下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

珍来

続 高島平 珍来

今日は「金閣寺異聞」です
今日は京都旅行の番外編です。
私は京都好きです。
弊ブログで「京都」を検索しますと23件もありました。
かなりの数を投稿していますので、数字面でも京都好きは証明できます。
これまで通算でビジネスを含めれば軽く100回近くは行っていますが、その度に必ず私に驚きを与えてくれる決して裏切ることのない街なのです。
京都は私にとっての「夢の王国」なのであります。

五番町
京都は場所柄か沢山の遊郭があります。
数ある遊郭の中では新撰組の御用達であったこともあり島原が有名ですが、上七軒、宮川町、そしてこの五番町があります。
五番町は、昔北新地ともいわれ、聚楽第造営のときできた御茶屋でした。
ここに御茶屋が出来たのは享保年間(1716〜1736)で、上七軒の出店という名義で作られ、北野や、愛宕に参詣する人たちを対象にしていましたが、やがて徐々に発展して西陣の職工などの遊興の場所になりました。
戦後の最盛期には100軒の御茶屋があり、300人近い娼婦がいましたが、昭和33年の売春防止法の施行に伴いその姿は消えました。
今は 五番町遊郭も往年の面影はみるかげもなく、2階に手摺りの有る家が何軒か残るだけです。
このあたりが昭和33年に、水上勉の原作で映画「五番町夕霧楼」の舞台になった場所です。

そんな小さな遊郭の五番町へ、金閣寺の放火犯である林養賢(はやししょうけん)が放火の一週間ほど前に登楼し、娼妓に「もうすぐ大変なことをやってみせるぞ」と漏らしていたことが、この物語「五番町夕霧楼」を生むきっかけともなったようです。
昭和25年7月20日に当時21歳だった修行僧林養賢は金閣寺に火を放ち自らも第三層(3階)の究竟層で自死しようとしたのですが、第二層にあがろうとした時点で鍵がかかっていて入ることができず、そうこうしているうちに炎が迫ってきて、怖くなって逃げ出したのです。そして死ぬつもりで買ったカルチモン100錠を大文寺山中で飲み切腹したのですけれど死にきれず警察に確保されたのです。

金閣寺
金閣寺放火でおおきな誤解があるのですが、林養賢が燃やした金閣寺は今の美しさではなく古柱や古戸のはまったお堂で、金箔もはげ落ちてみすぼらしいものだったのです。
今の金閣寺が金ピカなのは放火事件の後、昭和30年に建て替えられ、昭和62年にはそれまでの5倍の厚さに金箔が張り替えられたからなのです。
と申しましてもこの5倍厚の金箔はover specではなくback to basics(創建当時)なのであります。

「金閣寺の炎上原因はまことに意外なものであったことが判明した。恐ろしいことである。焼けたという結果だけでも京都人として衷心恥ずかしい思いであつたが、この火災原因でさらに恥の上塗りを覚える。
【中略】
文化財は観光資源としても極めて重要である。『金閣」が脱落したあとの観光京都のさびしさはいかほどであろうか」
上記は昭和25年7月3日の京都新聞の社説です。
ここには金閣寺全焼の喪失感と損失の大きさこそあれ、放火犯はなぜ火をつけたのか、それは戦争の傷まだいえない時代背景のなせるわざか、もしかしたら私達も彼と同じ事をしたかもしれない、などはありません。
実際この後、京都市内にある数社あるセキュリティーメーカーは国宝警備ということで活況を呈し今の礎をつくる黎明期に入ったのです。

個人的にはこの放火犯は金閣寺の見習い僧侶であり、犯行の動機はわからないものの、この禅寺内のLC(labor vs clerk)問題、特に観光傾斜している金閣寺の立ち位置にもの申すということで火をつけもので、国宝を燃やしたという感慨はありません。
それなのに金閣寺からは特段のコメントはありません。
この事件はたしかに戦後の荒廃により人心はささくれ立ち前途を悲観している環境下ではありますが、そのような人心を救済するのが仏教徒であります。
当時は国宝級寺のsecurity levelを上げることにより同一犯行を抑止するようになっていますが、このような「臭いものには蓋」みたいなふるまいは如何なものでありましょうか。
あえてこの様な「闇の部分」に踏み込んでいくのが仏教徒の使命なのではないでしょうか。
私はこの事件を日本の仏教徒に対する「踏み絵」だったのだと思っています。

最後に水上勉著「金閣炎上」の中から以下の一文を持って終わりとします。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
もし彼が、金閣とともに、計画とおり焼死していたら、事件は様相をかえて、日本仏教史に掘りきざまれる意味を残したかもしれぬ
参考文献 水上勉著「金閣寺炎上」、酒井順子著「金閣寺の燃やし方」


CGじゃないことが判明!
イチローのミラクルスロー!



