられている。
「ryomadna.net」より転載


ということで龍馬は北辰一刀流の免許皆伝は“薙刀”で剣術の“免許皆伝”が与えられてないことから、龍馬たいしたこない剣豪だったということになっているのです。

しかしその当時の龍馬評は以下の通りです。
信太歌之助の評
勝海舟の手紙に坂本は剣術はなかなかつかえる、組打ちも上手だと書いてありました
谷守部の評
両人[龍馬・中岡慎太郎]共に武辺の場数者、特に坂本は剣術の秀逸なれば、顔を見合して話をしつつヲメヲメ斬らるる恥鈍漢にあらず
大石鍬次郎の評
かねがね[近藤]勇話には坂本龍馬打取り候者は見廻組今井信郎、高橋某等少数にて、剛勇の龍馬を打留め候儀は感賞致すべし
住谷寅之介の評
龍馬誠実可也の人物、しかして撃剣家
吉田健蔵の評
撃剣家坂本氏
香川敬三の評
剣客、航海学の志あり
千葉佐那の評
父は坂本さんを塾頭に任じ、翌五年一月には北辰一刀流目録を与えました。

決して悪いものではありませんネ。さらに北辰一刀流宗家第五世 小西重治郎氏の著書によりますと龍馬の伝位は「中目録免許」であったらしいのです。ということからするとそこそこの腕前だったということができると思います。さらに定吉先生が自分の娘を嫁にやるということは、北辰一刀流のレベルとしてはかなりの実力といってもよいのではないでしょうか。よって龍馬は超一流ではないものの当時ではTop-levelの剣豪であったといえると思います。
しかし龍馬君、あなたは今でいう“重婚”ですよ。佐奈さんはズーッとあなたの帰りを待ち続けていたのです。そちらの方が問題では…


今日のお店は“がつがつ、焼き鳥”の「鳥の助」さんです。
住所: 東京都中央区勝どき2-8-12東京ビュックB!
電話:03-3532-6890
定休日:年始年末

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。すこし薄暗い?雰囲気のある店内ですね。

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このお店はじめてですので、私のお約束のお店のお姉さんへの確認です。早速お店のお姉さんに“何がお勧めですか”と聞きました。お姉さんは、焼き鶏丼が評判良いですよ、とのことでしたので今日のオーダーは「焼き鶏丼」@900です。値段が少し高い様な気がします。この「焼き鳥丼」は、正肉、つくね、レバーの三点盛りです。正肉はジューシーで美味しいですね、期待が持てます。つくねは…“マルハ”のミートボールの様でパサパサしています。噛むとあまりの弾力感で口が弾みます。これはイケませんね。レバーは、これは臭いですね、鮮度が悪いのでは。噛むとパサパサしています、これはイタダケマセン。しかし正肉はそこそこのレベルなのにこのギャップに驚かされます。実力店なのでしょうか、それともこのコメントの通り大したことないお店なのでしょうか、迷うところです。今度夜の部いってみましょう。

それでは(^_-)

続 光が丘 めんくい 4th

今日は高知県坂本龍馬記念館監修「坂本龍馬検定」初級編の紹介です

このblog読まれている方が竜馬Fanでしたら以下の問題に挑戦してみてください

Q1 天保6年(1835)の龍馬の誕生日には諸説あるもっとも一般的な誕生日はいつ?
10月15日
11月10日
11月15日
Q2 「龍馬」という名前は幼い頃の名前である。本名にあたる諱(いみな)はどれか?
直柔なおのり
直方なおかた
直海なおみ
Q3 土佐勤皇党は文久元年(1861)八月江戸で結成され、二十七歳の龍馬は一番目に血盟した。この党のリーダーは誰か?
吉田東洋
武市半平太
中岡慎太郎
Q4 龍馬が勝海舟の護衛を頼んだ土佐の人は誰か?
平井収二郎
近藤長次郎
岡田以蔵
Q5 慶応元年(1865)薩摩藩と長崎・小曾根家の協力を得て龍馬が作った会社の名前は?
亀山社中
海援隊
陸援隊
坂本龍馬記念館プレゼンツ「坂本龍馬検定!」より転載

