下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

標準語

福井 ポポー軒

今日は「日本人なのに通じナイ!?明治標準語ことはじめ」です。

※エピソード1 日本の夜明け大ピンチ! 言葉が通じない・・・
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明治維新後の廃藩置県で300近くあった藩が無くなり、日本は一つの国に。
文明開化も進んで、さぞやいい世の中になるかと思いきや、待っていたのは、互いの言葉が理解できないという思いがけない状況でした。
これでは国が立ちゆかないと、日本語を一から作り直し、ローマ字表記にしたり、英語にあらためるという意見も出ます。日本語は、無くなってしまうかもしれないという瀬戸際に追い詰められていました。

※エピソード2 日本語を救った「おかあさん」
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今、多くの人が口にする「おかあさん」という言葉。
実は、明治37年に出された国定教科書で採用され、定着した言葉でした。
その教科書作りに力を発揮したのが、日本人初の言語学者・上田万年。
万年は、日本のある地域で話される言葉に注目。
それを基礎に「標準語」を作ることを思いつきます。
「おかあさん」という言葉もこの時から広く使われることに。
日本語を救う新しい言葉の誕生秘話を描きます。

※エピソード3 子どもたちに届け! 新しい日本語
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万年が新しい日本語を全国に広めるために考えたのは、まず、子どもたちの心に届く言葉を教えること。
そのため、ユニークな絵や唱歌など、あの手この手で万年たちは言葉の普及に力を尽くします。
そして、明治も終わる頃、日本語は豊かな実りの時を迎えました。
万年の努力は、100年後を生きる私たちの心をゆさぶる文豪・夏目漱石たちの名作に結実。
未来へ受け継がれることになっていくのです。
NHK「歴史秘話ヒストリー」より転載

この番組はとても面白く見ていました。
良かったですね。美しい日本語を書き話す事ができまして、隣国、韓国では1933年、朝鮮語綴字法統一案が出され、これが韓国でのハングル正書法(1988年)即ちハングル文字で書くようにました。
これにより韓国文書の文字数が夥(おびただ)しいものになったのです。
万が一、日本においても前島密提案の日本語平仮名化案が実施されていたら、極めて読みにくい平仮名文と毎日呻吟格闘しなければならなかったのです。
上田万年先生の特筆する貢献は方言の矯正です。
彼は方言を矯正する為に監修した明治37年(1904年)発刊の尋常小学校読本では、「いす」と「えだ」、「ひと」と「しか」、「らんぷ」と「だいこん」等を読本の最初のページに記載していました。
これだけでは説明が足りませんのでもう少し補足します。
「いす」と「えだ」のくだりは、東北人が「い」と「え」の発音が曖昧で「いす」を「えす」と発音する癖がある為にそれの矯正です。同様に「ひと」と「しか」は、私たち下町っ子が「ひ」と「し」の発音が曖昧で「ひと」を「しと」と発音する癖がある為にそれの矯正です。
昔、父親から聞いた話ですが、昭和30年の前半までの下町のタクシーの乗車席の前には、 日比谷(ひびや)と渋谷(しぶや)は正しくお運転手にお伝え下さい、書かれていたそうです。確かに下町の人間がこの二つの地名を発声するといずれも「しびや」になってしまうのですから、むべなるかなですね。
同様に「らんぷ」と「だいこん」は九州人が「ら」と「だ」の発音が曖昧で「らんぷ」を「だんぷ」と発音する癖がある為にそれの矯正です。
いずれにしても明治の黎明期に、正確な音を口に出す、優しい日本語を心に植え付ける努力が始まり、それから幾星霜、揺籃期を迎えたものが、私たちが現在話している日本語なのです。


バスケットボールと音楽とのコラボ



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今日は恐竜の街福井に出没です。

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当初、地元で一番有名なソースカツ丼のお店「ヨーロッパ軒総本店」に向かったのですが
あいにく休業日でして、仕方なくこのお店に向かいました。
今日のお店は「蕎麦居酒屋ポポー軒」さんです。

住所: 福井県福井市順化1-6-3 本町中央ビル 1F
電話:0776-97-6906
定休日:不明

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「塩おろし(大盛)」@980円です。
店名のポポー軒は店主がポポロンというお名前なのでその名前にちなんでつけたらしいです。
ちなみにポポロンさんはポルトガル人ではなく福井県人でした。
しか〜し、ミラーボールのきらめきの中、ジャズのシャワーを浴びながら蕎麦ができるのを待つのは生まれて初めてです。
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待つこと分6分で「塩おろし(大盛)」の到着です。
ビジュアルがきれいですね。
それでは実食です。
あれっ!この蕎麦は10割蕎麦ですね。
美味しいです。
蕎麦つゆは塩麹です。
塩麹は蕎麦本来の味がストレートで味わえます。
これまた美味しいですね。
支払の時にポポロンさんに、どこで蕎麦を打つのですか、と聞けば、この狭い店内の客席テーブルの上で打つのですよ、と照れながら言われていました。
いろんな意味で侮れないお店でした、ハイ。

それでは(^_-)

神田 西海 リターンズ

今日は「標準語異聞」です。
標準語とは国の公用文や教育に使われる言葉です。戦後直後までは文部省によって定められていましたが、現在日本語の標準語は規定されていません。

