今日は「負け惜しみ」です。
高校の友人がレンタルスタジオをオープンしました。
とてもおめでたい事なのですが実は私は大心配していたのでした。
と申しますのは、彼は正業に就いていないのです。
要はお金を持ってない人なのです。
さら〜に、正しく申しますと、友人は大学を卒業して以来、きちんと働いたことはありません。
このように書きますと自堕落、ふしだらの人間に思われるでしょうが、さにあらずで、真面目で高校時代の学業は優秀でした。その証左に現役で早稲田大学工学部に入った程の学力の持ち主です。
しか〜し、その後がいけません。
大学入学後、ジャズにはまり、大学ではバンド活動にいそしみ、卒業後は就職もせず、プロになる為に塗炭の苦しみの中でライブ活動を続けていました。
しか〜し、ウレませんでした。
個人的には、演奏技術は秀でたものはあったのですが、イカンセン華がありませんでした。
結果、母親が見かねて、父親の会社の外注業者にしました。
本当は正社員にしたかったのですが、すでに後を継いでいる長兄が、30歳までブラブラしていた友人を認めていなく、友人もまたそんな兄を煙たく思っていて、ここではお互いの思いが合致して正社員にはならなかったのです。
家は母親の実家にある自由が丘の家に住んでいたのですが、それもいつの間にか生前贈与で彼のものになり、さら〜に、不憫に思ったのか45歳の時にこれまた生前贈与で40百万円ほどを小遣いとして彼に渡し、それを元手に喫茶店を開業しました。
その後、同年代の女性と結婚して、当然のことながらマルコウをとっくに過ぎていたので子供はできず、二人で細々と暮らしていました。
仄聞するに自由が丘で開業したので、内装はコジャレタものにした事から、お小遣いの40百万円の半分の20百万円は内装に投資したようです。
その後、自由が丘という土地柄お店の家賃が高いため、そこそこ客が入っていたのですが、赤字黒字を繰り返して青息吐息の経営だったようです。
それに追い打ちをかけるように奥様が精神の病を患い、入退院を繰り返しいたので、お店も不定期な営業になり、経営的にはレッドラインに入っていたようです。
かかる中、だらだらと説明した通り、ジリ貧の彼が乾坤一擲でレンタルスタジオを新築しオープンさせたのです。
私は、そんな投資をするより、今からでも安定した所得が得られるような仕事に就くべきだと思っていましたが、そこまで言うのは内政干渉ですので、敢えて控えました。

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高校の友人達もオープニングセレモニーに呼ばれたので、皆で何かお祝いに贈ろうという事になり、私は真っ先に「商品券」と言いましたら、皆から空気読めと笑われました。
結果、見栄えよい生花になったのです。

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当日のセレモニー会場には、昔のバンド仲間が多数訪れ、加えてプロのミュージシャンも呼んでいたので、式典のほとんどがバンド演奏の中で行われていたので、とても華やかなものになっていました。
食事は近隣の有名なフレンチレストランのケータリングでしたし、お酒はどこから見ても高級なワイン、シャンパンであふれかえっておりましたし、来場者の服装も時代の先端のファッションの方が多く、どこから見てもセレブリティのパーティでした。
健康を回復した奥様も会場に来て接客をしていたので、久闊を叙して話をしていましたら、どうやらこのレンタルスタジオは、自分がギターの練習をしたいから作ったとか、その為に音響に多額のお金をつぎ込んだみたいで、今回のレンタルスタジオの建設資金は約40百万円との事でした。
私はお酒も飲んでないのに何か悪い白昼夢を見ているようでした。
ほとんど収入のない彼があらたに40百万円ちかい金をつぎ込んで、恐ろしい事に自由が丘の活性化というご題目で始めたみたいで、投資金額の早期回収という事は考えていないようなのです。
要は彼のコンセプトは自由が丘発信のあらたな町おこしみたいなのです。
少し説明が正しくなかったのですが、正確には自由が丘から少し奥まった深沢に彼は住んでおり、そこで彼は自宅の一階を改装してレンタルスタジオにしたのです。正しくは、深沢発信のあらたな町おこしでその新たな文化のインキュベーター(孵卵器)としてこのスタジオを創ったのです。
私の大きなクエスチョンマークに気がついた友人がいて、シャンパングラスをマイク変わりにして私に説明してくれました。
その説明によりますと、彼の母親は数年前に亡くなったのですが、その際に遺言で彼に1億円以上をあげたみたいです。それにより現在の彼の懐は温かいのでした。
ナンだ、心配した私が馬鹿でした。
私よりお金持ちの友人の懐を気にしていた私は一体全体何だったのでしょう・・・
しか〜し、私はそんな不労所得で潤った生活より、毎日一生懸命働いて築った今の生活の方が良いと思っています。やはり人生山谷があり、それを乗り越えたからこそ家族の絆が生まれるわけで、苦労をしないとやはりその絆のバインドは緩くなるものだと思っています。このような事を下町言葉で「負け惜しみ」と申します。



鉛筆画 桐谷美玲 完成までの一部始終



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今日は、有楽町は交通会館に出没です。
今日は美味しい唐揚げです。
今日のお店は「西田」さんです。

住所: 東京都千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館 B1F
電話:03-3216-5429
定休日:日曜・祝日

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お店の外観です。

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メニューです。

今日のオーダー「若鶏一口カツ定食」@600円です。
このお店は多分兄弟と思われる老齢な二人が切り回しています。
このお店は厨房から店外が見えるらしく
「さあどうぞ!入ってください!」
「おひとりさま!すぐ入れますから!どうぞ!どうぞ!」と厨房の大将が発声しますと、まったく店外がみえないはずのホールの大将が唱和します。
結構大音量の発声ですから迫力があり、ブラックホールのように客を引き込みます。

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待つこと瞬殺で「タクアンと昆布の佃煮」の到着です。
私はここの昆布の佃煮が大好きです。
所謂「ご飯のお友」略すと「ハントモ」ですが、これは友達ではありません。
親友であります。

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待つこと3分で「若鶏一口カツ定食」の到着です。
見た目、茫洋としています。
しか〜し、一たび口に入りますと美味しいのです。
まず衣美味し。
美味しい油を程よく吸っていて香ばしいのです。
これは塩でたべませんと衣の美味しさが引き立ちません。
ソース好きでもまずは最初の唐揚げは塩で食べてください。
加えて鶏肉が柔らかいのです。
これ程柔らかい唐揚げは見たことがありません。
美味しすぎます。
このパフォーマンスで600円しかも消費税込みですよ。
老齢のお二人ですが長々とやっていて欲しいものです、ハイ。

それでは(^_-)