下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

佐竹商店街

新御徒町 白根屋 4th 

今日は「My home town」の話です。
私は神田で生まれてしばらくしてから竹町に移り住んで爾後5歳まで竹町におりました。
つい3〜4年前までその生家が現存しており画像に収めておこうと思ったのですが、こういのって思い立ったら吉日ということで直ぐにでも写真を撮ればよかったのですが、次でいいやと安易に引き延ばしたために、次に来たときは再開発で跡かたもありませんでした。
マジにJust my luck! (まったくついてないなあ)だったのです。

当時の竹町は東日本二番目の大商店街でその賑わいといったらそれはすごいものでしたよ。日曜日になるとチンドン屋が3〜4連出て佐竹商店街を練り歩いていました。
ちょっと勘違いされる方がおられるかもしれませんが、昔のチンドン屋ってその列がやたら長いのですね。最低でも10人は下らなかったような記憶があります。一番長いのと言えば、23人はいたように覚えています。
そして子供達は金魚の糞(フン)みたいにそのチンドン屋の尻尾についていきます。
私みたいな能天気な子供は遠くまでついて行ってしまい結果迷子になり、母親が捜索するというのが常だったようです。

そんな私の子供の頃の遠出は、母に連れられて蔵前神社に行き放生会で放たれた亀に餌をやりにいくか、上野公園まで出向いて鳩に餌をやりにいくかのどちらかだったそうです。
いずれにしても懐かしい街であります。

それでは私の生まれ故郷近辺を画像で紹介します。
#昔の竹町です
佐竹商店街
正しくは竹町は左側の集落でこの絵そのものは「三味線掘」です。
以下は「古老がつづる 台東区の明治.大正.昭和」(伊豆山 定七氏)よりの引用です。
「三味線掘」は大正十二年八月にこの掘も川も埋め立てられて暗渠になったんですが、それまでは随分船が入ってきたんです。大体おわい船が主だったそうです。この船は来るときは米を積んで来るんです。蔵前には隅田川沿いに四角い赤煉瓦で入口が丸くなった米蔵が五つ位ありましたかね。ここで米をおろすと、鳥越川に入って三味線掘まで来て、帰りの船でここに集められた屎尿を積んで帰るんです。
船には板で蓋がしてあって底は深いんです。この蓋を開けてこやしを流し込むんです。岡から船に板を渡して、そこを天秤で桶を担いで渡っては船底にあけるんです。だからその時になると近所中臭くて通れませんでした。通る人は鼻をつまんで通るんです。


#現存する戦前の家屋
IMG_2503

IMG_2367

IMG_2504
神田は戦争で焼けなかったのでしょうね。
なにげに歩いてもこのような家屋が散見されます。

#下谷神社
IMG_2366

下谷神社祭礼

縁日
なにやら鳥居のところから神気が噴き出ています、神は一体何を怒られているのでしょうか? 
下谷神社の祭りはすごいのですが、もっとすごいのは祭日にでてくる屋台の多さです。
それこそ字面の通り櫛比(櫛の歯のように、すきまなく並んでいること)しています。
子供の頃の最大の楽しみは下谷神社祭礼の際の縁日での買い食いでした。


IMG_2449

IMG_2450
ということで今日は竹町に次男ときています。
竹町といえばこのお店しかありません、今日のお店は「白根屋」さんです。

住所:東京都台東区台東3丁目30-11 佐竹商店街
電話:03-3831−6709
休日:不明

IMG_2438
お店の外観です。
「白根屋」さんは今年で創業52年目になります。
今の経営者は二代目、創業者は新潟から上京してきたそうです。
このお店は佐竹商店街の長い移ろい、その殷賑から零落を見てきた歴史の証言者でもあります。ちなみに「白根屋」さんは「しらねや」さんではなく「しろねや」さんが正しい読み方なのですよ。

IMG_2448
店内の雰囲気です。

IMG_2439

IMG_2443

IMG_2445
メニューです。

IMG_2442
私のオーダー「ニラ炒め定食」@580円です。
下町なので少し濃いめの味付けです。
てもご飯のオカズなのでこの位の味が丁度よいのです。
しんなりとしたニラが箸をすすめます。

