今日は「My wife meets up again with her old friends. Final」の話です。
前回の続きです
午後からはまた奥様と別行動です。
昼一で札幌在勤時代の協力工場の工場長に会いに行き、久闊を叙した後は今度は小野幌にある「北海道開拓の村」に後輩の運転で出向きました。
ここへは通算5〜6回は来ていますかね。歴史的なものが好きな私としてはお気に入りの場所です。
それではここから先は画像でお付き合いください。

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#旧札幌停車場です。
この建物は明治41年(1908年)に建てられ、昭和27年(1952年)まで使われた札幌停車場の正面玄関を縮小再現したものです。

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#旧開拓使札幌本庁です。
外観は明治6年(1873年)に建てられた札幌本庁を再現しています。

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#旧浦河市庁舎です。
この建物は大正8年(1919)に地元の浦河村および道庁の費用で建設されたものです。

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#来正旅館です。
東永山兵村に屯田兵として入植した来正策馬は、明治31年(1898)退役後、開通直後の宗谷本線の永山駅前に移り、待合所を開業しました。大正7年(1918)に大水の被害を受けたため、翌年に旅館兼待合所を新築し営業を再開しました。当時は、旅人の宿泊や汽車の待合などに利用されてにぎわったそうです。

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#当時の車掌です。
その証左にボタンが車輪を表しています。

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#馬車鉄道です。

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#旧三ます河本そば屋です。
この建物は、明治18年(1885)頃に石川県から小樽へ移住した河本徳松(当時18歳)が、そば屋の修行を積み、三ますそば屋ののれんを継いで新築した店です。小樽市街の中でも最も栄えた地域にあったこのそば屋は食事や宴会の場として多くの人々に利用されていました。

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#旧小樽新聞社です。
小樽新聞社は明治27年(1894)に創立されました。函館毎日新聞、北海タイムスとともに道内の代表的新聞の一つでした。この建物は、木造の骨組みに札幌近郊で産出する札幌軟石(溶結凝灰岩)を外壁に積み上げた構造で、明治期石造建築の特徴を示しています。
なお石川啄木が勤務していたのは小樽新聞社ではなくて小樽日報社ですから。

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#印刷機です。今でも現役です。活字の校正は大変だったようですね。
ちなみに活字は多面型をもっており、一回使用すると溶解していました。
活版印刷は線で構成されているのに対してデジタルは点で構成されているので、字の鮮明さは前者の方が勝っているそうです。

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#旧札幌警察署南一条巡査派出所です。
明治18年(1885)、札幌創成橋の脇に最初に建てられた交番は木造で、札幌創成橋交番所と呼ばれていました。同じ木造で一度改築されましたが、その後個人の篤志寄付で建てかえられたのがこの建物だそうです。壁のレンガは、小口面と長手面を交互に表して積むイギリス積み手法を用いています。
ちなみに瓦は三州瓦でかなり高価だったようです。

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#旧山本理髪店です。
傾斜の急な切妻屋根、妻軒の棟折れマンサード、玄関の雨よけアーチなど、大正期の洋風建築の特徴を残したスマートな外観は理髪業とよくなじみ、北海道神宮裏参道沿いの「床屋さん」として長く親しまれてきたそうです。
ちなみにこのオジサンは大正末期から髭をあたってもらっていますが平成になっても終わりません。それでも文句ひとついわず髭をあたり続けてもらっています。

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#short breakです。
子供向けのシャボン玉の作り方コーナーで何故かハマってしまい夢中でシャボン玉を作ってしまいました。

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#旧青山家漁家住宅です。
青山家は、安政6年(1859)山形県から渡道し、小樽沿岸を中心に鰊建網などを経営した漁家です。建網経営には番屋をはじめ網倉、船倉のほか海産干場、船入澗など多くの施設、設備を必要としていました。鰊漁場の建物が、このように集約的に保存されているところは少なく、貴重な遺構の一つだそうです。
所謂鰊番屋ですね。
最盛期には900,000tも漁獲された鰊も乱獲、石狩湾の護岸改修、潮流の変化等で今ではほとんど獲れなくなってしまいましたが、最大の問題は乱獲です。
人間はやはり身の丈に合った漁獲が宜しいのです。

