下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

乃木将軍

高岡 ますや食堂

今日は「ゼネラル乃木 前編」です。
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今の若い人で「乃木坂46」の乃木から乃木希典さんを思い浮かべたとしましたら、その方は歴史好きです。
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個人的には、若い時に右翼的性向が強く、一時期は「明治天皇」を尊敬していた時期があり、その「明治天皇」が身罷(みまか)った時に乃木将軍は夫妻で「殉死」されました。
始めてこの事実を知った時には衝撃的でしたが、どちらかと申しますとおどろおどろしい気持ちになったというのが正直なところです。そのくだりは続編に述べますが、巷間で喧伝されている悪しき乃木伝説はどうやら司馬遼太郎先生の「坂の上の雲」「殉死」によるもののようですね。
実際、私は司馬遼太郎先生フリークでありますので両著は数回に亘り読み返していますので乃木無能説は今日の今日まで妄信していいました。
しか〜し、これまた私の好きな作家の渡辺淳一さん著「静寂(しじま)の声」を読みましたら、乃木将軍の性格そのものはエキセントリックに書かれていましたが、決して無能ではなかったように思えました。
このくだりは、netでfighter_nxさん説明が適切に思えましたのでここに紹介します。
僕は「乃木無能説」は司馬遼太郎の個人的好き嫌いによるものだと思っています。
当時は大きな戦争に「観戦武官」という他国の軍人が戦争について回る風習がありました。
そこでの評価は決して乃木将軍が無能だったとは言っていませんし、従軍記者についても同様です。
第一次総攻撃では15,000人の死傷者が出ましたが、本当に無能なら第二次ではそれ以上に膨れたかもしれません。 一番批判が激しい二〇三高地の三次に渡る総攻撃ですが、コンクリートと盛り土でしっかりと構築された要塞には砲撃はそれほど効果がなく、最終的には歩兵による突撃が正攻法であったという評価になっています。
その証拠に日露終戦後に勃発した第一次世界大戦では、ロシア軍が要塞攻略で乃木と同じ戦法を取っていますよ。
はじめから二〇三高地を攻めればよかったという点においては陸軍と海軍の戦略の違いであったとも思います。
二〇三高地からの砲撃を優先したかったのは、旅順艦隊さえいなくなればそれでいいという海軍の考え方。
陸軍は攻撃目標の都市などを占領するのが本分ですから、乃木の旅順要塞攻略が間違ってっているという批判はそれ自体が陸軍の戦争を知らないということになります
指揮官としても人間としても素晴らしい人だったと思っています。
こんな日本人はそう多くはなく、その後の軍人には皆無だと思います。

個人的には、旅順艦隊は黄海海戦と、大弧山や海鼠山からの観測射撃で大損害を被っていたのでこれを修理する設備は旅順港にはなかったのです。
歴史の後付ですが旅順港を攻める意味はそもそもなかったのです。
さら〜に、装甲巡洋艦以上の大型艦を入渠できるドックをロシア軍は極東ではウラジオストクに1個持っているだけであり、旅順港の艦隊維持能力は低かったのでした。
このため旅順艦隊は黄海海戦後には乗員や火砲を陸揚げして防衛戦に投入させており、実質消滅していたのです。日本側は第三軍などの観測調査である程度のことは掴んでいましたが、大本営や海軍側はこれを信じず、第三軍側もそれを実証する証拠もなかったので、艦隊は戦力を保持しているという前提で203高地攻略の是非を議論し続けることになったのですね。
結論として、冒頭のとおり203高地の占領は戦略的にも戦術的にも日本側に寄与しなかったというのが正しい見方ではないのでしょうか。
しかし、この戦争の為に両軍併せて戦死者20,400名(内日本兵:15,400名)、負傷者60,000名(内日本兵:45,000名)という惨憺たる数に至ったのでした。
この数字からは戦争の無意味さを感じますが、そうは言いながらやるからには勝たなければならず、死ぬことを少しも恐れずに、最後の1人が斃れる間まで攻撃を続けた明治の英霊には敬意を表します。
実際この事は、旅順要塞を守ったロシア将兵は本国の電文に「ノギの部下は打ち殺しても打ち殺しても、血の底から湧き出るようなに迫ってくる」と恐怖にあふれた内容で示されていました。