IMG_2440
次男のオーダー「焼肉定食(スープ付)」@580円です。
このお店での定食kingです。
ちょっと肉が少ないのはご愛嬌ですが、その分味でカバーしています。
これは安定感ある美味しさです。

IMG_2441
番外編の漬物です。
定食を頼むと必ずついてきます。
この漬物の色艶と量に注目ください。
とぼけたお店ならこの漬物だけで@300円はとりますよ・・・

IMG_2446
私の食後のデザート「チョコレートパフェ」@400円です。
このコスパで@400円ですか、これまたくりびつてんぎょのいたおどろ!です。
そうそう味ですが、すごく美味しいのですが、少し量が多すぎますネ・・・

IMG_2447
次男の食後のデザート「氷カルピス」@410円です。
なんで「氷カルピス」が「チョコレートパフェ」より+10円高いのか考え込んでしまいます、普通は逆ですよね?
ここの氷は鋭利の刃でかいているので、氷そのものが雲みたいにふわふわとしています。
こういうかき氷は減りましたョ。
味ですか、次男は無口になりひたすら無心に食べ続けていました。
こういう時って必ず美味しいんですよね(笑)

それでは(^_-)

新御徒町 白根屋 3rd

今日は「泥酔」の話です。
私は経験が無いのですが(嘘)、何で酷く酔っ払うことを泥のように酔っ払うという表現をするのでしょうか。実は、泥酔の「泥」は、土の泥の意味ではなく、空想上の虫の名前なのだそうです。この虫は南の海に生息し、水の中では活き活きしていますが、水がなくなると、骨がないためにフニャフニャになって、泥のように積み重なるのです。
このフニャフニャした様子が、酒に酔いつぶれた姿に似ているというところから「泥酔」という言葉ができたのです。
ちなみに酔っ払いを「トラ」ということがありますが。これはお酒を「ささ」と呼ぶことからきた洒落です。ささ(笹)にはトラ(虎)がつきものなので、酔っ払いは「トラ」というわけです
「雑学の王様」幸運者編より転載

今日のお店は、私の生誕の地でB級グルメの頂点佐竹「白根屋」さんで連食です。
前回書いた通り、私は神田で生まれてここ佐竹に4歳まで住んでいました。「白根屋」さんがある佐竹商店街は当時東日本第二位の商店街でその殷賑は筆舌に尽くしがたいものがあります。年末の大売出しなどは、チンドン屋さんが4、5連来てこの商店街を一日中練り歩いていたものです。That’s old storyですかね(笑)

住所: 東京都台東区台東3丁目30-11 佐竹商店街
電話:03-3831−6709
休日:不明

白根屋31
お店の全景です。

白根屋32
店内の雰囲気です。

白根屋33
今日のオーダー「たんめんラーメン」@460です

白根屋34
ピーマン、白菜、筍、モヤシ、人参、ネギをふんだんに使ったこの一品は野菜のシャキシャキ感で口内が破裂するが如きです。豚肉はカレー用のコマ豚を使用しているので弾力があり尚且つJuicyです。特筆すべきは、絶妙な塩加減です、多分このスープにあと1mmg塩を加えたらお釈迦でしょうと思わせるほどの匙加減です。
この美味しさ、タマリマセンね
この味でワンコインでお釣がくるのですよ、また寄りましょう、ご馳走様でした

それでは(^_-)

新御徒町 白根屋

今日は寒いのでコーヒーでものもうかと思い甘辛屋に入ったらお汁粉を頼んでしまいました、実は甘いのも好きなのです

ということで今日は佐竹商店街に出没です。
ここは私が4歳まで暮らしていたMy hometownです。
むかしの殷賑をしっている私としては、今の零落はとてもとても信じがたいものがあります。
小さい頃チンドン屋さんの笛の音色に連れられ遠くまでついていき、迷子になったことは遠い思い出です。

今日のお店は台東区最強の甘辛屋「白根屋」です。
知らなかったのですが上戸彩と白鳳のオロナミンCのツッパリリーゼントヘアシリーズCMのロケ現場になっていたそうです。

