今日は「体罰考」の話です。
体罰
体罰ですか・・・
ず〜っと中学校の時から剣道をやっていましたので殴られるのは稽古の一つみたいに思っていましたので今回の一連の事件は驚きを禁じ得ないという感想です。

「体罰は必要ない。絶対に仕返しをされないという上下関係の構図で起きるのが体罰です・・・」と、元巨人軍の桑田真澄氏が言っていましたが、本当にそうだと思いました。
絶対に抵抗しない相手に向けて行う暴力は、卑怯極まりないとあらためて思った次第です。

ちょっと面白い記事があったので紹介します。
この問題について豊富な資料を使って論考したのが、江森一郎著「体罰の社会史」だ。 
それによれば、江戸時代の藩校や寺子屋は総じて体罰には抑制的で、熊沢蕃山などの儒学者も体罰がいかに有害無益かを説いていた。徳川光圀も体罰反対論を展開している。中世以前はともかく、少なくとも近世の日本には教育に暴力を用いることを忌み嫌う文化があったことを、この研究は教えている。 
じつは昭和初期にも、教育学者の乙竹岩造が「日本庶民教育史」で寺子屋の実相に光を当てた。ここで明らかにされたのも、寺子屋では体罰によくよく慎重であったという事実だ。
こうした素地があったせいだろう。明治政府も1879年に教育令で体罰禁止を法制化し、1900年の第3次小学校令では、戦後の学校教育法と同じように児童への懲戒権を定めたうえで体罰は禁じた。日本は脱・体罰に関しては欧米よりずっと進歩的だったのである。
そんな空気を変質させたのが軍隊だった。軍隊は、とりわけ徴兵制によってさまざまな階層の国民を集める軍隊は、厳しい規律と懲戒を必要とする。世間と隔絶し、閉鎖性が際立っていた旧日本車ではそれが日常的な私的制裁へと逸脱し、古兵の鬱憤ばらしと相まってゆがみを大きくしていったに違いない。 
軍隊と共通する性格を持たされた戦前日本の学校に、こういう負のエートス(文化などの本質的な特性、精神のこと)が持ち込まれたのは不思議ではない。軍が教育への介入を強めた昭和期に、学校での体罰は常態化する。 
戦後、旧軍は解体され、清張が描いたような世界は根こそぎ消滅した。ところが学校やスポーツ界にはそれが息づき、いまあらためて体罰・暴力問題が噴き出している。背景にあるのは、そうした集団や組織に色濃い閉鎖性、排他性、そして同調・横並び圧力にほかならない。いじめやパワーハラスメントの発生と土壌は同じである。 
日本経済新聞「日曜に考える」より転載

なるほど体罰は軍隊からの宿痾(しゅくあ)だったのですね。
このコラム子は最後の纏めで以下のように述べています。
明治の初め、日本にやってきた西洋人は、この国の大人たちが子どもを慈しみ、決してムチで打ったりしないのを驚きの目で見て、多くの記録を残している。そういう文化の国であったことを顧みるべきだろう。

角界でもかつて親方の暴行で死者を出したことを思い出しました
アテネ五輪の時、予選で落ちた韓国の女性選手を、平手打ちする監督を見たカナダの選手がIOCに報告し、IOCは即座にこの監督を大会から追放処分にしたことがあります。
「いじめ」は「犯罪」であり、「体罰」も暴行という「犯罪」なのでしょう。

しか〜し「体罰」を受け続けたものとしては、これは殴られてもしかたないと思う事は多々ありました。
行き詰った時にはこれは殴って気合を入れてもらうしかないなと思ったことがあります。
要は猪木ビンタです。
猪木ビンタも体罰なのでしょうか、違いますよね。

敢えていいます殴られる方にも問題があるのです。
特に私はそうでした。
日本人はこのようなincidentがあると加害者を一方的に糾弾しますがこれまたおかしいことだと思うのです。
「体罰」するほうの理由・釈明も聞くべきです。
ということで個人的には十把一絡(じっぱひとから)げに「愛の鞭」を否定するのは如何なものだろうと思うところであります。
しか〜し「体罰」と「愛の鞭」を明確に分ける術(すべ)はありません。
温かいお湯とぬるいお湯を分けるのと同じです。
主観と客観が相互に入り混じるからです
やはりこれを機会に「体罰」は引退していただき「犯罪」という名前に変えた方が落着きの点では良いのかもしれませんね・・・


日本が世界に誇る車メーカー、TOYOTA。
各国で乗られているだけあってそのCMも様々。
このCMはオーストラリア編、Hiluxの頑丈さを顕示したおもしろCMとなっています。



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今日は所用があって吉祥寺に買い物です。
休日の今日は3時間睡眠(普段は4時間睡眠)なので少し頭のネジが巻きすぎていてくだらないポカを連発しています。
吉祥寺に行く途中には上石神井の8時〜10時の時間制限の侵入禁止のところの時間制限標識を知っていながら通り抜けたり、吉祥寺についてビル内駐車場に車を止める際には、薄暗いところから明るいところにでた為かライトをつけっぱなしにしたり、まぁこれは忘れ物を車に取りに来て気がついて事なきを得たのですが。
さら〜に「肉のさとう」さんにメンチを買いに行く途中では駐車券を落としてしまい、その駐車券を探し回る試練を自分に与え、とんでもはっぷんさがして20分と吉祥寺の街中の地面のみを見続けて歩きまわりました。
ということで惨憺たるものでありました。

帰宅したら時計の針は早13時をまわっており、さすがにお腹がすいたので家にいる次男と食事にでかけました。
今日のお店は「十兵衛ラーメン」さんです。
惜しまれながら閉店した「十兵衛」さんでしたが、元スタッフによる「康基」さんを経て、一年前に新生「十兵衛」さんとして生まれ変わりました。
Blogをcheckしたら3年半ぶりの再訪です。
どうでしょう、前のお店の味は継承されているのでしょうか・・・

住所::  東京都練馬区石神井台3-24-39
TEL:03-3995-3113
定休:月曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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お店の紹介です。

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メニューです。

今日のオーダー、私は「十兵衛らーめん(中盛)」@700円です。次男は「十兵衛つけめん(中盛)」@750円です。
待つこと10分でぞれぞれ着丼です。

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私のオーダーの「十兵衛らーめん(中盛)」は、和風スープ、豚骨スープをブレンドしたものです。スープはお約束の熱々は守られています。豚骨のくどさはあまり前面にでず心地よい魚介風味が全体を押さえていてとても飲みやすいものとなっています。
麺は縮れ中太麺です。縮れのヒダヒダが舌にチュルンとからみます。
モチモチッとした触感も舌に心地よいです。
具は、チャーシュー、メンマ、海苔、薬味ネギ、ナルトとかなりあっさりしています。
味ですか、旧「十兵衛」さんと変わらずで美味しかったですよ。
少し優等生的らーめんですかね。

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次男のオーダーの「十兵衛つけめん(中盛)」は原則「十兵衛らーめん(中盛)」と同じです。
具はキザミチャーシュー、メンマ、ネギ、ナルトとらーめん同様にあっさりしています。
つけスープの甘辛酸は甘みと酸味が強いですね。私はあまりつけ麺好きではないですが、しいていえば誠実な味だといえます。
締めにスープ割を飲んでみましたら、鶏、豚など肉系、鰹節、煮干などの魚介系が混然となって味わえました。
よい仕事をしています。
ちなみに食後の次男の感想は、十兵衛のような無化調らーめんは雑味がなくパンチ不足だね、との事でしたが美味しかったようですよ。

それでは(^_-)