下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

渡辺淳一

館林 花山うどん

今日は「失楽園」です。
渡辺淳一さんは道産子でもあり、彼の小説は「失楽園」を除けば全部読んでいます。
しか〜し「失楽園」だけはスルーしていました。
正直、私はこの手のお話は嫌いです。
かかる中、図書館に行きましたら、この「失楽園」の上下巻が偶然にも貸し出しもされしないでありましたので借り受け、出張時の往復の新幹線の車中で読みました。
後半の話を分かりやすくするために、あらすじを以下に記します。

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出版社の敏腕編集者だった久木祥一郎(役所広司)は、ある日突然、編集の第一線から閑職の調査室配属を命じられた。そんな久木の前に、彼の友人・衣川(寺尾聰)が勤めるカルチャーセンターで書道の講師をしている松原凛子(黒木瞳)という美しい人妻が現れる。
彼女は“楷書の君”と呼ばれているほど折り目正しく淑やかな女性だったが、久木の強引でひたむきな恋の訴えに、やがて彼を受け入れた。
そして、週末毎に逢瀬を重ねていくうちに、凛子はいつの間にか性の歓びの底知れない深みに捕われていく。
ふたりの関係は次第にエスカレートしていき、凛子の養父が死んだ通夜の晩、久木にせがまれた凛子は、夫や母親の眼を逃れて喪服姿のままホテルで密会した。
凛子は罪悪感にさいなまれるが、それはかえってふたりの気持ちを燃え上がらせる。
やがて、久木は密かに都内にマンションを借り、凛子との愛の巣を作り上げた。
しかし、そうした大胆な行動は隠し通せるものではなく、凛子の夫・晴彦(柴俊夫)は興信所の調査で妻の不貞を知る。晴彦はあえて離婚しないことで凛子を苦しめようとし、一方、久木の妻・文枝(星野知子)は静かに、しかしキッパリと離婚してほしいと要求した。
家庭や社会からの孤立が深まっていくなか、それでもふたりは逢うことを止めようとはせず、世間並みの日常が失われていく分だけ、ふたりだけの性と愛の充足は純度を増していく。
そんな折、久木の会社に彼の行状を暴く告発文が送られてきた。
久木は、それをきっかけに辞職を決意し、文枝との離婚も承諾する。
凛子もまた晴彦や実母との縁を切って、久木のもとに走った。
「至高の愛の瞬間のまま死ねたら」という凛子の願いに共感するようになった久木は、誰にも告げず、ふたりでこの世を去ろうと決意する。
雪深い温泉宿へ向かった久木と凛子は、生命を絞るように激しく求め合ったまま、互いに毒の入ったワインを口にした。後日発見されたふたりの心中死体は、局所が結合したままの愛の絶頂の瞬間の姿であった。

読後感は極めて悪いものでした。
バカ騒ぎした酒宴の次の日の朝みたいな感じに近いものがあります。
渡辺先生は、主人公の久木に、男と女は一緒になったときから、怠惰という病が忍び込む。
正直いって、いま、久木は愛について懐疑的である。
少なくとも青年期のように、愛し合っていさえすれば、二人の愛はいつまでも続くと思いこむほど、単純ではない。
もしかすると、愛が燃える期間は、そう長くはないのかもしれない、と言わせています。
その成れの果てが心中です。
これって三島由紀夫さんの自裁を彷彿させる完璧なナルシズムの世界であります。
ちょっと付いていけません。
なんでこの本がベストセラーになったのでしょうか?
いかなる愛も、結婚して日常というなかに埋没した途端、惰性に流れ消滅していくものなのです。
それを認めず、それに目を背けて愛の昇華の為に、局所が結合したまま心中するなんて私には理解ができません。
残された家族、親族の事はどうでもいいのでしょうか・・・
私にとって結婚というものは、一足の靴みたいなものです。
時が経て靴は古びてきて時には擦り切れたりします。
その靴を永く持たせるためには、毎日の手入れです。
新品の靴が愛のきらめきの形だとするならば、夫婦の暮らしはそれのメンテなのです。
当初は履きにくかった靴も時間の経過で足になじんできます。
これが夫婦の愛の熟成なのです。
それがいつまでも新品の状態でいたいからもう履かないとは、これこそ本当のハカナイ選択なのです。
夫婦の暮らしの最終章は、奥深く、味わいにあふれ且精神的に贅沢な生活になろうかと思います。
例えそれが古びた靴になっても最後の一歩まで歩いていくのが夫婦の営みなのだと思うのです。


失楽園PV



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今日は所用があって館林に出没です。
実は最近よく通っている銀座「花山うどん」さんの創業店です。
なんと7年ぶりの再訪問です。
今日のお店は「お食事処 花やま」さんです。

住所: 群馬県館林市本町2-3-48
電話:0276-74-0178
定休日:毎週日曜、毎月最終土曜(GW、お盆、お彼岸は休まず営業)、

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「舞茸天ぷらざるうどん」@950円です。
創業店なのになんだか店内のオペレーションが雑です。
私より後に入店した方に配膳で抜かれています。
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待つこと13分で「舞茸天ぷらざるうどん」の到着です。
見た目美味しそうです。

