下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

下町

月島 串虎

今日の話は「和風オムレツ」です。
定番のレシピは、牛肉の細切れと玉葱、小さく切ったジャガイモを醤油、酒、少量の砂糖でコッテリ煮ておき、これを卵で包みます。
我家(実家)はあまりこのように手間隙かけず、玉葱がをしんなりするまで炒め牛肉の細切れを合わせて炒め、塩胡椒で味を整えてから卵でくるみます。
定番も我家(実家)のいずれもウスター・ソースをかけて食します。
私はこれ大好物でよく母親に作ってもらうよう頼んでいました。
デラ美味ですhappy01
下町のちょっとした定食屋さんでオムレツを頼むと間違いなくこの調理方法ででてきます。
今日名古屋の取引先とお昼を食べながら話をしていたらこのようなオムレツは知らないといっていました。多分東京でも下町だけの定番かもしれません。
串虎1
今日のお店は月島串焼きのメッカ「串虎」です。このお店は築地明石町の加賀屋で修行してから当地で開業しました。大分前に酔って聞いていたのでこの件(くだり)は間違えているかもしれませんが、加賀屋の出自である事は間違いありません。
串虎の「虎」はご主人が阪神ファンだからです。
今でもご主人は草野球で汗をながしているようですが、最近はあまり活躍してないようですネ。

住所: 東京都中央区月島2-13-3
電話番号:03-6220-1119
定休日:祝日・日曜日

串虎2
串虎3
今日は独り飲みです。本日の飲み物のブラックホッピー@420です。

串虎4
ホルモン焼(3本)@480です。味ですか肉が少し固いかな。でもピリ辛に仕上げているのはウレシイですね。

串虎5
鶏のぼんじり焼(3本)@480です。これは美味しいですhappy01外硬内柔しかもジューシーでイケました。

串虎6
そうそう今日は頼んでないのですが、このお店の一押しはかしらにんにく和え@500(パチリは「まるみのつれづれ外食記録」より転載)です。食べるにつれて肉がフニャフニャになりたまらなくなります。でも次の日思い切り匂いマスよ(マジ)

今日は〆て1,630円です。これこそ安飲みの王道ですね。
いつも思うのですがマッスグ帰ればいいのでしょうが、仕事が遅く終わると力水(ちからみず)を注入しないとフラフラで帰れないのです(笑)

それでは(^_-)

下町のお店

まだ本調子ではないので、グルメネタはまだ出て来ません。
今日は下町から消滅したお店を思い出してみました。

・乾物屋(椎茸、かんぴょうなど乾燥物を扱う)
・漬物屋(佃煮、豆、ラッキョウ等を扱う)
・蒟蒻屋
・蒲鉾屋(ハンペン、竹輪等を扱う)
・弓屋(弓を射るのみ、地元の天祖神社前に有った)
・ピンポン屋(卓球場、これも地元の天祖神社前に有った)
・唐辛子屋
・焼き芋屋
・大学芋屋
・煎餅屋(地元では浮世煎餅というお店があった)
・バッタ屋(地元じゃコヤマかな)
・甘粕屋(甘酒屋のこと、今じゃ神田明神下の二軒くらいかな)
・おかず屋(今は逆にオリジン等の業態が増えている)
・汁粉屋(今は甘辛屋に進化、でも下町でも少ない、地元のクワタくらいかな)
・あさり屋(行商では「あっさり(あさり)死んじめ(蜆)」の掛声で有名です。私の家のソバに有った)
・草履屋
・下駄屋(たしか草履屋と下駄屋と靴屋はその後一緒になった)
・傘屋
・綿屋(今は布団屋さん)
・映画館(実家のそばに一軒あった)
・煙草屋
・釣竿屋
・焼きソバ屋(実家のそばに一軒あった→メニューに本当に何も入ってない焼きソバがあった)
・屑鉄屋(赤物=銅線を持っていくと高く買ってくれた)
・質屋(これは今もあるか)
・駄菓子屋(これも今もあるけど少ない)
・果物屋(これも今もあるけど少ない)
・豆腐屋(これも今ももあるけど少ない)
・時計屋(これも今ももあるけど少ない)
・卵屋
・文房具屋
・古着屋
・米屋
・牛乳屋
・鍵屋

こんな感じですかね、しかし昔は専門店が多かったのですね(感動)

そして最後は立ち飲み屋です。これは最近増えているらしいですが(笑)


ここは以前このBlog にでた月島の立ち飲み屋さん。
たしか「OH-BINNA(漢字分からず)」かな、いつも日本語の上手なオーストラリア人のポールさんがキスグレ(酔っ払いの事)ています。

それでは(^_-)

本日ヘラに付休載です!

すみません今帰宅しましたが01:30です。
すごいヘラなので本日休載させていただきます。
こういう日もあるのです。

So Long!(^_-)

森下 山利喜

風邪が治りません。
かれこれ半月以上が過ぎます、体も耗弱していますもしかして死病に取り付かれたのかもしれません(
鼻をかみ過ぎて鼻の下が真っ赤です。
多分今日までで今年一年分のティシュを使用したかもしれませんね(笑)

ということで今日はかかる中お客様と飲んで帰宅したので思考能力なくパチリでいかせて貰いますm(__)m

レストランサト
大体今日は朝早く八王子の山奥にクレームの打合せです。しかも打合せ場所は工場内でした。お昼12時というのに工場の寒暖計は4度を指しています。
ここは東京なので北海道じゃありあませんお願いします、これ以上風邪をこじらさせないで下さい。
ということで今日のお昼はレストランサトの「味噌煮込みうどん」@980です。
ここは卓上コンロで熱々で食べさせます。
味は名古屋の山本屋とあまり変わりがなかったような気がします。
余談ですが山本屋の味噌煮込みうどんの鍋には穴が開いてません。これは皿代わりに鍋を使うからです(笑)


晴海通り
不思議この標識、縦に行っても横に行っても「晴海通り」です。普通××通りって一本道ではありませんか


山利喜
今日の接待の場所「山利喜」です。
この店大学生の頃から行っています。一度若主人(現主人)に昔は厨房の位置が逆だったねといったらても驚き今の常連さんでもそれを知っている人は少ないとても尊敬されました。
当たり前だよねメッコの数が違うもの・・・(高笑い)


山利喜
この煮込みブーケガルニ使用しているので煮込みランキングに入らないそうです(マジ)。日本和食会(飲食会)も狭量ですね。
これガーリックトーストで食べるとイケますよ。でもこんな気取った食べ方いつから始まったんだろう?
昔はここでの締めはこの煮込みに生卵にネギと七味とご飯を入れ一気にかっ込んだものなのにな(笑)


それでは(^_-)

AlWAYS 続・三丁目の夕日

昨日帰宅してから奥様との以前からのお約束で「AlWAYS 続・三丁目の夕日」を見に行きました。
これ泣けます。最初からトップギアで涙全開、それ以後涙、涙、涙です。
一作目も良かったのですが吉岡秀隆の貧乏作家茶川の過剰演技が少し鼻についていて山谷感があったのですが、今回は皆肩の力が抜けた演技でとても良かったです。
あれだけ泣かせてもらって146分で1人@1,000円(割引券を入手)はお安いです。

さてこのドラマの舞台となっている夕日町三丁目は何処だと思いますか。
キネマ旬報石上三登志氏によると、虎ノ門三丁目(愛宕神社の斜め後ろ当り)でかつては西久保巴町とのことです。
確かに映画の中の鈴木一平君の台詞の通り東京タワーまでは歩いていけますね。

次に石崎ヒロミ役(小雪)が乗った「こだま」ですが、ヒロミの乗車シーンは実物セットで、走行中の「こだま」は精密模型でそれと背景画像をSFXで合成したそうです。
すごい技術ですね

ついでにTVで昭和30年のニュース映画を見ていて驚いたことを数点記します。
1. 旭川の某所では橋がかかってなく、バスは川まで来ると渡し船でバスを向う岸に運んでいた。
2. 千歳→札幌(16号線?忘れた)は防衛分担金でできた国道。昭和30年の北海道では唯一この道だけが舗装されていた。
3. 貸しTVが流行する。保証金20,000円(現在でいえば少なく見積もっても500,00円以上)で月3,000円(現在でいえば少なく見積もっても75,00円以上)。
4. 30分50円(現在でいえば少なく見積もっても1,250円以上)の貸し洗濯機流行する→高くて買えなかったのかな。
5. プロレス流行。前橋市で小学生がプロレスごっこをしていて飛び蹴りで死亡。力道山がテレビで「皆さん、プロレスラーは体を鍛えているからできるのです。体の柔らかいうちはプロレスの真似はしないで下さい」小学生に真剣に訴えていた。
6. 修学旅行で国鉄事故多発。多くの死傷者がでる。これを受けて国鉄総裁が国鉄は危険です。乗る時は一人一人が注意をして乗ってくださいと訴えていた→実際修学旅行に行く生徒達は列車からの避難訓練を行っていた。夜行修学列車には生徒を不寝番として立てていた。
7. 北海道への開拓団ができた(昭和30年なのに)。その開拓団を結成する為に集団見合いが行われていた。
これらは正に「REAL 三丁目の夕日」でしょう

ということで今日は「箱根駅伝復路」見っぱなしで外出できず、B級グルメネタはありません。
タマには良いでしょう(^_^)v
こちらでも涙腺ユルユル、特に九区の大東文化大学の住田君の頑張りには涙が止まりませんでした。

     駒沢大学優勝おめでとう



それでは(^_-)

ツクネ蕎麦

ウーンお腹がすかん。昨日患った胃腸炎によりドクターから12時間の絶食を申し渡されその通りにしていたら空腹感がなくなりました(多分に病気のせいもあります)。
お腹がすかないと食事が美味しくないですよね。
巷間では2008年から特定健康診査が施工され、ウェスト、中性脂肪、血圧、血糖値が基準値を超えた人は最大10%の医療費アップとのこと世知辛いですね。
ところで10%アップなのですが、私の業界では30→33%に上がることをいいます。
30→40%は10ポイントアップと使い分けているのです。
はたしてどちらでしょうか、多分後者でしょうね。
私はメタボオジサンではないので本件は対岸の火という感じです(スミマセン)
ということで今日の獲物は、勝どきの信州そば野「つくね蕎麦」@750です。


つくねが想像以上にほっこりして美味しかったです。
なにやら亡き母の作るお雑煮に味が似ていて郷愁をそそられました。
今回プロバイダーに強く気合を入れたせいか、回線の復旧が一日で終わりましたので再開します。(もったいつけて一日しか休んでないじゃない!)
それでは(^_-)