この問題元の「坂本龍馬検定!」は結構難しいのですがお試しアレ!URLを叩けば問題がでてきます。
なお上記の答えは末尾にあります。
竜馬フリークである私も、初級編に腕試しで挑戦してみました。解答するのに時間制限があったので少しあわてましたが結果は以下の通りです
龍馬検定


今日のお店は光が丘にある、無愛想系ラーメン屋さんの頂点「めんくい」さんです。
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お店の外観です。暖簾が「赤」から「黒」に染め直されています。

住所: 東京都練馬区高松5-14-9
電話:非公開
定休日:月曜・火曜日

めんくいメニュー
メニューです。お安いですね

トッピング
3種類のトッピングトリオ、生姜、ニンニク、高菜が自由に選べるのが魅力です。

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今日のオーダー「とんこつラーメンラーメン」@600
ここのご主人は「千石自慢ラーメン」で修行されたようで、ラーメンの雰囲気も似ております。
まずスープですが、背脂の「粒」が大きいいですね。スープの表面5mmほどは脂の層です。全体を俯瞰していいますと、とんこつ系博多ラーメン、家系、背脂チャッチャ系のいい所を合わせたようなスープです。麺は緩めのストレート麺。チャーシューはトロトロです。このお店少なくとも50回はきています、ということはマジに美味しいから連食しているのです(笑)
それとここのお店の楽しみは、Shyな夫婦が恥ずかしさを乗り越えながらの“接客”を見ることです。本当に恥ずかしがり屋さんですね、夫婦で普段どのような会話しているのか聞いてみたい今日この頃です。

坂本龍馬検定回答
A1 E景殤伺(1835)11月15日 お龍の証言に基づいている。暗殺日は慶応三年11月15日
A2 直柔なおのり最初は直陰なおかげだったのを、自分で直柔と変名した。
A3 武市半平太 龍馬の縁戚。文武両道で人望が厚い。
A4 2田以蔵 「人切り以蔵」 賊を切り捨てた以蔵をたしなめた勝に、斬らねば先生の首はなかったと返した。
A5 ゝ技骸卉罅…杭蠅竜技海砲弔った。後の海援隊。


如何でしたか当然のことながら全問正解ですよね

それでは(^_-)

続 味芳斉 支店 4th

今日は「龍馬伝」の話です
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鈴木圭「龍馬伝」チーフプロデューサー談
「資料を読み込んでいくなかで、岩崎弥太郎という人物がでてきました。弥太郎から見た龍馬というアプローチをすることで、新しい龍馬像が描けるのではないか。いけるという手応えがありました。龍馬と弥太郎、それは「アマデウス」に出てくる天才モーツアルトと、そこそこの天才のサリエリの関係に似ている。サリエリはモールアルトに追いつけない。でもモーツアルトの才能を一番良く知っているのがサリエリです。岩崎弥太郎も“土佐の天才児”ではあったけれど、龍馬は常に一歩先を進み、弥太郎は置いていかれる。そんな弥太郎から龍馬を見ることで等身大の龍馬像が描いていけるんじゃないか」
【龍馬伝 東京ニュース通信社】より転載
なるほど龍馬伝キャストを見ると、ダブルキャストなのかなと思ったのですが、岩崎弥太郎のスコープを通して龍馬を表すのですか…楽しみですね!
ちなみに私の嫌いなキャストは以下の通りです。
勝海舟→武田鉄矢…博多出身者が流暢な江戸弁を喋れるのか
乙女→寺島しのぶ…乙女は大女です
おりょう→真木よう子…派手すぎる
三吉慎蔵→未定…何故だ!

