今日は「会津若松」の話です。
大学の合格記念で予備校の友達と、予備校友達菅家(仮名)の実家会津若松に予備校友達四人と行きました。会津若松といってもそこから小一時間位の山の中が菅家の実家です。

行って驚いたのは玄関が二つあることです。冬は雪が深いので二階から出入りする用玄関と一階にある冬以外用玄関階と二箇所あるわけなのです。
それと接待がしつこい。鹿児島県と福島県は日本で一番接待がしつこいと噂では聞いておりましたが噂にたがわずスサマジかった。

福島の名酒「榮川」が夕餉に供され、毎日一升飲み干さないと菅家のお母さんが心配して、今日の「榮川」不味かったかと真顔で心配します。19歳の若者達ですが、菅家入れて全員五人。その内飲めるのは私含めて2.5名、残り一人は下戸で論外、さらに残り一人は女子(良く母親が行くこと許した)なのでいうまでもなく論外。

初日は何とか気合で一升半を飲み干しましたが結構きつくて死にそうでした。その姿を見て心配したお母さんは次の日から乾杯ビールがお酒の進まない原因と断じ乾杯ビールを禁止しました(エツ)
ツマミもほとんど山菜と刺身系でほとんど動物性タンパク質が有りません。しいていえば魚肉ウィンナー位かなでもこれって魚では
これじゃ悪酔いするために飲んでいるようなものです。
結局五日いたのですが、徐々に肝臓障害か顔がどす黒く変わっているのが分かりました。

帰る前夜の九時頃ラーメンが食べたくて食べたくてお母さんに作って貰うようお願いしました。早口の会津弁で何か言われたのでテッキリ作ってもらえるかと思っていたのですが・・・その実は真逆で、食べた事も作った事もないそうです(エッ)仕方なくとりあえずお隣からインスタントラーメンを分けてもらい、それをこれまたお願いして女子に代理で作ってもらったのです。
しかし昭和60年代にインスタントラーメンを食べたことのないお宅があるとは・・・(笑)

それと一番驚いたのは夜お酒を飲んで皆で談笑していると、本当に色んな人が訪れるのです。ちなみに菅家のお父さんは地元小学校の校長先生で地元じゃ名士だからかなと思っていたのですが、二日目ですかね、ぷらっと来た菅家の分家のオジサンが私たちの飲んでいる姿を見て「いたいた」と会津弁で呟いていたのです。
このオジサンお酒がお好きで、そそくさと私たちの宴に加わり話しこみ始めたのです。

気になっていたので、このオジサン少しだらしなくなった頃見計らい「いたいた」の意味合いを聞き出しました。するとナナ何と村の有線放送で東京の大学生が菅家の家に滞在していると流したらしいのです()近隣の人が東京の大学生とはどんな顔しているのかなあと見学に来たのが来客の多さの真相でした。

ここは動物園か・・・あまり驚かない方ですが、人間が人間を見にくるとは二の句が告げられませんでした。まだまだ話は尽きないのですが今日はこの辺で終・し・ま・いです。

ここのところ忙しくてお昼も儘ならず、今日は社員食堂の「塩サバ定食」@850です。

なぜか知らない間に値上げしていて驚きました。
味はまずまず値段は高いという感じですね。
でも焼き立てアツアツですから、醤油をかけまわすとジュワとサバ君がはじけます。
これが醍醐味ですね(笑)

それでは(^_-)