下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

国士舘

池袋 APIZZA

今日は「国士舘物語」です。
51ZZb-qVv2L__SX354_BO1,204,203,200_
1981年。シティボーイになるために上京した僕が入学したのは、国士舘大学体育学部体育学科。
僕の、特別すぎる四年間が幕をあけた。
体罰、しごき、上下関係・・・・・あの頃の教育現場には、たしかに「暴力」が存在した。
「暑苦し切ない」体育会系青春小説!

私のような一般的な高校生にとって、開成高校を勉学の絶巓とすると国士舘高校は暴力の絶巓でした。
当時、漆黒の蛇腹の制服を見ると恐怖で皮膚という皮膚が泡立ちました。
そういう意味では国士舘高校は不良の巣窟と言い換えても良いでしょう。
d74817f6

img_6
実際、蛇腹で群れをなして新宿の繁華街でヤクザと乱闘事件を起こしたりとか、東武東上線沿線の暴走族を片っ端からしめたり、許可なく渋谷駅前で街宣活動をしたりとかその傍若無人ぶりは枚挙にいといません。
以下の事件も紹介しましょう。
昭和48年6月12日(火)時間不明
国鉄高田馬場駅ホームで停車中の山手線電車に乗っていた東京朝鮮中高級学校の高校生約30人に、 ホームにいた国士舘高校生、国士舘大学生ら約20人が襲いかかり暴行、電車の窓ガラスがこわれ、約10分間立ち往生、双方で5人が1〜2週間のケガをした。
警視庁戸塚署は暴力行為現行犯で国士舘大生8人を逮捕した。
この事件はその場にいた人間から聞いた話ですか、この乱闘劇は、ホームはいうに及ばず線路にも飛び降り、それこそ高田馬場駅全体を騒乱劇の舞台にし、国鉄は安全確保の為に電車の運行を停めたそうです。
幾ら昔といえどもそのハチャメチャぶりは突き抜けています。

当時の国士舘は「天皇の御心のままの政治」をとなえる柴田学長のワンマン経営でした。
紀元節、天長節、陸・海軍記念日などの行事が軍艦マーチの伴奏つきで行われ、教育勅語の暗唱、「君が代」斉唱、皇居遥拝までありました
入学式等の式典の際には、金モール服姿でたつ学長の前を学生が日の丸のつけた旗をかついで分列行進をすることもあるそうです。
圧巻は入学式です。
黒ずくめの礼服に身を纏った総長先生がオープンカーに乗って入場しますと、楽団の高らかな軍艦マーチの音曲に押されながらゆるゆると進む中、国士舘大学、万歳、万歳の唱和のシャワーを浴びて登壇するそうです
加えて、厳しい学内統制の監視役は学生監制度(高校は補導課)、大学に五十人、高校に十人ほどいて、 クラスを担任して常時学生を見張っているそうです。
授業中の教室に入ってきて所持品を点検したり、衣服の乱れを正したりしています。
学生には順番で使役があり、一万人の学園に用務員も守衛もいないそうです。
館長代理の話として、学生監制度が重苦しいと言うが、もしこの制度がなかったら国士舘の誇る秩序はくずされ、それこそ学園紛争でロックアウトが恒常化している早稲田大学のようになってしまうだろうと言いきっております。

閑話休題。
前フリが長くなりました。
ピカレスク(悪漢)小説としては面白いものでした。
例えば村の神童が開成高校に入学したとたんレベルの違いで普通の人間に成り下がるように、地元で神ってる強い不良中坊も国士舘高校に入れば普通の人間になってしまう、という競争の原理は面白く感じました。
作者は、暴力礼賛はしていないのですが、結局暴力を受けた人間は、知らず知らずのうちに自分自身も暴力体質に染まってしまい、それがどこかのタイミングで暴発してしまうという事を書かれていました。
具体的には主人公の友達の卒業後のエピソードを書いた「いま」の項がそれに当たります。
結局、友人達の負の経歴(暴力)は払拭できないみたいな顛末になっており、その点が残念でした。
当時のファッションがきめ細かく再現されており、当時シティボーイだった私は懐かしく読み返しました。
昔、武闘派の方にお奨めの一冊です。


THE PROFESSIONAL OF JAPAN



luisa-20th-01

IMG_5765

IMG_5768IMG_5769
今日は長男とオペラ「ルイーザ・ミラー」を観に行きました。
2時間40分の長い舞台ですが楽しめました。
体が震えるような演者の声量にはいつもながら驚かされます。
感動しました。

終演の後、次男と義娘がまっている池袋に移動しました。
今日のお店は「APIZZA(エーピッツァ)」 池袋東通り本店 さんです。

住所: 東京都豊島区南池袋3-18-30
電話番号:03-5953-2900
定休日:無休

IMG_5771
お店の外観です。

IMG_5772
店内の雰囲気です。

pizza
メニューです。

このお店はちょこちょこお邪魔していました。
店名は、先代の社長がNYマンハッタンのスライスピッツァこよなく愛していて、滞在中数々口に運んだそのピザの形がAに似ていることから 「Aピッツァ」と呼ぶようになり、それが店名になったようです。
このお店の特徴は人数分に切り分けてくれるので、沢山のピザを食べ比べする事ができます。