※宜しかったら私の真説龍馬暗殺犯をご覧ください。

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今日は天皇誕生日だというのに一日お仕事です。今日の20時に行われる、東京タワー51歳の誕生日!「THANKS 51th! TokyoTower Birthday & X’mas LIVE」Eventの一つである東京タワーのイルミネーションチエンジを奥様が見たいというので大門で待合せしました…実はいわれるほどのサプライズではなかったのですネ、これは奥様には内緒です

何をたべるかと悩んだのですが、悩んだ時はHotなものをということで、今日は「味芳斉」支店です。

住所: 東京都港区芝大門1-10-1芝パークホテル前
電話:03-3433-1095
定休日:不明

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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小籠包子@1,000。これはイケます、包子から飛び出てくる肉汁ががタマリマセン、膨(ふく)よかな味です。

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牛肉飯+スープ@1,000、味ですか、アレレ美味しくないじゃないですか、牛肉が硬いです、いつもはトローリしているのに、味付けも少し変ですね…

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炒肝子@1,100。これは安定した味です、野菜とガツとのラー油の合わせ技は納得の味です、結構でした。

それでは(^_-)

秋葉原 威風

今日は坂本竜馬暗殺犯です
昨日 の続きで私の見廻組犯人説を裏付ける文献がでてきましたので、以下に記します。

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【前略】
明治3年(1870)になって自供者があらわれる。函館戦争で敗れた旧幕府軍に、元見廻組の今井信郎(いまいのぶお)という人物がいた。彼が兵部省と刑部省の尋問にたいし、龍馬暗殺を自供したのだ。
彼の証言によれば、龍馬を倒したのは、彼の属している京都見廻組である。見廻組は、京都で発足した幕府の治安維持機関だった。幕府は、すでに治安維持機関として京都に新選組を送り込み、その実績を評価していたが、内ゲバ(粛清)の多さや行動に一抹の不安を覚え、新たに新選組よりも規律のある組織として見廻組を設けたと考えられる。
【中略】
見廻組による龍馬暗殺は、京都の治安を預かる彼らにすれば、職務を忠実に実行したまでのことである。龍馬は、前年(慶応二年)の寺田屋事件の際、伏見奉行所の捕り方の一人をピストルで射殺、逃走している。現代でいえば指名手配中の危険人物だった。
見廻組の使命は、龍馬の捕縛にあったが、ピストルを所持している龍馬の捕縛を目指すのは、リスクが高いと考え、隙をついての殺害に切り替えたのである。彼らは、重要人物の暗殺とは考えず、危険人物の排除と考えていたことだろう。
このころ、大政奉還が成ったこともあって、その発案者・龍馬の罪を免じようという指令が幕府から出ていたといわれている。その指令が見廻組には浸透せず、龍馬は斃(たお)されることになったのだ。
「あなたの知らない坂本龍馬の謎」歴史の謎を探る会[編]より転載

如何でしょうか

これが事故記録です。
時:慶応3年11月15日午後9時頃
所:京都河原町蛸薬師下ル西側・醤油商近江屋新助宅二階
被害者:坂本竜馬(海援隊隊長)33歳ほとんど即死。全額部(致命傷)、左肩先から左背骨、さらに全額部に傷喉に2箇所の突き傷(トドメ)があったという資料もある。)
中岡慎太郎(陸援隊隊長)30歳
2日後死亡。後頭部、肩、胴、背、股等12箇所に傷
(頭を3度ほど突き刺されていたという資料もある。)
藤吉(下僕) 死亡。背等に6箇所の傷
現場における刺客の遺留品
ろう色の刀の鞘
先斗町の瓢亭という料理屋の下駄の片方
目撃者の証言:
藤吉「犯人は十津川郷某と名乗り、名刺を出した。」
中岡慎太郎「刺客が斬り込んだ時、『こなくそっ』といった。」
「刺客はトドメを刺さず、『もうよい、もうよい』といった。」
「入ってきた刺客は、2人だった。」


