下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

新島穣

近江・京都旅行最終章

今日は「近江・京都旅行最終章」です。
lunchで午後からの体力を蓄えた私達はこの旅行の最終章に突入です。
今までドキっとするような紅葉ではなく、どちらかといえば怒気っとする様な紅葉でした。
なんとかoffsetすることができるのでしょうか・・・

次に向かった先は最終目的地の「永観堂」さんです。
「永観堂」は「ええ感動!」ということでハズレがないそうです、マジすか。
鹿ヶ谷通り脇に電チャリを駐輪した私達は一路「永観堂」さんを目指しました。

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すすると奥様の大好きな大河ドラマ「八重の桜」の主人公の新島襄、八重夫妻の墓の案内が私達の目に飛び込んできたのです。新島夫妻の墓地は片道20分もかかる若王子山の中腹にあるのだそうです。
奥様の体力が気になったのですが、本人は登る気満々です。
奇しくもこの日は「八重の桜」で新島穣が亡くなる日です。
所謂一つの縁ですかね、昇りますか、ということで決断しました。

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奥様は杖を使用しました。
そんな杖を使ったらかえって疲れるのでは思ったのですが、余計な事は口には出しません・・・

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結構急な坂です。
新島襄夫人の八重さんはかなり肥えていたので埋葬するには大変かと思ったのです。
しか〜し晩年は痩せられたのでそれほど大変ではなかったようです。
いずれしても同志社の学生達が運んだので私が心配することもなかったようでした。

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本当にぴったり20分で墓地に着きました。
「八重の桜」を見ていない人には全く分からないと思いますが、あえて画像のみの説明なしで失礼します。
でも山本家の墓が全て揃っているには驚きました。
多分ですよ、魂だけをまつる「供養墓」なのでしょうね。
さすがに会津戦争で亡くなった権八父、三郎弟の分骨はできないでしょうからね・・・

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山本家の墓参をした私達は10分程度歩いて最終目的の「永観堂」さんにつきました。
ここは京都の紅葉の穴場でしょう。

「もみじの永観堂」の名に恥じません、一気に画像を公開します。
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さすがに最後でoffsetすることができました。
このような紅葉を見ますと、紅葉が「もみいずる」という言葉からでたことが自然と理解できます。

この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉 鷹女

真っ赤に燃えた紅葉を見ていいますと、髪を振り乱した鬼女が樹の上で血を吐きながら咆哮しているような錯覚に陥ってしまいます。夕暮れが迫ってきたからでしょうか・・・
東京に戻る時間が近づいてきました。
そろそろ京都駅に向かわなければなりません。
如何でしたか五話に亘る私達の近江・京都の旅は楽しめましたでしょうか。

それでは(^_-)




銀座 スパッソ リターンズ

今日は「『八重の桜』異聞」の話です。 
新島はアメリカに十年いました。基礎教課の学校を出てから、アーマスト大学(いま同志社と姉妹校になっています)に入り、ここを出てさらに神学校に入りました。 
その間、日本では急速に歴史が進みました。幕末の騒乱がおわり、明治国家がはじまったのです。明治七年(1874)、かれは、ヴァーモント州ラットランド市の伝道教会の年会で、演説者として指名された。 
新島は、日本で革命がおこなわれたことをのべ、 
「しかし、あたらしい国家は、大きな方針をまだみつけていない。わが同胞三千万の幸福は、物質文明の進歩や政治の改良によってもたらされるものではない」といったあと、「自分は日本においてキリスト教主義の大学をつくるつもりである。その資金が得られなければ日本に帰れない」とまでいいました。新島という人は、エキセントリックというより、自分で自分を責めてそのあげくに自分を鼓舞してしまうといったはげしい性格をもっています。 
それだけに、聴衆にあたえた感動は大きかったのでしょう。演説がおわるや、一人の紳士がたちあがって、千ドルの寄付を申しこみました。当時の千ドルというのは容易ならざる金額です。このひとは、Pater Parkerというお医者さんでした。場内、つぎつぎにたちあがって、たちまち5千ドルあまりの寄付があつまったといいます。大きなお金です。 新島が演壇をおりたとき、かれの前にまずしい服装の老農夫が近づいてきて、2ドルをさしだしました。かれのあり金ぜんぶでした。この2ドルはかれが家に帰るための汽車賃だったのです。歩いて帰るつもりだ、とかれはいいました。 
「明治という国家」司馬遼太郎著より転載

八重タン
新島穣さんっていえば2013年のNHKの大河ドラマ「八重の桜」の主人公新島八重さんのご主人ですね。私はほとんどTVを観ないのですが、唯一見ているがNHKの大河ドラマなのです。今年の「平清盛」は大滑りしましたが、この「八重の桜」の主人公の八重さんですか、「ならぬことはならぬのです」たとえ“悪妻”と呼ばれようが不義には生きない会津の頑固女の物語は今から楽しみにしています。

閑話休題おはなしはもどりまして
この話はいいですね。
私はクリスチャンでもないのですがこういう話は大感動してしまうのです。
またこの時代の息吹というものが大好きなのです。

明治時代ってこれが同じ日本人なのかと首をかしげてしまうくらい、この時代の人達のパラダイム(paradigm)って素晴らしいものだと思っています。
私は明治時代の人の精神の背骨になっているのが「武士道」だと思うのです。
「武士道」とは何かといえば「自律心」です。一度「諾」と言葉を発すれば、発した以上は命がけでその言葉を守ります。自分の名誉も命をかけても守ります。敵に対しては情(なさけ)をもち、さらには私心をもたないことです。

さらに言えば、その精神構造を作ってきたのが四民平等になるまでその存在があった武士でしょう。
とくに武士は読書を通して精神修養をし精神文化を高めていったので、今日のフリネタにでてくる新島穣のような熱い青年を生みだしたのだと思います。
日夜、日本の政治経済の低迷が新聞紙上をにぎわせています。
この時期今一度明治の頃の湧き上がるような息吹を思い起こして、物事を取り進めるべきではないかと思う今日この頃であります。


ロボット、人間、which is which?



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今日は銀座に出没です。
今日は体がパスタを食べたい食べたいと訴えています。
こういう日はこのお店です。
今日のお店は、松坂屋の地下で行列ができるパスタ屋さん「パスタカフェ スパッソ」銀座店さんです。

住所: 東京都中央区銀座6-10-1 銀座松坂屋B1F
電話:03-5537-3001
定休日:不定休(銀座松坂屋の休館日に準ずる)

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お店の外観です。

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メニューです。

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今日のオーダーはクリスマス限定メニュー「煮込みビーフのデミトマトソース(M)」@680円です。
待つこと8分で着皿です。
煮込みビーフが圧倒的存在感を示しています。
それでは実食です。
まずは主役の煮込みビーフの実食です。
フォークを軽く肉にいれるとホロホロって肉が崩れ落ちてきます。
すごく良く煮込まれていますネ。
味ですか程良い脂身が味覚神経を刺激します。
なな何て美味しいのでせう。
これはすごいですね。
逆にこれがトンガリすぎてデミトマトソースのパスタが顔色を失ってしまいました。
でも料理は総合芸術なのでこういうimbalanceもありなのではと思う今日この頃です。
でもこれで@680円とは、すごくお安くはないですか・・・

それでは(^_-)

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