下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

きじ

丸の内 きじ 8th

今日は「悲しき天使」です。
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最近、サントリーF.A.G.E.のCM曲で懐かしい「悲しき天使」が流れていました。
小学生の時、友達の家に遊びに行った時、友達の兄がギターでこの曲を歌っていたのを覚えています。
その後、中学生になって簡単な英語の歌を訳してみようと、このレコードを買いました。
しか〜し、最初の難しい単語の“tavern(居酒屋)”を“heaven(天国)”と訳し間違えました。
さら〜に、Those were the days, my friendは、死んだ友達の事だと錯誤して、だから「悲しき天使」なんだと妙に納得して、この抒情的な楽曲に聞き入ってしまいい、訳すことを止めてしまい、今日に至りました。
今日、NETでその歌詞を発見しました。
この邦題から想像すると失恋の歌を連想しがちですが、歌詞の内容はもうちょっと深い、若かりし頃と過ぎ去った人生が描かれています。
宜しかったらこの訳をみながら、この名曲を楽しんでください。

Once upon a time, there was a tavern
Where we used to raise a glass or two
Remember how we laughed away the hours,
Think of all the great things we would do
昔のことだけど、一軒の居酒屋があったの
そこで私たちは一、二杯グラスを乾して
私たちは時の経つことなんか笑い飛ばしてたわ
私たちが成すであろう素晴らしいことを考えて
Those were the days, my friend
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we’d choose
We’d fight and never lose
For we were young and sure to have our way
あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
私たちは、そんなことに終わりはないだろうと思っていた
私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
私たちは戦いそしてけして負けないだろう
私たちは若かったし、私たちのやり方を確かに持っていた

La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La

Then, the busy years went rushing by us
We lost our starry notions on the way
If, by chance, I’d see you in the tavern,
We’d smile at one another and we’d say
Those were the days, my friend
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we’d choose
We’d fight and never lose
Those were the days, oh yes, those were the days
それから、忙しい年月が私たちの傍を急いで過ぎ去った
私たちは(星空のような)煌めく考え方をその途中で失くしてしまった
もし、偶然、私があの居酒屋であなたにあったなら、
私たちはお互いに微笑んで、私たちは言うでしょう
あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
私たちは、彼らが終わることがないだろうと思っていた
私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
私たちは戦いそしてけして負けないだろう
あれはそんな時代だった、ああそうさ、あれはそんな時代だったね

La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La

Just tonight, I stood before the tavern
Nothing seemed the way it used to be
In the glass, I saw a strange reflection
Was that lonely woman really me?
ちょうど今夜、私はあの居酒屋の前に立って
いつもするように何気なくしていると
ガラスの中に、私が奇妙に映ってるのを見たの
あの淋しそうな女性は私だったの?

Those were the days, my friend
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we’d choose
We’d fight and never lose
Those were the days, oh yes, those were the days
あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
私たちは、彼らが終わることがないだろうと思っていた
私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
私たちは戦いそしてけして負けないだろう
あれはそんな時代だった、ああそうさ、あれはそんな時代だったね

La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La

Through the door, there came familiar laughter
I saw your face and heard you call my name
Oh, my friend, we’re older but no wiser
For in our hearts, the dreams are still the same
ドアを通ったら、馴染み深い笑い声が聞こえて来たの
あなたの顔を見えたわ、そしてあなたが私の名前を呼ぶのを聞いたわ
ああ私の友よ、私たちは年とったけど、賢くならなかったね
それは私たちの心のため、夢はずっと同じままなんだもの

Those were the days, my friend
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we’d choose
We’d fight and never lose
Those were the days, oh yes, those were the days
あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
私たちは、彼らが終わることがないだろうと思っていた
私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
私たちは戦いそしてけして負けないだろう
あれはそんな時代だった、ああそうさ、あれはそんな時代だったね

「悲しき天使」の原曲はウクライナの歌曲「長い道」という失恋の歌です。
1920年代にアレキサンダー・ヴェルテンスキーがレコードをリリースし、1962年にジーン・ラスキンがアレンジしたものを1963年にライムライターズがレコード・リリースしました。
これをポール・マッカートニーがジーン・ラスキン夫妻のコンサートでこの歌を聴いて気に入っていたものを、1968年に当時のトップ・モデル、ツィギーが紹介してくれたアップルの新人で、自分がプロデュースしたメリー・ホプキン(Mary Hopkin)に歌わせようと考え、新たなアレンジと歌詞を加えました。
「悲しき天使」、この邦題は、歌の内容とメリー・ホプキンの清純なイメージを併せたものです。
また当時の日本で「悲しき○○」というタイトルが興行的にヒットしたことにあやかったものです。
「悲しき街角」「悲しき雨音」「悲しきインディアン」・・・等々たくさんありました。
「MAGICTRAIN」より転載

Those Were The Days Byメリー・ホプキン「 悲しき天使」



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今日は朝早くから夜遅くまで本当に一生懸命に働きました。
そんな自分にご苦労様をいってやりたくてこのお店にきました。
そのお店とはこのお店です。
今日のお店は「きじ」さんです。

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

きょうのオーダー「モダン焼き」@1,150円です。
相も変わらず店内は満席です。
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待つこと0分でテーブルセットが到着しました。
普段ならこのタイミングで、お飲み物は何になされますか、と聞かれるのですが、流石に顔を覚えられたのか、黙ってお水がでました。
出世したものです。
今日は暇だったので作る所をじっくりと見ていました。
この「モダン焼き」はまず焼きそばを炒めるのですね。
炒め終わった焼きそばは、ステンレス製の円筒状の容器にいれて、その中にあるお好み焼きの生地にからましてから、一気に鐵板の上に流し込んで焼くのです。
ある程度焼けたらお客様の前に出しました。

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待つこと6分で「モダン焼き」が焼きあがりました。
勿論、マヨネーズをリクエストしました。

それでは実食です。
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今日の「モダン焼」とは、とろとろの玉子がいつもよりそばに絡みついていて結構です。
何という美味しさでしょう。

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そうそう青海苔が以前はお店の人がパラパラとかけ回してくれたのですが、今回は自分でかけ回してよくなったみたいです。相撲取りの土俵入りの際の塩まきみたいにたっぷりとかけ回しました。
今日は小まめに胡椒と唐辛子をかけていただきました。
ソースの味が引き立ち豚肉がよい味わいになってきます。
今日の最後の方は美味しいカリカリになりました。
完璧な味わいです。
たまには自らを美味しい食べ物で慰労しませんとここまで頑張れません。