Blog書いていて初めてきがついたのですが、竜馬って生まれた日は天保6年(1835)11月15日で、暗殺された日が慶応3年(1867)11月15日ですから、誕生日に亡くなったのですね、こらこら見廻組、誕生日プレゼントの意味合いちがうだろうが…
ところで今井信郎さんは、実行犯ではなく単なる階下の見張り役と当初供述していたのですが、死去する前に実は実行犯でしたと前言を翻したものですから、物議を醸したのです。
これは真実なのか、売名行為だったのかは当人のみぞ知るところです。

スタンド8
【称名寺】
仮に竜馬と慎太郎がFirst Attackをかわして階下に逃げたら、幕末最強の剣豪佐々木只三郎(清川八郎暗殺者)が待ち受けていたので虎口を抜けることができたかどうかわかりません。
折角、近江屋の主人新助さんが竜馬の身に迫る危険を感じており、裏の土蔵の二階に密室を作り、万一の時は梯子を降りて裏の称名寺へ逃げられる様準備をしてくれていたのに、そこにいたらよかったのです。
暗殺される二三日前には北辰一刀流の同窓の御陵衛士伊藤甲子太郎・藤堂平助さんが、身辺警護のセキュリティレベルを上げる様忠告しにきてくれたのに、しかしその頃の龍馬は腹風邪のため下痢がひどく、厠の遠い土蔵から、河原町通に面する母屋二階に移ってしまったのですね。そうか竜馬さん、下痢だけに運を落としてしまったのですね、タマルカですね(悲)
「腹風邪」の件(くだり)「片瀬五郎の京都から」さんより転載

今日のお店は秋葉原のサラリーマン御用達ラーメン店「威風(いふう)」さんです。

住所: 東京都千代田区神田佐久間町1-20
電話:03-3253-6751
定休日:無休

威風2
お店の外観です。

威風3
店内の雰囲気です。店主が韓国の方のせいか、お店のStaffの方々も韓国の方で固めています、よって所謂気合系マントラ(e.g.ありがとうございま〜す、注文いただきましたetc)が店内に高らかに響きわたります、韓国の方は基本的に体育会系ノリ!

威風4
今日のオーダーは「香味カレーラーメンラーメン」@720です。

威風5

威風6
本音を言えば、カレーラーメンにポテトチップス?合うの、合わないのと悩んだのですが、基本的に迷った時は、Go aheadです。味ですか、カレーにポテトチップスは合います、そばもんじゃをイメーしてもらえばOkです。スープも熱々で申し分ないです、そしてカプシンサンのお国、辛さも脳にビンビンきます。ガーリックチップもスープを吸ってふやけると味が倍増します。さらにライスは無料です。すご〜く美味しいという訳ではないのですが、私には合ってます。
チャル モゴッスムニダ(ご馳走さまでした)

それでは(^_-)

上青木 十和田

今日は私の「坂本竜馬」評です
高知では30年位前まで、土佐の生んだ英雄といえば「板垣退助」で「坂本竜馬」は知る人ぞ知るといった存在だったそうです、
それが司馬遼太郎先生の小説「竜馬がゆく」でいっきに変わったそうです。「坂本竜馬」は今や「好きな歴史上の人物」でどのアンケートでもBest3に入る人気です。
一つの小説が、日本人の歴史観、英雄感をここまで変えてしまったのです。これは本当にすごいことではないでしょうか。
「夜ふけのなわとび」林真理子著より転載

十和田1
来年NHKで「龍馬伝」が始まります、寅年は「坂本竜馬」一色でしょう。
竜馬フリークの私としてはマジにタマランゼヨです(笑)
私の竜馬評は以下の通りです、以前弊blogに書いたものですので、二度見られる方はお許しください。

竜馬暗殺犯は明治3年2月から9月の間に聴取された、兵部省及び刑部賞省における今井信郎(のぶお)の口書(くちがき)判決によると、下手人は佐々木只三郎、渡辺吉太郎、高橋安次郎、桂準之助、土肥仲蔵、桜井大三郎、今井信郎の7名というのが公式供述となっています。
下母澤寛先生、大岡昇平先生も同様にこの口書判決を真としています。