ヘタレな一日(ーー;)

今日はヘタレな一日でした。
八王子の山奥のお取引様に直行するので、余裕を持って起床しました。
それなのに・・・
まず朝命の次に大事な手帳を忘れました。途中で気がつき家にとりに戻りました。
折角余裕を 持って出たのですがこれにより結果大幅タイムロスです。
駅に行く途中の坂道で、どこから見どう見ても後姿オバサンがチャリでスイスイと急な坂道を登って行きます。負けずと競います(チャリ通勤なのです)がなかなか追い越せません。
電チャリかと思いきや、違うようで何とか追いつき追い越しました。
しかしやっぱりこのオバサンは電チャリを乗っていたのでした(ナンノコッチャ)
最近の電チャリコンパクトなので分からなかったのでした(トホホ)。
この後も光速運転で駅まで向かいました。
このダッシュで若干時間を取り戻せたので少し余裕で電車に乗り込みます。
今日の仕事のことで少し考え事をしていて癖で顎に手を当てると、手の先に「ジョリ」という感触を感じました。
まさかです!何と何と髭を剃るのを忘れていました。
いくら髭が濃くないとはいえ、ビジネスマンとしては問題ですし見苦しいです。
さらに八王子に行くのにこれは完璧に勘違いで、何故か高尾行きに乗るのを青梅行きに乗ってしまいました。
途中景色が変なのに気がつき東中上駅で慌てており、立川経由で戻りましたがここで折角の余裕を食いつぶしてしまいました。 さらに駅について髭剃りを買い公衆トイレでお髭をソリソしたので結果15分の遅刻です(トホホ )。
でもお取引様も取り込んでいたので、結果遅刻はチャラでしたがアブナイアブナイで す。
さらにこのお取引様にお昼を誘われ、高級和食店に行ったのですが仕事の話に夢中になり「パチリ」を忘れました(これは仕方無いですね=当たり前!)
そして2時までに帰社しなければいけないのに、今度は荻窪で誰かがレールの上に石を置いたため列車が運休しこれまた遅刻です。
こんな日が在って良いのでしょうか? 全くついていません(怒)。
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それでは(^_-)

指きりゲンマン?

今日は打ち合せで川崎に出向きます。
久々に訪れたこの町は、すっかり変貌してしいました。
遥か昔は、ヤクザ、チンピラ、銀竜会(これヤーサンの組名か?)、キャロルという四大話で有名な処でした。
ここに地獄の蓋を開けでてきたような、魑魅魍魎の人たちが闊歩するとてもオトロシイ街でした。
しかし今や洗練されたお洒落なビッグシティに大変身です。
かつて不良の溜り場の映画街もLA CITTADELLA(ラチッタデラ=イタリアの丘の町をコンセプトにしたシネコン)に変わっています。

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チンピラさんがいなくなった代わりに、日本語の上手な黒人さんがイカガワシイお店の客引きを一生懸命なされていました。しかしこの黒人さん見た目超アブナイのですが、誰に習ったのか日本語が丁寧のうえ上品なのです。
思わず私はこのアンマッチの時空を、まるで初めて洋画の吹替えを見て驚いた老人のようにしばし佇んで堪能しておりました(しかしマジにオモコワです

川崎といえば焼肉です。昔焼肉店がいっぱい有った場所に出向くとキレイサッパリワープして無くなっていました。
仕方無いので1961年創業の老舗「食道園」に出向きます。
今日の獲物はここの一押しバラ汁(テグタンクッパ)ランチです。

味ですか、肉君は柔らかくて申し分のないお味ですが、スープ君は少し酸味が強すぎまして今一つですね(伝統が泣くぜ!)。
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帰社は京浜急行です。
停車待ちしている電車に急いで飛び乗ると、眼鏡含めた装身具がすべてキンキラキンのオジサンが大股開で足を放り出し大声で携帯しています(ウルサイ)。
このオジサン良くみれば指切りゲンマンができないオテテでした。
やっぱり間違いなくこの街は川崎だったのです。

過日事故を起こしましたが、その沙汰を所轄警察の事故処理係に問い合わせますと、敷地内の自己は原則事故扱いにならないとのことでした。
よって1989年3月29日以来の「無事故無違反」記録は引き続き延伸されるのです(万歳民草よ控えおろうゴールドカードでごじゃるゾ

それでは(^_-)


本郷散策

今日は所要で本郷に行きました。
用事がすみ、本郷界隈をそぞろ歩きです。
最初は、夏目漱石邸跡地です。

小説では「我輩は猫である」に出てくる主人公の飼主である英語教師の珍野苦沙弥先生がすんでいたところですが、実態はモデルの夏目漱石先生の住居です。
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さらに良く珍野邸敷地内横行する学生達は小説では落雲館高校の生徒ですが、実態は郁文館高校の生徒です。
いま同校は新校舎を建設中ですが、それにより見晴らしがよくなり、何と夏目漱石先生の住居と郁文館高校は隣り合っていたのが分りました。
明治頃はセキュリティも今と違ってうるさくなく生垣で仕切られた邸内に、落雲館高校の生徒達が縦横無尽に侵入を繰り返えせたのは理解できます。
漱石先生もこれには小説内に書くくらいですからマジに頭にきていたのでしょうね

その後は今日の目玉の東大安田講堂前にある東大中央食堂です。
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しかし土曜日の営業は、11:00から14:00までで残念なことに入館がおくれ食べられませんでした。
メニューを確認しますと、本当にたいした事も無く、この食事が日本の最高頭脳を支えているかと思うと少し驚かされました。

結局今日の獲物は以前から狙っていた、本郷三丁目かねやす前にある創業昭和45年の「洋食せんごく」です。
数あるメニューからハンバーグを選びました。
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メニューの惹句をご披露しますと以下のようです。
ステーキ用赤身牛肉を細切りにした、贅沢なビーフ100%のオリジナルハンバーグ」との事です。
ソースが次の三つから選べます。
/裕No.1せんごくバター
△気辰僂蠅箸ろしポン酢
やみつきになるガーリックマヨネーズ
私はヤミツキになろうぜということでガーリックマヨネーズを指定しました。
味ですか、贅沢ビーフを使用しているだけあって、肉の味もよく美味しかったのですが、付け合せの野菜(モヤシ&コーン)がショッパすぎてプラマイチャラという感じですね(残念)

その後は樋口一葉住居跡に行きました。
ここでは一葉が使っていたという「井戸」をパチリしました。
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画像が見にくいかもしれませんが、井戸水を沸かして飲みましょうの張り紙には思わず笑ってしまいました。だって水道水すら飲まない今の東京人が、ワザワザ古式豊かな水は飲まないでしょう

最後はいまでも東大の学生が住んでいる名門下宿「本郷館」をパチリです。
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最近の東大学生はお金持ちの子弟が多いと聞き及んでいますが、なにも好き好んでこのような安下宿にすまわなくてもと思うのは私だけでしょうか?
参考までにHPよりの引用を記しておきます。

【QOT】
1905年に建築された木造三階建ての建築物で、部屋数は70室前後。全体はL字型となっている。木造建築物としてはかなり大規模なもの。関東大震災や東京大空襲で東京の古建築が壊滅的な打撃を受けた中で、生き残った。所在地は東大正門より200メートルほどの場所である。この付近にはかつて学生相手の「賄いつき」「共同炊事場」の下宿屋が数多く存在しており、その名残を残すものである。長年にわたって現役の下宿屋として使われており、地域のシンボル的な存在になっている。2007年に老朽化のため取壊して建替える計画が公表された
【UNQOT】

ということで本日の本郷界隈逍遥はいかがでしたか。

それでは(^_-)

風が吹くと桶屋が儲かる

街が少しずつ色づいてきました。一陣の風が枯葉を巻き上げています。
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※今日から画像の上にポインターをおくとコメントがポップアップされます

ところで[風が吹くと桶屋が儲かる」ですが、諸説ありますが私が覚えているのは
以下の通りです。
‖臧が吹く
∈峻爾舞失明する人ができる
失明した人は恩曲で生業をたてる為三味線が必要となる
い海粒擺錣惑の皮を使用しているので猫が減る。
チ佑はびこる、鼠は桶をかじる。
Σ害阿儲かる
諸説もほとんどおなじですが、桶というのは米が入っている木桶のようですね。
でも子供の時、風が吹いたら盲になるのが嫌なので皆桶をかぶって外出する。
だから桶屋が儲かる方が分りやすいと思っていましたが、すこし天邪鬼ですかね
しかしなにか異常です。
11月23日は勤労感謝の日ですが、併せて三田祭でもあります。
学生時代この頃はとても寒く、三田祭ではその寒さをしのぐ為熱燗を飲んでいたこと思い出します。
ちょっと暖かすぎますね。

今日も月島のお取引様に出向きます。
今日の獲物は、東京税関晴海出張所内食堂です。
この場所を知っていることはすごい(自画自賛)と思います。
玄関入口にあるポスターには、密輸禁止、模造品禁止、拳銃持込禁止と日本中の禁止が集合しています(笑)
ここは値段が安い、A定食(390円)、B定食(520円)、C定食(650円)です。
今日の獲物は、味噌鯖定食、これに納豆と福神漬けがついて520円です(ドウダ!)
代替テキスト
※今日から画像の上にポインターをおくとコメントがポップアップされます

味ですか、なにやらオバサン集団が調理をしているので間違いないですよ。
今日は「五目堅焼きそば(390円)」が良く売れていましたね。

それでは(^_-)

月島 もんじゃ

今日は下期最大の新規ビジネスの案件がインドネシアから入港します。
ところが通関に必要な書類が今日現在きません(マジ)、シンガポールの業務担当のミッシエッルさんからは先週金曜日間違いなく送っているとの事でした。
しかし無いものは無いのです(怒)
乙仲からは書類が無ければ通関できませんぜとヤクザチックなご返答があり心が乱れました。
マレーシアに出張中の営業のコリーンさんを捕まえ本件のデレィを伝えます。
日本時間17:00にシンガポールに帰国するとのことで、17:30にコリーンさんから電話がありました。
結果として、ミッシェルさんのポカ(これ日本語?)でした。
どうしようもないのでお客様に謝り、併せて乙仲に謝りほとんど半狂乱でした(疲)

今日の獲物は、お取引様との二次会でのもんじゃです。
私はタイトルにあるよう下町生まれですが、もんじゃだけはお金を払ってもたべるものでは無いと思っていました。
しかしお取引様のネゴにより食べに行きました。