それでは(^_-)

丸の内 きじ 7th

今日は「ゼネラル乃木 後編」です。
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今回、渡辺淳一さん著「静寂(しじま)の声」を読んだのは、乃木将軍夫妻の殉死の事が長い間モヤモヤしていたからなのです。実はこの殉死は乃木将軍と奥様との覚悟の死ではなく、奥様はつき合わされたというか殉死に見せかけるようにして殺害されたのではないかという事を確認したかったのでした。
そもそも、夫が尊敬してやまない方の後と追うというのは、肯定はしませんが、理解はできます。
確かに乃木将軍は、日露戦争でたくさんの将兵を死なせた罪の意識から戦争中から死に場所を探していたのですが、明治天皇から反対され「そういう事は朕がいるうちは許さん」と釘をさされています。
ですから明治天皇の大喪の礼の日に天皇陛下のあとを追ったのです。
ここでお分かりのように、奥様はたくさんの将兵を殺してしまった方の妻であるだけで、殉死する為の明確な理由は奥様にはないのであります。

本著で渡辺淳一さんは、この殉死の際に乃木将軍がまず自決して、夫人が後をおったという通説に対しましては、医者として当時の「乃木大将死体懸案始末書」を分析した上で、その逆であると結論づけています。
要は奥様を死に至らしめたのは将軍であるとしています。
さら〜に、色々な文献を読みましたら、最初、乃木将軍は妻を道ずれにするつもりはなかったらしいのです。
と申しますのは将軍の遺言状の宛名に奥様の名前があり、奥様に言い残す言葉もちゃんと添えられていた事でもわかります。
恐らく・・・
奥様は夫に説得されて一緒に死ぬ積もりになったものの、女の身で色々始末しておきたいものがあったに違いありません。それで「今夜だけは(階下にいた奥様の姉が効いた最後の言葉)」と頼んだのですが、乃木将軍が叱りつけて即座に自死を決行させたのでしょう。
もしかしますと、「今夜だけは・・・」は「今夜だけはあなたのいうことでも聞けません、という夫人の激しい拒絶の言葉だったのかもしれません。
そうなりますと、この奥様の死は乃木将軍の手によってなされた、妻君殺しの惨劇ではなかったのではないかと思わるのです。
実際は藪の中なので軽々な事は申せませんが、詳しく知りたい方はこちらの最下段にあるむすびのみをご覧ください。

個人的には、昭和天皇も尊敬されており日本の将来を担う子弟をはぐくむ教育者として生きる道があったわけで、明治天皇の亡きあとも、学習院の院長として長く国事に尽くされた方が良かったと思います。
その傍らでこの戦争で二人のご子息を亡くされた奥様の為にも、共に第二の人生を歩まれるべきではと思います。
まさに今さらではありますが・・・
いずれにしましても、乃木将軍は、沈着ですが半面短気で、一見雄々しく見えて気弱で、誠実な分だけ頑固で、傲慢だか照れ屋で、冷淡そうだがその実優しい、さら〜に稀代の怒り上手であったのではないかと思います。
この渡辺淳一さん著「静寂(しじま)の声」を読む限り乃木将軍は上述のように愛すべき方であります。
個人的には、中学・高校で剣道を教えていただいた恩師にその人柄がかぶります。
私の恩師は違う意味で愛すべき方でありましたが、先生からはサムライの考え方を教えていただきました。
平成も過去の年号になろうとする最中ですが、明治は本当に遠くなったものです。
個人的には、天皇を中心として纏まっていた革新的な明治の日本が好きなのでした。


バナナマン日村のバブリーダンス



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今日はランチタイムに丸の内に出没です。
今日のお店は年末に来たばかりですがまた立ち寄ってしまいました。
今日のお店は「きじ」さんです。

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です

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メニューです。

きょうのオーダー「モダン焼き」@1,000円です。
相も変わらず店内は満席です。
今日は暇だったので「モダン焼き」を作る所をじっくりと見ていました。
この「モダン焼き」はまず焼きそばを炒めるのですね。
炒め終わった焼きそばは、ステンレス製の円筒状の容器にいれて、その中にあるお好み焼きの生地にからましてから、一気に鐵板の上に流し込んで焼くのですね。
ある程度焼けたらお客様の前に出すのでした。

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という事で待つこと10分で「モダン焼き」の出来上がりです。
見た目、緑色の青のりが彩りを鮮やかにしています。

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当然のことながらマヨネーズでいただきます。

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それでは実食です。
今日の「モダン焼」とは、とろとろの玉子がいつもよりそばに絡みついていて結構です。
何という美味しさでしょう。
今日は小まめに胡椒をかけていただきました。
ソースの味が引き立ち豚肉がよい味わいになってきます。
今日の最後の方は美味しいカリカリになりました。
完璧な味わいです。
毎日は嘘になりますが、週三回食べてもこの「モダン焼」は飽きないでしょう。
この「モダン焼」はそれほどまでに私の舌を魅了します。
ごちそうさまでした

それでは(^_-)

丸の内 きじ 6th

今日は「天国と地獄」です。
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丸の内で打合せがあり、頃良い時間があったので「東京ミチテラス2017」を見て帰りました。
このきらびやかなイルミネーションを見ていますと、在阪時代に見ていた「神戸ルミナリオ」を思い出します。

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「神戸ルミナリエ」は、阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託し、大震災の起こった1995年の12月に初めて開催されたものです。
以来「神戸ルミナリエ」は震災の記憶を語り継ぎ、都市と市民の「希望」を象徴する行事として、毎年開催されているのです。