私の祖父はこの戦争には力持ちであった事から砲兵として参戦しておりました。
幼少の頃、祖父にこの戦争の事を聞きましたら、沢山の兵隊さんがなくなった、しか言いませんでした。
すると脇でそのやりとりを聞いていた気の強い祖母が、じいさんは気が小さいので露助を一人も殺さずに帰ってきた、と詰め寄ったのですが、祖父は、虚空を見上げながら、だから生きて帰ってきたんだ、とポツリといったのが今でも思いだされます。
まさしくその通りで、もし祖父がお国の為に戦死していましたら、私は生まれていなく従いこの拙文も皆の目に触れることはなかったのですから。
冒頭のように、祖父は戦争の最中はかなり後方で参戦しており、戦死のリスクはかなり少なかったのですが、これを問う祖母の見識がおかしいと思うでしょう。
しか〜し、戦争中に銃後を守る祖母としては、白箱で帰ってきた多くの近隣の遺族の方々からは、かなりの嫌味(死ぬ事が少ない処で戦っている)を言われ続けていたのだろうなと忖度しています。
祖母そのものの発言は矛盾していますが、祖母の気持ちもわかります。


「泣けるほど感動」ご主人が溺れていると勘違いして泣きながら助けに行く犬。



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今日は富山に出没です。
なにやら高岡で美味しいカツ丼を食べさせるお店があるとか・・・
行ってまいりました。
今日のお店は「ますや食堂」さんです。

住所: 富山県高岡市清水町1-5-1
電話:0766-23-1203
定休日:第3火曜、毎月6・16・26日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です

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メニューです。

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きょうのオーダー「勝どん」@720円です。
このお店、完璧にジモティ御用達です。
このお客の中で下町っ子は私だけでしょ(笑)
所謂、昭和の大衆食堂ですね。
待つこと5分で「勝どん」の到着です。
見た目、THEカツ丼です。

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それでは実食です。
おっ、カツは揚げたてですね。
口の中でホクホクします。
丼つゆは少し甘めですがカツ丼のタレは甘辛にすべしと日本国憲法でも決まっていません。
これは美味しいです、
特に玉子好きにはこのトロトロの溶岩みたいな白と黄色のコントラストはたまりません。
これで@720円ですか、コスパも最高です。
ごちそうさまでした

それでは(^_-)

新富町 一凛

今日は「仏様」です。

昔、私が子供のころ橋のたもとのバッラク小屋で靴の修理、磨きに加えて靴の物販をしているおじいさんがいました。当時の下町は貧しかったので、高価な靴が傷むとここで直して履き続けていたのです。
私もたまに親の言つけで靴を直してもらいに行っていました。

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風貌は乃木将軍に似ていて迫力があり、私たち子供に話す内容も訓話みたいなものが多く正直苦手なおじいさんでした。実はこのおじいさんは裏の顔があり、朝のラッシュアワーには自ら疑似警官みたいな衣裳に着替えて交通量の多い交差点に向かい、交差点にくるとその中心部に60儖未旅發気梁罎鮹屬、おもむろにその台の上に立ち、交通整理をするのです。その動作はこの動画のようにファンキーなものではありませんが、笛でコミュニケーションを取るくだりは似ています。
しか〜しなんでこのような善行をしていたのでしょうか?
幼いころの私は、このおじいさんは軍隊経験者で官位が高かったらしいので指揮命令への郷愁と思っていたのです。特に私たち日本人は制服に弱いですから、靴屋のおじいさんでも一たび疑似警官みたいな衣裳を身につければその命令には従うのです。
当時の制服は国家権力の象徴ですのでその命令は絶対に服従だったのです。
従いまして警官でもないこのおじいさんの交通整理に従っていたのです。
加えて自己顕示欲の充足でしょう。
正直軍隊仕込みの交通整理はかなり格好が良かったように記憶しています。

晩年は憐れでした。
高価の靴も合成皮革の出現で極端に安くなり、その反動で靴は直さず買い替えるようになりました。
お店は閑古鳥が鳴くようになりました。
加えて一般市民に何の許可もあたえず交通整理をゆだねる事が警察内で問題になり、おじいさんの天職であった無償の交通整理も禁止されました。
このような不幸が続いたことで人生にハリがなくなったのでしょう、体調を壊して床につくようになりました。
身寄りもなく蓄財もあまりしていなかったみたいできちんとした医療もうけられず、木が朽ちていくようにやせ細っていきました。
何でこの様な経緯を知っているのかと申しますと、それは私の父から聞いたからです。
父に対してはあまりいい思い出はないのですが、唯一尊敬するのはこのように人が困っていると身を粉にして助けるのです。
このおじいさんの窮状を知り得た父は、大東亜戦争でお国のために働いてくれた人は無下にはできない。
それに人間死んだら皆仏様になるのだから仏様になる人はきちんとしてあげないといけない、という事で、役所に掛け合い区の施設にいれて最後は看取ったそうです。加えてお坊さんを呼ぶだけの簡単な葬式をし、さらに遠縁の人を見つけてそのお骨を手渡すまできちんと始末をしました。
父のように人のお役に立つことは難しいとしても、世間様には迷惑をかけないよう律していこうと思っております。
昭和は遠くなりにけりです・・・


こういうのは如何ですか?



