下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

丸香

小川町 丸香 4th

今日は「大雪の思い出」です。
大雪
2月8日未明から降り続く雪で、各地は記録的な積雪となりました。
東京は午後8時に積雪が25cmとなり、1969年以来45年ぶりの大雪となったそうです。
千葉でも午後8時に積雪が26cmとなり1984年以来30年ぶりで観測史上1位、熊谷は30cmで1954年以来60年ぶりの大雪で観測史上3番目の記録となったとのことです。

札幌に7年住んでいたものからとすると、25cm位の雪でなにを大騒ぎするのだろう、という感覚になりますが、雪に対する免疫がないので仕方ないでしょう。
家の近隣でも累計三台の車がstuckしていて悲惨な状態になっていました。
可哀想になって家から近い車には雪道脱出用具を持っていき助けてやりました。
東京の人は持ってませんものね(笑)

札内川ダム
そんな私ですが本当に驚いた大雪がありました。
十勝川3大支川のひとつである札内川という川があります。
そこにダムが作られることになり、ダム現場に材料を納める大きな契約をとりました。
厳寒のとある日、納期打合せのために現場に行く仕事ができたのです。
いつもその現場には地元の業者の運転で連れて行ってもらうのですが、その日は帯広地方に爆弾低気圧が発生し、大荒れの天気になるとの予報でした。
帯広は寒い事は寒い(マイナス10度前後)のですが、雪はあまり降りません。
しか〜したまに降ると、とんでもなく降るところなのです。
地元の業者とその道行を打合せしました。
その結果、爆弾低気圧の中、山奥のダムにいくことはかなりのriskがあるとの結論になったのです。
それから熟考の上、私はそのダムに行くのにタクシーを利用することを決めました。
その日は帯広には飛行機で行ったものですから、帯広空内で客待ちしているタクシーの運転手に、上寿司付で半日貸切5,000円で札内ダムまでいかないか、と片っ端から声をかけたところ一人の運転手がこの話に乗ってきたのです。

空港近隣の寿司屋で私と地元の業者とタクシーの運転手は美味しい上寿司に舌鼓を打ち大満足のearly lunchを平らげました。
私達の爆弾低気圧対策が始動します。
タクシーに乗る前に運転手は命がけなのでと言って、トランクから当時禁止されていた滑り止めのチェインを駆動輪に巻きつけました。ただし樹脂製ですがね。
これでもあるとないとでは大分違うそうです。

一時間位走っていたら空の色が急に鉛色になってきました。
低気圧が近づいてきたようです。
雪が間断なく降り始めました。
その雪片は大粒です
最初は2車線だった道路が急速に降り始めた大雪の為にじわじわとその領域を縮小されて1.5車線にまで狭められました。通りすぎる路肩には大雪のためstuckして動きのとれなくなった車が散見され、その車の面影は雪で覆われているために輪郭でしかわかりません。
ほとんどwhiteoutの世界になってきたのです。
さらに荒れ狂った雪は猖獗(しょうけつ)を極め容赦がありません。
ついに1.5車線だった車線が1車線になりました。
もう道路ではありません、新雪のスキー場を走っているようなものです。
さすがに驚いた私は運転手さんに、どう、ダム現場までつけるかね、と聞きましたら、
そんなことは分らないですよ。上寿司に釣られた私が浅はかだった。こんな事になるんだったら特上寿司にすればよかった、と半分冗談で返しました。しかし、お客さん万が一対向車が来てブレーキを踏んだらこの車もおしまいだ。動けなくなる。どうか対向車が来ない事を祈って下さい、とお願いしたのです。
冷静に考えれば2車線の道路を走っていたのにそれが1車線になっているのですから、対向車がきたらとんでもないことになります。さらに運転手さんのいうとおりこの車は慣性の法則で動いているわけですので、車が止まれば間違いなくstuckしてしまうと思われます。
私は心の中で、七難即滅、七福即正、を真剣に唱えました。
そのお陰か対向車にも会わず現場に着きました。

現場では所長さんが、こんな大雪の中、良くきたね、と大感動していました。
普通はこないよ、と笑いながらいい、打合せは短時間で滞りなく終わりました。
帰路の事を考えて外に出てみましたら、道が完璧に雪で覆われていてどこに来た道があったのかもわかりません。
運転手さんに、どうする、って聞いたら。道がなければ走れません、と笑いながら答えていました。
私と業者の方が途方に暮れていると、先ほどの所長がでてきて、今日は大雪の為、仕事は終わりです。このままだと職員も家に帰れなくなってしまうので、これからラッセル車をだして先導するから職員の車の後ついてきて下さい、との事でした。
さすが山奥のダムです。対応が違いますよね。
ということで帰路は余裕のヨッちゃんで帰ることができました。
皆さん、雪道を運転していて道路が無くなる恐怖を味わった事がありますか?
ないですよね・・・