今日は20時の高島平に出没です。
最近体脂肪率が23%と中年太りになってきたのでヘルシーなものをと考えたら絶好なお店がありました。
今日のお店は「珍来」高島平駅前店さんです。

住所: 東京都板橋区高島平8-3-3
TEL:03-3936-8631
定休:日曜日・祝日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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今日のオーダー「きのこ定食(ライス・スープ付)」@850円です。
確かきのこって低カロリーのような記憶があるのですが、違うかな・・・
待つこと6分で「きのこ定食(ライス・スープ付)」の到着です。
見た目「きのこの盛り」です。

それでは実食です。
きのこと鶏肉ってあいますね。
加えてぎんなんです。
ほのかに甘みを感じさせる醤油風味の餡がきのこと鶏肉をくるんで美味しいです。
きのこではしめじ系の食感が最高です。
しか〜し結構ご飯の盛りも多いし・・・
あまりhealthyではありませんが、美味しかったので由としましょう。
ごちそうさまでした

それでは(^_-)

西川口 珍来

今日は「onomatopoeia(擬音語)」の話です。
英会話のLee先生と話していたら、日本語と英語ではonomatopoeia(擬音語)においてかなり差があるようです。以下にその違いを記しますので感じとって下さい。
犬の鳴き声 bow-bow
猫の鳴き声 meow
鶏の鳴き声 cook-a-doodle-doo
まあここらあたりは中学の英語の時間に習ったと思います。

豚の鳴き声 oink
鼠の鳴き声 squeak
馬の鳴き声 neigh
ここまできますと同じ人間という種(しゅ)でも耳の構造が違うのでは思います。

さらにimitative word(擬態語)に目を向けますと
キャー(悲鳴) eek
ハクション(くしゃみ) achoo
パチパチ(拍手の音) clap
こんな感じですか。
「これを英語で言えますか?」講談社インターナショナル編より転載


ちなみにくしゃみですが米英では話し相手がくしゃみをしたらほとんどの人が
Bless you
と言います。これは「くしゃみをすると一瞬魂が抜けて、その隙間に悪魔が入り込む」という迷信のようなものがあるためです。まわりの人が(God)bless you(神のご加護がありますように)と言って、悪魔が入り込むのを防いであげるのです。くしゃみをしてそれをいわれた人は必ず
Thank you
と返すのが礼儀です。
そんな習慣を知らなかったために、相手がくしゃみをしてもBless you!といわれたのはまだ仕方ないとして、Bless you!と言われたのに、Thank you.と応えないと相手にバツの悪い思いをさせてしまいます。

しかし今までそんなこと言われたことないし、逆に英語圏の人と話していても言ったことがありません、ということを件(くだん)のLee先生に話しました。なぜなの、と言われたので、恥ずかしい(ashamed)、と言いましたら、そういう場合は恥ずかしい(shy)を使った方がいいのですよ、と指摘を受けました。ashamedは恥じるというふうに聞こえるそうです。なるほどね、さすが英会話の教師です。

ところで今日の今日まで“ボインボイン”って大橋巨泉さんが作った言葉だと思っていたのですが、英語圏の人は“ボインボイン(boing boing)” って飛び跳ねる音、すなわち、“ピョーン ピョーン”というふうにとらえるのですね、知りませんでした、ハイ。

今日は忙しくお昼を食べる余裕もなかったのですが、さすがにお腹が減ったので16時という遅いlunchになりました。今日のお店は「珍来西川口東口店」さんの暖簾をくぐりました。

住所: 埼玉県川口市並木3-10-10
:048-254-7766
定休日:12/31〜1/3

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お店の外観です。・

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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まずはお店の紹介です。
当店の創業者・清水清は、明治41年茨城県美野里町に生まれ、昭和3年に上京。当時の東京都中華麺製造協同組合理事長・宇留野八代吉師に師事し、業を起こしました。昭和5年、珍来式手打ちラーメンを考案。以来、漸次改良を重ねながら中華麺の製造、自家製麺と吟味した食材のみを使用したらーめん店の経営にあたってまいりました。しかし、太平洋戦争の最中、小麦の配給停止により一時営業を中断。
昭和21年正月に再開、浅草の闇市、ひょうたん池の脇に戦後の一号店を開店しました。
その後、足立区堤北中華料理組合初代理事長に就任。また、二代目・清水和圭が後継者育成のための組織・協同組合珍栄会を設立して現在の会社の基礎を確立しました。
以降、珍來は、関東一円にノレン分け店を百数十店舗展開してまいりました。

