下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

鰻重

巣鴨 にしむら

今日は「お岩さん異聞」の話です。 
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かつて次男が卒論で「東海道四谷怪談」を書くというので四谷左門町にある「於岩稲荷田宮神社」に付き合いで一緒に行ってきました。
正しく申せば次男のゼミでは「東海道四谷怪談」を卒論で取り上げる時には、この神社にお参りに行き、不吉なことがおこらないようにするのが暗黙の約束なのです。
しかし、お岩さんのお墓には行った事がないので今回連れていきました。
お寺の名前は、法華宗陣門流の妙行寺といいます。
妙行寺は、丸山本妙寺の妙音院日慶上人が寛永元年(1624)赤坂に創建、江戸期には四谷鮫ヶ橋南町にあったといいます。
東京府による市区改正事業のため明治40年当地へ移転しました。
境内には、四谷怪談のお岩さんの墓所、浅野家遥泉院供養塔の他、うなぎ供養塔、魚がし供養塔、浄行様があります。

お岩さんという女性は幕府の御家人、田宮又左衛門の娘で、夫、田宮伊右衛門とは人もうらやむ仲のよい夫婦だったそうです。
しか〜し、家は大変貧しかったので、家計を支えるため商家に奉公に出ました。
お岩は日頃から田宮家の屋敷社(やしきがみ)を熱心に信仰しており、その甲斐あって、夫婦の蓄えも増え、田宮家はかつての盛んな時代に戻ることができたそうです。
ということでお岩さんは貞女だったのですね。
寛永13年(1636)にお岩さんは亡くなりましたが、お岩さんの信仰によって田宮家が復活したという話は評判となり、近隣の人々は田宮家の屋敷社(やしきがみ)を於岩稲荷と呼んで信仰したのです。
享保2年(1717)田宮家は屋敷神の隣に稲荷祠を建立しました。
参拝を求める人が増えたので、屋敷を開放して参拝を許可することになり、以来、「於岩稲荷」、「大巌明神」、「四谷稲荷」、「左門町稲荷」などと呼ばれて、家内安全、無病息災、開運、さらに悪事や災難除けの神としてますます江戸の人気を集めるようになったのです。
つまりお岩さんという女性は怨霊のかけらもない人なのですね。

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原作者の鶴屋南北はかねてから、「於岩稲荷」のことを聞いて知っていました。
お岩さんという女性が死んでからもう二百年がたっています。
それなのに今でも江戸で根強い人気かあることに注目したのですね。
人気のある「お岩」という名前を使って歌舞伎にすれば、大当たりは間違いない、と見当をつけた南北は台本書きに入ったのです。
お岩さんは、皆が信心する様な善人では面白くありません。
刺激の強い江戸の人間を呼ぶにはどぎついまでの脚色が必要だったのです。
鶴屋南北は「お岩稲荷」からは「お岩」の名前だけを拝借して、江戸で評判になったいろいろな事件を組み込みました。密通のため戸板に釘付けされた男女の死体が神田川に浮かんだことがあったので、よし、これを使おう。
主人殺しの罪で処刑された事件もあったので、あれも使える。
姦通の相手にはめられて殺された俳優がいたので、それも入れよう。
四谷左門町の田宮家には怨霊がいたことにしようと、江戸の人間なら、だれでも記憶にある事件を鶴屋南北の空想力で操り、脚本はできあがったのです。
しかし、四谷が舞台では露骨すぎます。
「お岩」の名前だけ借りれば十分なので南北が付けた題名は「東海道四谷怪談」でした。
この題名で四谷の於岩稲荷とは無関係な創作であることを示すことにしたのです。
天才的な劇作家が虚実取り混ぜて創作したのが、お岩の怨霊劇だったのですね。

ちょっと混乱した方がおられるかと思いますが、お岩さんの菩提寺は私たちが行った巣鴨の「妙行寺」にあります。
四谷にありますのは、田宮家の屋敷社(やしきがみ)です。
昔は、敷地内に神社を建立する信心深い人が多かったのです。
田宮家もそうした信仰に基づいて「於岩稲荷田宮神社」を作ったようです。
ところが四谷の「於岩稲荷田宮神社」の前には「於岩稲荷霊神・陽運寺」があります。
これについては、どちらが屋敷社(やしきがみ)の正統なのかは不明です。
いずれにしても現在では神仏分離ですのでどちらとも正統ともいえますが、以前、私が次男と言った際は、この四谷の「於岩稲荷田宮神社」は、田宮伊右衛門・お岩夫妻の子孫が代々の宮司を務めているとのことでした。
その当時の宮司さんは、十一代目の田宮均さんでした。
「於岩稲荷霊神・陽運寺」の方は不明です・・・