阪神・淡路大震災と言いますと、ある悲喜劇が思いだされます。
それは私の取引先の方ですが、この大震災が起きた1995年1月17日までは幸せの渦中にいました。
当時、付き合っている彼女が妊娠してしまいました。
ところがその彼女の父親というのは神戸永田では知らない人がいないという、頑固親爺でして、当時ですからそのようなフライング結婚(できちゃった婚)など許すわけもなく、仕方がないので片親である母親帯同のもと、結婚のお願いに行きました。
瀟洒な神戸の山手の豪邸に暮らす彼女の家をとてもまぶしく感じながら、その家の中にいる頑固親爺の激怒を考えると、家の扉をノックする勇気もなかったのですが、母から、生まれてくる赤ちゃんの為にも、おきばりなはれ、と言われて、インタホンを弱弱しく押下(おしげ)したのです。
家の中に招き入れられて、型通りの挨拶の後は、修羅の嵐が舞ったのですが、頑固親爺とて人の子で、生まれてくる初孫に免じて結婚の運びとなったのであります。
それは蝉が泣き叫ぶ夏の話でした。
それから半年後の1月17日の運命の日は、前の日が新年会だった事もありハジケ飲みをして二日酔いの朝に大地震を知ったのです。
この地震の悲劇は同じ関西に住んでいても、震源地近くに住んでいませんと、この被害の甚大さは分らないのでした。彼はガンガンする頭の中でしばらくTVのニュースをまばたきもせずに見ていますと、婚約者が住んでいる永田地区が壊滅状態であることを知りました。
彼の頭の中では、この世で一番大切にしている彼女とまだ見ぬ子供を失ってしまった事がおぼろげながら分ってきたのです。
彼は、どうしたらええんや、どないしよ、と狂乱状態からくる呆然自失となっていたのでした。
それからしばらくしましたら、家のチャイムが鳴りました。
誰かいな、と思って玄関に行くと、高校時代の親友がやってきて、彼女の家のあたりあかんな、と言われたので、俺は・・・人生の幸せをこの地震ですべて失ってしまったんや、と泣き叫ぶと、ダァホ、まだ死んだわけやない。
助けに行かなあかん、と言ったので、そやかて、電車も動いてへん、どないして行くんや、と言いましたら、せやから車で来たんや。
取り敢えず、水とか食べ物を仰山積んだら、いくで、と言われたのでその仕度をして、着の身着のままで車中の人になりました。
彼は、正直に言いますけれど、と前置きをして、永田に着くまでの10時間は頭が真っ白になっていて、この間の記憶はほとんどありません、と申していました。
海辺の道は道路閉鎖になっていたので六甲道を通っていったそうです。
加えて唯一使えるその道を、皆が使い始めたので10時間もかかったそうなのです。

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永田に入りますと、いたるとろで家族を亡くした方々が泣き叫ぶ地獄絵が目の前に飛び込んできました。
彼もこの時間帯になりますと冷静さを取り戻してきて、必ず遺体だけは探そうと、肚を決めたそうです。
彼女の家から3kmくらいで、ここから先は車での進入は難しいので車から降りて、親友と二人で救援物資を詰めこんだリュクッサックの重さを肩にずっしりと感じながら、彼女の家に向かったのです。

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眼に入ってくる光景は倒壊した家から家族を救出する人たちの魂を込めた救出活動でした。
50分位して見慣れた彼女の家が視界に入ってきました。
そこで見たのは奇跡でした。
まるでモーゼ十戒の海を割るシーンのように彼女の家の前の道路を挟んで、海側は壊滅状態でしたが、彼女の家のある山側の住居は何事もなかったかのようにたたずんでいたのです。
彼は、それを見届けると一目散に彼女の家に走って向かい、息を整える間もなく、家の玄関を開けると、彼女が大きなお腹をかかえて、なんや、遅かったやない、と言ってにっこりと笑って出てきたそうです。
そこから後は感極まって声にならず、人生でこれだけの滂沱の涙を流したことはなかった、と彼は言っていました。
世の中にはまさに「天国と地獄」が存在するという実話であります。

私は「東京ミチテラス2017」のようなきらびやかイルミネーションを見ると、上述の話を思い出すので、皆のように心の底からこのまばゆい光のページェントを楽しめないのですが、皆さまにはこの光の饗宴は画像でご紹介いたします。
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歩き疲れたので夕食です。
丸の内といえばここしかありまへん。
今日のお店は「きじ」さんです。

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です

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メニューです。

きょうのオーダー「モダン焼き」@1,150円です。
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座るやいなやテーブルセットの到着です。

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時間差で「お冷」の到着です。
すんまへん、アルコール飲めまへんねん。

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美味しく焼いておくんなはれ・・・

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待つこと7分で「モダン焼」の完成です。
見た目、美味しそうです。

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当然のことながらマヨネーズでいただきます。

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「モダン焼」とは、そばをだしと玉子に絡めてオムソバ風にジューシーに焼き上げたものです。
これが美味しいのです。
とろとろの玉子がそばに絡みつくこのまったりとした感触がたまらないのです。

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焼き上げた後も過熱していますので「モダン焼」から立ち昇ってくる芳しい匂いが、時間とともに深まり美味しさを倍増させます。
豚とイカが入っているのですが、豚クンの存在がどうしても高まります。
この世に極楽があるとすればこの食べ物を食べている時でしょう。
まさに私の身に至福が訪れました。
このような場合は「天国と天国」と表現して良いのかもしれません・・・

それでは(^_-)

丸の内 きじ 7th

今日は「セブンティーン」です。
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日本人に一番の衝撃を与えた17歳の若者は、山口二矢(おとや)さんです。
山口二矢さんは、日本の右翼活動家、民族主義者および反共主義者で、1960年(昭和35年)10月12日に発生した浅沼稲次郎暗殺事件の実行犯であります。
1960年(昭和35年)10月、政党代表放送で演説中の日本社会党の党首浅沼稲次郎を小刀で殺害しました。
逮捕後、「後悔はしていないが償いはする」と口にして裁判を待たず、東京少年鑑別所内で「天皇陛下万才、七生報国」との遺書を残して首吊り自殺しました。
わずか17年の人生でした。
犯人の山口さんは少年だったこともあり、この事件をきっかけに「子供に刃物を持たせない運動」が始まりました。
それにより、それまでは鉛筆削りや工作に使用されていた肥後守を始めとする刃物が子供から取り上げられ、以後続く刃物規制の始まりの一つとなったのです。