今日の獲物は「生姜もんじゃ」と「カレーもんじゃ」です、店名は「おしお和み店」です。

これはショウガもんじゃです
味ですか、本当にとても美味しかった(二十歳の頃は月島もんじゃを極端に田舎もんじゃと馬鹿にしていました)です。

特に外もんじゃは、会話+お酒により味以上のふくらみが生まれますのでそれが楽しいですね

それでは(^_-)

丸寿 西村商店

昨日の続きです。
大阪単身の時は暇に任せて良く京都に行きました。
竜馬の足跡をたどるのが楽しくて、河原町あたりは定番コースです。
そこで竜馬寓居「酢屋」とか「近江屋(現JTB)」などを見て廻ったのです。
そこでいつも気になったのが、蛸薬師の行列です。
いつ行っても並んでいます。一体何なんだろう???と思っていました。
ある日行列がないので、お店のご主人に聞きました。
(私)「何を売られているのですか」
(ご主人)「焼芋です。今からだと九十分位待たないと食べられないですよ」
(私)「エュ!焼芋屋さんだったのですか」
そうなんですこのお店「丸寿」さんという焼芋屋さんだったのでした。
しかしあのプライドが高そうな京都人が並んで焼芋を買うなんて信じられませんでした。

さて本日打合せが終わり、帰社しなくても良くさらに飲み相手もいなかったので真っ直ぐ帰宅します。
途中飯田橋で乗り換えるので、少し飯田橋を散策しました。
最初は神楽坂飯店のジャンボ餃子のサンプルをパチリです。

ネット調べたら、この餃子2.5kgもあるそうです。
制限時間一時間で失敗したら9,600円だそうです。
モチロン一人でですよね?
ちゃんと火が通っていますかね

その後奥様切望の不二家飯田橋神楽坂店の「ペコちゃん焼」です。
例の騒動から大分時間が経過しているにも拘わらず依然行列です、といっても6〜7人ですがね(笑)

ペコちゃん焼は、渋皮マロンクリーム、チョコレート、カスタード、スィートポテトクリーム、小倉の6ペコちゃんから成り立っています。

ということで今日は平和な一日でした。後はペコちゃんをお腹に入れるだけです。
やはり「小倉」かな

それでは(^_-)

本日ヘラに付休載です!

すみません今帰宅しましたが01:30です。
すごいヘラなので本日休載させていただきます。
こういう日もあるのです。
でも何故か昨日のショックから立ち直っているようですよ

それでは(^_-)

無事故記録途切れる

本日マラソンレースの為光が丘公園に車で出向きました。
会場近隣の駐車場で車を止める時、落ちていた大きなゴミ(警官はカラスが持ってきたと言ってました)がタイヤに巻きつきそれが空転しているのを知らずアクセルを踏み込んだら車が後方に暴走しました。
この駐車場実は1.5m位の高いところに位置していてそのまま突っ込んだらその高いところから落ちるだけです。
駐車場の駐車料金ポールをなぎ倒し縁石ギリギリのところで止まりました。

もしそのまま落ちていたら、大怪我以上の状態で運悪ければお陀仏になっていたでしょう。もし落ちてさらに暴走していたらその先のマラソン周回コースに突っ込み、走っているランナーを巻き込み二重災害を起こし交通刑務所行きかさもなくば同様にお陀仏だったでしょう。
事故調査の警官も、旦那さん運が悪ければ死ぬところだったねといわれても決して大袈裟で無いと思いました。
たまに新聞で高所駐車場からアクセル操作を誤り、落車してその上二次災害を起こして亡くなる方がいますが、同様の状態を体験すると背中に寒いものを感じます。
当事者は車の空転は分らないのですよ。
ということで1989年3月28日以来頑なに守っていた、無事故無違反記録がストップしました。
車は買い替えなければいけません(トホホ)。
しかし命あってのモノだねとはいいますが、事故当時は緊張で軽度すんだことを感謝しましたが、徐々に体の中で硬く絞った結び目のようなものがほどけてくると何故自分がこのような悪夢に巻き込まれることが得心できません。

ということでハーフラッキーな一日でしたが、果たしてこのショックから立ち直ることができるか?

それでは(^_-)



肉のキタジマ

今日は水曜日に壊れたTVの修理の立会いです。
何と三日間もTV無状態でいたのでしたが、全く痛痒を感じませんでした(異常?)
TVを修理する際は、予め電話で故障内容を聴取しそれを多少拡大して修理部品を用意してくるそうです。
そして修理現場にきますと、その家のTVリモコンに企業秘密であるパスワードを入力押下し、お客様申告の故障内容と実際の故障内容が合致しているかどうか確認して作業に入るのです。
しかし全く写らなかったTVが、そのパスワードを入力押下するとなにやら汚い画像での故障履歴が浮かび上がってきます。
しかも我家のTVリモコンを使用してですよ(クドイ)
パスワード教えてくださいと頼みますと、企業秘密なのでまかりならないとの事で丁重にお断りされました。

これがTV君の五年間の積り積った埃です。

ICとコンデンサーが壊れていたようで、半田溶接です(プロ)

さらに写真のように埃がすごいので、これが影響して壊れたのですかとききますと、今のTVは埃くらいでは壊れないよう設計されていますと言い切ります(流石)
たしかに故障原因が特定できないと修理もできないのでしょうが、このような手順があるとは全く知りませんでした。

今日の獲物は、水泳金メダルの北島康介選手の実家肉のキタジマの「メンチカツ」です。

住所: 東京都荒川区西日暮里1-41-3
電話番号:03-3806-1137
定休日:日曜

肉のきたじま


肉のきたじま



毎日食べると金メダルが取れるらしい。

一時の狂騒の際は売切れ連続で買えなかったのですが、さすがにそれはありません。
なにやら繁盛しているようで、通りを挟んだ反対側に海鮮料理「キタジマ」を建築中でした。
肉屋さんが海鮮料理とは少し合点がいきませんが、イッカ世界の北島だから。
味ですか、並んで買うものでもありませんが美味しいですよ。
しかし北島選手はお父さん似ですね。メンチを買う時思わず噴出しそうになりました。
本当は北島選手のお父さんパチリしたかったのですが、お店のなかは私だけでしたので、あつかましい私ですが流石にできませんでした。

それでは(^_-)

三四郎

今日は夏目漱石「三四郎」です。

三四郎の粗筋は以下の通りです。
物語は熊本から東大に入るために上京する汽車の中から始まる。その中で変な女に誘惑されそうになるが全くうぶで度胸の無い三四郎は全く気づかないふりをする。一夜を過ごす羽目になるが、結局何事も起こらない。女が別れ際に言う。
「貴方は余つ程度胸がない方ですね。」
この別れ際の女の言葉は三四郎に大きな衝撃を与える。
その後、都会の洗練された女性、美禰子に会うわけだが、この女性「ストレーシープ、ストレーシープ(stray sheep 聖書にある迷える子羊のこと)」と不思議なマントラを三四郎に吹き込む。
田舎者の三四郎は恋に陥る。
三四郎は美禰子が、一体朝から晩まで東大の地下室で光の実験をしている野々宮という男性が好きなのか、三四郎が好きなのか解らなくなる。
三四郎はストレーシープというのは、もしかして彼女が迷っているのではなく煙に巻いている三四郎の迷いぶりをからかっているのではないのかと思ったりする。
でもこの美禰子、結局の所野々宮とも三四郎とも結婚せず、別の人と結婚する。結婚すると決めた時、三四郎にこういうのである。
「我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり」

これは聖書の「伝道」からの引用ですね。
漱石は「三四郎」を書く前に、ドーデの「サフォー」、ダヌンツィオの「死の商人」を読んでいます。それを読んだことで俄然インスピレーションが湧いてきたそうです。
その証左が「三四郎」のなかに出てくる「ヘリオトロープ」という香水の名前です。
これは「サフォー」のなかでやたら出てくるのです。
こんな香水の名前当時の明治人知るわけ無いですよね(笑)
たしか野々宮さんは、寺田寅彦がモデルだったと思います。

私はこの小説何度読んだか分りません
ここまで拘泥したのはやはり「美禰子」さんでしょう。
魅力的なな女性ですが、男を振り回すだけ振り回して最後に「我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり」と自己中な台詞をいって全く別の男と結婚します。
漱石先生はこのような女性が好きだったのでしょうか?

漱石独特のメタファーも好きでした。
特に漱石はかなり落語、歌舞伎からの引用が多いいのですが、これは「坊ちゃん」によく見受けられます。

何故今日「三四郎」かといいますと、昨日死んだ父の夢を見たからです。
子供の時玄関から転んで左手の骨がおれ、その際父は家から近い(当時は台東区竹町に住んでいたのです)せいもあり東大病院で治療を受けさせたそうです。
骨折でもきちんと東大病院で治療させたという父の自慢話を思い出したからです。
それで三四郎池は良く子供の頃つれていってもらったということを亡き母から聞かされていました。
一度滑って三四郎池に落ちたことがあり、長じてお前は東大(高校一年生の一学期迄は、真面目に受けようと思っていた(笑))は鬼門だ、何故なら小さい時落ちたという落語みたいなオチでからかわれたものです。

今日の獲物は実演手打ちうどん「杵屋」です。


しかし一度も実演は見たことがないというか、実演する場所すらないので看板に偽りありです。
味ですか、ノビ蕎麦で美味しくありません。
ランチタイムは混むので、作り置きしてあるので仕方ないのかもしれません。
ここは生山葵を磨って蕎麦の上にかけてたべるのですが、これが全然辛くなくとても不思議なのです。

それでは(^_-)

人生色々

久々に馴染みの居酒屋さんのランチに行きます。さすがに前回書いた通り客足が遠退いていました。
私の定食を作ると、すぐさまお母さん私のテーブルの前に立ち日めくりを剥がすように今迄の出来事を話はじめました。 色々大変な事が立て続けに起きているようです。そして交通事故で入院しているご長男が助かることは絶望との事です。
それはお辛いでしょうと声をかけますと、あんな親不孝早く死ねばいいと毒づきます。
聞けばご長男すごい酒乱で指で折れないくらい、酒の事で問題を起こしてきたそうです。お母さんの人生は、ご長男の借財を返済していく人生だったそうです。
しかしそうは言いながらも母親の苦渋が充分感じ取れます。
お母さんすっかりやつれましたね・・・

ということで今日の獲物は居酒屋さんのランチです。
麻婆豆腐は美味しかったですが、秋刀魚は塩ふりすぎです。



それでは(^_-)

まだまだついてる!