IMG_5773
まずはピクルス@302円をいただきました。
色鮮やかです。
食感最高です。

そしてピザの面々です。

IMG_5774
マリナーラ@292円です。
にんにくの香りがたまりません。
ウマウマです。

IMG_5775
ビスマルク@540円です。
厚切りベーコンと半熟玉子の組合は秀逸です。
ウマウマウマです。

IMG_5776
アンチョビオリーブのバジーレ@540円です。
アンチョビとバジルソースって合うのですね。
ウマウマです。

IMG_5777
クワトロフォルマッジ@626円です。
ブルー、ゴーダ、モッツレラ、バルミジャーの構成です。
クワトロフォルマッジとはイタリア語で4種類のチーズです。
これ今日一です。
美味しさで味覚中枢が壊されました。
ウマウマウマウマです。

IMG_5779
皮つきオーブンポテト@410円です。
シンプルですが飽きがこない美味しさです。

IMG_5780
パンチェッタトマトバジーレ@896円です。
フルーツトマトの甘さに感動しました。

IMG_5781
トロトロ豚肉赤ワイン煮@842円です。
豚肉がトロトロでホロホロです。
味わいが深いですね。

実はまだまだあるのですがパチリするのに疲れたので以上で終わります。
しか〜しこんな「コスパ良し」のカジュアルなピッツェリアってあるのですね。
ご機嫌なディナーでした。

それでは(^_-)

水道橋 Re時屋(りときや)

今日は「史上最強伝説」の話です 
IMG_6709 
花形敬という男がいました。復興途上だった戦後の渋谷の盛り場を制覇したのは、暴力団安藤組。花形敬はその安藤組の大幹部でした。力道山より喧嘩の強かった男、あの戦後の混乱期を腕力ひとつで、強くより強くと生きた男です。
なんでこの花形敬を知り得たかといいますと社会人になった時の上司が明治大学ラグビー部卒でよくこのラグビー部の先輩(花形敬)の話をしていたので記憶に残っていたのです。

このblogは基本的にピカレスク系は厳禁なのです。
しかし資料を調べていたら面白かったのですね、本当は載せたくはなかったのですが戒(いまし)めをあえて破りアップして見ました。まずは国士舘中学時代のStreet fightから。

本田靖春の著書「疵」より、花形の学生時代(旧制の中学生時分)の喧嘩の様子を、当時一緒につるんでいた石井氏のインタビューの紹介です。
玉電下高井戸線の上町に青葉学園という女学校がある。
同じ沿線のよしみで、そこの不良少女二人が国士舘の校門近くに、自分たちの学校のバザー券を売りにきた。
石井は仲良くなるのにいい機会だと思ったが、女の子が相手だと急に内気になって口もきけない。
そこで、その方面に達者な西田という四年生(旧制)を使って、こう言わせた。
「あそこにいる石井さんというのが、切符を全部捌いてやるから、そのかわりおたくたちに映画を付き合ってもらいたい、といっているんだけど、どうだい」
取引は簡単に成立した。
「いいわよ」
という返事で、次の日曜日、二対二のデートが実現する。
渋谷のハチ公前で落ち合い、映画館に入ったが、石井には女の子と並んで座席につく勇気がない。彼女達を一列前に座らせ、映画が終わって立つ寸前のどさくさに、うしろの席から声を忍ばせて、次回の約束を取り付ける純情さであった。
バザーの当日、石井は花形と連れ立って青葉学園に出掛けた。石井がお目当ての女の子をきょろきょろ探しているあいだに、花形が明大予科の三人連れに喧嘩を売られた。
花形はそのころすでに1メートル82センチの背丈があって、いやでも目立つ。
「私、ちょっと離れたところにいて、本当は花形のこと嫌いなんだけど、知らんぷりしてたらあとからしかられちゃうから、行ったわけなんです。おれ行ったら、わざと俺のこと、 『石井ちゃん』なんていって、『石井ちゃんはいいから彼女でも連れて見てなよ』『いいから、いいから』って、こうなんです。」
相手は三人掛かりで、『ちょっと来なよ』と、校庭の隅の方に花形を連れて行こうとした。
行くも行かないも、その途中で最初の野郎が花形のフックか何かあごのところに一発喰って、気絶しちゃった。
そういうとき、花形は凄い顔しちゃうもんね。マムシみたいな顔するんです。おれら、かげで花形のこと、マムシって呼んでたんだから。
この野郎! なんて、そんな生易しいあれじゃないんです。かりに花形より喧嘩の強い相手でも、ああいう顔されちゃったら、とてもじゃないけど向かえないもんね。
ほんで、あのごつい身体で、大きい技をするんです。脚をぐっと開いて、腰を入れて、死んじゃうかと思うくらいの殴り方なんですよ。そいつがあごにバーンと入って、一発でひっくり返っちゃった。最初の野郎が。
それからもう一人の奴をね、やっぱり蹴りは使わなかったもんね。手だけですよ。簡単に片付けたんですよ。
残った最後の奴を、今度は一発で倒さないで、パン、パンと左ジャブで追い込んでおいてから、右のストレートで素っ飛ばした。ドーンと飛んじゃったですよ。でっかい野郎が。
大学生三人を中学生の花形がやっつけるのに、一分とかからなかった。何秒ですよ。ほんの何秒。