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今日はお茶の水に出没です。
時間は19時です。
これから会社に戻らければなりません。
考えてみたら大事なお昼をとってないではありませんか。
何か最近自分の体がrobotのように思えてきました。
良く食べずに働いているものです。
こんな日は讃岐うどんです。
今日のお店は讃岐うどんの名店「丸香」さんです。

住所: 東京都千代田区神田小川町3-16-1錦華通り お茶の水小南側
電話:非公開
定休日:日曜日、祝日、年末年始

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お店の外観です。

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メニューです。

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今日のオーダー「かけうどん+げそ天」@380+@210=590円です。
待つこと7分でかけうどんとげそ天の到着です。
見た目、透明感のある出汁が目にさわやかです。
それでは実食です。
「いりこ」の丸みのある旨味とふんわりとした香りが存分に引き出された出汁ですが、なぜか熱々感がありません。
うどんはコシがなく柔らかめです。
最近わかったのですが、本場の讃岐うどんって柔らかいのがdefaultなのですね。
知りませんでした。
げそ天は揚げたてではありません。
青森で水揚げされたスルメイカで氏素性はよいのですが、冷えた体でこられてこられてもねぇ、帰ってよ、って言いたいところなのですが・・・
げそ天は甘みがありおいしいのですが、これが熱々だったらさらに美味しかったのでしょうね。
いずれにしても、個人的には、thermal issueあり、と断じたいです、ハイ。

それでは(^_-)


小川町 丸香 3rd

今日は「ハンバーガーは博覧会生まれ」です。
ハンバーガーが誕生したのは1904年。ところはアメリカ・セントルイスです、この年、セントルイスでは世界博覧会が開催され、会場を見学しながら食べられるものとして、手軽なハンバーガーが開発されたのです。
ハンバーガーにはさむハンバーグステーキが、ドイツの港町・ハンブルグで生まれたことは良く知られています。そのもっと先のルーツは、中央アジアに行き着きます。
この地に住む騎馬民族が肉を馬の鞍の下に入れて移動するうちに、肉が振動で叩かれて砕かれ、これに味をつけて食べたのがタタール(タルタルステーキ)。十八世紀、タタール地方を訪れたドイツ人が気に入って料理法を持ち帰り、外側をカリッと、内側をレアに焼いて食べるようになりました。これがハンバーグステーキの始まりです。
十八世紀末、アメリカに移住したドイツ人がハンバーグステーキを好んで食べていたことは容易に想像できます。
そして1904年、セントルイスで博覧会が開催されたとき、このハンバーグステーキを、専用の丸パンにはさんだハンバーガーを開発し、会場で売り出したところ、予想を上回る大人気。博覧会終了後も人気はおとろえず、たちまち、アメリカの定番料理になったというわけです。
ちなみに、アイスクリームコーンが誕生したのも、このセントルイス博覧会からです。
「雑学の王様」幸運社編より転載
個人的にはハンバーガーよりホットドッグの方が好きです。ちなみにNative speakerには“ホットドッグ食べませんか?”は通じますが“ホットサンド食べませんか?”と言いますと“熱い砂食べませんか?”と聞こえてとても驚くそうです(マジ)

ちなみにこの 幽霊動画信じますか、子供達の驚きはヤラセでないような気がします…

メランコ人間(執着心が強い)のため、小川町「丸香」さんでの前回の「かけうどん+まる天」に納得がいきませんでした。今日は讃岐うどんの最終決戦のため「丸香」さんに再々訪です。

住所: 東京都千代田区神田小川町3-16-1錦華通り お茶の水小南側
電話:非公開
定休日:日曜日、祝日、年末年始


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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。すみません、撮った後知ったのですが、このお店、店内写真はご遠慮ください、だったのですね。当たり前ですがモザイクかけますので許してくださいm(__)m