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ということで今日のお店は巣鴨の行列のお店です。
今日のお店は「八ツ目やにしむら」巣鴨店さんです。

住所: 東京都豊島区巣鴨3-34-2
電話:03-3910-1071
定休日:日曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。
ここは行列必至のお店です。
11時半に訪れた時は7人の列ができていました。
前回の目黒店で行列は懲りたのでの今回は予約をしておきました。
予約した席は2階でした。
しつらえが落ちついています。

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お店を出る時はこのような行列が店外までできていました。

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メニューです。

今日のオーダー「鰻重定食(上)&鰻重定食(上・大盛)&肝焼き」@3,500+@3,600+@800円=7,900円です。

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待つこと29分で「肝焼き」の到着です。
目黒店と比べます今日の「肝焼き」と少し冷めていました。
それでは実食です。
柔らかい部分と弾力がある部分が交互に口内で踊ります。
香ばしくて美味しいのですが、冷めた分だけ興ざめです。

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待つこと31分で「鰻重定食(上)」の到着です。
今回は上を頼みましたので、お重の90%は鰻で占められています。
ゴージャスですね。

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それでは実食です。
皮はパリっと香ばしく焼きあがっています。
内側はふんわりと焼き上がっています。
所謂、ふわふわトロトロであります。
タレは甘辛に過不足がなく所謂江戸前の味わいです。
副菜の香の物も出すぎない味付けで結構でした。
最後の一口まで美味しくいただきました。
次男は顔に恍惚の表情を浮かべていました。
しいて瑕瑾をもうせば「肝焼き」同様熱々ではありませんでした。
こういう事をまさに「画竜点睛を欠く」と申すのでしょう。
最近、夢中で食事をするのは「鰻重」だけです。
至福のひとときを親子ともども堪能しました。

それでは(^_-)

上野 伊豆栄

今日は「不忍慕情」です
GWの中日は奥様と上野に出没です。
今日は大きな二つの目的があって上野に参りました。
宜しかったらお付き合いください。

#伊藤若冲展
若冲展

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生誕300年を記念した若冲展を見に行ったのです。
しかも早起きして・・・
着きましたらこの行列です。
すでに2時間待ちです。
しかも今日は真夏日です。
東京都美術館からのアナウンスは、熱中症にご注意ください、のみです。
このような行列の中どうやって飲料水を買いにいくのでしょうか・・・
炎天下の中、走るのは好きですが、並ぶのは嫌いです。
当然のことながらスキップしました。
秋に行く京都は相国寺で常設の絵を拝見する事にしました。

#ぼたん苑
上野東照宮ぼたん苑は、1980年(昭和55年)に日中友好を記念して開苑致しました。
現在は、中国牡丹、アメリカ品種、フランス品種を含め500株以上の牡丹があでやかに咲き誇ります。
また、4月中旬からは華鬘草(荷包牡丹)や石楠花、5月上旬からは芍薬も見頃をむかえます。
「上野ぼたん苑」HPより転載
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若冲展をスキップした私たちが向かった先は「上野ぼたん苑」です。
真夏日の上野公園ですが、このぼたん苑は生い茂る木々で陽がさえぎられていてひんやりとしていました。
綺麗ですね。
心が洗われるような気分になりました。
本当に若冲展を並ばなくて良かったです・・・

#上野東照宮
1627年(寛永4年)、津藩主藤堂高虎と天台宗僧侶天海僧正により、東叡山寛永寺境内に家康公を お祀りする神社として創建され、1646年(正保3年)には正式に宮号を授けられ「東照宮」となりました。
現存する社殿は1651年(慶安4年)に三代将軍・徳川家光公が造営替えをしたものでございます。
その後戊辰戦争や関東大震災でも焼失せず、第二次世界大戦にも不発弾を被っただけで社殿の倒壊は免れました。 江戸の面影を現在に残す貴重な文化財でございます。
「上野東照宮」HPより転載
なぜかこの東照宮には入った事がありませんでした。
多分入館料が高く、今までではそれにヘジッていただけです。
さすがに今ではこのレベルの料金(ぼたん苑と併せて1,100円)は痛痒を感じませんので入場しました。
想像以上に豪華です。
以下に一挙に公開します。

