今日は「続 日本の一番長い日」です。
田中司令官
実はこの間「日本の一番長い日」を見て一番驚きましたのは、この日にミニクーデータが起こった事です。
簡単に記しますと、反乱軍の首謀者の畑中少佐は東部軍管区田中司令官(大将)にクーデターの協力要請にいったところ眼光炯炯の迫力の田中司令官「馬鹿者、貴様らの言わんとすることはわかっている」と一喝され、その迫力に転がるように退出し悲嘆のなか今度は近衛師団司令部に出向きました。
そこではクーデーの仲間が森師団長を説得していました。
しかし説得の時間がないという短慮から畑中少佐は森師団長をその場で射殺してしまったのです。
近衛師団司令部に衝撃が走りましたが、その中で畑中少佐は森師団長の判を使い「宮城を占拠し玉音盤を奪取せよ」という偽命令を出してクーデターが動き出したのです。
近衛師団は宮内庁の中をすみずみまでさがしましたが、宮内省の徳川侍従の考えで、あえて金庫にはしまわず、「木を隠すなら森へ」の格言とおりに宮内省事務室の乱雑な机の上の書類の下に置く事にしました。
これが奏功して反乱軍は玉音盤を探すことができませんでした。
一方宮城の中でクーデターが起きていると判断した田中司令官は塚本副司令官(少佐)を一人のみを帯同して反乱軍のところに車で向かったところ乾門で反乱軍に入門を止められました。
そこで田中司令官は、俺は東部軍官の司令官だ、無礼だ、お前らのやっていることはなんだ。わかっているのか、大音一喝しました。そして間髪入れず門の傍らにいた守衛に連隊長を呼ばせ併せてその場にいた憲兵に、奴らを捕縛せい、と命じました。そこで何が起きたのかわからないものの、憲兵はすぐに命令にしたがい反乱軍を縛り上げ反乱軍を鎮圧したのです。
まさに奇跡的な顛末であります。
たった一人の司令官の機転によってクーデターが起こらなかったのですね。

私の祖母は、この日玉音放送を聞き戦争が終わったのを知りました。
戦争に行っていた子供二人は内地勤務ですからすぐに無事な姿を見せるだろうと不謹慎ではありますが喜んでいたのです。実際、横浜の陸軍にいた次男(父は三男、長男は招集されず)は終戦からすぐに復員しました。
玉音放送から数日後、父が軍務していた横須賀海軍艦船修理廠が米国海軍に接収されるので、そこにいた日本兵は皆殺しにされたという噂を祖母は聞いていました。
終戦の日から1カ月経っても父は帰郷しなかったのでした。
1カ月たっても帰郷しないのはやはり噂とおり米軍に殺されたのかな、さりとて国からは死亡通知もきていないし、一体全体どうなったものなのかなと悶々としていたそうです。

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一方父はこの日、神奈川県横須賀市追浜(おっぱま)にある海軍艦船修理廠にいました。
前日、上官より最後の命令を受け日本海軍軍事機密に該当する艦船の書類の整理、焼却の業務についていたのです。終戦当日は、敗戦を知り日本の将来を悲観し拳銃で自裁する上官が多数続出したそうです。
そのかたわらで戦争中に無理難題を強いた元上官に対する私刑(リンチ)が横行しており殺伐した空気の中で父は黙々と最終業務を遂行していました。
只々この業務が終われば故郷(くに)に帰れるという喜びが父の頭の中を占めていました。
結局一月位かけ何とか業務を終わらせて故郷に帰ることとなりました。
まだ戦争が終わったという実感もあまり湧かず、そうはいながらこれでもう死ぬことはないなと妙な安堵感も生まれていたそうです。
省線等に乗り継ぎ半日かけ帰郷しました。
「国敗れて山河あり」実家のある駅に降り立った父は何も変わらない景色をみてそう感じたそうです。

ゆっくりと着実に一歩ずつ歩を進めながら我家を目指しました。
まもなく見慣れた景色の中、我家の輪郭を確認できた当りで、一人の中年の女性が家のとなりにある畑で一生懸命に鍬(くわ)を打ちこんでいる姿が目に入りました。
父がその姿に目を凝らしていると、その女性が突然手から鍬を離し父の方を振りむきじっと見つめています。
父はどうしたのだろうと思っていましたら父の方に振り向いた女性が自分の母親であることがわかったのです。
1km以上も離れた距離なのに何故父に気がついたのでしょうか。
少しずつ母親との距離が詰まってくると、久々に再会した祖母の顔は涙で溢れかえっていました。
それから暫くして、父は祖母の前に立ち、無事帰還した挨拶を敬礼にてしました。
「お国の為にご苦労様でした。本当に本当によく無事で帰ってきてくれました」と祖母は父にねぎらいの言葉をかけようとしたものの、湧き上がる涙で声がむせびほとんど聞き取れなかったそうです。
どんな時でも子供の事を思ってくれる母親というのはありがたいものですね・・・

最後に今日の最初のふりネタのクーデターのくだりは、この動画が分りやすくまとめています。
よろしかったらと書こうかとおもったのですが、もう9月の下旬ですよね。
終戦の日にこのネタ書いていたものですから、かなり温度差があります。
お暇でしたらご覧ください。



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今日は勝どきに出没です。
夕飯を何にしようかと迷っていましたらこのお店に来ていました。
今日のお店は「めし屋」さんです。

住所: 東京都中央区月島1-5-7
電話:03-3534−0486
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「さば定食」@930円です。
久々に行きましたら美人のサリーさんがネパールから戻ってきました。
あんど女性ゴルファーの伊藤さんと奈良間のオヤジさんが今日の「めし屋」さんの布陣です。

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まずはオカズ三兄弟ですが、今日はアミとキザミ沢庵の二兄弟です。
塩辛は夜の部ではつまみとして売られていますのでオカズから外れているのは承知していましたが、二兄弟ではさすがに寂しいですね。

待つこと13分で「さば定食」の到着です。
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今日のさば君は脂が甘いですね。
肉も弾力があります。
今日のさば君はスーパーデリシャスです。
久々に口福の坩堝(るつぼ)状態となりました。
このお店の干物の安定感はたいしたものです。

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そうそう最近「塩辛」はお店で買って家でも食べています。
値段は520円です。
家で「めし屋」の味わいが再現されますので家メシの楽しみが増えました、ハイ。

それでは(^_-)