今日は「さようなら」です
3579653eb73c7ffa8a03b7bb02c18576
さようならとは何故いうのでしょうか。
辞書で調べてみました。
左様なら。元来、接続詞で、それならばの意。別れの挨拶語。さよなら。
単なる、接続詞のようです。
私の子供の頃は、別れの挨拶がすご〜く長かったのです。
多分、この「それならば」という「さようなら」が使われ始めた頃は、私の子供の頃よりもさらにすご〜く長かったのだと思います。
想像するに軽く1時間位は続いたのではないでしょうか。
その為に、頃合いの言葉として「左様なら」という言葉が生まれたのでしょう。
大昔ですから「これを最後にもう二度と会えないかもしれない」という気持ち、ある意味「死」に結びつく背景があるのかもしれません。
だからこそ、これでお別れかもしれないという今を大切にする気持ちや、何が起こるかわからない現状を受け入れるという気持ちが背景としてあったのでしょうね。

201809060265_top_img_A
死は平等に生きとし生けるものすべてに訪れます。
かの自愛に満ちた歌を残した良寛でさえ、大地震に見舞われた知人に「災難に遭ふ時節には、災難に遭ふがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候」という手紙を送っています。
いっけん、冷たいようですが、昔の江戸の人々は、この世にあるかぎり、災難や不幸に遭遇する事は避けられません。その時はその時さと腹をくくれと諭していました。

20050623174034
東海道中膝栗毛の戯作者の十返舎一九は「この世をば どりゃお暇(いとま)に 線香の 煙とともに 灰(はい)左様なら」と辞世の句をしたためています。
まるで近所のコンビニに行くような感じで人生にロンググッバイを言っています。
これは現実否定ではありません。
明日を思いわずらう事なく、今日一日を誰はばかることなく楽しみ、自分大事で生きていき、幸福や不幸、生や死を、それぞれ反対のものとは思わずないことなのです。
それをひっくるめたものが人生なのだと、すべてを受けいれて、楽しむことが大切なのではないかと思うところであります。
毎日を心軽やかに生きていきましょう・・・


尾畠春夫さん、お金を心配する質問に対する“ある言葉”に人格者だと賞賛の嵐



IMG_9616

IMG_9614
銭湯が二つもあったり、ガッツ石松さんがくる焼鳥屋さんがあったり、石神井公園は不思議な街です。
今日のお店は4年ぶりの再訪です。
今日のお店は西武沿線でNO.1ピッツェリアです。
今日のお店は「ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ 石神井公園」さんです。

住所: 東京都練馬区石神井町2-13-5 グリーンハイム 1F
電話:03-5923-9783
定休日:毎週木曜と隔週不定 尚木曜日が祝日の場合水曜日 その他不定休

IMG_9600

IMG_9615
お店の外観です。

IMG_9612

IMG_9613
店内の雰囲気です。

IMG_9604
メニューです。

今日のオーダー「マルゲリータ酪恵舎」@1,500円です。
IMG_9615

IMG_9605
店内はほほぼ満席です。
私はとぼけた時間に行ったので、屋外の席になりました。

syokunin
酪恵舎のチーズとは、イタリアピエモンテで、チーズ作りや食文化を学んだ、チーズ職人井ノ口さんの熱き想いと、豊かな自然と大地が、育んでくれた、上質な生乳から生まれた、イタリア仕込みの本格チーズのようです。

IMG_9602
座るやいなやテーブルセットが到着しました。

IMG_9606
待つこと10で「マルゲリータ酪恵舎」が到着しました。
見た目、美味しそうです。
しか〜し、コルニチョーネ(pizzaの縁)があまりグラマラスではありません。
中央部分はできるだけ薄く伸ばすが、縁の部分には触らないようにして、この部分を潰してしまうと、ぷっくり膨らんだきれいな縁が生まれないと聞き及んでいます。
いかんせん、美味しさが凝縮されたところです。
重箱の隅を楊枝でほじくるようなコメントをしてすみません・・・

IMG_9607
それでは実食です。
美味しいには美味しいのですが私の口にはイタリア仕込みの本格チーズは物足りなかったようです。
かつて韓国はソウルで本場の焼肉を食べた時に、日本の焼肉の方が美味しく感じたことに似ています。
で〜も、接客も良いし、雰囲気も良いので、石神井公園のセレブリティで賑わっているのは納得です。

IMG_9610
食後の珈琲は私の舌にはあいませんでした。
熱々で供されたのが救いであります。

それでは(^_-)