要はフランチャイズ店なのですね。
今日のオーダーは「麻婆丼」@530です。
久々にコスパのよい「麻婆丼」を食べました。味ですか、最初は甘辛麻婆丼かなと思いきや後半はかなり辛くていけました。ほのかにニンニクも効いており結構でした。
しかしバリ美味というわけでもなく、何となくビジネスマンの味方のお店っていう感じです、ハイ。

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食べ終わったら、雨がふってきました。するとお店の人がイソイソとこの看板を出していました、太っ腹じゃないすか、珍来さん!

それでは(^_-)

高島平 珍来 高島平駅前店

今日は「手の内を明かす」の話です。
この言葉の語源は弓道にあるというのが一般的な説です。「手の内」とは弓を持つ左手の形やその手の使い方のことです。これがしっかりできていないと弓を射るときに少なからず支障が生ずるという、大変重要なものだそうです。
弓道を究めた人は、この「手の内」形をみるだけで弓を射るその人の実力が分かるといいますから、弓の名手は決して「手の内」を見せることはありません。「手の内を明かす」とは自分の技術を全て見せるに等しいからです。つまり「手の内を明かす」とは、もともと「重要な技術、方法を教える」という意味の言葉だったのです。その後に意味が転じて。今では「心中の思い、他人に隠していることや考えや計画を明かす」ということをあらわすようになりました。
【「からだの文化史」立川昭二著】より転載。

私の「手の内を明かす」ですが、実は比較的長く続いている趣味にマラソンがあります。
本来の「手の内を明かす」の意味とは違うのですがネタとの継続性がなくなってしまうので気にしないで読み続けて下さい。
ここのところ日曜出勤が続きマラソンクラブの記録会に3ヶ月程出られなかったのですが、今日は久々に参加しました。10.5kmのクォーターマラソンに出走しました。レース結果はそれ程悪いタイムでもなく、久々に気持ちよい汗をかきました。
最近のマラソンマンは一つのブームなのか過酷レースに挑み始めています。よって100kmを超えるウルトラマラソンへの参加などは普通になってきました。246kmを36時間以内に走りぬくギリシャのスパルタスロンとか国内では250kmを48時間で走りぬく萩往還とかに参加するのが一つのトップステータスになってきています。そのような中、私のマラソンクラブの先輩はな何とフルマラソン(42.195km)を512回も完走しています。ところが驚き桃木山椒の木、この先輩の記録でも日本では10位、世界では49位なのだそうです。まだまだのめり込む人が世の中にはおられるのですね(笑)
そもそも走ることを止められなくなり(殆んどの人がそうなる)加熱していくマラソンマンは異常です。そして過酷マラソンにのめり込む人は間違いなく病気(中毒)だと私は私は思います。ウルトラマラソンはドクターが明らかに体に悪いとしており、それにも係わらず入り込んでいく人が増加しているということは、これこそまさに「病膏肓に入る」といっても過言ではないでしょう・・・多分皆さん死ぬまで止められないのでしょうネ(笑)

今日のお店は地元客の評価が高い、高島平「珍来 高島平駅前店」です。

住所:: 東京都板橋区高島平8-3-3
TEL:03-3936-8631
定休:日曜日・祝日

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お店の外観です。

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今日のオーダーは「海鮮チャンポンラーメン」@800です。
ここのチャンポンは具沢山です。人参、木耳、筍、蒲鉾、モヤシ、海老、烏賊、アサリ、ホタテ、白菜、葱、青梗菜、茸と13種類も入っています。
まずスープはお約束の熱々です、そして味はこれだけの具が濃厚の白湯(パイタン)に混ざり合うのですからまずい分けがありません。麺はモチモチの中太麺でこの濃厚スープに良く絡みます。ここの最大の良さはコストパフォーマンスです。たしか大盛は増値がありませんし、定食は100円増値でラーメンがつきます。これで味が良いのですから地元の人にはありがたいお店なのでしょうねビックリマーク

それでは(^_-)
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