下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

魚肉ソーセージ

勝どき 松乃屋

今日は「ソーセージの思い出」です。
子供の頃読んでいたアメリカの小説にはよくソーセージ、ウィンナーの話がでてきます。
特に黒人の貧民階級を描いた小説の小道具としてよく登場していました。
彼等、黒人たちはパンにはさんで食べるのはいうまでもなく、そのまま食べていたほうがよくみられたように記憶しています。
多分手軽さ、保存、栄養面から重要な食べ物だったのでしょう。
また彼等は強い酒のつまみにソーセージなどを良く食べていました。
仕事が終わっていっぱいひっかけるのに酒だけを注文し、つまみにはおもむろにポケットからウィンナーを取りだす、といような感じですか。
私はウィンナーに見果てぬ国アメリカを投影していたのです。

魚肉ソーセージ
日本では1950年に魚肉ソーセージが商品化され、鳥獣類の肉を用いたソーセージに代わる安価な商品として、学校給食でも定番のメニューとなりました。
従いまして下町の子供達のソーセージとは即ち魚肉ソーセージの事をさします。
私の本好きの原体験は小学校の時の夏休みにあります。
夏休みになると、私はほとんど毎日図書館に本を読みに行っていました。
その時に母親がお弁当として渡してくれたのは、大きな海苔おにぎり×3個、モロキュウそして魚肉ソーセージだったのです。これがたまらなく美味しかったのです。
ですので図書館に行くのは、読書の楽しみと食事の楽しみだったのです

エラリークイーン
その当時親しんでいた本はエラリー・クイーン(Ellery Queen)の推理小説でした。
たしかエラリー・クイーンのペンネームはダニエル・ネイサンとマンフォード・エマニュエル・レポフスキーというユダヤ人の従兄弟の合作であり、その当時の都市伝説となっていた「藤子不二雄は二人いる」というのに個人的には重なっていたのでした。その頃は二人で作品を作るという分業の仕組みが分からず、考えれば考える程頭に???が浮かんできました。
今となってはエラリークイーンのプロット等は全く思いだすことはできません。
しか〜しこのハードカバーから立ち昇ってくる異邦の風情は、私の脳細胞のひとつひとつにその憧憬を染みいらせていたのです。

最近では、魚肉ソーセージは魚が主原料なので、カロリー、脂質が抑えられ、タンパク質は牛乳よりも多く、効率的に栄養補給を行ないながら、肥満が気になる人でも安心して食べられるというこことからちょっとしたブームになっています。
したがいまして私もちょこちょこ食べたりしますが、その時にはその味わいを楽しむとともに幼いころの思い出がよみがえってくるのです。


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今日は勝ちどきに出没です。
ちなみにこのマンションは芸能人が多数入居されています。
故坂口良子さんとか、ビ▲▲たけしさんとか、和田▲▲子さんとかで地元では周知の事実であります。

炎天下の中勝ちどき駅を目指して歩いていますと、なにやら行列のお店がありました。
こういう時は並んでしまうのです。
今日のお店は「松乃家」勝どき店さんです。

住所:東京都中央区勝どき4-11-10
電話:03-6219-5033
休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「親子チキンモモかつ丼」@500円です。
大手牛丼フランチャイズの松屋フーズが提供する新業態のとんかつチェーンです。
本日はセール期間とかで通常@590円のものが@500円とかなりお得の値付けになっています。

おばさんスタッフが、暑い暑い、と悲鳴をあげながら作業をしいています。
そりゃぁトンカツ屋さんだから厨房内は暑いでしょう、ご苦労様です。
汗は労働の対価であります。

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待つこと10分で「親子チキンモモかつ丼」の着丼です。
画像ではわかりにくいのですが湯気がもうもうと立ちあがっています。
すごい熱量です。

それでは実食です。
カツはサクッと揚がっていて美味しいです。
鶏肉はあまり弾力がありませんでした。
割下がイケますね。
瑕瑾をいえば卵が硬めに仕上がっています。
多分、そのように調理しなさい、という松屋さんの指導なのでしょう。
かなり残念です。
味ですか、でもイケますよ。
この味でone coinはクリビツです。
最後までカツが熱々だったのにも驚かされました。
ということは猫舌の方は敬遠された方が宜しいかもしれません・・・

それでは(^_-)

会津若松賛歌

今日は「会津若松」の話です。
大学の合格記念で予備校の友達と、予備校友達菅家(仮名)の実家会津若松に予備校友達四人と行きました。会津若松といってもそこから小一時間位の山の中が菅家の実家です。

行って驚いたのは玄関が二つあることです。冬は雪が深いので二階から出入りする用玄関と一階にある冬以外用玄関階と二箇所あるわけなのです。
それと接待がしつこい。鹿児島県と福島県は日本で一番接待がしつこいと噂では聞いておりましたが噂にたがわずスサマジかった。

福島の名酒「榮川」が夕餉に供され、毎日一升飲み干さないと菅家のお母さんが心配して、今日の「榮川」不味かったかと真顔で心配します。19歳の若者達ですが、菅家入れて全員五人。その内飲めるのは私含めて2.5名、残り一人は下戸で論外、さらに残り一人は女子(良く母親が行くこと許した)なのでいうまでもなく論外。

初日は何とか気合で一升半を飲み干しましたが結構きつくて死にそうでした。その姿を見て心配したお母さんは次の日から乾杯ビールがお酒の進まない原因と断じ乾杯ビールを禁止しました(エツ)
ツマミもほとんど山菜と刺身系でほとんど動物性タンパク質が有りません。しいていえば魚肉ウィンナー位かなでもこれって魚では
これじゃ悪酔いするために飲んでいるようなものです。
結局五日いたのですが、徐々に肝臓障害か顔がどす黒く変わっているのが分かりました。

帰る前夜の九時頃ラーメンが食べたくて食べたくてお母さんに作って貰うようお願いしました。早口の会津弁で何か言われたのでテッキリ作ってもらえるかと思っていたのですが・・・その実は真逆で、食べた事も作った事もないそうです(エッ)仕方なくとりあえずお隣からインスタントラーメンを分けてもらい、それをこれまたお願いして女子に代理で作ってもらったのです。
しかし昭和60年代にインスタントラーメンを食べたことのないお宅があるとは・・・(笑)

それと一番驚いたのは夜お酒を飲んで皆で談笑していると、本当に色んな人が訪れるのです。ちなみに菅家のお父さんは地元小学校の校長先生で地元じゃ名士だからかなと思っていたのですが、二日目ですかね、ぷらっと来た菅家の分家のオジサンが私たちの飲んでいる姿を見て「いたいた」と会津弁で呟いていたのです。
このオジサンお酒がお好きで、そそくさと私たちの宴に加わり話しこみ始めたのです。

気になっていたので、このオジサン少しだらしなくなった頃見計らい「いたいた」の意味合いを聞き出しました。するとナナ何と村の有線放送で東京の大学生が菅家の家に滞在していると流したらしいのです()近隣の人が東京の大学生とはどんな顔しているのかなあと見学に来たのが来客の多さの真相でした。

ここは動物園か・・・あまり驚かない方ですが、人間が人間を見にくるとは二の句が告げられませんでした。まだまだ話は尽きないのですが今日はこの辺で終・し・ま・いです。

ここのところ忙しくてお昼も儘ならず、今日は社員食堂の「塩サバ定食」@850です。

なぜか知らない間に値上げしていて驚きました。
味はまずまず値段は高いという感じですね。
でも焼き立てアツアツですから、醤油をかけまわすとジュワとサバ君がはじけます。
これが醍醐味ですね(笑)

それでは(^_-)
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