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#廊下です。
廊下は、陸揚げしたニシンを一時収蔵するための施設ですが、漁期後は船・櫂・櫓などの大型の漁労具や加工用具を収納する倉としても利用されました。壁の落とし板構造は、魚の搬入や建物の周囲で行われた「ニシンつぶし」と称した加工作業に便利なように工夫したものです。

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#旧広瀬写真館です。
この建物は、大正末期から昭和33年(1958)まで岩見沢市街で営業した写真館を再現したものです。外観は洋風ですが、内部の多くは和風で、和洋折衷の建物です。撮影には自然光を用いたため、写場は2階に設け、北側の屋根をシングルスラントと呼ばれた斜めのガラス張りとしています。

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#旧近藤染舗です。
近藤染舗は、明治31年(1898)に創業された旭川で最も古い染物店です。この建物は、店の繁盛に伴い大正2年(1913)に地元の建築業者によって新築された店舗兼住宅です。外観や内部の間取りは、当時の店舗建築の様子をよくあらわしています。

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#北海道百年記念塔です。
北海道百年記念塔(ほっかいどうひゃくねんきねんとう)は、札幌市厚別区の野幌森林公園の一角にあり、1968年に北海道開道百年を記念し着工、竣工は1970年9月。全長100mの塔です。

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#野幌の風景です。

ということで「北海道開拓の村」を後にした私は後輩に新札幌まで送ってもらい、新千歳空港で私を待っている奥様と合流するために車中の人となったのです。
18時に新千歳空港に着いたので、少し早いのですが夕食となりました。
今日のお店は北海道ラーメン道場にある「らぁめん 銀波露ラーメン」 新千歳空港店さんです。

住所: 北海道千歳市美々987−22新千歳空港国内線ターミナルビル3F
電話:0123-46-4600
定休日:無休

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北海道ラーメン道場外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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奥様のオーダー「醤油ラーメン」@780円です。

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私のオーダー「味噌ラーメン」@780円です。

江別市に本店を構える人気店です。
独特の香ばしい風味が特徴的な「新時代個性派拉麺」で、お店を代表する醤油らぁめんは、焼豚の煮汁が含まれた醤油たれと豚骨系スープが混ざり合い、細目の縮れ麺が特徴的です。口に入れた瞬間に広がる香り高いスープは癖になること間違いなしの一杯とのことです。

味ですか醤油、味噌とも濃いスープ味です。しかし味が茫洋としていて八方美人的味わいです。醤油は少し甘めですね、その逆で味噌はショッパ目です。
決して不味くはないのですが、再訪はno thank youという感じで宜しいかと思います

エンディングロール的なオマケです。

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#「味の時計台」さんの新千歳空港店限定のメニューです
画像imageとしては不味そうですね。じつは「味の時計台」さんのチャーシューはあまり好きではないものでして・・・

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#北海道ラーメン道場断トツ行列店の「えびそば一幻」さんです。
希少な甘えびの頭を大量に使用した、えびの旨味にこだわり尽くした渾身の一杯を是非ご堪能ください。味も去ることながら器にもこだわりが。深紅の色はスープのダシとなる南蛮蝦を連想させるもの。味と器にこだわり抜いた至高の一杯を味わってください。目で楽しみ、舌で楽しむ和の心を大切にした一杯ですとのことです。
本当に美味しいのかしらん?

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#新千歳空港内でfreeのコーヒーがいただけるお店「北菓楼」さんです
このお店は商品を買い求るもしくは店内で頂く場合はコーヒーがfreeです。お得だと思います。

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#私の和菓子の一押しの「もりもと」さんです。
アンコ系では道内絶巓です。自信あり!
ただ今「どら焼きヌーボー」の予約受付中ですので、早速申し込みました。

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#道産子から不人気の「花畑牧場」さんです。
時間帯のせいでしょうか、お客さんがまばらでしたね・・・

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#何と帰ってきました・・・
いつも思うのですが私達夫婦の旅行って忙しいですね。
多分、私に問題があるとおもうのですが・・・
結局羽田空港に着いたのが22時半でした。
さすがに電車で帰る気にはなれずリムジンバスを利用しました。
帰宅したのは四捨五入するとほとんど深夜1時でした(笑)

それでは(^_-)