下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

飛脚

和光 和風れすとらん「とんでん」

今日は「日本の飛脚」の話です。 
「日本の飛脚(明治時代)」については明治4年1月24日太政官布告の次の惹句で紹介できます。
「京都まで72時間、大阪まで78時間の飛脚毎日御差出」これによって、郵便制度がスタートしました。そこで分/kmで換算をしてみました。
東京→京都(JR距離換算=513km)は、72時間÷513km=8.4分/kmです。さらに計算を続けましょう、東京→大阪(JR距離換算=556km)は、78時間÷556km=8.4分/kmです。
どうでしょうか、この走行時間は・・・、もう少し詳細に述べましょう。
「飛脚達」は原則として各駅に8人ずつ待機し、11キロの荷物を担いだうえで、2時間で15キロ以上(8分/km)は走ったというから驚かされます。
もちろん走るのは1人ですが、夜の疾走にかぎり、用心のため脚夫2人が1組になって郵便物を運んでいました。 
ちなみに、郵便制度がスタートした3月1日、郵便物の差出数は東京で134通、京都で21通、大阪で19通だったということです。
ともかくこの日は初日とあって、脚夫もはりきり、大阪郵便役所を1日午後2時にでた第一便は、東京郵便役所に4日午後5時35分についています。
したがって所要時間は75時間35分(8.2分/km)。予定の78時間を上回るスピードだったようです。
139年前のこの記録、走行時間的には早いとはいえないものの明治初年の話ですからおおいに評価しても良いと思います。

さて栄養事情が違うとはいえ、約140年前のこの原動力は何だったのでしょうか。
明治時代日本に在住していたドイツの内科医E・ベルツの話が、若干の傍証になるかと思います。
ドイツの内科医E・ベルツは、18761905(明治938)年の間日本に滞在し、東大で医学を教えていました。
ある日彼は友人と2台の人力車に分乗して、日光見物に出かけています。
日光までは110kmあり、馬車でその日のうちに着こうと思ったら6回馬を取り換える必要がありました。でなければ途中で一泊しなければならなかったのです。
実際、ベルツと同じ時期に東大で動物学を講じ、大森貝塚の発見者として知られるアメリカ人のE・モースは、馬車で東京を出発し宇都宮で一泊して人力車に乗り換えています。
そこでベルツは東京から人力車にしたのですが、2台は舗装もない日光街道をひた走って、14時間半(7.9分/)で着いてしまったのです。
途中で食事のため休想していますが、交代なしで走り通したのだから馬より強いことになります。その耐久力に驚いたベルツは、医学者らしい興味から、22歳と25歳の車夫に何を食べているかたずねてみまたところ多量の米、じゃがいも、大麦、粟、それに百合の根が主たるものでした。
ドイツ人の基準からすれば、ひどい粗食です。ベルツは、ますますびっくりしたそうです。
その後近代日本は不幸なことに、旧来の食生活を見直しそのドイツの代用食栄養学を至上のものとして受け入れてしまったのです。
肉もおいしいから、ときには食べてみようか、という取り入れ方ならよかったでしょうね。ところが、日本の食事は粗末で劣っている、体格のいい彼らの食事のほうが優れているのだ、と思い込んだところに悲劇があったようです
さすがにベルツは、日本女性と結婚して29年間日本で暮らすうちに、日本人の食生活がヒトの食性に近いことに気づきました。
「最後には彼は日本食を見直し、日本人には日本の食事がいいのだ」といっています。よって我が日本国も食生活から日本の伝統を見直してみてもよいのではないでしょうか。
たしかこの話の「オチ」はその後、ベルツ博士は実験として二人の車夫を雇い上げ「洋食料理=肉」を食(しょく)させ、同じ行程を試したところバテてもたなかったことを記していました。
いかがですか、彼らの「スタミナの源」はどうやら「日本食」の様でした。


がっかりするニャンコです・・・これは見てのお楽しみです!