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それでは実食です。
うどん美味し・・・
ちょっと待ってください。
冷たいうどんなのにすっきりした冷たさではなく少し伸びている感があります。
味ですか、美味しいのには美味しいですが、伸びている感が味を落としています。

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次にお楽しみの舞茸天ぷらです。
これはやはり塩でいただきたいですね。
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店員さんに塩をお願いしましたら4分後に到着しました。
それまで天つゆでしのいでいましたが味わいがすっきりしません。
塩でいただきましたらパチッとこの天麩羅に合いました。
しか〜し、天麩羅の芯にはダマが残っいて残念な味わいになっています。
ここで私の仮説ですが、天麩羅の揚げ時間を見込んでうどんを茹でたのではなく、それぞれセパレイトリに調理していたのです。その一方で誰かが私のオーダーの遅れに気が付き、揚げ場を急がせたのです。
その結果として、うどんは伸びて天麩羅は芯までカラット揚がっていなかったのです。
多分そうでしょう。
銀座店のオペレーションと比べるとかなり見劣りします。
7年間にこのお店で食べたうどんに大感動していただけに残念至極でありました。

それでは(^_-)

喜多方 喜一

今日は「阿寒に果つ」です。
実は読書家です。
好きな作家は、司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平、宮本輝、遠藤周作、渡辺淳一、松本清張、山本周五郎、ねじめ正一、三浦しおん、姫野カオルコ等です。
とくにこの六人、司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平、宮本輝、遠藤周作、渡辺淳一さんの作品はほとんど完全読破しています。

しか〜し渡辺淳一の作品の中で「阿寒に果つ(あかんにはつ)」は私にとって「禁断の書」だったのです。
なんで「禁断の書」のかと申しますとある女子高生の自殺話だったからです。
しかも自殺した女子高生は作者の恋人ですからね。
作者も本文の序章で、「間違いなくあれは冷たく孤独な死であった。最果ての、誰にも知られぬ死であった。
しかし死は誰にとっても独りのものである。大勢の人に看とられようと、ただ一人で原野に果てようと、死は死んでいく人だけのものである」と虚無的にのべていますように実話です。
それに加えて18歳の少女の雪中の自死ですからね・・・
18歳=若い、少女=悲恋、雪=純白、自死=哀れ、とこの言葉から帰納される私の結論は「悲しみに満ち溢れる」小説ということになります。
感情の抑制が苦手な私はこのような明らかに悲しい物語を読む事は苦手なのです。
したがいまして「禁断の書」にしていたのです。

今回色々な偶然が重なり読んでみました。
まず本書の粗筋の紹介です。
雪の阿寒で自殺を遂げた天才少女画家・時任純子。
妖精のような17歳のヒロインが、作者の分身である若い作家、画家、記者、カメラマン、純子の姉蘭子と演じる六面体の愛と死のドラマ。
汚れながらも純潔を守り、17歳で夭折した天才美少女画家時任純子。
著者の自伝的な要素を踏まえながら、一人の女性への思いを綴った悲恋小説の傑作である。


加清純子(文中では時任純子)さんの阿寒の雪の中での死は、雄阿寒岳の画が開いた芸術活動を、雄阿寒岳の絵で閉じ、そして雪の結晶の中に自分を閉じ込めることで、永遠に同級生の心に六華(在学していた札幌南高等学校のアイコン=雪の結晶)の印象とともに刻んだことになります。
渡辺淳一さんは後に「あの死は驕慢で僭越な死ではなかったのか。すべてを計算しつくした小憎らしいまでに我儘な死ではなかったのか」と述べられている様に、この死の為にすべてが仕組まれた奔放の愛憎劇なのです。
Storyteller(筋の面白さで読者をひきつける作家)として卓越した才能をもつ、渡辺淳一さんの筆致ですので、437ページの長編小説ではありますが、3時間強で読破してしまいました。読後感想と申せば超面白かったのです。

しか〜し数日後、この記事をみて愕然としました。
「純子には、数年前に亡くなってしまったが兄が一人いた。加清準(ヒトシ)といい、私が大変世話になった北大同窓会の会長をも勤めた札幌経済界でも影響力を持った人物であった。
生前そのおじ貴に純子の本当の死因を訊ねたことがある。えらぶることも着飾ることもないおじ貴がぶっきらぼうに言った。『死因は大学受験の悩みだろう』 幼いころから天才と注目された少女の周囲からの注目度と現実のギャップがあったのであろうか。

おじ貴が渡辺淳一に会った時に冗談半分で一言云ったという。
『あまりいい加減なことを書くなよな』 小説に書かれた純子は、18歳の少女にしてはあまりに淫媚に描かれ過ぎていた。この小説は、渡辺淳一が純真な少年であったがために純子にからかわれた末の妄想であると思う。
しかし、その妄想をひとつの作品として文学に創作してしまうのは、渡辺淳一の才能であろう」
本フリネタ、山花咲野鳥語ブログ・札幌南高13期東京同期会ブログ参照