今日は私の誕生日です。
お昼は仕事の合間に、三井住友銀行本店にロック(正しくは紛失)したキャッシュカードの再発行に行きました。
しかし何故か確信犯で印章を忘れました。
メインバンクのこのカードがないとても不自由なので、取り合えず駄目元でも行って見るかというかことで行きます。
当たり前といえば当たり前ですが案の定駄目でした。
取り敢えずいつもの通りゴネマス。
兎にも角にもこのメインバンクのお金が下ろせないという不条理から抜け出したい為に、ああ言えば上裕ではないのですがゴネゴネ言葉が機関銃のように乱射されます。
とうとう尾羽打ち枯らしもうこれまでと思った時、無意識に次の言葉が口からついて出ました。
「落としたキャッシュカードもっていても本人確認にならないのですか!(怒)」といいますと、私との抗弁に辟易していた行員の目がパチンと瞠目しました。
「そうですか、それをお持ちであれば、今すぐロック解除できます」とのことです。
何のコッチャです。
しかしIF遊びになりますが、もし今日わざと印章忘れなければ、書類受理一週間後にニューキャッシュカードが手元にくる事となるのですが、しかしそれが何と何と即日解除です。
まさにこれこそ瓢箪から駒ですね。

今日は新生大丸のグランドオープン日です。そうか新生大丸君、私と誕生日が一緒になるわけですね・・・

TVカメラを持っているのはTBSのクルーです(しかし携帯の画像は悪い!)

ということで今日の獲物は、なか卯新メニューの「牛カルビ焼肉丼 」です。


キャッチコピーは次のとおりです。
特製だれのカルビ焼肉と南蛮みそ漬けの辛さ。
旨みのコラボレーションを、お楽しみあれ!


お楽しみあれといわれても・・・
味ですかただ辛いだけで肉の量も少なく超がっかりです。
「なか卯」結構外食系では結構きなお店の一つでした
良くこれで役員会の新商品諮問を通りましたね。

ちなみに「なか卯」とはつぎの経緯でつけられたようですね。
これは「なか卯」のHPからの引用です。
私は実はかなり前からこのことは知っていたのでした(自慢か!)

【QOT】
創業者「中野一夫(なかのかずお)」が大阪府茨木市に手作りうどんの店を出店しましたときに、その屋号を、「中野」の「なか」と「うどん」の「う」と同音の縁起文字「卯」を合わせて「なか卯」と定めました。「卯」の文字の縁起とは、この文字が観音様の厨子(両面扉)のような形をしていて、有難く、縁起が良いという点にあります。また、干支の「卯」のうさぎがピョンピョン飛び跳ねるように、会社が大きく跳躍して繁盛するようにということもあります。
以上が「なか卯」という屋号の由来であり、今日までこれをそのまま会社名としております。
【UNQOT】

といこうとで、極めて実の無い誕生日となりました。

それでは(^_-)

財布が出てきたヨ!

そもそもお取引様に呼ばれて上野にいったのがこのトホホ劇の始まりなのです。
そこでお取引様のお客様も同席されました。
当然の事ながら初めての方なので酒量が分からずまず一次会の中華料理でビールを六杯、紹興酒をフルボトルで三本のんで地獄の蓋が開いたのです。
その後初めての方とお別れし、大虎チョイ悪オジサン二人が浅草の街に放たれたのです。二次会はカラオケに行き、さらにそこからもう一件そこで濁酒をしこたま飲み(ここで二人ともお陀仏状態)、そして〆にさらにもう一件行きそこで(後付で分かったのですが)財布を無くしたのです。
書いていて本当におぞましくなります、まさにキチガイ水の真骨頂ですね。

しかし今回何で財布が戻ったのかつらつら考えますと次の幸運があげられます。
1.この日全くお金を支払わなかったことが全てです。
たかりではありません、割振りが面倒なので後で纏めて精算しようと考えていたのです。本当ですよ(^_-)
よってどこで飲んでどこからどこまでTaxiに乗ったのかお取引様がすべての領収書をもっておられたのでその日の道行きが完璧にトレースができたのです。
逆でしたら、財布の中にすべてが入っているので探しようもありません。
落とした店もお取引様が支払いましたので領収書がありトレースできたのでした。
しいていえば2人とも最後の店に行ったことすら覚えていないので、これのおかげで財布を落とした店に辿り着けたのです。
これが無ければ完璧にお陀仏です。

2.落としたお店の主人が道徳心ある方だったことです。
一応一昨日電話で確認した時は、二人の前夜のすごい壊れ方でケンモホロロの応対でした。
電話の会話も探したけれどありませんという冷たい回答でしたが、昨日電話がありよくよく探したらバーチェアの足元に隠れていました。却って落胆させてすみませんとのことです。
私から念のため中身確認してもらえませんかというと、人様の財布などのぞけないとのことです。
偉いな!そんな言葉が出てくるなんて私には信じられません。
ぽっぽしても分からなかったのに・・・


ということで財布は一泊二日の旅で無事に帰任されたのです。
しかし飲みすぎに注意しないと、いつかトホホではすまなくなりそうです。
家族に合わせる顔なかとです
尚この場をお借りしまして、多大なるご迷惑をかけました関係者にお詫び申し上げます。
多分もう二度としないと誓える予感がしますm(__)m

それでは(^_-)

しばらく休載です

酔って財布を落としそのショックで立ち直れません。
しばらく休載します。

女工哀史

昨日昭和五年の帝都東京の地図を見ていて思い出したことが有ります。
それは実家のそばにある文花団地を子供の頃トウモスとかモスリン跡地と呼んでいた事です。
昨日地図でその当りよくよく見ると東京モスリン紡績となっていました。
これ調べてみると紡績工場でかの有名な「女工哀史」で有名な労働文学作家の細井和喜蔵が働いていた所です。
ここでの体験が後の女工哀史に結び付いていったのですね。
でもここでの体験というのが好きになった女工の手がどす黒く節くれだっているのを見て、美しい衣服を織るために幾万の若い女性が犠牲になっている現状に疑問を持ったのが女性労働に目を向けるようになった端緒だそうです→かなりフェミニストです。
しかしトウモスが東京モスリンを短縮した言葉で、さらに自分の実家のそばに有ってあの女工哀史の構想がそこで醸成されていたことも知りませんでした。
でもこの本が人口に膾炙したので、昭和2年同工場での始めてのストライキで労働者が勝利し、初めて女工の外出(外出ですよ)が認められたのです。
当時その東モス周辺にに立地していた女工哀史的工場はきたる時代の波に巻き込まれみな消滅しました。
唯一花王石鹸(現花王)のみが現存しています。

そうそう地図の中で浅草も見ていたのですが、今でも現存している食べ物屋さんは、
雷おこし「常盤堂」、天麩羅「大黒屋」、同じく天麩羅屋「天定」の三店のみです。
やはりここでも時代の移ろいを感じさせられました。

さて今日の獲物は社員食堂の「大アジ」ですが、しばらくみない間にすっかり小さくなってしまいトホホです。


以前はこのお皿からはみ出ていたのにネ
店員さんにお聞きしますと、入荷の関係でこういう日もあるのだそうです。
味が一緒なので、小さい分損した気分です。

それでは(^_-)

下町散策

本日は奥様と下町散策です。
始めは「一葉記念館」です。
夭折した天才小説家樋口一葉(本名:奈津)の波乱の24年の人生を展示した記念館です。
建物自体がきれいで採光性に溢れ、展示内容も分かりやすい構造になっています。
また良く知らなかった一葉の人生にもふれることができ感動しました






これは記念館前にあるコジャレたお店で販売していた、「楊枝入れ」です。
奥様がお友達にと購入していました。


お昼はここまで来たら浅草は、中国料理「香港楼」でしょう。
最初は「くうしんさい炒め」です。ニンニクの香りとくうしんさいの歯ごたえ抜群です。


私は「マーボー豆腐そば」です。
何故か日本ぽくって美味しい


奥様は「 四川風辛酸とろみそば」これはTooHotの様でした。
味は美味辛ですが、かなりいけます。
でもここは「炒めもの」勝負店だと思います。


次は「下町風俗資料館」です。
私が育った下町の昭和5年当時の地図がありましたが、やたら池が多いのに驚きました。
これじゃ地盤が軟弱で「大地震」がきた助かる確率が低いのも頷けます。




最後は「水月ホテル鷗外荘」です。
ここでお茶して帰りました。しかしお従業員のぞんざいな対応に折角の名庭園の美しさも半減です。






それでは(^_-)

チャーハンの美味しい店

今日は大手町の取引先に出向きました。
お昼はノーアイディアなのでブラブラ歩いて適当な店を探します。
すると「チャーハンの美味しい店東竜」という看板が目に飛び込んできました。

」とは思いましたが、結構客が入っているので、だまされてみるかとそのお店に入りました。
店内は整然としていて清潔感もありつかみは「OK」です。
なにやらこだわりがあるようで次のような説明書きが、透明のテーブルシートの下に挟みこまれています。
お米は、秋田こまち100%を秋田から常時取り寄せて使用。
野菜は、有機野菜を厳選して使用。
麺は、高級粉をブレンドした直営工場よりオリジナル麺を使用。
味噌は、愛知の八丁味噌を使用。
上級職人(社内試験合格者)が作っています。
当店の食材は安全な食材を厳選 して使用。

職人チャーハンは、決して簡単に作れるものではありません
熟練した職人(社内認定試験合格者)の鍋の技術がストレートに出ます。
スピード、火加減、味付け・材料のタイミングで一粒一粒のお米を引き立てなければ職人チャーハンとはいえません(冷凍品ではありません)。

なにやら期待が持てますね(笑)



味ですか、ただのショッパイ炒め飯です(怒)
さらにご飯はベチャベチャですし、チャーシュー等は殆ど見つけることもできません。
見事に裏切ってくれました。
看板に偽り有りと言いたい所ですが、こうい日もあるのですよ。

それでは(^_-)

干物定食「めしや」

本日は月島の取引先を訪問します。
月島といえばやはり、干物定食「めしや」でしょう!
ということで今日の獲物は「ひ・も・の」です。

このお店は築地では知らない人がいない築地中卸「丸時」と築地干物専売「築地奈良間」の両頑固親父達が、この店の調達を担っており魚は鮮度、味共々間違いがありません。
さらに品揃えがすごいのです。
寒サバ、さんま、赤魚粕漬け、さばミリン、むろあじ、えぼだい、いわし、つぼ鯛、お刺身、サバサンド(トルコ名物=一度食べてみたいですね)、まあじ、かます、かれい、金目鯛、子持ちにしん、かさご、真ほっけ、縞ほっけ・・・書くのが疲れたので打ち切ります。

