今日は「我が人生、雑木の如し」の話です。 

十年前、神戸の震災のあとをたずねた。名刺代わりに自著を差し出したら、お返しに「私か書いたんじゃないけど」とある人がくれた。『我が人生、雑木の如し』(古田桃代著、現代書林)という本。すごい。
 
著者は戦後二年目の生まれ、お父さんが死んだあと、お母さんが十五年下の男とのあいだに子をみごもってしまった。この母に姑である祖母がいう。 
「腹の子を亡き息子の籍に入れ、三人の子と一緒に暮らしてくれろ。わしも三十三で後家になった。お前は三十二、男のほしか気持はわかる。男がほしかなら、つくればよか」
腹の子を父無し子にはできぬ、と母は泣いた。 
「十五も年下の男、年の違いを考えろ。男盛りになった時、きっとお前は捨てられる」  
 それでも説得されない母親を祖母はついにあきらめる。  
「これはわしがお前のために作ってやった着物。仕事の嫌いな男、きっと金に困る時がある。持って行け。子どもには着物残さんでもいい。わしがまた作ってやる」   
これを子どもの著者は布団の中で聞いた。そして母は男と赤ん坊と消えた。庶民の中にこれほど壮絶なドラマがある。だけど古いムラで、許されざる愛に走る嫁にこれだけの言果をかげられる姑がいまにいるだろうか。  
三人姉妹は祖母に育てられた。「今日から、おばあちゃんと四人で力を合わせて頑張らんばいかんたい」。そして「かあちゃんが一番好きか」と聞いた。母は恋しいが無理して答えた。「ばあちゃんが一番好き」。すると祖母はいった。「親より良かもんはなか。親は一人しかおらん。年老おいて帰ってきたら、面倒ば見てやれ」
 
この祖母は世間というものをよく知っているが、世間体だけでは生きていけない。  
姑と嫁という立場を超え、ひととして共感しあう力をもつ。こういう女が半世紀前の日本にいた。
「貧乏暮らし」森まゆみ著より転載


このおばあちゃんすごいですね、昔の女性は肝が坐っていましたね。
私の父方の祖母は長女で後継ぎ、家名を永らえるために婿をとりました。
そんな背景もあったのかとても気が強かったのです。
よく亡父から聞いたのは、近隣で揉め事があるとうちのお袋はおとなしい親父の代わりに、一升瓶をぶら下げてその揉め事のあった家長のところに直談判にいったもんだ。そして最後は相手を飲みつぶしてでも話を纏めていた、といっていました。
私の父もその祖母譲りで気は強かったのですが、この祖母の前にでると“青菜に塩”でした。
普段威張り散らしているそんな父の姿をみるのが子供心に楽しみだったのです。
明治は遠くなりましたね・・・

面白画像です。

一見したところ、ブルーノカタラーノ(Bruno Catalano)の銅像は、未完成に見えます。しかしもう一度よく見てください、カタラーノは意図的にこの体の一部が掻き消えた旅行者をつくったことに気がつきます。
この大量に掻き消えた空間は、あなたの精神的充足を満たすことでしょう。
「In Search of Missing Pieces 」より意訳転載
たしかにスゴイ銅像ですね、しかしどこでくっついているのかしらという方が気になりますよね。精神的充足はその後でしょうか、あるいは一生こないかも(笑)
不思議な銅像

不思議な銅像2

今日のお店は、大泉学園に最近できたラーメン屋「まほろばラーメン」さんです。

住所: 東京都練馬区大泉学園町1-28-8
電話:03-3925-2131
定休日:日曜日
駐車場:有(但し一台のみ)

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お店の外観です。昨年12月の押しせまった頃にopenしました。
新宿山吹町のお店から地元に戻ってきたそうです。
元気のよい女将さんと寡黙な店主のTandem体制のお店です。
「まほろば」の名前の通り、素晴らしい場所(お店)ですね。

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今日のオーダー「納豆ラーメン」@650です。
納豆が食べやすいように、穴空きれんげが用意されます。
納豆ラーメンって生まれてはじめて食べるのですが、まったく味のイメージが湧きません。
待つこと5~6分で着丼です。
ほんわか泡立った納豆のうえに大量の海苔がこんもりと乗っかっています。
味ですか、これは美味しいですね、納豆のネバネバとラーメンはよくあいます。
麺は浅草開花楼製ですのでとてもモチモチしています。
スープはあっさり系ですが深みがありイケます。
あまりの美味しさにあっという間に完食しました、納豆ラーメンあなどれません。
しいていえば、このお店はメニューがすくないのと、お酒のつまみがないのが瑕瑾(かきん)です。
それは将来に期待しましょう、ご馳走様でした

それでは(^_-)