え〜これってnonfiction小説ではないのですか、渡辺先生です。
完璧にやられました・・・
これと同じ思いは中学生の時に読んだ司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」でした。
私は「竜馬がゆく」はず〜っとnonfiction小説だとおもっていたのです。
さすがに調査の司馬遼だ、良く文献をしらべているな、と感動していたのです。
ある時に何かの司馬遼太郎先生の文の中で、坂本竜馬は私が作った坂本龍馬です。
まぎらわしいのであえて名前を坂本竜馬という自らが作った架空の名前にしたのです、という断りを見つけて、この名著がfiction小説だとわかったのです。
同様に今回「阿寒に果つ」は、久々の驚きの邂逅でした。

かつての少女たちのなかで、純子は間違いなくきわ立った存在であった。五百余名いた女子生徒のなかで、純子の美しさは群を抜いていた。いや単に学校だけでなく、札幌という街にいた少女達のなかで、時任純子(加清純子)ほど華麗な存在はなかった。
美しさ故に、純子は少女達の女王様であり、さまざまな男達の上に君臨していた。それは当時まだ高校生であった私だけの錯覚ではなく、その時、純子の周りをとり巻いた、老若全ての男達が信じたことだった、と作者は、紹介しています。

加清純子
上記の画像は高校のときの加清純子さんと渡辺淳一さんです。
けっして故人を穢(けが)すつもりではありませんが、皆様の客観的評価を仰ぐものです。
とくに加清純子さんは一番よく撮れている画像を選びました。
さらに渡辺淳一さんは文中で、ちょっとハンサムで、できる子なんだけど。ことさらにあたしを無視しようとするの、って時任純子(加清純子)さんに自らの事をいわせていますが、ちょっとね〜であります。

阿寒に立つ
個人的には時任純子さんはこの画像のイメージで宜しいのではないのでしょうか。

この名著「阿寒に果つ」ですが、小説そのものは面白くて傑作だと思います。
時任純子(加清純子)さんを基軸とするbohemian love storyです。
そしてこの小説の背骨は渡辺淳一さんの自慢話で構成されています。
言い換えますと渡辺淳一さんの自己顕示欲充足小説であります。
しか〜し実在している人を実名且つ大いなる脚色で載せていますので、これは一種のtrick(ひっかけ)です。
ある種の私小説ですからね、那辺は作者の良識を疑うものであります。
もしかしましたら渡辺淳一さんは、一種の神経的恐怖症の持ち主で、自分の小説がウケない事が死ぬほど怖かったのかもしれませんね、だから敢えて反響を呼ぶために実名も取り入れたのでしょう。
いずれにしてもキレイに引っ掛かりました、ハイ。
お時間があればご一読ください。楽しめると思います。

ところで小説「阿寒に果つ」の中で主人公の時任純子が、シャンソンの「暗い日曜日」を聴く場面が描かれています。
加清純子も、「暗い日曜日」を聴いていたそうです。
この曲「暗い日曜日」(Sombre Dimanche)は、花束を抱きながらもう来ない恋人を思い、そして自らの死を考えるという歌です。原曲はハンガリーで作られ、フランス語に翻訳され広まりました。日本ではシャンソンとして広まりました。
日本では淡谷のり子、越路吹雪、美輪明宏、戸川昌子、岸洋子、金子由香利、夏木マリ、浅川マキなど多くの歌手によりカバーされています。
この曲を聴く人に自殺者が多いといわれるなど、自殺と結び付けられることで有名な曲です。
それではこの曲をお届けしてこのフリネタを終わらせていただきます。




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今日は会津に出没です。
なななんと会津は雪国です。
東京は昨日桜の開花宣言がだされたのに・・・
今日のお店は喜多方ラーメンの絶巓です。
過去何回もお邪魔したのですが、なぜかいつも定休日ではいれませんでした。
今回は満を持しての訪問です。
今日のお店は「喜一ラーメン」さんです。

住所: 福島県喜多方市関柴町上高額境田635-7
電話:0241-24-2480
定休日:第1・3金曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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お店の歴史です。

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メニューです。

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今日のオーダー「Sioチャーシュー(並)」@918円です。
待つこと8分で「Sioチャーシュー(並)」の着丼です。
窓から射しこむ光の矢をうけたスープは、目映いきらめきを丼の上に浮かべています。
なんと透明感あるラーメンでしょう。

それでは実食です。
スープは上品な塩味です。
うま味が深いですね。
麺は平打ち太麺で、この上品な塩味によくからんでいます。
特筆するのはチャーシューです。
喜多方では数多くの有名なラーメン店を訪れていますが、何処(いずこ)もチャーシューは後半飽きてきます。
今しか〜しこのお店のチャーシューは、後半になっても艶然としてそのたおやかさを保っています。
これはすごいですね。
個人的にはこのお店「喜一」さんはをking of Kitakata-ramenと言わせていただきます。
自信ありです、キッパリ。

それでは(^_-)
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