さて今日は「あじの開&、サバ定食」@740円也です。


味ですか、油がのっていてホクホクしていてとても美味しかったです。

後ここは、「塩辛」「わさび漬け」「大根の葉のお漬物」の三点セットが食べ放題です。
特に「塩辛」は味がよく、本音を申せばこれだけで充分なのですネ。



それでは(^_-)

ハロウィン

私は社内でで一二を争う「英語下手」なオジサンです。
しかし今日は「契約金額」でオオモメに揉め、朝から夕方までシンガポールのお姉さまと「英語」で一日中喋り続けていたのでとても疲れました
そうなのです、今日はネタを書く元気がありません。

昼食後に可愛いハロウィンを「パチリ」しました。

これで私の変わりに和んでください

それでは(^_-)

線香臭い一日

今日小学校からの親友の三周忌が浅草のお寺で営まれました。
彼との思いでは色々あるのですが、今日はスキップします。
ただ亡くなった時に三歳とゼロ歳の子供が二年の月日の中で成長し、顔などが似てきたのは救いですかね。

その後は三河島に在る病院に治療にいきました。
三河島といえば、私的には「三河島事件」です。
三河島事件

それは昭和37年5月3日に父の姉(私の叔母)が父に宛てた一本の電話ですべてが始まりました。
電話の内容は、叔母の三男坊がまだ帰宅していない。
ひょっとすると今ラジオで大騒ぎしている三河島の脱線事故に巻き込まれたかもしれないとのことです。
現場には今日中に行くことができないので、代わりに確認してくれないかという依頼でした。
は即座にすべてが理解できたようで、「三河島に行ってくる」とい言い残して事故現場にすっ飛んでいきました。
しかし現場は想像以上に混乱しており遺体の確認などできる状態ではなかった様です。
朝方赤い目して帰ってきた父はそのように言っていました。
その後遺留品から徐々に身元が判明し始め、私の従兄弟の「死」は新聞等のプレスリリースによって遺体を現認する前に周知されたようです。
享年19歳でした。

その後遺体の引き取りやら葬式等で慌しく時間が移ろい、事件の四日後には切望していたの女の子(要は私の妹)が生まれました。
今このブログを書いてて思うのですが、かなり印象に残る一週間だったのでしょうね。
それからしばらくして何処かのお寺に三河島事件の慰霊碑ができ、父と一緒に従兄弟の名前を確認したことが思い出として残っています。

そんなことで私の中では、三河島は三河島事件であり、あまり良い思いででもないのであまり好んで行きたくない街なのです。
しかし父と見た慰霊碑のあるお寺は、三河島に来るたび気になっていました。
かといって探そうという気にまではなりません。

普段は日曜日診療なので、車でこの病院に行くのですが、今日は三周忌があったので電車です。
診察が終わり行きの道と返りは変えるかと決めブラブラと三河島の駅に方に歩を進めます。
すると何気なく、あるお寺の前で偶然足が止まりました。
体を左に向け寺の左側にあるステンレスの銘板を見ました(というか必ずこのようなものはチェックします)。
内容を読み下しますと、寺の名前は浄正寺で、三河島事件慰霊の三河島観音が安置されている旨が書かれています。
「Bingo、ここジャン」と叫びました。

早速中に入り慰霊碑を見つけました。
そして40年ぶりに背面にある犠牲者名簿の中に従兄弟の名前を、大分経年変化で字が薄くなっていましたが何とか再確認できました。
今日は数珠もちなので、しっかりと犠牲者の方々のご冥福を祈りました。
この従兄弟たちの尊い犠牲により、国鉄は自動列車停止装置(ATS)の開発に着手したのです。

さて今日の獲物ですが、三周忌の後の会食場所です。
私は浅草はかなり詳しいつもりでいたのですが、このお店は知りませんでした。
というか店構えがダサいので入ろうともしなかったでしょうね。
そうそうお店の名前を書き忘れました。
中国料理「香港楼」です。場所は田原町の焼ソバ屋さんの前です。
味ですか、とても美味しいのです。

今日のメニューは(印は私の評点です)

☆☆ 三種前菜の盛り合わせ
☆☆☆ むきえびのチリソース
☆☆☆ 二種類の揚げ物
☆☆☆☆ 鶏肉とカシューナッツの炒め
☆☆☆☆☆ 蒸しえびぎょうざ
☆☆☆☆ 海の幸と豆腐のとろみスープ
☆☆☆☆ 五目やきそば
アンニンドーフ



これが五つ星「蒸しえびぎょうざ」です。

アンニンドーフ以外は溜息の連続です。
特に蒸しえびぎょうざは、ゼラチン系の皮が口の中で縦横無尽にからみつき、それを噛み切ると美味しい肉汁とプリプリえびが口の中で舞踊るというほぼ天国状態です。
これは凄すぎますね。

それでは(^_-)








ついてないや

朝起きたら不幸な手紙がテーブルの上においてありました。仙洞御所落選
なにこれ二ヶ月前の申し込みで落選かよ
さらにメールを開くと「東京マラソン」事務局から「東京マラソン2008」の落選のメールがきていました。
去年はNETで@30,000で売られていたというエゲツナイマラソンレースです。
去年も落ちたので、今年は少しズルイのですが持っているアドレス総動員して申し込んだのにトホホ、さらに自宅でやろうと思った会社の資料も何故か転送されてなくに失意に追い討ちをかけます。

仕方なく午後から、近所の公園のマラソンコースで15kmほど走ったのですが、タイムも上がらずさらにダブルトホホです。

しかし公園には猫と老人が多いなと思いました。
特に視点の定まらない目で遠くを眺めている私たちの先輩(老人)は一体何を考えて生きているのでしょうか?

私のマラソンクラブの先輩が「老い」について次のように語っておられました。
【QOT】
何に明日の希望を持てばよいのか。
既に始まっている、命の収斂に蟷螂の斧をもって抵抗し、そのストレスの中で終焉を迎えるべきなのか。
或いは最後は、酔生夢死という、現場主義を標榜する私のような人間が、最も嫌悪した無為の生活に入り、不動心ならぬ、身動きのとれない全身麻痺の心理状態で、自己嫌悪を含むすべてと、別れを告げることになるのだろうか。
【UNQOT】

老いても「目的・目標」を持って生きなければ、公園で見かけたような人生になってしますのでしょうね。
いつか皆平等にくる「死」と向き合うのも大変です

生きているうちは「美味しいもの」食べなきゃです。

それでは(^_-)

唐揚(中国編)

昨日書いていた「唐揚」小麦粉や片栗粉などを薄くまぶして揚げたものをさしているのではなく、いわゆる「鶏」の丸揚げのことをいっていましたので、切り替えて読み続け下さい。

さて今回の中国編ですが、私と中国人は「鳩の唐揚=ポッポー」がお好きなようです。
「鳩」といっても、日本のような「土鳩」ではなく養殖の「食用鳩」ですからすこし趣はちがうと思います。

かつてアグネスチャンが来日して浅草寺に参詣した際、境内の多数の鳩を目の当たりにし、思わずお腹がなったというのは有名な話です。

実際食べ比べてみますと、鳩は肉汁が甘く、その味にふくらみがあります。一方鶏は鳩と比べると少しパサパサ感を感じてしまいます。
多分食べ比べなければ絶対に感じないと思います。

しかし中国の「唐揚」ですが、一つだけ大問題があります。
それは、その鳥の氏素性を明らかにする為に、必ずその頭も揚げられてでてきます。
はっきりいって、その恨めしそうな顔はとても怖いのです。

胡錦濤中華人民共和国主席様、中国オリンピックもございますので、この慣例は廃止いただけませんでしょうか。

それでは(^_-)

木の葉丼

今日はこれから大阪です。

あすBIG BUSINESSの打合せがあり、夕方外注先と事前打合せです。
昨日は昨日でその資料作りで半日会社、夕方長男の誕生会があるので半日で終わらせなければならず超セワシナクちょっとストレスが溜まり気味です。
よって午前中は「体育館
午前中は、何故か年配の方が多く、昔の銭湯状態(芋を洗う意)です。
やりたかったRunは一時間待ち(予約制)のため、Sit-ups(腹筋)を長嶋亜希子夫人を偲んで、きっちり3のぞろ目の333回やり、その後Runを10kmです。
これで憑き物がおち「スッキリ」しました。

さて今回の獲物は「木の葉丼」です。
そもそも「木の葉丼」とは以下の通りです→東京下町育ちのくせエラそうジャン。

正当派「木の葉丼」は、椎茸を木の葉状に切ってそれを卵と海苔であたかも木の葉のように見せるものなのです。ところが今は材料のみが昔のまま使われており、何れも木の葉の様にはなってないので関西人以外は全く理解不能です。一説には狐が木の葉で化かしますので、それはそれで良いという事になっているそうです。



お子チャマグルメでもある、私はこの丼が好きでかなり大阪時代に食したものです。
よって今回はこれにチャレンジです⇒一体何しにいくの

それでは(^_-)

特攻「大助うどん」

今日は練馬区西大泉にある「大助うどん」にお昼を車で食べにいきます。
この店新入社員のころ取引先に連れて行かれぶっ飛んだことがあるお店です。

(取引先)「今日お昼は練馬に美味しい「うどん屋」があるからそこにいこう」
(私)「そうすか、是非お願いします」
という会話が嚆矢で「大助うどん」にお連れいただきました。
店につくやいなや
(取引先)「君は何にする」
(私)「初めてなので分かりません」
(取引先)「そうだよな、じゃ私と一緒で豚、キツネのアツモリにするか、それで君は若いから大盛にしよう」
(私)「お願いします」
ということで頼むものが粛々と決まりました。
しばらくすると店の雰囲気に慣れれきた私は言い知れない「違和感」を感じ始めました。それはお店の人のほとんどが「大盛うどん」食べていることです。
練馬の人は、空気がいいので大食いなんだな(意味が分からん)と勝手に思い込んでいたのです。しかしそんなわけないじゃんの考えが徐々に頭の中で膨らんできました。
お店の人が「お待たせ」といって持ってきたのは「うどんのカタマリ」です。
これで全て氷解しました。この店「盛り」がすごいのです。
私が「大盛」だと思ったのは「普通盛り」なのです。
味は確かに「練馬一番」というだけあってとても美味しいのですが、うどんが減らない。


住所: 東京都練馬区西大泉3-27-23
電話番号:03-3922-3028
定休日:日曜日





不幸なことに前の日先輩に飲まされ、胃の状態は決して最高ではありません。
いくら学生時代二郎の「大ブタ」で鍛えたとはいえたまりませんえん。
そうはいいながらも根性で食べ終えたましたが、会社に戻り「サクロン」様のお力をお借りしたものでした。

それから幾星霜最近また行き始めています。
あいも変わらずの「繁盛店」です。二時だというのにお店はほぼ「満席」状態。
皆が「ツルツル」とうどんを手繰る音の連鎖はまるでオーケストラです。

ということで「出かける時は、空腹で!」

それでは(^_-)

踏切

今日は腰痛の為、カイロプラテックに立ち寄りました。
なにやらヒドイ「筋硬血」で腰の筋肉がパンパン状態でそれが痛みを引き起こしている様です。
要は「走りすぎ」ですね→しかしこればかりは、減らせないナ?