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今日のオーダー「肉うどん<温>」@630です。ここの肉は赤ワインと和三盆のカルメルを加えたかけダシで煮込んだ牛肉・玉葱をのせた肉うどんです。
今まで「釜たまうどん<熱>」、「かけうどん+まる天」と食べて、今日の「肉うどん<温>」で三食目ですが、「釜たまうどん<熱>」が一番ですね。
この「肉うどん<温>」もお肉が甘ショッパクいけるのですが、舌鼓を打つまでのものではありませんが満足しました

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お店のお奨めでペッパーミルと七味唐辛子をかけて食してみますと肉の甘さが引き締まって美味しくなりました、これも一興ですね。
ご馳走様でした
さすがに食傷気味になりましたので、しばらくは訪問を控えさせていただきます(笑)

それでは(^_-)

続 小川町 丸香

今日は「人の気配の正体は?」の話です。
人が近づいてくると、たとえそれが見えず足音や息づかいが聞こえなくても気配が感じることがあります。この感覚は人間より一部の動物の方が敏感で、イヌは飼い主を何百辰睥イ譴疹貊蠅濃|里靴匿尾を振ることがあります。
これは生体電位と言われる体内の電気的な状態から生じるもので、準静電界(人体の周囲を包むように存在する弱い電気力の動く空間)と呼ばれるものが関係していると考えられます。
準静電界の状態は人間が体を動かすと変化します。歩く場合には足の裏の設置面積が変化したり、地面との間で電荷のやりとりが起こったりすることで電界の状態が変わります。此の違いをイヌは鋭く感じ取って、飼い主のパターンを認識している可能性があります。
人の気配が生体電位によって発せられるとしてこれを察知する能力は、人間の場合はどこにあるのでしょうか。
そうした未知のセンサー候補として、体毛と内耳の二つが上げられます。皮膚にある細かい産毛のような体毛の先端は小さな電気刺激に対しても極めて敏感で、ぞくっとするような感覚を引き起こします、物音や空気の動きよりも先に、この刺激を感じる事もありえます。内耳は内部にある有毛細胞が振動することによって、電気的な成分が増幅されている可能性があるといわれています。
五感を超えた感覚に少ずつ、科学のメスが入れられようとしています。
日本経済新聞「謎かがく」より転載

仕事で疲れ家に近づくと愛犬のお帰りなさいの“ワンワン”コール、思わずスキップして家のドアを開ければ尻尾をふり喜び跳ね廻る愛犬の姿、一日の疲れがどこかに消え去る瞬間でしょうね。私には経験がないですが…
私はワンコが好きです。しかし飼わないのはワンコとの別れがあるからです、感情量豊富な私は愛犬との永久(とわ)の別れは多分耐えられないでしょう。
バウリンガルがもう少し進化すれば、多少なりともコミュケーションが取れるので、愛犬との別れも納得感の醸成により感情のコントロールができると思います。
ちなみにイルカの翻訳機はもう少しで完成するそうですね、これは偏(ひとえ)にイルカの知能が高く語彙分類を可能にしたからなのです。イルカは学習能力がとても高くある分野では人間を陵駕することもあるようです。

今日はお昼抜きです。流石に夕飯は食べようと思い、たまさか小川町にいたので、讃岐うどんの名店「丸香」さんに再訪です。

住所: 東京都千代田区神田小川町3-16-1錦華通り お茶の水小南側
電話:非公開
定休日:日曜日、祝日、年末年始

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お店の外観です。

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今日のオーダー「かけうどん+丸天」 380+140=@520です。

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「丸天」です。これは讃岐うどんの必須アイテムらしいですね。丸天とは蛸、木耳、茸、地海老の具が入った丸い揚げ蒲鉾です。しかし今日の丸天は揚げたてでなく冷たく、このおかげで汁(つゆ)がさめてしまい、折角の秀逸の味が落ちてしまいました。それを除けばうどんは、味良し、コシ良し、艶良し、肌良しで最高だったのです。
しかし四国人はこの丸天がソウルフードだとか、下町っ子としましては少し疑問が残るところでもあります。

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この後少し食べたりなくミニストップで「チリドック」@218を求めました。しかも今の期間は▲20円引きです。これかなり美味しく特に辛さが程よいですね。ウィンナーもポリッポリッしていて食感最高でした。最近のコンビニの味も決して侮れません(笑)

それでは(^_-)