※石灯籠
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200基以上あり、ほとんどが現在の社殿の建築の年1651年(慶安4年)に諸大名より奉納されたものです。
大石鳥居の脇にある大きな灯籠は1631年(寛永8年)に佐久間勝之より奉納されたもので、高さ6.8mと あまりにも大きいのでこの名があります。
名古屋の熱田神宮、京都南禅寺の大石灯籠と合わせて日本三大石灯籠のひとつに数えられています。

※大楠
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樹齢600年以上の上野の祖木といわれている御神木です。
幹の太さは8m以上で上野公園一です。

※唐門
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1651年(慶安4年)造営。国指定重要文化財。正式名称は唐破風造り四脚門です。
柱内外の四額面には左甚五郎作の昇り龍・降り龍の彫刻があり、毎夜不忍池の水を飲みに行くという伝説があります。偉大な人ほど頭を垂れるということから、頭が下を向いている方が昇り龍と呼ばれています。
これは知りませんでした。

※社殿
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1651年(慶安4年)造営されました。国指定重要文化財であります。
文化財保護の為、社殿内は非公開としております。
金色殿とも呼ばれており、参道側から拝殿、幣殿(石の間)、本殿の三つの部屋から構成される権現造りです。
社殿外壁には豪華な彫刻が施されています。


という事で第一の目的は「伊藤若冲展」だったのです。
そして第二の目的というのは『「伊豆栄」さんで鰻をを食べる』なのでありました。
幼少の頃、御徒町にとても裕福な伯母がいました。
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我が家もその近くの佐竹に家がありましたので、母が伯母の家に行くと、必ず「伊豆栄」さんで鰻をご馳走になっていたのです。
高校生になっても二三回、母ともどもご馳走になっていたのですが、長じて自らの財布ではここの暖簾をくぐった事がありませんでした。
多分、ここもその値段にヘジッていたのでした。
ということで「伊豆栄」さんの鰻は、私の「ソウルフード」なのであります。
今日のお店は「伊豆栄」不忍店さんです。

住所: 東京都台東区上野2-11-19
電話:03-3832-0785
定休日:年中無休

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お店の外観です。

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最初はこの本店に入ろうと思ったのですがここは観光客様御用達なので敬遠して不忍店にしたのでした。


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店内の雰囲気です。

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不忍池が一望できます。
お客は皆シニアのセレブです。
さすがに外国人の方はいませんでした。

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メニューです。

今日のオーダー
私は「うな丼」松@2,700円です。
奥様は「姫重」@3,780円です。

待つこと13分で「うな丼」の到着です。
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秒差で「姫重」の到着です。
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ここで、ここの仲居さんに「姫重」の内容を聞きましたら、美味しいものがたくさん入っております、と明後日(あさって)の話になりました。
思わず、勉強不足!出直してこい、と言おうとしましたら、奥様からイエローカードが飛んできましたのでその言葉を呑みこみました。
話題を変えまして、こちらの鰻は、地のもの(国内で獲れた鰻)ですか養殖ですか。
老舗ですから地のものなんでしょうね、と尋ねましたら、当店は味が命ですので、産地とかにはこだわっていません、と完璧に老舗の威厳を前面に出して切り返してきました。
仲居風情のくせに、この木で鼻を括ったような言い方を許すはずもなく、暴れん坊将軍に変身しようとしましたら、間髪入れず奥様から二回目のイエローカードが飛んできました。
あいすみません。もう何も聞ききしません。
大人しゅう「うな丼」のみに気持ち傾けむけますわ。

味ですか、鰻は焼き直しでしょう。
13分で到着するわけありあませんもの。
うん、身が薄いですね。
タレは美味しいのですが脂のノリが今一です。
伊豆栄さんは、こんなレベルではなかったはずなのに。
今は昔の話ではありました・・・

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奥様の「姫重」は、鰻を除けばみな美味しいかったですね。
特に玉子焼きと南瓜は絶品です。
煮物はやはり老舗のプライドでしょう。
大変美味しゅうございました。

食べ終わった頃に奥様から、うな丼と鰻重はどう違うの、と聞かれたので、父からの蘊蓄の受け売りで、鰻重は鰻の中心の部位でうな丼は鰻重の切り落としだよ。だから一流のお店は、うな丼と鰻重の値段を変えているはずだよ、と言ってからこのお店のメニューを見直しましたら同じでした。
このお店は鰻の容れ物が違うだけした。
ということで、私の思い出探しの食事は終わりました。
どうやら老舗「伊豆栄」さんも観光名所化してしまったみたいですね・・・

それでは(^_-)
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