今日は「戦後70年」です。
戦後70年
個人的には第二次世界大戦で日本が負けた最大の理由は、真珠湾攻撃の際南雲忠一の指揮する機動部隊が、第二攻撃を行わなかったことだと思っています。
この案は南雲司令部の参謀である源田実などからも提議されていました。
源田は、戦後になって著した回顧録(「真珠湾作戦回顧録」)の序文で、「私の合点できない一つの例は第二攻撃の問題である」と書いているのですから、よほどの無念だったのでしょう。
換言すれば第二攻撃を行うことで、オアフ島港のアメリカ海軍の基地をもっと徹底的に叩けたというのです。
この意見は、戦後になってアメリカ側からも指摘されています。
具体的には「450万バレルの貯油タンク群を爆破さえしていれば、アメリカ海軍はハワイを基地として使用するのは不可能だった」と分析されていました。 
もうひとつは、「日本軍はあれだけの攻撃をかけたのだから、なぜハワイヘの上陸作戦を強行して、その占領を図らなかったのか。そうすれば、アメリカ海軍としてはアメリカ本土の西海岸を基地とする以外になく、日本軍の作戦は有利に展開しただろう」というものでした。
つまり戦争をどのような状況で収拾するのかという構想がなかったことがこの戦争を敗戦にした最大の要因だと強く思うのであります。

それでは帝国陸軍はこの戦争を勝てると思っていたのでしょうか。
昭和16年11月策定の「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」なるものがあります。
これはアメリカ、イギリス、オランダ、中国に対する戦争計画です。
この案によりますと、重要なことは東南アジアの資源地帯を抑える事となっています。
これは長期に亘る日本軍兵站の自給自足を可能にします。
肝心の戦争の終わらせ方は、ドイツ、イタリアと連携してまずイギリスを屈服させ、それによってアメリカの継戦意志をなくすというものです。
当時、第二世界大戦のヨーロッパ戦線では日本と同盟を結んでいたドイツ、イタリアがイギリスを中心とした連合国を圧倒しており、ヨーロッパの多くを占領下においていました。
よって日本の戦争計画は、日本はドイツやイタリアと共にまずイギリスを打ち負かし、続いて孤立したアメリカの闘う意思を失うように仕向けるというものでした。
つまりドイツが勝つことを前提にドイツに頼り切った計画だったのです。
この極めて楽観的な案は、十分に検討されたものではありませんでした。
この案が脆弱なのは、日本が有利になった場合だけを考え、日本が不利になった場合の考察が一切なされてい事であります。

昭和18年8月に陸軍作戦課が作った「五ヶ年長期戦争指導計画」というものがあります。
これは昭和18年から23年までの5年間の日本の戦闘を9通りに分けています。
それによりますと昭和21年までに中国とソビエトを主な敵としてとらえ、その打倒を目指す事となっています。
そして中国とソビエトに決着をつけ体制を整えた後に、昭和22年以降アメリカと決戦を行う事となっています。
すでにこの時、日本はミッドウェー、ガダルカナル島で大敗しているのに、アメリカが本格的な攻撃に出るのは何年も先だと想定していたのです。
さらにこの想定はドイツが戦い続けていることが前提です。
9通りの案の中でドイツが敗北した事を前提としたものは1案のみです。

帝国国策遂行要領決定時に「もし日米開戦となった場合、どのくらいで作戦を完遂する見込みか」と対米戦争の成算を昭和天皇に問われた杉山参謀総長は「太平洋方面は3ヶ月で作戦を終了する見込みでございます」と楽観的な回答をしました。
これに対して天皇は「汝は支那事変勃発当時の陸相である。あのとき事変は2ヶ月程度で片付くと私にむかって申したのに、支那事変は4年たった今になっても終わっていないではないか」と語気荒く問いつめたそうです。
答えに窮した杉山参謀総長が「支那は奥地が広うございまして、予定通り作戦がいかなかったのであります」と言い訳しますと、天皇は「支那の奥地が広いというなら太平洋はなお広いではないか。いったいいかなる成算があって3ヵ月と言うのか」と一喝し、杉山参謀総長は言葉を失ったというこのような逸話もあります。

確かに後付ではこのように何とでも申せますが、しか〜しであります。
仮に戦争が長引けば、父親は戦地に出向き、万が一骨となって帰国することとなれば、今の私は存在していません。それよりもこのような体たらくで亡くなった同朋の無念さを考えると言葉はありません。
戦争という狂気の行為はひとたび始まれば急には終息できず、ポンピングブレーキのように数を重ねることで制動していかなければなりません。
よくぞ昭和20年8月15日で止めたものです。
この終戦にむけて努力された方々に対しては感謝の念しかありません。
戦後70周年ということで、感じることころがありこの様な事を記してみました。
参考情報NHK「知らざれる陸軍終戦工作」


地道にコツコツ!



IMG_8989

IMG_8975
今日は久々に勝どきに出没です。
たまには蕎麦でも食べるかと出向きました。
今日のお店は銀蕎麦「国定」さんです。

住所: 東京都中央区勝どき2-12-10
電話番号:03-6268-2715
定休日:日曜日

IMG_8987
お店の外観です。


IMG_8976
メニューです。

今日のオーダー「海鮮丼+せいろ」1,100円です。
店内がわさわさしていてはなから嫌な感じです。

IMG_8979
待つこと8分でつけ汁等の品々が到着しました。

IMG_8980
待つこと10分でお水様の到着です。
10分も放置していて何でお水を出さなかったことに気がついたのでせう。

IMG_8983 (2)
待つこと16分で「せいろ」の到着です。
手持無沙汰なので頂きました。
それでは実食です。
二八の蕎麦ですかね。なかなか美味しいです。
もう少し涼感が欲しいところではあります。
つけ汁はもう少し濃い目の方が好きですがこれはこれで悪くはありあません。
見てくれも味の内ですから、蕎麦はきちんと真ん中に置いていただきたいものであります。
若しくは店主の臍が曲がっていたりして・・・

IMG_8984
待つこと25分で「海鮮丼」の到着です。
久々に待つことの楽しみを覚えました。
見た目美味しそうです。
それでは実食です。
見た目ほど美味しくはありませんね。
白眉は生しらすです。
これは鮮度が命ですので新鮮なのでしょう。
で〜も作り手の工夫はいらない一品ではあります。
海鮮丼のシャリはひと肌の温度が理想であると思っていましたが、熱々のシャリででてきました。
これだけ熱々であればネタに良い影響はありません。

このお店はお客を安く見ていますね。
ご安心ください。こちらもお店を安く見ました。
もう二度と行きませんから・・・

それでは(^_-)