今日は夫婦二人とも風邪で体調悪く外飯(そとめし)です。
札幌にいた時、札幌は北区にある屯田へ仕事に行き、和食レストラン「とんでん」をたまさか見つけました。
よってここに一号店を作ったから「とんでん」なのかと思っていましたが、いわゆるstereo typeの「屯田兵=開拓者魂」の精神からつけられたそうです。
ちなみに「とんでん」は今日(こんにち)に至るまで和菓子屋→鮨屋→和食レストランへと発展していったそうです。
長い間札幌にいてよくこのお店を訪れていたのに全くその云われを知りませんでした。
ということで今日のお店は和食レストラン「とんでん」和光店さんです。

住所: 埼玉県和光市西大和団地6-6
電話:048-464-2280
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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私のオーダー「オホーツク丼+白子(たち)汁」=1,050+294=@1,344円です。
パチリでは分らないと思いますので、toppingの面々を紹介します。
toppingの面々は、いくら、ずわいがに、鮭、いか、とびっ子、きゅうり、大葉、紅しょうが、青じその実です、まるで海の宝石箱です。
味ですか、とても美味しいですよ、特にいくらは本場北海道の味でした、流石ですネ!
白子(たち)汁は私の大好物の一つです。今日の白子(たち)はふっくらクリ―ミーでとても美味しくいただきました、大満足です。

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奥様のオーダー「うな重」@1,449円です。
うなぎがふっくらと蒸しあがっていてイケる味です。安定感ある一品だと思います。

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私のスィーツオーダー「かぼちゃ餅ぜんざい+ 梅コンブ茶」@399円です。
北海道十勝産あずきを使用している地産他消品です。
あずきはふっくらして甘さ控えめで結構だったのですが、かぼちゃがいただけませんでした。これはあえて付けなくてもよかったのではと言わせてもらいます。

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奥様のスィーツオーダー「フルーツのチョコフォンデュ」@504円です。
甘くなめらかなチョコレートを季節のフルーツにからめていただきます。
これはとても美味しいです、まさにスィーツデザートの女王様と換言してもよいでしょう。

それでは(^_-)

調布 東池袋大勝軒 夢現家

何で江戸時代に急ぐ書状を出すときに飛脚ではなく馬を使わなかったのかという話を呑みながらしていました。
さすがインターネットですね以下の通り答えがありました。
Answer1馬で全部の行程を行くと、高くつくんですよ。餌も食べさせなきゃいけないし、全行程を走らせようと思うなら替え馬の準備も必要だし。そういうことができる富裕層(高位の武士とか)は飛脚ではなく「早馬」という馬便を用いていますよ。
Answer2
当時(今でもそうですが),馬1頭を保有することはものすごいお金がかかります.また馬は現在一般に思われているよりも持久力の無い動物で,宿場や駅で替え馬を手配する必要があります。これが可能な経済力を持つのは極めて限られた大名家だけで,また社会制度上も飛脚が馬に乗ることは許されていませんでした。

成る程成る程・・・ちなみに忠臣蔵で浅野内匠頭の切腹を知らせたのは早籠です。
何で「早馬」を使わなかったかといいますと「生類憐みの令」で馬が使えなかったからです・・・何故か知っています(エヘッ)

今日のお店は、「東池袋大勝軒 夢現家」です。
大勝軒1


大勝軒2
店内の感じです。

住所: 東京都調布市小島町3-92-11
電話: 042-489-1112
定休日:水曜日

すみません「大勝軒」のアツモリ含め基本的につけ麺は好きではありません。
今から30年前、東池袋の大勝軒に一時間位並んで食べたことがありまして、あまりにも口に合わず驚いたのでした。それによりコメカミも連動してヒクヒクと引きつったことが思い出されます。

今日の獲物「アツモリ」@680です。
大勝軒3
そもそもなんでつけ麺を分けて食べるのかが理解できずさりとてそうすることで味が美味しくもならず不思議な食べ物です・・・生まれてこのかた今日で5回目の連食です(アハッ)
味ですか魚介系の粉っぽいスープは不味くはないのですが、だからどうなのだって感じですネ。

大勝軒4
麺はモチモチで美味しかったです。一緒に食べていた部下が中華そばはとても美味しかったと絶賛していました・・・私もそうすれば良かったのになと後悔しています。
でもこのお店接客よくさらに皆元気でお店をキリキリと廻していたのでとても好感がもてましたね(Yes

それでは(^_-)
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