個人的には、この事件については特段の興味もありませんのでなにも語りません。
というか時代が古すぎて政治的背景が分らないのです。
しか〜し、この事件で一つだけ心に残った事があります。
それは山口少年の自殺の翌日の浅沼委員長の妻・享子さんの談話です。
山口少年の自殺は、けさ新聞ではじめて知りました。山口少年が憎いというより、むしろ気の毒な気持ちです。
17の少年にあのような思想を吹き込み、暗殺にかりたてた背後の力に対し、あらためて腹の底から憎しみが燃えあがってきます、というものです。
罪を憎んで人を憎まず、ですがなかなか言えるものではありません。
たいした人です。
ちなみに、浅沼委員長と享子さんとのなれそめは大正末から昭和に改元される頃で、当時社会主義運動に身を投じた浅沼委員長らは、享子さんが働いていた喫茶店をたまり場としていたそうです。
結婚後も恐妻家、愛妻家として知られていました。
合掌・・・

ちなみにこの事件の実録動画はかなりショッキングなので、見られる方はそれを承知でご覧ください。



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今日は、大阪出張からの帰路、暮れなずむ東京駅に滑り込みました。
今日はライトランチでしたのでお腹がすきました。
東京に戻ってから、大阪で食べようと思っていたお好み焼きを、リベンジということで食べたくなりました。
今日のお店はお好み焼き「きじ」丸の内店さんです

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です

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メニューです。

きょうのオーダー「豚玉」@850円です。
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待つこと5分で「さんて寛皿」の到着です。
「さんて寛」という名前は、「来て」「見て」「食べて」の3つの「て」と「寛いで」が合わさった造語です。

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待つこと14分で「豚玉」の到着です。
見た目、茶色と緑色は合うなと思わせました。
それでは実食です。
いつも感じる生地のふんわり感と生地自体のうま味も感じられずどちらかといえば固めです。カリッと焼けた豚肉の美味しさも、今日はそれも感じられず、加えて赤囲みのオコゲが苦くて、ここは本当に「きじさんですか?」という感じです。
理由を考えたのですが、今日の焼き方は黒服Tシャツさんで、白の半袖コックコートの方ではありません。
私は特段黒服Tシャツさんを指名していません。
誰が焼いても構いませんが、いつも高品質で美味しいお好み焼きを供して欲しいと強く思うところであります。

それでは(^_-)

丸の内 きじ 6th

今日は「Tears in Heaven」です。
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「Tears in Heaven」は、私のフェイバリットソングの一つです。
歌っているのはエリック・クラプトンです。
今迄それとなく意味は分かっていましたが、改めて和訳を見ますと本当によい歌ですね。
メロディに言葉を越えた魅力があるのかも知れませんね。
この歌は、息子さんの死を悼んで クラプトンが書いた曲ということで広く知られています。
1991年、まだ4歳だった息子のコナー君が、アパートの53階から転落して亡くなったのです。
その後は悲しみのあまりに外に出ることができなかったということですが、この曲を1992年に発表し大ヒット、そしてクラプトン は1993年のグラミー賞のいくつかを受賞しました。
ネットで調べましたら、この曲は「息子の死を乗り越えて」というように人口に膾炙していましたが、実は全くの逆で、「息子の死の悲しみを乗り越える」ためにこの曲を書き、歌っていたのですね。
と申しますのも、Daphne Barak とのインタビューで、クラプトンは、「僕は自分のために音楽を、治療薬としてほとんど無意識のうちに使っていたんだ。そして驚くことなかれ、うまくいったよ。
音楽から多くの幸せと癒しをもらったんだ」と語っています。
要は、クラプトンは晴れ上がった空がのしかかるようだった毎日に新鮮な空気が入ってくるようになるのには実は12年間もかかっていたのです。
で〜も個人的には、コナー君を亡くすまでのクラプトンの人生は、1970年代には薬物依存症、1980年代にはアルコール依存症・交通事故・胃潰瘍、そして度重なる不倫というような破天荒な人生を歩んできましたが、息子の死をきっかけに立ち直ったのです。
まさに「人間塞翁が馬」の如しであります。
ちなみに Tears は「涙」ではなく「深い悲しみ = grief」との事らしいです。
Technical Translator's Blog参照

Would you know my name
If I saw you in heaven
Would it be the same
If I saw you in heaven
I must be strong, and carry on
'Cause I know I don't belong Here in heaven

もしも天国で会ったなら
君は僕の名前を覚えているだろうか
もしも天国で会ったなら
以前と同じでいられるのだろうか
僕は強くならなくてはいけない
そして頑張って生きていかなくてはならないね
ここ天国は僕がいるべき場所ではないとわかっているから

Would you hold my hand
If I saw you in heaven
Would you help me stand
If I saw you in heaven
I'll find my way, through night and day
'Cause I know I just can't stay
Here in heaven

もしも天国で会ったなら
君は僕の手を握ってくれるだろうか
もしも天国で会ったなら
僕が立っていられるよう助けてくれるだろうか
僕は自分の進むべき道を見つけていくよ
昼も夜もね
ここ天国に僕がいることはできないとわかっているから




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今日は夜のとばりが落ちた東京駅に滑り込むように大阪から帰ってきました。
今日は多忙なのでお昼はクイックランチでした。
お腹がすきました。
大阪で食べようと思っていたお好み焼きを食べたくなりました。
今日のお店はお好み焼き「きじ」丸の内店さんです

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「スジ焼き」@1,200円です。
このお店主人の名前が「木地」さんなので「きじ」だそうです。
てっきりお好み焼きだけに「生地」かと思っていました(笑)

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待つこと6分でテーブルセットの到着です。

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待つこと12分で「スジ焼き」の到着です。

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ちなみに私は、マヨネーズはお好み焼きの上に櫛の歯みたいにかけ回す派ではなく、このようにお皿に盛ってもらって好きなだけ付ける派です。

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それでは実食です。
お好み焼き自体は上質なクレープのような味わいです。
スジ肉は硬軟あり、たまに遭遇するクニュッとしたスジに当った時が最高にうれしいのです。
お好み焼きは鉄板の上で余熱を与えますので時間が経てば経つほど味わいが引き締まります。
鉄板でいただくお好み焼きは、「時間を楽しむ」ように思います。
最初は柔らかいお好み焼きは、時間が経つに連れて時効硬化していき、美味しさが可変します。
食べるタイミングで味が変わり且つそれを楽しめるのがうれしいです。
個人的にはラスト10マイル当たりの外硬内柔の食感が大好きです。
味ですか、大満足のお好み焼きでした、という事で行間を読んでください。

それでは(^_-)