駅に向かう途中、二歳くらいの子供が母親と一緒に電車が通るのを眺めていました。
電車が通るたびに「キャッキャッ」と歓声をあげています。
それを見ていると、目の前がかすんできました。

死んだ母親はあまり楽しみがなく、唯一の楽しみは「子供と遊ぶこと」です。
もともと「子供好き」なのと八人兄妹の末娘ということが相俟って、その性格により
かなりの甥っ子、姪っ子の面倒をみておりました。
今でもその当時の思い出を感謝の念をもって話す「いとこ」は多いいものです。

しかし最大の母の喜びは、私の子供、いわゆる「初孫」です。それこそ「目に入れても痛くない」の例え通りでした。
とくに私の子供が電車好きで、よく踏み切りにおんぶして出かけ、長時間あやしていました。
たまに私が、「疲れるから程ほどにしてよ」というと「馬鹿、この子が喜んでいるからやっているんだ、寝疲れたら帰るから余計なこというな」とよく怒られました。

何故かこのシーンが想起させられ、上述の目がかすむ因となったのです。

さて今日も社員食堂で「干物対決」です。今日は「シマホッケ」です。味はまずまずなのですが札幌で食べていたものと比べると油分とほっこり感がたりません。
まあいいかとそれはそれで満足したのですが、「シマホッケ」な〜、あまり聞いたことないなあとNetでしらべると以下の通りです。
【QOT】
もっとも、一般に本州で売られているホッケはシマホッケといって、ホッケとは異なる種類である。北海道のホッケはマホッケと呼ばれているもので、地元で美味と謳(うた)われるホッケはこれに相当し、シマホッケは安値で取引されている。よってホッケの「不味い」という先入観はこの代用品を使っている実態にも起因していると思われる。
【UNQOT】

なんだかなーでした。こんな日もあるよ!

それでは(^_-)

お昼は干物

今日のお昼は、社員食堂です。
昨日から目をつけていた、「大アジ」ですが「大味」ではありません。
本日はこの「大アジ君」に挑戦です。
全長約30cmの全身を「起こし炭火」にて余分な油をおとし、こんがりとジューシーに焼き上げた名品です。
口に入れるやいなや美味しいさがたちまち口内にひろがってきます。
やはりこれは私の目に狂いはありませんでした。
皮はこんがりでパリパリ、中身はホクホクです。しかし魚肉が多すぎてご飯が足りません(残念)。
でもそれでも大大満足です。
いやしいので皮は勿論完食、お目目(両目を頂きました)まで美味しく頂きました。
多分このアジ君は「大成仏」したことでしょう

干物は色々すきですが、特に札幌で覚えた「氷下魚(コマイ)」はアジと同じくらい好きなものです。
当地での食べ方は、熱々の氷下魚(コマイ)を手で裂き、それにマヨネーズをかけさらに醤油につけて食べるのですがとても美味です。裏技はさらに「七味」をパッパパッパかけです⇒これはお好み
皆様も機会があれば是非お試し下さい
多分道産子一押しの「メイクイーンのイクラ乗せ」よりイケると思います。

なお関東で干物を求めるのであれば、伊豆高原の「山幸ひもの店」をお勧めします。
http://www.yamakou-himono.jp/
私は、子供(母親の実家が伊東の為)の頃から食べているのですが、今でも変わらない美味な食材を提供してくれます。
通信販売もしています。
多分皆様の期待を裏切ることはないと思います。

それでは(^_-)

チャンポン譚

昨日の続きです。
チャンポンのいわれは次の通りだそうです。
明治32年(1899)に長崎県に中華料理の四海桜を創業した陳平順という人がいました。彼は中国福建省福清県の出身で、そこからまた山奥に入った高山市後安の田舎町の生まれです。家は貧しく、たぶん一旗あげようと長崎へやって来たのではないかといわれています。
彼は同郷の留学生たちの面倒もよくみたようです。留学生たちも裕福ではないから、食事は安くて、うまくて、栄養もボリュームもあるものが好まれました。
そしてそんな食事を求める声が強まり、一つの形としてできたのがチャンポンといわれています。そうなのです生みの親は福建華僑というわけです。
陳平順がある日、店に来た若者に「食事は済んだか?」と声をかけました。
ご飯を食べることを標準中国語で「ツーファン=吃飯」といいます、ところが福建方言では「シャーポン」とか「セーポン」と発音します。
そんな会話のあと、見知らぬ料理が中国人のテーブルに並んびました。
そうか、あの料理が「シャーポン」か、と傍らにいた長崎人が聞き誤り、やがて「チャンポン」となまっていったそうです。
閑話休題。
そういえば京都丸太町に「京都一チャンポンの美味い店=何故か店の看板にそう書いてある」がありました。店の名前はアルツで失念しつました。
ここはすごかったです。思い出しながら書き記します。
ここのチャンポン、まず丼が本格中国風、味は間違いなく京都一番です(二番はどこと突っ込まないで(笑))。
しかし問題があります、それはあっという間に食べ尽くすことができないのです。
何故かといえば、具が多すぎるのです。食べても食べても具が出てきます。まさにいつになったら「麺」にお会いできるの状態です
本場京都チャンポンはまさに底なし沼です。
具についても書いてみましょう海老、豚肉、キャベツ、烏賊、蛸、木耳、厚揚げ…etc枚挙に暇ありません
こんなことを書いていると、生唾が沸いてきて、また行ってみたくなりました。
そうだ京都いこうです。

それでは(^_-)

彦根DEグルメ

今日は輸入材のトライアルテストで彦根に来ました。
狙いは彦根駅前一番のチャンポン屋「をかべ」です。
何度も彦根に来たましたけれどやってなく、その度に「地球」
を蹴っ飛ばしていました。
今回は珍しく開いていました。
「をかべ」ですが噂と違わず美味しいのです。
スープは「和かつお」と「昆布」のダシです。
多めの野菜と中太麺は良好なスープに絡み合います。
私は「カレーチャンポン」を頼みました。
同行した部下は「和風チャンポン」です。
とても美味しく二人は「ハフハフ」状態です。
特に「カレーチャンポン」は「辛さ」と野菜の「甘さ」が混在しています。
このオーケストレーションは筆舌に尽くしがたいといえます。
しかし途中でシンガポールのお姉ちゃんから電話があり中座し、折角の「中太麺」が「荒縄」に変わってしまったのでとても残念です。
Colleen 昼飯代払えよ
ということで今日はたいした話ではないのですが、今日だけはデジカメを持ってきていればと痛切に感じました。

それでは(^_-)

宴の後

結局カラオケを歌いすぎて実家に泊めてもらうこととなりました。
そのカラオケ店で裸で歌っている巨漢がおり、何ナノかなと思いきや「関取=名前不明?」です。
たた確か今秋場所では?

朝起きたら。顔が真っ赤です。そんなに飲んだかなとよくよく鏡を注視すると「日焼け」です。頭に手ぬぐいを巻いていたので、変な焼け方をしておりすこしUgry君です。

その後実家で朝食をご馳走になり、いとまを告げた後帰宅です。
次男は秋葉原に用があり、私は合羽橋で「もんじゃヘラ」を買いに行くので二人で上野まで歩いていくことにしました。
途中両親の墓をお参りをし浅草をぬけて、合羽橋に到着です。
目指す「もんじゃヘラ」はすぐ見つかりました。今回は鉄板の上にオキッパしても、平気な用に持つところが、木製でできている「高級品」を求めました。

さらに歩を上野に向けると、何と突然路の真ん中に「レール」が出現しました。
」とよくよく見ると、メトロ銀座線の車両基地でした。そうか銀座線はここから出し入れするのかと少し感動しました。
「三球照代」に教えなくちゃ(古すぎで誰もこの突っ込み分からないのではと心配?)

結局だらだら一時間かけてJR上野駅は鶯谷口に到着です。


家に帰れば、午後から次男の予備校の説明会です。
そうだよな「受験生」だから本当は神輿かついでカラオケやっている場合じゃないよな(親がいうなよ)希望をいえば、早稲田にはいり、「慶早戦」で早稲田の席で「ハンカチ王子」を親子で応援するのが夢ですが、このごろは浪人しなければどこでも良い様に少しなってきました。

ところで自宅近くで二回交通事故もどきの目にあいました。
一回目は曲がり角で若いお嬢さんとチャリ同士で衝突です。
私は、ぶつかると思ったのでブレーキをかけてよけたのですが、お嬢さんは気が動転したのでしょう、ノーブレーキで突っ込んできて「ガチャン」です。
私は手に怪我、お嬢さんは無傷=良かったね(ーー;)
二回目は車とです。これも曲がり角です。カーブミラーに車が見えたのですが、ここは車が「一時停止」なので止まると思いきや、「一時停止」をしないで曲がってきました。
「これではじめたばかりのブログ人生も終わりか」と思いきや、お互いのブレーキが効き何とか延命できました。
「そういや、もうすぐ秋の交通安全週間じゃないか」と口の中で反芻しましたが、命あってのものだねだよ、チミ

それでは(^_-)

祭りdeワッショイ

今日は実家の祭礼のため、朝五時おきして次男坊と実家に直行です。
朝の十時半から十七時まで、真面目に神輿に肩をいれました。
そしていつものように、肩がミミズばれの真っ赤かか、お猿のお尻も真っ赤か、夕焼け小焼けも真っ赤か、神社の鳥居も真っ赤か-->誰かこの馬鹿止めてください
ということで特に話題もないのすが、かろうじて二つあります。
ひとつには神社の傍で、ヤー様とテキ屋様が二三十人位で揉みあう大乱闘を見学しました。
さすがにプロの喧嘩はすごいですね、それを止めとめるためにやはりプロのおまわりさんが仲裁していましたが、逆にこれは大したことありませんでした。
もうひとつは、芸者さんの「手古舞」姿での「木遣」を聞きました。
風情があって秋祭りの思い出にすばらしいアクセントを付け加えてくれました。