また見廻組与頭佐々木只三郎(下手人)の実兄、会津藩士、手代木直右衛門が彦根藩金奉行石黒伝右衛門に宛てた書状が少し前に公表されました。
その書状が書かれた日付は、凶行の翌日の11月16日です。
その内容は「ごく内密に相談したい事件おこった、祇園の一力亭まで出てきてくれないか。その時全て話す」とのことです。
京都でこの前後に起こった大きな事件といえば、竜馬暗殺ぐらいですので、相談の事件といえば実弟が起こした竜馬暗殺の件とみてよいといわれています。

私は司馬遼太郎の「竜馬がゆく」は、100回以上読んでいるので、私は勿論のこと竜馬ファンの過半の方は司馬遼太郎先生が描かれた竜馬象を受け入れていると思います。
しかし実際の竜馬は何の背景を持たない浪人でした。よって海援隊を作り自分の基盤を作ったのです。薩摩藩の「桂久武日記」には、竜馬を雇い商事行為、諜報活動をさせていたという文言が少し前に発見され公表されています。
このことから伺えるのは「竜馬がゆく」に書かれていた様な強い影響力は持ってはいなかったようです。

明治になって元上司の勝海舟が明治三年四月十五日に竜馬遭難時京都にいた大目付(職制上は老中に属し、大名・高家および朝廷を監視してこれらの謀反から幕府を守る監察官の役割を持った江戸時代の役職)松平勘太郎に今井信郎(下手人)の自供の内容を聞きに行っています。
それによると当時の幕府の警察部署の部長級の人間が寺田屋事件で竜馬に射殺された部下の復讐を図って、竜馬の殺害を指示したということでした。
今井自身も直接その部長級の指示を受けたわけではなく、この経緯は定かではありません。しかし最高責任者であった大目付松平勘太郎の耳には、この指示そのものも入ってなかったというのが真相の様です。
よって政治的背景は無かったといえます。

たしかに薩長同盟は竜馬の功績ですが、締結を果たした後にはお役御免となりました。
暗殺に遡ること10月14日、大政奉還がなされたその日に、奇しくも薩長に倒幕の密勅がおりており時代の趨勢は決まったのです。
よって薩長も幕府も無戦論者の竜馬を殺す理由は存在しえなかったのです。
維新のムーブメントは何人(なんびと)も、もはや止めることはできなかったのです。
その証左に西郷隆盛は無戦論者の竜馬暗殺の有る無しに係わらず、その暗殺の二日前には倒幕軍となる大兵を率い上京(京都)の途に着いています。
今みたいにネット情報も無い中で、竜馬が行った高度な政治活動が下々に周知される分けもなく、単に惨殺されたというのが冷静な歴史の見方かもしれませんね。
よって今井信郎も政治犯を殺したという感慨もなかったと考えられます。

参考文献:浅田次郎著「新選組読本」、「壬生義士伝」、司馬遼太郎著「竜馬がゆく」、「新選組読本」、子母澤寛著「新選組始末記」、「新選組遺文」「新選組物語」他


十和田2
今日はグループ会社の忘年懇親会があり、部下の女性3人を引き連れて参加しました。
タダというので意地汚く飲んだものですから、秒殺で酔っ払って天国に行ってしまいました(笑)
今日のお店はキューポラの町「川口」の定食屋「十和田」さんです。

住所: 埼玉県川口市上青木1-5-10
電話:048-256-3355
定休日:不明

十和田3
お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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店内メニューです。

十和田6

十和田7
今日のお店の「十和田」さんは、工場街にある昔からの定食屋さんです。親子二人で膨大なメニューの品々を作り廻しています。
お店のお奨めは「天麩羅」だそうですが、今日は何故か肉が食べたかったので、今日のオーダーは「焼肉定食」@750です。味ですか、見てくださいこの肉のテリ、不味かろうわけがありません。イケました、美味しゅうございました、結構でした合格合格合格

それでは(^_-)
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