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今日は新富町に出没です。
今日のお店は四川料理の攻略候補店です。
今日のお店は東京チャイニーズ「一凛」さんです。

住所: 東京都中央区築地1-5-8
電話:03-3542-6663
定休日:日曜・祝日・第一月曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「白い麻婆豆腐とよだれ鶏の御膳&珈琲」@1,300+@200=1,500円です。

待つこと3分で「白い麻婆豆腐とよだれ鶏の御膳」の到着です。
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どこから見ても四川料理です。

それでは実食です。

「白い麻婆豆腐」は塩味の麻婆豆腐です。
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うん、この麻婆豆腐にカシューナッツはよく合います。
パクチーもナイスアシストです。
豆腐、牛肉、ザーサイの具材も美味しいです。
待つこと3分ということは作り置きですか?
あまり熱々感がないのは残念です。
さらに熱々感がないので油分がはっきりとわかり体脂肪が増えるのではないかと気が気ではありませんでした。
サーマルイシューがなければ大満足でした。

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「よだれ鶏」はもっちりとしていて何か養殖鶏みたいで個人的には好みではありません。
加えて同系統の二品は料理同士がカニバっています。
この辺りは一ひねりが欲しいところであります。
味は都内標準をはるかに超えています。
美味しいですが上述のとおり半分くらい食べた段階で味に飽きてきました、かなり残念です。

「焼売」は特筆するものはありません。
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冷めていましたしね・・・

白眉は野菜のピクルスです。
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これは癖がなくイケました。
なかなかの味わいです。

今日一日では「鼎の軽重」を問えませんので、このお店は次回を楽しみにして再訪予定です。

それでは(^_-)

南青山 やぶそば

今日は「Upset(番狂わせ)」です。
Upsetという単語は「動揺」「不安」など様々な意味を持ちますが、スポーツや政治の分野では「番狂わせ」の意味で用いられています。
本来の語源は定かではありませんが、1919年にサラトガ競馬場で行われたサンフォードメモリアルステークスにおいて、アメリカ競馬史上最強馬の一頭に数えられる競走馬マンノウォー(1917年生、21戦20勝)を唯一破った馬 アップセット(1917年生)に由来すると言われています。

シルバーウィークの中盤です。
今日は奥様が他用でいないことを言いことに一人旅です。
そんな一日をふりネタ「番狂わせ」をテーマにオムニバスで紹介します。
宜しかったらお付き合いください。

#ラグビー日本VS南アフリカ

ロスタイムを含む残り10分間はペナルティも出来ないしボールを奪われるのも許されない状況でした。
最後のスクラムを選択した時は、なにを考えているんだと、怒りましたけれど 、一気にパスを通した時は絶叫して、トライの瞬間には涙が出ました。
この動画のアイルランド人の大興奮はうれしいですね。
最後はその大興奮のために画像が無茶苦茶になっています。
同点に追いつくペナルティキックを選ばず、あくまでもトライを目指した日本に対して観客の誰しもが熱狂したし、南アの最後の得点が手堅いペナルティキックと消極的だったのでアイルランド人に限らず誰しもが日本を応援したのでしょう。
英字新聞各紙が「Upset」と「Miracle」で紙面を埋めていました。
これからのラグビーは気が抜けません、ハイ。

#六大学野球法大学政VS東京大学
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法東戦
ラグビーの奇跡が神宮球場でおきるかと応援にいきました。
本当は東大の内野応援席で観戦しようとしたのですが、悲しいかな東大の校歌は忘れましたので断念しました。
残る選択肢は法政の内野応援席です。
というか悲喜こもごもでして、実は端から法政大学席で観戦するつもりだったのです。
というのは母校を抜かせば法政大学の応戦團の応援が好きなのです。
1勝1敗の法大VS東大の3回戦は、序盤から東大投手陣が打ち込まれ3本の本塁打を喫するなど10失点を奪われました。その内の一本のホームランはランニングホームランでした。
なにか草野球みたい・・・
結果10対1で敗れ東大は2002年秋以来13年ぶりの勝ち点を逃したのです。
ここではupset(番狂わせ)はおきませんでした。