最後に本社での「宮入」ですが、これは人数も多く興奮しました。次男も「揉みのすさまじさにすっきり」とのたまっわていました。
今「宮入」も三社祭での一件があり、「喧嘩ご法度」「神輿乗り禁止」の通達が回っておりかなり整然としたものに変わってきています。

これから兄弟+次男とで「反省会」です、ビールが美味いぞ

それでは(^_-)

続Splashな一日

帰ってきました⇒携帯でブログを作るのはシンドイ
世の中にはあほなことを企画する人間がいて、キリン横浜ビッレッジの後アサヒビール神奈川工場にもいきました。
結局、今は9月15日23時50分ですが、昨日の12:00から今現在までぶっ通しで飲んでいることになります。
キリンで大ジョッキ3杯、アサヒで3杯、車中(御仕立て高級バスで移動)にて数えなれないくらい飲み、旅館で風呂で酔いを冷まし、今度は「チャンポン」で飲みました。その後コンパニオン様(8名)たちとカラオケでのみ、コンパニオン様達をお持ち帰りし(私はイカガワシイ系は苦手)また部屋でのみ、さらにコンパニオン様達がお腹空いたというのでコンビニにカップラーメンを買いに行き=約8000円、そしてお持ち帰り部屋で(幹事部屋で私の部屋ではありません)カップラーメンを食べながら飲み、日時が変わっても飲み続けました。
夜は夜でMB商事のMタケ(次回シメル)のいびきで眠れず、結局たまらず朝五時に風呂に入りその疲れで少しまどろみ朝食となった次第でです。
今日はグルメチックです。
お昼は、強羅花壇です。


強羅花壇は閑院宮戴仁親王の別荘です。料金がメチャ高く私たちのノーマルスペックでも@8000です。料理(懐石料理)はそれなりに美味しいのですが、サーブする人の「ケレン」がすごく驚き続けています。
この席は、日産のカルロス-ゴーンが座ったとか、ニコラスケージが座ったとか、キムタクの腋臭が臭かったとか枚挙に暇ありません。
なにやら昭和初期の「ハーフテインバー=漆喰と木造の住宅」はここ以外にも少なくかなり貴重な建造物のようです。

その後は、大涌谷に行きました。行ってみて吃驚デス。ここは日本ではありません。
聞こえる会話は、ハングルとチャイナです⇒ナニシニキテッルノデスカ?
目玉は「黒温泉卵」です。バクバク温泉黒卵を食べている、ハングルのお嬢さんに「タマゴタベスギルスミダ」と声かけても無視されました⇒当たり前かただの酔っ払いオジサンだからナ
その後もダラダラのみ、東京に帰っても「反省会」があり、そこでもダラダラ飲み何とか家に帰宅した次第です。
結局約32時間飲みっぱなしです⇒すごい間接納税納税者ですね(ーー;)

キリンギミック
そうそう昨日の「キリンの秘密」ですが、タテガミの中に、左から右に小さく「カタカナ」で「キ、リ、ン」の字が埋め込まれています。
皆様、早速にご確認ください
キリンはなにやら、想像上の偶像物ですが、全世界のキリンマンは、このギミックがあるので「当社の麒麟は世界に一つです」というそうです。

明日は(今日か?)、受験生の次男と神輿を担ぎに実家に行きます(ソイヤソイヤ)

それでは(^_-)

SPLASHな一日

今日は業界の幹部様達の研修旅行です。
最初はキリン横浜ビレッジです。ここでかなりヤクイ(注 あぶない意味です)。
工場見学で少しサプライズが有ましたので記します。
1.日本で最初にビールを作ったのは、キリンではなく出島のオランダ商館長のヘンドリック・ドウーブです。彼は日本に来てビールが飲みたくて飲みたくて仕方なく、自ら家庭百科辞典を参考にして作ったのが始めです。
2.実はキリンのラベルの中にもう一つのキリンがいます。キリンの説明では遊び心と偽造防止の為にしたそうです。是非お捜し下さい。
それでは(^^)v

刺身を求めて

今日は新橋の取引先に出向きます。
丁度昼一に入る予定なので、お昼ご飯は築地の魚河岸「田なか」で決め打ちです。
ここの大将は、7月に大腸**の為築地**センターで手術加療によりしばらくはお店を閉めたままでした。
しかし盆明けからお店をを開くとのことでしたので、久々にたちよります。
お店は開いているのですが、薄暗く少しいやな予感がしました。
入ってみると案の定「病み上がり」なので、しばらくは「夜だけ営業=夜の仕込みで店を開けていた」とのことでした。
「お兄さん悪いね、また来てよ」の言葉に送られてお店を出ました。
ここのお店の特徴は、刺身定食がとても美味しく新鮮、さらに量も多く、しかも安い(@800円)のです。
欠点は、「先着8名様限定」です。
一度大将に@1,000でもいいから、「毎日提供してよ」というと、「そうだけれど普通のサラリーマンは、お昼に千円もかけちゃいけないよ、@800だから又こようという気持ちになるんだよ」とのこと、アナタはエライ
仕方がないので次の刺身店、新橋は魚貝料理「さかなや」です。
ここのランチメニューは、
刺身(並)定食 @750
刺身(大盛)定食 @900
とくとくサービスセット 刺身+(焼き魚)か(煮魚) @1,100です。
今日は、刺身(大盛)定食を選びました。
魚は、マグロ、ハマチ、シマアジ、平目、鯛、中落ちです。かなり美味しい、特にご飯がシャっきとしており、刺身の美味しさを倍増させます。
しかし総合判定では、大盛定食で戦ってもやはり築地の勝利は揺るぎません。
早く完全復活してください、「田なか」の大将
明日から出張の為二日間?休稿となります。
それでは(^_-)

浅草「セキネ」

今日は死んだ「親父」の誕生日。生きていれば79歳でした。
結構「グルメ?」でかなり美味しいもの食べに連れてもらった記憶があります。
一つには親父が元気な頃は、それなりに「裕福」だったからかな?
でも、私よりワンランク上の「下町A級グルメ」でした。
よく入ったのが、浅草「セキネ」です。ここは一流デパートの大食堂を浅草に縮小して持ち込んだようなところです。
よって「寿司」ありいの「中華」ありいの「洋食」ありいの「蕎麦」ありいので、こうなるとほとんど「無国籍料理」の気分さえします。
当然のことながら、食べ放題の「料金青天井」でかなりお腹は満たされたものでした。
しかし面白いことに行くときは家族全員で帰るときは親父のみ「欠けてる」が常でした。
そうなのです、親父は10分位居るのですが、そのうち腰が落ち着かなくなり、一つ向こう筋の居酒屋「松風」にエスケープです。
松風は今では、単独飲酒禁止、会員様優先、酒は三本まで、酔客入店拒否と「正しい飲み方のグランドスラム」店ですが、その当時は美味しい日本酒を飲ませる「居酒屋」でそれほど厳格ではありませんでした。そこで飲むのが家族の団欒より楽しかったようです。
そうか「セキネ」か、味は「シューマイ」しか覚えていませんが、この間「三社祭」を見に行ったときに、小さな仮店舗で「シューマイ」の店頭販売をおこなっており驚いたものです。
それでは(^_-)

神田よもやま話

今日は交互に履いている靴の片割れが「お陀仏」となり、神田の靴屋に靴を買いに行きました。下町っ子の倣いで一度決めたことは変えません。靴はリーガルのウィングチップのタッセル、色は「黒」。靴屋さんは。神田小川町「靴の****」です。
着くやいなや「アド街=神田淡路町」の話で盛り上がる。
「ご主人のところでなかったね」(私)
「そうだよ、うちは小川町だもの」(主人)
「でもぼたんもいせ源もでなかったじゃん」(私)
「そりゃ須田町だもの」(主人)
「ありゃりゃ」」(私)
「神田淡路町は入組んでいて、狭いの。だからホテル聚楽とかJR高架下の居酒屋なんかでるのよ」(奥さん)
「ところでもうすぐ俺の実家秋祭りなんだけどさ。そういゃ昔神田明神で神輿担いだことあるよ」(私)
「何処で」(主人)
「明治大学裏の猿楽町」(私)
「派手なレンガ色の半被でしょう」(奥さん)
「そうそう」(私)
「馬鹿、猿楽町は、もともと「猿」にご縁があるだろぃ。それだからょ、あの「半被の色」は猿の体毛を現しているんだよぅ(怒)」(ご主人)
「何で知っているの」(私)
「俺の地元だし、今でも住んでいるんだよ」(ご主人)
「ありゃりゃ、でもすごいよ、接待と担いでいる時間が一緒だもの」(私)
「昔は人も多かったし、旦那衆もコチャンといたからね。結果接待も派手になるわぃな」(ご主人)
ということで留まることを知らず、ほとんど「迷走」状態。
最後には、御茶ノ水「映画館MAP」の話になり、「南明座」「神田日活」の話にいたると奥さんも着いてこれない状態。

お腹が空いたので、そろそろ神輿をあげて退散(アデュー)

夕飯は、ぽっぽ屋の二郎ラーメン(失礼)。
今日のSpecは、醤油ラーメン、Optionは、「野菜多め」「タマネギ多め」「ニンニク少な目」「濃さ半カラ」にしました。
今日は待たずにそそくさと出ました。
でもあら不思議。麺が「アラナワ」でなく「ノーマル太麺のチヂレ麺」です。
そうか普段は「忙しいので」、先に茹でているので「アラナワ」になってしまうことが分かりました⇒手を抜くなよ(親父)
でも今日は美味しかったから罪減免しましょう。

最後にこの詩がぽっぽ屋においてあるのだけれど、誰の「作」だろう

一日だけ幸せでいたければ、床屋に行け。
一週間だけ幸せでいたければ、車を買え。
一ヶ月だけ幸せでいたければ、結婚しろ。
一年だけ幸せでいたければ、家を建てろ。
しかし一生幸せでいたければ………?