丸の内 きじ 5th

今日は「甘味大好き!」です
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私は甘い物が大好きなのです。
もともと好きだったのですが、お酒を飲み始めたら敬遠するようになりました。
加えて社会人になりますと、男の癖に甘味が好き、だなんて申しましたら、酒席に誘ってくれないのではという恐怖心から、甘いもの好きという一面は封印したのです。
それなので、部下がケーキでも食べているのをみたら、いい大人がなんだ、と叱りとばしていましたが、本人は人前でケーキを食べられる姿を見て羨ましく思っていたのです。

閑話休題
「お酒を飲み始めたら敬遠するようになりました」のくだりですが、これは医学的?に説明がつくそうです。
それは「体内糖分量一定の法則」なるものがあって、お酒を多飲していますと、絶えず一定の糖分を摂取していますので、甘味は欲しないそうです。
まさにそうだったのかであります。
5年前に停酒してから急速に甘味量が増加していったのは「体内糖分量一定の法則」のなせる業だったのであります。このロジックが分りましたのでアルコールは復活させません。
もっともっと美味しい甘味が食べたいからであります。
加えて申せばマラソンをしつこく続けているのは、ひとえに甘味よる体脂肪率増加を抑止している為なのです。

甘味は和・洋・中を問いませんが、強いていえば「あんこ」です。
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「あんこ」であれば「つぶあん」しか認めません。
将来、国民の負託をうけて国政に参加したあかつきには「こしあん禁止法」を立法しようと真剣に考えています。
「つぶあん」は美味しいです。
本当に美味しい「つぶあん」は、まったりした密度の濃い味わいが漂ってくるのです。
基本的に「つぶあん」のうまみは、豆そのものの美味しさですが、それを支えるのが甘さです。
甘ければ良いというものではなくそこにはそこはかとないたおやかさが要求されます
美味しいとは体が欲しがる状態をさします。
体を養う正しい食べもののみが本当の意味で美味しいのです。
従いまして、甘いものが食べたいときは甘いものを食べればよいのです。
ただただ腹八分でいただけばよいのです。
「知足者富(足るを知る者は富む)」
満足することを知っている者は、心豊かに生きることができる、と老子は説いています
奥様も甘味の中では「つぶあん」が大好きです。
これからも共に手を取り「つぶあん活」に邁進していく所存であります。


父の視点と娘の視点



今日は丸の内に出没です。
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美味しいとは体が欲しがる状態をさします。
という事で今日は「お好み焼き」を欲しました。
今日のお店はお好み焼き「きじ」丸の内店さんです。

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「すじモダン」@1,240円です。
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待つこと4分で焼きありました。
見た目美味しそうです。

それでは実食です。
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「すじモダン」とは、焼きそばをだしと玉子に絡めてオムソバ風にジューシーに焼き上げたものです。
これが美味しいのです。
とろとろの玉子がそばに絡みつくこのまったりとした感触がたまらないのです。
焼き上げた後も過熱していますので「すじモダン」から立ち昇ってくる芳しい匂いが、時間とともに深まり美味しさを倍増させます。
この世に極楽があるとすればこの食べ物を食べている時でしょう。
まさに私の身に至福が訪れました。

後半味替えでマヨネーズをいただきました。
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これがまたたまらなく美味しいのです。
この後、新幹線で大阪に移動ですが、仕事のことを忘れそうです・・・

それでは(^_-)

丸の内 きじ 4th

今日は「世界文化遺産を見てきました(後編)」です。
私達おとぼけ夫婦は「ぽけかる倶楽部」さんの「富岡製糸場&夏でもひんやり碓井湖・めがね橋&こんにゃくパーク見学バスツアー」に参加しました。

ということで今日は後編ですので、「こんにゃくパーク」を後にした私達は今回の目玉の世界遺産「富岡製糸場」に向かいました。

まずは「富岡製糸場」ってどのような工場だったのかを「富岡製糸場」のHPの抜粋により以下に紹介します。
「富岡製糸場は、殖産興業を推進するために国が建てた大規模な建造物群が現存する産業施設です。
繰糸場は長さ約140.4メートル、幅12.3メートル、高さ12.1メートルで、当時、世界的にみても最大規模でした。
工場建設は明治4年(1871年)から始まり、翌年の明治5年(1872年)7月に完成、10月4日には歴史的な 操業が開始されました。繭を生糸にする繰糸工場には300人取の繰糸器が置かれ、全国から集まった工女たちの手によって本格的な器械製糸が始まりました。
外国人指導者が去った明治9年以降は日本人だけで操業されました。官営期を通しての経営は必ずしも黒字ばかりではありませんでしたが、高品質に重点を置いた生糸は海外でも好評でした。
器械製糸の普及と技術者育成という当初の目的が果たされた頃、官営工場の払い下げの主旨により、明治26年(1893年)に三井家に払い下げされました。その後、明治35年(1902年)には 原合名会社に譲渡され、御法川式繰糸機による高品質生糸の大量生産や、蚕種の統一などで注目されました。昭和13年(1938年)には株式会社富岡製糸所として独立しましたが、昭和14年(1939年)には日本最大の製糸会社であった片倉製糸紡績株式会社(現・片倉工業株式会社)にされました。その後、戦中・戦後と長く製糸工場として 活躍しましたが、生糸値段の低迷などによって昭和62年(1987年)3月ついにその操業を停止しました。その後も場内のほとんどの建物は大切に保存されています。」

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「富岡製糸場」は明治初期の状態が今でも残っている貴重な工場の為「産業遺産」として「世界遺産」に選ばれたのです。

富岡製糸1
今回のイベント会社である「ぽけかる倶楽部」さんは、ボランティア解説員によるガイドツアーを申し込んでいた事から、製糸場内は全て説明を受けながら見学できました。
従いましてこの製糸場のあらましにつきましてはよく理解できました。
ここから先は画像でお付き合いください。