「標準語」という言葉自体は明治時代の英語学者・岡倉由三郎が1890(明治23)年に作ったものですが、一番最初に標準語という概念を作ろうと思ったのは実は薩長同盟なのです。薩長同盟は幕府を倒すために集まって作戦を練るにも、ある問題がありました。それは鹿児島、山口、高知では当時方言が強く、お互いが何を言っているのか全くわからないような状態だったのです。そこで少しずつお互いの言葉をすり合わせて共通の言葉を作っていったのです。

戦いの作戦会議はそれで何とか回ったのですが、明治政府を開き、細かなことを決める会議などが行われるようになると再び方言が問題となり、また決定事項を文章としてまとめる必要性が生じたために、明確な標準語を規定する必要に迫られたのです。
日本全国で通じる言語がここで初めて規定されたのです。文部省は「国語読本」を1904(明治37)年に編纂し、小学生の時点で標準語を教育するようになります。この時、標準語として採用されたのは東京・山の手の上流階級が使っていた言葉なのですが、薩長同盟以来すり合わせられてきた言葉も入っています。なぜなら、当時山の手に住んでいた上流階級には、薩摩や長州出身の政府の役人がたくさんいたからです。
「なぜ名古屋弁が標準語ではないのか」TOPPYNETより転載

標準語
中国のような多数の民族が存在する広大な国ならともかく、ほぼ単一民族で構成されている上、国土もそれほど広くない日本国内において、同一の言語内でこれほどの多様性があるのは驚きですよね。
世界的に見てもおそらく日本以外に類を見ないレベルでしょう。
明治になってから、その為に標準語(話し言葉)を制定するのですが、時の明治政府はすごい苦労をしています。

個人的には標準語の原型はすでに江戸時代に存在していたのではないかと思います。
その背景は参勤交代です。
例えば津軽藩の江戸詰家老が津軽弁で話していたとするならば出入りの商人と商談はできません。
というこことは江戸弁が基本になっていたのではないかとの想像が成り立ちます。
それだけですとイントネーションの問題があります。
したがいまして「標準語」を策定する時、それを解消する為に、「です」「ます」を語尾に付け加えたのではないかと憶断したのです。
これは軍隊言葉にその痕跡をみることができます。
例えば昔の戦争映画をみていますと、植田上等兵、兵站の打合せの為、これから第二分隊に出向くであります、とか言う台詞がその証左です。
これなら鹿児島県人でも青森県人でもすぐにその抑揚は覚えられるでしょう。
後は言葉の意味を明確化にすればよいのだと思うのです。

江戸弁は意味が明晰です。
言いかえれば論理的なので理屈っぽくなります。
従いまして地方から東京に来た人達はその会話があまりにも理屈立てしているのに面食らう事があろうかと思います。関西弁はそのあたりがうまいですよね。
たとえば果物屋の店主に「パイナップルをください」と言って、たまさかパイナップルが切れていたのなら、大阪の店主は「どうも、すんまへん、すぐ取りよせまっさ」と言うのですが、たまさか翌日入荷するだけで、すぐに取りよせるわけではなく、単なる外連(けれん=ごまかし)なのです。
で〜も外連(けれん)のなのは分っていてもその場の雰囲気は柔らかくなります。
これは言葉の効用即ち人間関係の円滑化に資しているわけです。
全世界で「嘘も方便」って平然と言っている国は日本だけらしいです。
言葉の融通無碍をうまく駆使しているのが日本人、その中でも関西人がずば抜けています。
その一方江戸っ子は生真面目のために那辺が下手なのです。
その下手さの為に「江戸っ子のやせ我慢」という表現が生まれたのでしょう。
こんな事を書く日もあります。


就活に巻き込まれる女子大生を描いたアニメーション 「就活狂想曲」です。



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今日は驟雨の神田に出没です。
時間は20時です。
雨宿りを兼ねて飛び込んだのが今日のお店です。
今日のお店は長崎料理の名店「西海」さんです。

住所: 東京都千代田区内神田2-8-5 山口ビル1F
電話:03-3254-4780
定休日:土曜・日曜・祝日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「皿うどん(軟)」@1,100円です。
店内は酔客でごった返しています。
かかる中、酒を頼まず夕飯を頼む私は「逆掃き溜めに鶴」でしょう(笑)

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待つこと6分で「皿うどん(軟)」の着皿です。
見た目ツヤツヤと光り輝いています。
それにしてもこの餡すごいですね。
この餡のない「皿うどん」なんて、具のない味噌汁のようなもの。いや肉のないスキヤキですか。
いやそれよりも、ネタのない握り鮨。いやいや頭のないカツ丼でしょう、ハイ。
見事なものです。

それでは実食です。
量はこんもりしています。
具はキャベツ、さつま揚げ、ちくわ、紅白かまぼこ、イカです。
味はすこし甘めですので洋カラシと酢で味を整えます。
美味しいです。
強いていえば味に深みがないのですがそれは大量の野菜がカバーしています。
加えて神田という庶民の街からしますとコスパは悪いと申せます。

そうそう食事が済んでも引き続き雨宿りさせていただきありがとうございました。
お陰様にて濡れることなく帰宅できました。

それでは(^_-)


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