さらに同じく石井さんからの話で明治大学に進学したときのepisodeです。
花形は23年4月明大予科へ入学した。国士舘中学では、近隣の中学の不良グループを平定したもの、やはり悪行のため中途退学の道が待っていたが、ラグビー部の線で引っ張られたのか、とにかく明治に入ったのは事実だった。
たちまち、和泉校舎(1・2年生の一般教養)に凄え奴がいるという噂が立って、駿河台から番長がやってきた。なにしろ予科の運動部の猛者連、空手部、柔道部、拳闘部、その他もろもろの連中が音をあげているのだ。そしてここでも花形は伝説的に語られることになる。
番長格は、花形を和泉校舎の屋上へ呼びつけた。おそらく彼は、花形のことはかなり耳にしてきたに違いなかった。番長格は、花形と対峙するなり、隠し持っていた拳銃を突きつけて脅しにかかった。
だがその瞬間だった。花形の長い脚の先がそれを捉えていた。拳銃は蹴りをくらって宙に舞い、それがコンクリートの上で乾いた音を立てた時、番長格の姿も長々と伸びて転がっていた。

「花形敬のスカーフェイス11」参照

花形は千歳中学時代にラグビー部の創設にかかわり、千歳中学が翌年に全国大会に出場したとき主力の一人となるはずだったそうですが、5年生の時天井で煙草を吸っていたことが発覚し無期停学になり、そして国士舘中学に来たわけですが、このころには経堂にある成城拳闘クラブでボクシングにも励んでいました。
その後上述の通り明治大学予科に進学しラグビー部に所属していましたが、同部の故・北島忠治監督によると「記憶にない」ということです。 

IMG_6701 
昭和38年9月28日付け読売新聞朝刊 「川崎発」
27日午後11時15分ごろ神奈川県川崎市二子56さき路上で、2人組みのヤクザふうの男と口論していた男が、二人組みの男の一人から鋭い刃物で心臓を突き刺されて間もなく絶命した。殺された男は持っていた自動車運転免許証から東京都世田谷区舟橋町1094、花形敬さん(33)とわかった。
ちょっと字が小さくて見にくいのですが、この記事には次のような記載もあります。
たまたまこの抗争事件を目撃していた田口忠順さん(23歳)、高校生の前田松男君(18歳)、前田君の近所の高校生の三人組、はこの二人組を追跡したのです。そして50M先で追いつたものの、最後は振り切られてしまいました。そして逃げていく車中から発射された銃弾により田口忠順さん(23歳)は悲惨なことに腹部貫通の重体になったのです。
私は初めてこの記事を見たとき、三人組の行動に本当に驚いたのです、暴力団の抗争事件に一般人がその犯人を捕まえようとして大怪我をしたのですよ。
信じられません、昔の日本の男性は胆力があったというか正義感が強いというか、日本は良い国です、これが日本だ私の国だです、おおいに感動してください!

閑話休題。
ざっとこのような人生なのですが、花形家は二十代四百年の歴史を持つ東京世田谷の名家です。一族の血を遡れば武田信玄麾下の武将に行きつくといいます。父はワシントン州立大学で学び母と結婚した後はシアトルで暮しています。いわゆるセレブの家の出自であるといえいます。
忖度するに、名家の生まれでもあり、羊の様な優しい性格でもあったことから、自己韜晦が強くなりすぎ、何かのキッカケで暴力によって自己表現ができることを体感し、このような人生を歩んだのではないでしょうか・・・


今日のお店は水道橋No.1の焼鳥屋「Re時屋(りときや)」さんです。

住所: 東京都千代田区三崎町2-21-9 田島ビル1F
電話:03-5211-8388
定休日:日曜日・祝日

IMG_6151
お店の外観です。ちなみに店名の「Re時屋(りときや)」さんは、反対からよむと「焼鳥(やきとり)」になるというすこしwitのきいたnamingです。

IMG_6157 
店内の雰囲気です。14時半頃訪れたので客は私一人でしたので、寂しい感じが横溢していましたが落ち着いた感じのお店です。

IMG_6155

IMG_6156
今日のオーダー「焼鶏丼+鶏スープ」@690です。
焼鳥丼はすご~~っく美味しいというわけではないのですが、@690でこの味なら申し分ありません。鶏スープがかなりのlevelなので、風評通りの実力店かもしれませんネ・・・
何れにしても鼎(かなえ)の軽重を問うのは、夜の部のようですので機会を見て再訪してみますか。

それでは(^_-)
訪問者数

    Archives
    Categories
    記事検索
    • ライブドアブログ