#東繭倉庫です
東繭倉庫外観です。
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この画像の通り、東繭倉庫はちょん髷をした大工さん達の手によって作られたそうです。
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この画像の右側は建設の指導者であるフランスのポール・ブリュナです。ブリュナは建設地を富岡に選定し、フランスから製糸場に必要となる技術者を連れてきたり、洋式の器械を日本人の体格に合うように改良したものを注文して取り寄せたりしました。
左側は初代工場長で渋沢栄一の義兄(栄一の妻・千代の兄)であり、尾高塾を開き、栄一に論語を教えた学問の師でもある尾高惇忠です。
尾高は政府の役人として建設当初から関わり、建築資材の調達に尽力するなどしました。
尾高は後に初代場長となり、フランス人に生血を吸われるという噂(実際は赤ワインを飲んでいた)により工女が集まらなかった為、娘の勇を「工女1号」として入場させました。
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明治5年竣工のキーストン(建築でアーチの頂部にある石)です。
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#操糸場です
操糸場外観です。
操糸場は繭から生糸をとり作業が行われていた場所です。
創業当初はフランス式の操糸器300釜が設置された世界最大の製糸工場でした。
操糸場

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この操糸場の小屋根には「トラス構造」という従来の日本にはない建築工法が用いられています。
そのため、建物内部には中央に柱のない広い空間が保たれています。
さらに採光のための多くのガラス窓や、屋根の上に蒸気抜きの越屋根が取りつけられています。
これはフランス人ポール・ブリュナの「残業して薄暗いところで作っても良いもはできない。日中日の当る明るいところで仕事をして早く終わらせるように」との考えから採光性の良い施設となったのです。
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明治の頃の操糸と現在の操糸です。
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#ブリュナ館です
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指導者として雇われたフランス人ポール・ブリュナが家族と暮らしていた住居です。
建物は木骨煉瓦造りで建てられ、高床で回廊風のベランダをもつ風通しの良い解放感ある作りになっています。
床下には、建設当時造られた煉瓦造りの地下室が現在物残っています。
用途はワインの貯蔵庫でしょう。

#乾燥場です
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2014年2月14〜15日の大雪で乾燥場は壊れてしまいました。
他の施設も大雪補強しておきませんと世界遺産も砂上の楼閣です。

#番外編
お蚕様です。
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繭玉です。
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生糸です。
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「富岡製糸場」の見学を終えた私達は下仁田こんにゃく観光センターに向かい、そこで「こんにゃくが出来るまで」のVideoを観て、お土産を買い求め一路出発地である東京・丸ビルに向かったのです。

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丁度18時に羽生インターで小休止しました。

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高速もおおきな渋滞が無かったので予定時間19時半に東京・丸ビルに戻って参りました。
今回のイベント参加の感想ですか?
「富岡製糸場」は世界遺産に選ばれた理由にはおおいに納得です。
一度は行っておかれたほうが宜しいかと思います、ハイ。


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ということで無事に東京に着いた私達が次にしなければいけないのは夕食です。
丸ビルあたりで美味しいところと言えばこちらです。
今日のお店は「きじ」丸の内店さんです。

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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お店の引戸の手掛け用引手は「お好み焼き用の小手」でできていました。
結構通っていたのにもかかわらず知りませんでした。

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私が通っていた頃の店長の戸田さんは軽井沢「さんてん寛」さんの店長になるようです。
というか戸田さんは2005年4月から株式会社TOKI(資本金:20百万円)の社長で、現在「きじ丸の内店」「きじ品川店」「さんてん寛六本木店」を経営しておりであらたに軽井沢「さんてん寛」さんの店長も兼ねるというのが正しい説明なのです。

今日のオーダー
「トマト」@380円
「スジポン」@570円
「スジモダン焼き」@1,320円
「豚チーズ」@1,000円
です。

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待つこと3分で「トマト」と「スジポン」が到着しました。
「トマト」は意外に甘くて結構でした。
「スジポン」はさっぱりしていて且つ「牛すじ」の脂身がポン酢にあっていて美味しいです。

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待つこと8分で「スジモダン焼き」の到着です。
見た目ベチャコですがbad appearance、but good tasteです。
焼きそばをだしと玉子に絡めてオムソバ風にジューシーに焼き上げたものですが、これが美味しいのです。
とろとろの玉子がそばに絡みつくこの口内感触がたまらないのです。
時間とともに深まる鉄板から漂ってくる芳しい匂いが美味しさを倍加させます。
この世に極楽があるとすればこの食べ物を食べている時でしょう。最高です。

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待つこと23分で「豚チーズ」の到着です。
見た目チーズのパウダーがまき散らされていて美味しそうです。
「スジモダン焼き」に負けるとも劣らぬ香ばしい匂いがたまりません・・・
しか〜し私達夫婦の満腹中枢は先の「スジモダン焼き」で頂点を極めており、これ以上の強い食欲は残っていなく、食欲は義務に変わっていたのでした。
多分空腹で頂ければ美味しかったのでしょうが、ごめんなさい。
完食するのが精一杯でした。

それでは(^_-)

丸の内 きじ リターンズ

今日は「暑い夏には涼しい画像を・・・」です。
暑いですね・・・
暑い夏には涼感あふれるものをお届けしましょう。


北海道・美瑛町白金「青い池」です。
この池を撮影した画像が、アップル社MacBook Proの、2012年7月25日に発売された新OSであるMountain Lionのデスクトップの背景に使われる壁紙に採用されて話題をよんだのが端緒であります。
もともと十勝岳が噴火後、火山災害から美瑛町を守るため、火山泥流を貯める施設として、コンクリートブロックによるえん堤が完成しました。
その結果、ブロックえん堤に水が溜まり、いつの頃からか、「青い池」とよばれるようになったそうです。
青く見えるのは白金温泉地区で湧出している、アルミニウムを含んだ「白髭の滝」などから流れいでる水によってだそうです。
これによって生まれたのが「青い池」なのです。
青い池の中でカラマツなどの木が立ち枯れていている景色が幻想的に見えるので口コミでその評判が広がってきており今では多くの観光客を集めています。
季節や時期によって池の色の濃さが変わります。

夏の海

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夕陽2
暑い時には海でしょう。
私は海で泳ぐのは大好きですが、子供達がプールで泳ぎを覚えたものですから、奥様が海での泳ぎを厳禁してしまい、東京に帰ってきてからは海で泳いだことはありません。
高校生くらいまでは母の実家がある伊豆の海で良く泳ぎました。
勿論泳ぐだけでなく、年上の従兄弟達と海に潜りサザエやアワビを取り、海岸でバーベキューをしたのが最大の夏の楽しみであり喜びでありました。