小川町 丸香

今日は下町番長「勝小吉」です。
私は勝海舟の父が書いた「夢酔独言」が大好きでよく読み、そして小吉親父の放蕩無頼ぶりに感動していました。この親父今で言うと「チョイ悪親父」ではなく「オオ悪親父」ですが、大酒を飲んだり(実は下戸)博打にうつつを抜かしたりするタイプではありません。
刀剣の目利きができることから刀の売買でシコシコと蓄財をします。しかしそこそこのお金が溜まると、趣味の着道楽につぎ込み、吉原で一流の花魁と遊ぶという、リッチではなくゴージャスな暮らしぶりです。そして新門辰五郎にも言わせしめるよう「江戸府下最大の喧嘩上手」でもあります。当該本を読む限り連戦連勝でした。勝小吉の一番の良さは友達を大事にし信義に篤いことですね、それと一度人に頼まれると騙される事も多々あるのですが誠心誠意に助けることです。
小吉のエピソードを以下に記しますので、その人となりを感じ取ってください。

5歳の時に喧嘩をして、相手を石で殴り口を切った。その後父親に下駄で頭を殴られた。
7歳の頃、2・30人を相手に1人で喧嘩したが敵わず、悔しいので切腹しようと思って脇差を抜いたが近くにいた米屋に止められた。
柔道の仲間に帯で縛られて天井につるされた。悔しいので皆が物を食べようとするとき上から小便をばらまいた。
小吉は生涯無役だったが、息子の麟太郎は将軍徳川家慶の五男初之丞の御学友に取り立てられた。小吉もこれを麟太郎の出世の端緒と期待していたようだが、初之丞は一橋家を継ぐとまもなく亡くなった。
島田虎之助を訪問したとき、不行跡の噂を聞いていた虎之助は小吉をあまり良く思っていなかったらしく、嫌味を言ってきた。小吉はかまわず吉原に連れ出して豪遊し、虎之助の度肝を抜いた。
地主の家で金が入用になったので、その知行地へ行って金策をした。村人が金を出し渋っているので「金策ができなければ面目がない。切腹する」と村人を脅し、とうとう金を出させた。首桶まで江戸から持参してみせたほどだった。
ある女に惚れてそのことを女房に言うと、女房は「その女をもらってあげる」と言った。自害してももらってあげるというので、小吉は女房に短刀を渡して遊びに出た。会った知人にそのことを話したら「女房に情をかけてやれ」と意見をされ、さすがに反省して家に帰った。
甥の男谷信友は幕末の江戸において力の斎藤・位の桃井・技の千葉と称された三代道場をもってしても歯が立たないといわれた達人だが、小吉は片手で捻ったという。新門辰五郎曰く「喧嘩で右に出る者なし」。ある意味、幕末最強の男と言える。
『夢酔独言』では、どうやって乞食をして歩いたかまで詳しく語っている。しかし仮にも武士の子が2度も出奔し本当に箱根の関所を抜けられるのかなど疑問があり、いくらか誇張も含まれていると考えられている。しかし「俺の真似をするな」と言いつつもやりたい放題の半生を子供たちにおおっぴらに書き残し、それがしゃべり言葉のように軽快に書かれていて、八方破れな小吉本人の声が聞こえるかのような面白い作品となっている。
勝小吉-Wikipediaより転載

当時の下町には下級武士(下級だから下町に住んでいる)がゴマメの様に犇(ひしめ)いていますので、このような町奴風の人がでて来るのでしょうね。
まして私が幼少の頃育った場所に生息していたのですから、堪らなく親近感を感じます。

今日のお店は讃岐人の“聖域”?讃岐人が絶賛する超繁盛さぬきうどん店「丸香」さんです。
住所: 東京都千代田区神田小川町3-16-1錦華通り お茶の水小南側
電話:非公開
定休日:日曜日、祝日、年末年始

丸香1
お店の外観です。

丸香2
店内の雰囲気です。今日は早くて15:50分の昼食です。しかし店内超混みです、すごいですね(笑)

丸香3
今日のオーダーは「釜たまうどん(熱)」@460です。最初は汁(つゆ)を掛けずに食べましたが、結構麺はショッパかったです。よって汁(つゆ)は控えめに加えました。無料天カスがあったので軽めにのせました。この天カスなにやら“イカ天”の残骸のような?…美味しいです!
麺の口当たりの良さ、喉越し、麺のコシ、確かにスゴイですね。これが所謂本場の味というものなのでしょうか。玉子は香川産地鶏のものを使用しているようです、後半は和製カルボナーラのようになってきました。たしかにここのお店はスゴイですね、超繁盛店なのが納得なお店でした。

それでは(^_-)

丸香 ( 神保町 / うどん )
★★★★4.0
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