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立教大学の3番のチアさんがキレイでしたので後姿のみパチリしました。

#都立青山霊園
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野球観戦の後、乃木神社から都立青山霊園にある乃木夫妻の墓まで向かいました。
殉死した乃木夫妻だけど、将軍は自殺だったけれど奥様は自殺でなかったんだぞ、と亡き父が中学生だった私にあたかも国家の重大機密を漏らすかのようにこっそりと教えてくれました。
私はそれが正しいのかどうか実はあまり気にしていませんでした。
今回の訪問の前にその事が急に気になり、以下の「乃木希典夫妻自殺の真相」を10回程読み返したのです。

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事件前夜に遺書を認める時、乃木はたしかに一人で自殺するつもりであった。
したがって、夫人にも遺書の内容を見せ、夫人の健康への配慮をも忘れず、後事万端を依頼するとともに、夫人がかねて希望する中野への住居移転も了承するなど、そこに悠揚せまらぬ乃木の姿があり、乃木の顕示性がつよく現れていた。
事件当日の午前の参内後、二人は居室に閉じこもっていた。
永遠の別れを惜しむ夫婦の語らいであったろう。乃木はブドウ酒の杯を重ね、夫人はこれに仕えていた。
「乃木希典夫妻自殺の真相」より抜粋転載
殉死するつもりがなかった奥様からすると、この後予想だにないupset(番狂わせ)が起きたのです。
結論、亡き父が言っていたのは正しかったことがわかりました。
なんでそんなことを知っていたのでしょうか。
いずれにしても亡くなられた方を冒涜してはいけません。
ご夫妻の墓には衷心よりお参り申し上げました。

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青山霊園に来た最大の目的はこの霊園の申込書をもらいに行ったのです。
申込書をみましたら都立霊園なのに価格が高いのです。
ピンは約4百万円でキリは約11百万円でした。
しかもこの値段は土地代のみで墓石費用は含まれていません。
さら〜に「ご遺骨をお持ちでない方は申し込みできません」との条件付きです。
折角、元池田総理等著名人達と同じ地面に入ろうという下町っ子の野望にもupset(番狂わせ)が起きたのでした・・・


今日は南青山でランチです。
今日のお店は「やぶそば」さんです。

住所: 東京都港区南青山2-19-2
電話:03-3404-4646
定休日:不明

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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当初はこの店主のお薦めにしようと思ったのですが、ちょっと引っかかるものがありまして断念しました。

今日のオーダー「おおもりそば+生卵」@700+@100=800円です。
昔の下町のお蕎麦屋さんです。
花番さんの気合の入った挨拶が地元に帰ったような気にさせます。
店内は私が帰る14時半頃には満席となりました。
ほぼほぼ全員がお酒を飲んでいます。
要は地元の「昼飲み」のお蕎麦屋さんのようです。

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歴史を感じさせる小皿です。

待つこと4分で「おおもりそば+生卵」の着膳です。
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蕎麦は細切ですね。

それでは実食です
二八の蕎麦ですか、香りはあまりしません。
麺つゆはすっきりとした味わいで私の好みです。
大盛りなのに麺量は少ないですね。
加えて水切りをもっとよくしてほしかったですね。
涼感が足りませんでした。
味ですか「美味からず不味からず」です。
で〜も南青山でこのコスパは魅力です。
ラグビーや野球観戦の後にはまた来ましょう。
「昼飲み」のお好きな方にお薦めのお店です。

それでは(^_-)

続 神田 五指山

今日は「乃木将軍異聞」の話です。 
記者も印刷工も、口を揃へて乃木大将の悪口を言った。自殺それ自体を咎めたのではない。何もこんな忙しい日(明治天皇大葬の日)に死ななくたっていいのに、別の日に死んでくれればよかったのに、と罵ったのである。この意見の底には乃木の殉死に対する倫理的疑惑がわだかまつてゐたのかもしれない。とにかくあの殉死は新聞社内では評判が悪かった。 
みんなが口々に乃木を批判した。
若い植字工は、
「乃木大将は馬鹿だな」 
と大声で叫び、夕刊編集主任は、 
「本当に馬鹿だ。今夜死なないで、他の晩に死んでくれりゃいいんだ」
外交部長は言った。 
「もつと種のない時に死んでくれりや、どのくらゐ助かるかも知れないんだ。無駄なことをしたもんだな」
「全く助からない」
と若い職工長は言った。
【中略】
私はただ唖然として、新聞を下に置いた。昨夜乃木将軍を馬鹿だと言った社長のもとに極力罵倒した編集記者らの筆に依って起草され、職工殺しだと言った職工たちに活字に組まれ、とても助からないとこぼした校正係に依って校正され、そして出来上がったところは、「噫軍神乃木将軍」である。私はあまりに世の中の表裏をここに見せつけられたのであった。     
「双六で東海道」丸谷才一著より転載