勤務先がwaterfrontにある関係で、会社近くになると潮の干潮の関係により、むせかえるような潮の香りに包まれる事があります。耳をすませば繰り返す波のざわめきが聞こえてくるような気もちになり、遠く過ぎ去った夏の思い出が恋しくなります。
私はあの夏のきらめきを、一体どこに葬ってしまったのでしょうか。
もう一度灼熱の太陽を浴びながら光り輝きたいと思う今日この頃であります。

私の夏の思い出といえばこの名曲です。
石川セリさんの「八月の濡れた砂」を紹介して終わります。



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今日は東京駅に出没です。
暑い日には「お好み焼き」でしょう。
今日のお店は「きじ」さんです。

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「スジ焼き」@1,110 円です。
東京の「きじ」さんは8年ぶりです。
大阪の「きじ」さんの方がよく通っています。
といっても通算4回程度ですが。
このお店主人の名前が「木地」さんなので「きじ」だそうです。
てっきりお好み焼きだけに「生地」かと思っていました(笑)

きじ店長
私が通っていた頃の店長は戸田さんでした。
関西「きじ」で10年の修行の後で2005年秋独立開店したそうです。

To be honest,積極的に入店しようとは思いませんでした。
というのも並ぶからです。
今日はお目当ての「つるとんたん」さんに行列が無いのでそちらに行こうとしたのですが、「きじ」さんの行列が6人程度だったので方針変更したのです。
それでも待つこと36分で入店です。

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接客が丁寧且親切なのは前回同様であります。
待つこと7分で「スジ焼き」の到着です。
緑色と茶色のコントラストが食欲を高ぶらせます。

「スジ焼」は小口切りの青ネギがどっさりトッピングされています。
そして中には甘辛味の牛スジがたっぷり入っており、この牛スジとネギの風味が醸しだす味わいが最高なのです。

それでは実食です。
お好み焼き自体は上質なクレープのような食感です。
スジ肉は硬軟あり、たまに遭遇するクニュッとしたスジに当った時が最高に美味しいのです。
お好み焼きは鉄板の上で余熱を与えますので時間が経てば経つほど味わいが引き締まります。
個人的にはlast one mile当りの外硬内柔の食感が好きなのです。
今日も時間を見計らって、自分の満足の食感のところをたっぷりと食べることができました。
味ですか、美味しいです、大満足です。

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このように並ばないのなら月に一回は来たいものです、ハイ。

それでは(^_-)

上尾 あばん

昨日は大阪お好み焼き名店「ゆかり」の店内で店長との歓談です。ちなみに私と後輩は当然の事ながら呑みながらの参加です。

店長「アキマヘンワ埼玉は
後輩「ナンデ?」
店長「ここんとこのお客さん、お好み焼きと広島焼きともんじゃの違いが分かりませんもの」
私「そうなん
店長「せやさかいいちいち説明せなあきません。ほんまに・・・疲れまんがな」
後輩「セヤネ」

後輩「大体関東の人は昼飯でもお好み食べひぃんし」
店長「せやせや」

店長「うちとこの親父には関東では関西人がいてへんところにお店出したらあきへんゆうたんやけど聴きよりません。そもそも「ゆかり」の最初の関東のお店は横浜にお店だしたんやけど、関西人なんかいてないもんですからお客が来ぃよりません。
せやさかい黒字になるまでエラゴッツウ苦労しましたわ

中略

店長「大阪の店長でいたとき、梅田の繁盛店の「きじ」に敵情視察にいきましたんや。まだ「きじ」の頑固親父が元気な頃ですわ。私はスパイやから色々お好み頼みますわ。すると「きじ」の頑固親父が若いもんは銭(ジェニ)粗末にしらアカン、腹八文目が丁度エエンヤといわれます。しかし「きじ」の味を盗みにきたんやからこれには困りましたわ(笑)」

でも今では「きじ」より「ゆかり」の方美味しいから良かったのではないでしょうか

今日のお店は上尾No.1横浜ラーメン「あばん」です。
期待がもてます

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お店の全景です。


住所: 埼玉県上尾市谷津2-1-35
電話番号:048-775-7244
休日:不定休

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あばんラーメンです。実はこのお店きらいなのです。今日は個人的なことですが朝ご飯食べ忘れてとてもお腹が空いていて、このお店の開店15分前から待っていたのです。なおかつお店の人には何時から開けますかと確認していたのにここのご主人そんなことも考慮せず事務的にお店を開けたのです。並ぶのはこちらの都合ですからいいのですけれど、私が店主ならリップサービスで招きいれたでしょう。
さらにこのご主人調理は女性に任せているようで、「チャッカマンないか・・・あるだろう・・・どこだ」の連発です。なんでしょうか開店時の緊張感がありません、さらに目はショボショボしていて目ヤニもついてます(顔洗ってきなさい)・・・駄目ですいくら美味しくてもこういう店主のお店は(怒)

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トッピングは充実していますネ(笑)

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味ですか・・・美味しいですね。でも化学調味料が多いような感じです、舌がピリピリとしびれます。横浜系ラーメン共通で盛りはすくないです。豚骨、鶏ガラを大量につかっているのでスープは美味しいのですが、何かそこらの「家系」との差別化がないような気がします(残念)

それでは(^_-)

お好み焼き きじ

おかげさまで松葉杖がとれました。
といってもまだ装具つきですが、アキレス腱切断以来7週間ぶりの二本足です。
アキレス腱も形が見えてきました。しかしまだタラコみたいな太さです。
でも手術したのとしないのでは、後者即ちしないほうのほうが限りなく元に戻るそうです。
手術しなくて良かった(本当は仕事が忙しくてできなかったのです

今日は「タクシー運転手さん」の話です。
ススキでの接待の後タクシーに乗って自宅に帰る時に、何故か運転手さんとビール園の話で盛り上がりました。たしか天神山付近にあったアサヒビール園の話でした。

話している途中運転手さんが天神山といえば先週同僚が体験した話をし始めました。
深夜に丘珠空港付近から天神山まで白いコートを着た髪の毛の長い若い女性を乗せたそうです。
丘珠空港あたりといえば何もないところで、空港がクローズした後は車もまばらです。よって普通だったらタクシーも拾えるはずもないので、こんな時間に女性が歩いていることが自体が奇妙です。