最後のところ私なら、「今日やることは明日にするな」です。


それでは(^_-)





B食倶楽部

マラソンクラブの女の子から、次回の「B食倶楽部」の開催依頼のメールを受領しました。
そうなのです私は下町B食倶楽部の「主宰」をしているのです。
事の成り行きは、マラソンクラブの打ち上げの時、私は下町B級グルメの「エクスプローラー」という事を調子込んを話をしていたら、若い女の子たちがそれでは皆で行きましょうと盛り上がりった事が嚆矢です。
しかし、それはそれで所謂飲んだときの話かと思いきやマジ話でした。

結局芋が引けない(注:ビビッて手を引けないの意)状態となりました
「 B食倶楽部 」は粛々と進行したのです。

参加人数も、5人と多く幸いなStartでした。
「B食倶楽部」の憲法は三つ
1.美味しいこと
2.安いこと
3.割勘のこと
です。

今日まで、四回実施し、一度もケン=(注:見送りがないの意)がないのが誇りです。
今までの履歴を記しますと、以下の通りです

1st 菊川「和よしの」=赤モツと白モツのBattle堪能
2nd 浅草「パイチ」=ホワイトシチュウとタンシィチューの供宴を堪能
3rd 浅草橋「ピザハウス Bounobouno」=カプリチョーザ(気まぐれや)を堪能
4th 鶯谷「鶯谷苑」(A5レベル=サガリ⇒本当にこの店は教えたくない)

次回は「四川料理」です。

候補店は
浜松町「味芳斉」か白金「直城」を候補店にしています。
いかがでしょうか

それでは。

Heat Stroke(熱中症)

今日は月に一度のマラソンクラブの記録会です。
九時Startなのに、もう太陽は煮えたぎっています。
さすがに10.5kmコースを止めて、5.25kmコースを選択(根性無)。とういうのも昨日ブログの構成が崩れた事が気になりあまりというかほとんど寝てなかったため(以外に神経質)。

5.25kmコースは、一周1.75kmの周回コースを三周です。勢いよく飛び出したものの、二週目で「ヒーヒー」状態。何とかゴールしたがアンチビルドアップ(段々タイムが悪くなるの意味)でここに書くのも憚れる記録となる。

その後「クールダウン」していたら、目の前が真っ黒くなる、さらに心臓の鼓動が「早鐘」これはもしかしてHeat Stroke(熱中症)かと思い、さすがに流行に敏感なことだけあるなと感動する。
しかし汗が日本古典芸の水芸状態で体のいたるところから「ピューピュー」と吹き出ている。
本で読んだら「熱中症」は汗がでないとの事で、これはどうやら「貧血」のよう(残念)。
もともと「低血圧」なのに、そのうえプラス寝不足のせいか?
しばらく木陰で休んでいたら「復活」する。これ今年「貧血三回目」で、癖になってきたみたい。でも一度「ガッツリ失神」をしてみたい気持ちがあるが、しかし何故か怖くてできない。
似たこと怖くてでできないのが、整体の「首ボッキリ」と体操の「バク転=空転はOK」、両方とも何故か怖い。

家に帰り、シャワー浴び、家族で「北海道マラソン」観戦。皆札幌にいたので懐かしそう?女子の「加納由利」が優勝する。この暑いなか、よく頑張ったネとほめてあげたい
自分がマラソン世界にはいったのもこの「北海道マラソン」で、それもありこのレースは毎年応援している。
結局、マラソンでまみれの一日でした。後で「ヘム鉄=貧血防止薬」買いに行かなくチヤ

それでは。

La毛利

今日はお留守番の為、お昼は一人。
最近練馬に住む友人からの情報で伸張著しいイタメシレストラン「La毛利」にチェキをかねランチに車にて出向く。
しかしかかし既に満席、しかも当分は、昼も夜も「予約」しないと食せないとのこと。確か「ぶらり途中下車の旅」にででいたのでそれなりのレベルの店かと思っていたが・・・
ちなみに昨日のディナーは
【前菜】
鯖とナスのマリネ
白レバーのペースト
凾館・頑固職人のスモークサーモン
【パスタ】
秋刀魚と空芯菜のスパゲッティー
夏野菜のスパゲッティー・トマトソース
【メイン】
とりもも肉のロースト
ノドグロの香草焼
デザート
コーヒーorティ

さらに本日のディナーは
【前菜】
富山より直送岩牡蠣
和牛ローストビーフサラダ仕立て
【パスタ】
あさりと空芯菜のスパゲッティー
【メイン】
目鯛の香草焼
自家製パン
デザート
コーヒーorティ
とのこと、美味しそうやはり一度行かなければね


餃子

今日は宇都宮で昼食。宇都宮といえばやはり「餃子」ですね。
探す時間がないので普段はしない飛び込みで、元祖「宇味屋(うまいや)=かなり当てつけ?」の暖簾をくぐりました。

何やらこだわりがあるようで、キャベツは群馬、茨城、千葉県産を使用。玉葱、韮、豚肉は栃木県産を使用。ニンニクは青森県産を使用。生姜は高知県産を使用。
調達方針は栃木県産を中心に国内産を使用ということです。さらに塩は、天然熟成甘塩の「喜三郎の塩」を使用。そして醤油は栃木県は高島弥次右門商店の「無添加醤油」を使用と鈴なり状態のお店です。すごいすごい\(^O^)/

しかし味にはサプライズはありませんでした。もう一ついえば肉汁はジューシーではなく「パサパサ感」が強く「羽」を含めた「カラリ感」は今一つですネ!(残念)。

下町界隈で、餃子何処が美味しいかと問われれば、飯田橋の「おけい」、千束「末っ子」、勝どき「清月」、佐野「まる九」但し 栃木=(out of scope)かなと思いますが、あまり「ラーメン」程こだわりがないのあてにしないで下さい.

今日ヘラ書きですから

【注釈】酔っ払ってい書いているという意味⇒ヘラポッポ(これって下町言葉ですかね?)の短縮動詞です。

それでは。


なおBlog 投稿後、吉祥寺「小笹」に「早朝販売羊羹」(たしか朝四時)をチャリで買いに行こうとして家族皆から怒られた

飲まなきゃいい人なのにね。



台風

今日は大型台風9号が関東直撃、なにやら今日は飲んでないので奥様の命で駅まで長男を迎えに行かなければ(^_-)
台風といえば子供の時の「アルバイト」を思い出す。その当時住んでいた家の後ろに大きなドブ川があった。何故か台風の翌日「大量の軟球」が流れてくる。これを紐をつけたバケツを川に投げ込み、軟球を大量にサルベージュする。
そして家に持ち帰り、洗剤でごしごし洗う。それから乾かして「運動具屋」さんに持ち込み買ってもらっていた。
「運動具屋」さんはそれをC級品として売っていた。
いくらで買ってもらったか覚えてないが「夜店」で豪遊できる程度のお金だったと思う。たしかそんなことやる子供はいなかったのでほぼ寡占状態だったのでぼろい思い出である。

今日の夕飯は、「ぽっぽや」でラーメン。ここは殆ど「ラーメン次郎」です。多少不味いような気がするが・・・でもここの「太麺」は凄いな、まるで縄みたい。
たしか始めて「ラーメン次郎」で「ただ麺」食べた当時の値段が@140円、それで「ただ=Free麺」と真面目に思っていた。
昔はオジサンが「次郎」の二階にある雀荘まで出前をしてくれたっけ。

台風日なので「迷走文」となりました。
それでは。

子供の頃から好きなものの一つにチラシがあります。何故かといえば、まず盛り付けが綺麗、次に何処から箸を付けるかを考えるのが楽しい。最後に甘い「おぼろ」が好きと殆どお子ちゃま状態。 しかし「おぼろ」は子供の時に言わなかったと思います。あの当時は「デンブ」だとおもいます。
よく行く寿司屋の大将曰く「おぼろは海老を煮詰めて甘味を加えたので高級なのよ、でんぶは小魚じゃなかったヶ」と、なにやら「デンブ」は少し「低級」との事のようです。
ここからが本題。
逆に子供の頃から嫌いなものが、長爪。爪の中が少しでも汚れると虫酸がはしりますよって毎日「深爪」状態⇒白い部分がない。
子供たちにも、死んだらそこら辺に捨ててもいいけれど、爪を切ってから打っちゃてねと今から遺言しています。
しかし愛妻から、そのような「深爪人生」をしていると「巻入爪(かんにゅうそう)」になると、さらに放置すると「巻爪」になるとのこと。何故(WHY?)→歳をとるとなりやすいそうです。しかもなるとかなり痛い(ーー;)。とどのつまりは爪切開となります。そのようなことになると「じゃんけん」をした時にやたら目立ちます。
そういうことで仕方なく延ばしていますが、物心付いた時から伸ばしたことがないので気持ち悪い毎日を過ごしています。
それでは。

ぼたん

今日は神田にある新規先を訪問する。
そういえば、NF(たまにいくカラオケスナック)ここら辺に移転して、今日新装開店という案内がきていた事を思い出す。
たしか神田「ぼたん」ののそばだったと、独り言を言いながら程なく探し出す。まだ店内で業者が右往左往しており開店できるかは疑問?

目的をはたしたので踵を返して再び「ぼたん」の前を通る。「ぼたん」はあまりいい思い出がない。新入社員の時、初めての忘年会をぼたんで「設営」するよう、当時のOKB部長命で予約をする。予約の時威勢のいいオバチャンがいるなと感じた程度でその後起こる不幸にはまだ気がついていなかった。

当日とんでもない店だと分かるのには、一分もかからなかった。要はこの店新入社員もしくは若い幹事に気合を入れる店だったのだ。
怒る、怒鳴るは当たり前、上司の酒がなくなると「気配りが足りない」、お酌にしても「上司に対するお酌の仕方ではない」とかやたら気合を入れる。また末席社員だからガンガン飲まされる。当然酔う、しかしちょっとでも酔態を見せるとオバチャン達に「幹事は店を出るまで酔ってはならない」と叱責される。そのうち店が込んできてオバチャン達が忙しくなると「持っていく暇がないから、調理場まで酒や料理を取りに来い」とのたまう。
まてよ俺だって、金払ってるんだから「客」だろと思ったりしたがもうどうにも止まらない(^^♪
少し疲れて凹んでいると「S友商事の××常務も、ここで苦労したからあれだけ出世した」また「M紅の○○本部長は最初からそつなくこなした」とのたまい、さらに偉くなる若い人はすぐ分かるとまたまた気合を入れる。

今になっては「この気合パファーマンス」が最大の忘年会の「華」だっただろうな思うこの頃です。
でもあの「気合いれオバチャン」達も皆鬼籍に入っていると思うと、少し「しみじみ」モード(泣)になる。
しかしここと人形町「玉秀」の割り下はしょっぱすぎると大きな声で言いたい(ガオー)
それでは。
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