これはメディアが歴史を作る一シーンですが、奇しくも上野動物園のジャイアントパンダ(ランラン)と同日に死んだため、翌朝の新聞のトップ記事は全てパンダであった三遊亭圓生さんとは大違いですね。

「坂の上の雲」で司馬遼太郎先生が精神主義者である乃木将軍は、高潔さや闘志でなく、兵器と兵站と作戦と国際広報が勝敗を決める身も蓋もない歴史的事業には不向きだったと断を下しています。
確かに203高地では第一回総攻撃で5,037人、第二回総攻撃で1,092人、第三回総攻撃で5,052人の兵隊を肉弾に変えたわけですので宜(うべ)なるかなではあるのです。
当然のことながら負傷者はこれの倍になっており、戦闘能力としは三個師団が全滅としたことに置き換えることができるのです。
司馬遼太郎先生は、203高地においてそれがすべて正面攻撃の力攻めで、はなはだ芸がなく、乃木将軍と第三軍の伊地知参謀長は全く頭脳に柔軟さを欠いていて無能だとしています。
さらにそれに気づかず、たとえ気づいたにしても、悲劇を「自分の美的世界に組み入れ」その主人公として憂鬱の中に安らぐ乃木将軍を唾棄する気配が濃厚にあります。

しかしこれに対して福田恒存先生は「乃木将軍と旅順攻略戦」にて、誰がやってもそうなったはずのことを、乃木・伊地知の「無能」に帰するのは酷だ、戦後に完成した精密な図面をにらみながら当時の作戦批評を行うのは「後知恵」にすぎず、アンフェアであるとしております。

でも乃木将軍の旧友児玉源太郎満州軍総参謀長は旅順に突如あらわれ乃木将軍よりの指揮権借用という離れ技で指揮をとり、あっという間に203高地を落として陥落させてそそくさと原職務に復帰しています。
従って福田恒存先生の説はなかなか受けいれにくいところでもあります。

乃木将軍は自刃の当日、奥様には自刃にはつきあわなくてもよいと言い渡したのですが、明治の倫理観からして奥様は乃木将軍の単独自裁を受け容れることはできず、いきおい共に自刃する道を選んだわけであり、これまた乃木的美意識の帰結に準じたのです。
かつて私は、旧乃木希典邸にて乃木夫妻が自刃した部屋をみました。
私が訪れた日は、木枯らしが吹き荒れており、ガタガタと震える薄い板硝子の悲鳴に乃木夫婦の寂寞たる情愛を重ねて合せていたのでした。


JFL Hidden Camera Pranks & Gags: Canadian Crocodile Attack



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今日は東京駅6時始発の新幹線で奈良に行き打合せをして午後一番には東京にとんぼ返りするという身体に優しい半日でした。
寝不足のためか、妙に身体がけだるく、しゃきっとしようと訪れたのが、アヒアヒの四川料理店「五指山」さんです。

住所: 東京都千代田区内神田1-9-10 光間正ビル 1F
電話:03-3292-0080
定休日:日曜日、突然休が得意

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お店の外観です。

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ランチメニューです。

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ディナーメニューです。

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本日のオーダー「麻辣湯麺(タンタンメン)+小ライス」@900円です。
待つこと10分で着丼です。
見た目色鮮やかな濃厚なゾル麺です。
挽肉が盛られており、花椒(ホワジャオ)が振りかけられています。
トッピングは青梗菜が2本のっています。
それでは実食です。
スープは濃厚な胡麻、ココナッツのゾロ系スープです。
お約束の熱々は守られています。
花椒(ホワジャオ)は量が少ない為それ程きつくはありません。
ほのかな野菜の甘みと酸味が感じられます。
麺はユルユルの細麺です。
これは胡麻のドロドロ麺ですね。
あまりにコッテリしているので麺だけですと飽きてきます。
従ってライスに掛けて食べる方が合います。
アヒアヒ系を期待していくのであれば「麻婆土鍋ご飯」@900円をお奨めします。
なんか期待を裏切られた様な感もありますが、セサミンが豊富なので元気が出てきたような気になりました.

それでは(^_-)
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