白根屋1
お店の全景です。

住所: 東京都台東区台東3丁目30-11 佐竹商店街
電話:03-3831−6709
休日:不明

ここから後はパチリでご覧下さい。

白根屋2
まず品揃え半端ではないですね、驚きました。
【撮り忘れたので台東探検隊より画像転載】

白根屋3
有名なワンコインランチです。これは安いですね.
【撮り忘れたので台東探検隊より画像転載】


白根屋4
本日の獲物「田舎汁粉」@420です。大きなお餅が丸まる一枚入っていて食べ応え充分です。味ですか・・・残念なことに今一つですね合格合格合格
小豆がウマク炊けていません。それと隠し味の塩味が舌にわずかに残ります。値段は良いのですがね。
隣のオバサンが食べていた「タンメン」は美味しそうな匂いをさせていました。
ここは「甘味」より「中華」が得意のようです(笑)

最後に再度の佐竹トリビアネタを紹介します。
1. 金沢の片町商店街に続き明治31年に商店街が結成され日本で二番目に古い商店街です。
2. のど藥「龍角散」は佐竹藩の家伝薬だった。
3. 佐竹に明治時代見世物の大仏があった。明治18年高村光雲が高さ15Mの見世物用の大仏を作った。
4. 日本で最初の洋風画を描いたのは、秋田県佐竹家の藩主「佐竹義敦」だった

それでは(^_-)

新御徒町 一番

まじにチエインメール(RHBの血液を探していますという内容)を体験しました(ハジメテ)。今日寝ぼけ眼でPCのメールを見ていたら医者の友達から全く同じ内容のメールが来ており、その直下に他の友人からそれはチエインメールだよとして指摘されていました。 
このメール影響力すごくてラジオでも取り上げられたそうです。
子供に聞いたら一番すごいのは「ザ!鉄腕!DASH!!」」の長瀬さんからというチエインメールでその内容はこのメールがどこまで遠くに届くのかを調査していますのでご協力くださいというものです。
このチエインメールはその当時の若い方々がかなりハマったそうです。
通信キャリアの陰謀か(笑)

昨日は佐竹商店街にあるラーメン屋「一番」に行きました。
住所::  東京都台東区台東4-24-4

佐竹は私が0歳から4歳まで住んでいて、いわゆるマイホームタウン(伊東四郎も近所に住んでいた)です。
佐竹の思い出の一つが次の話です。
三歳のある日、朝方母が私から目を放したすきに、私が忽然といなくなりすわ誘拐かということで大騒ぎになりました。
近所の人総出で探し回ったそうです。
探した結果前の家の熊谷さんちの美代ちゃんと一緒に家の前にある竹町小学校に行き美代ちゃんの隣に椅子を借りて座りおとなしく授業を受けていたそうです。
(昔はこういうこと許されたのですね、今じゃ考えられません
亡き母がお前は全く人騒がせな子だったよとこの話しをするたびにこぼしていました。

誰も知らないと思いますが、佐竹は東日本二番目の大商店街です。
子供の時特売日の日には、多くのチンドン屋さんが繰り出しそれは豪勢のものでした。

折角だから佐竹トリビアネタを少し紹介します。
1. 金沢の片町商店街に続き明治31年に商店街が結成され日本で二番目に古い商店街です。
2. のど藥「龍角散」は佐竹藩の家伝薬だった。
3. 佐竹に明治時代見世物の大仏があった。明治18年高村光雲が高さ15Mの見世物用の大仏を作った。
4. 日本で最初の洋風画を描いたのは、秋田県佐竹家の藩主「佐竹義敦」だった

すみません相変わらず前振りが長くて今日の獲物は「中華丼」@650です。


ここスープが美味しく特にタンメンはグッドです。
この中華丼もオーセンテイックというかブレのない味です。
アンカケのトロミ最高でした。

最後に日本で人肉を食したことが公式に残っている一人に本所区押上春慶寺和尚宮久保日応さんがいます。
西南戦争のとき熊本城に篭城して戦死者の肉を食しました。
食べ方は刺身で、味は鯛に似た白身で、酢味噌があったそうです。
私この春慶寺さん(四谷怪談で有名な鶴屋南北の墓があります)良く知っているのですよ。
これには驚きました

それでは(^_-)


訪問者数

    Archives
    Categories
    記事検索
    • ライブドアブログ