運転手さんがいぶかしがり、「なしてこんな時間にこんなところ歩いていたの」と聞くと学校に楽譜をとりに来たのとのことです。
運転手さんはこのあたりには音楽学校もなく即座に嘘をついているなと思い、変に係わりあいたくないのでそれ以上話を続けなかったそうです。

天神山の中腹当たりの、廻りには何も無い白い木造一軒家が彼女の家でした。
漆黒の闇の中、月夜の光が青白く彼女の家を浮かび上がらせています。
家の前につくと彼女は財布を取り出して支払いをしようとするのですが、お金が足りないようで家に取りに行くとのことです。
運転手さんは無賃乗車によくある定番方法なのでしっかりと彼女の行く先を瞬きもせず凝視していました。間違いなく家の玄関から家に入ったのでこれなら取りぱっぐれしないと安心して煙草の紫煙をくゆらせていたのです。

ところが中々出てきません。しまったやられたと思い運転手さんは家の玄関のチャイムを鳴らしました。しばらくしてこの家のご主人が出てきました。
運転手さん「すみません。タクシーの運転手ですがお宅のお嬢さん乗せてきたのですが、お金が足りないといってこの玄関から家に取りに帰られたのですがどうされましたか?」
ご主人「それはなにかの勘違いではないですか、我家には娘はいませんよ」
運転手さん「イヤイヤ間違いなくこの玄関からはいったのを見ているのです。もしかしてお宅には通り抜けることができる裏口はありますか」
ご主人「そんなものアリマセンヨ。もし玄関から誰か入って来たら居間にピンポンとチャイムがなるので分かります。カアサンもいましたがお互い聞いていませんよ(怒)」
運転手さん「しかし・・・」
このご主人嘘を言っているように思えず、しかし間違いなく乗せてきており運転手さんの頭の中は千々に乱れてきました。

突然の深夜の訪問者の応対を居間で聞いていた奥さんも玄関にやってきました。
しかしこの奥さん顔が引きつっています。
奥さん「運転手さん、間違いなく本当に若い女性をここまで乗せてきたのですか」
運転手さん「嘘つくわけ無いですよ。丘珠空港付近で乗せ間違いなくお宅まで乗せてきましたヨ」
丘珠空港付近という言葉を聴くと、今度はご主人の顔が気色ばみます。そして二人はまさかという顔でお互いを見合せました。

しばらくしてこのご夫婦は運転手さんを居室に招きいれます。
そこには仏壇の上に真新しい遺影と納骨前の骨壷がおいてありました。
奥さん「乗せてきた娘さんってこの娘(こ)ですか」
運転手さん「・・・・(絶句)」

この娘さんは音大にいっており,可哀相なことに丘珠空港付近で交通事故に合い若い命を失ったようです。そしてこの運転手さんは帰社して会社にこの事態を報告した後寝込んでしまいそれ以来会社にはきてないとのことです。

今日のお店は「 きじ」です。
住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
TEL:03-3216-3123

今回で二回目です。
そして今日の獲物は「スジモダン焼」@1,250です。



やはりこれすごく美味しいですね。スジ肉も美味しいし、卵もニュルニュルでたまりません。
焼ソバもモチモチで最高です。
本当に関西人に生まれてよかったなと思う瞬間です(嘘)
前回甘く感じたソースも今回は舌が慣れたのか、やはりこの焼ソバにはこのソースだと思うようになりました。
ところが一緒も「豚玉」@750を頼んだのですが(写真保存忘れ)これは逆に平板でした。
大阪で食べたお好み焼きやさんとあまり変わりませんでした。
ということはこのお店「スジモダン焼」が頭三つ位抜けているのですね(笑)

それでは(^_-)

きじ 丸の内店

今日は大手町のお客さんのところで打合せです。
お好み焼きでも食べるかと丸の内のTOKIAに足を運びました。
TOKIA
トキアは結構他にも美味しいテナントが入っており、中には立ち飲み屋さんもありあます


「TOKIA(トキア)」は、東京・丸の内に生まれた大人のトキメキのあるユートピア。
食と音楽と美をテーマに、「大人たちが、肩の力を抜き、遊び心を持って、良いものを純粋に楽しめる場所」として、新しい夜のシーンを創出します。(トキアガイドより抜粋)

今日のお店は「きじ 丸の内店」です。
きじ


このお店主人の名前が「木地」さんなので「きじ」だそうです。
てっきりお好み焼きだけに「生地」かと思っていました(笑)
店長は戸田さんです。
関西「きじ」で10年の修行の後で2005年秋独立開店したそうです。
きじ店内
きじ店内です。清潔感があり綺麗です


住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
TEL:03-3216-3123

行ってみましたら大行列です。普段は決して並ばないのですが今日は気合で並びました。
しかしこの行列関西出身者が多いの多くないのはっきり言ってうるさかったです。
良くまーあれだけダラダラと話せますね(スゴイ)しかもほとんどが関西のお好み焼きがいかに美味しいかのことだけに終始しています(マイリマシタ)
でも下手な漫才聞くより面白かった事も事実です。
何となく私たちにも聞こえるよう話をしているようにも思えるのですが
関西の方の話を聞きながら、やっとこさ一時間位で席に着きました。

今日の獲物は「スジモダン焼」@1,250です。
きじメニュー
やはりお好み焼きは@単価が高いですね「目に言う」のキャッチは思わず微笑んでしまいますね(ほっこり)

スジモダン焼
これ本当にバカウマです



スジモダン焼
青海苔をかけると味が深まりますネ



私は大阪にいたので、「千房」「やまもと」「ぼてじゅう」他色々行きましたが、ここの「スジモダン焼」は美味しいですね。
何故だろうまたまた隣の席の関西人の方が、これがホンマの関西のお好み焼きヤと言っていましたが、それであれば私が大阪で食べたものは一体何だったのでしょうか。
この店ほど美味しくはありませんでした、特に「千房」は美味しくなかったですね

味ですがスジは柔らかくてコクとトロケがあり最高です。
キャベツも甘く美味しく申し分ありません。
麺は多分卵に絡めているのでトロトロです。
これ喩えていえば関西版「カルボナーラ」ですね。
しいていえばソースが少しカラスギタくらいで、一時間並ぶ価値は充分にありあます。
また接客も最高で申し分ありませんでした。

今度は奥様と行き、食べ物をシェアしようっと


それでは(^_-)
訪問者数

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