今日は「夜がなかった日 其の弐」です。
深夜の病院というのは寂しいものです。
生命維持装置を付けている母は安らかな顔で規則正しい寝息を立てています。
ゆすれば起きそうな気がして、2〜3度試みましたが、何の変化も見られませんでした。
弟妹達と母との楽しい思い出だけを抜き出してしゃべり続けていました。
楽しい話、面白い話には事欠かない母でしたので妙なところで感謝しました。
しかし、あと数時間でこの世からいなくなると思うと、心が張り裂けそうです。
時計の針は3時を過ぎています。
私は明日、正しくは今日の役員会のプレゼンの事が気になって、それが気がかりから心配に成長してきたのです。
当直医に、母の残り時間を聞きましたら、お昼くらいまではうけおいます、と言ってくれたので、どうしても、片づけなければならない仕事があるので会社に行きたいのですが、9時には戻ります、と言いましたら、それなら、お母さまも多分許していただけると思いますよ、と言われたので、弟妹達に後を任せて病院をでたのです。
さすがに、妹だけは、母親が危篤なのに会社に行くの、と当たり前の言葉を私の背中に投げつけました。
確かに、仕事も気になるのですが、母親の死に向き合うという重圧に耐えきれなかったのも多分にあったのでした。

1366_768_20100408010354460499
病院の非常口から外に出ますと、夜の闇が一段と増していました。
タクシーに乗り、会社に向かい、自分の机に座り、PCのスィッチを入れますと、見慣れた画面が立ち上がり、日常の世界が目の前に広がりました。
部長の発表用の原稿レジュメを作らなければなりません。
2時間位で原稿ができあがり、窓に目をやると、東の空がオレンジ色に明らんできました。
夜明けの始まりです。
時計の針をみると6時を廻っていました。
少し眠くなってきました。
弟の電話を受けてからはじめて覚える睡魔でした。
加えてお腹も空いてきたので、近所のマックでハンバーガーと珈琲を求めて、机の上で食事を取りながら、部下に忌引き休暇時の引継ぎ書を作っていましたら、時計の針は8時半になっていました。
早朝出勤の女性の部下が、私の姿を見て、驚いていました。
どうやら明大ラグビー部の部長が、私の電話を受けた後、私の母親の危篤を部員に連絡していたみたいです。
何をされているのですか、と聞かれたので、今日の役員会用の部長発表のレジュメを作っていたんだよ。
それと多分今日からしばらく会社を休むから君たちへの引継書もだよ、といいましたら、危篤の母親を持つ人に対する慰めの言葉が見つからなかったみたいで、いつもTLに任せっきりにしていたので自業自得ですよ。
発表用のレジュメなんか作らなくてもいいのではないですか、と妙な同情の言葉で慰めてくれました。
しばらくして部長が出社して来て、どうしたんだ。お母さんは良くなったのか、と聞かれたので、いや残念なことに余命幾ばかりです。それでも今日の役員会があったので、部長の発表用のレジュメを作っておきました、と言いますと、それは申し訳ない。君の会社を思う気持ちには敬服した。ありがとう、と言われたので、もうこれで後顧に憂いはありませんので母の看取りに帰ります、と言って席を立ちました。
この部長とのやり取りを皆が聞いていたみたいで、フロアの出口に向かう私の背中に驚愕と呆れの入り混じった多くの視線が痛いように突き刺さってきました。

takenaka_naoto
病院につくと妻と私の子供を含めた親族の大半が母の看取りに集まっていました。
どうやら、優しい母は私の帰りを待っていてくれたようです。
母のすぐ上の兄である伯父からは、いくら仕事とはいえ実母の危篤なのだから不謹慎だ、と強く怒られました。
それからしばらくして母の姉も病院にやってきて、姉の私より先に死ぬなんて許さないわよ。
早く目を覚ましなさい、と母の枕元で嗚咽を漏らす伯母の姿は、私の胸を締め付けました。
色々な方から、母から優しくしてもらった思い出話をいただきました。
多くの感謝の言葉は私を含めた親族の慰めになりました。
2時8分、母は家族と多くの親族に看取られて、天に昇っていきました。
もし母が長い間病床でと考えますと、確かにそれは、時間をかけて少しずつ周りを納得させてくれますが、だからといって今度のように突然亡くなってしまうのは、いくら小中学校の時に徒競走で地元のトップスプリンターだったからといっても、私にとっては納得のできないゴールテープの切り方でした。
67歳と11カ月の人生でした。
年の割には若く見えましたし加えて美人の母親でした。
今日は特に穏やかで優しい顔でした。
私は永遠(とわ)の眠りについた母に、お母さん、長い間ありがとう。ご苦労様でした。
あともう少しでお母さんが大好きだった家に帰れるからね、と言いいましたら、母の口元がほのかにほころんだかのように見えました。

母とともに家に着いたのが17時半を回った頃で空には青みがかったたそがれ色が漂いはじめていました。
深い悲しみは、眠る事を必要としない事が分かった2日間でした。


YouTubeの再生回数1億32百万回!


IMG_8664
今日はビッサイトに出没です。
今日のお店は再訪店です。
今日のお店は「シーフードレストラン メヒコ」 東京ベイ有明店さんです。

住所:東京都江東区有明3-7-11 有明パークビル 2F
電話:03-3529-2337
定休日:無休

IMG_8665

IMG_8669
お店の外観です。

IMG_8670

IMG_8676
店内の雰囲気です。

IMG_8668

IMG_8666
メニューです。

今日のオーダー「ランチカニピラフ&スープサラダセット」@1,680+@190=1,870円です。
IMG_8667
梅沢冨美男さんも大好物です。

IMG_8672
待つこと3分で「スープサラダセット」の到着です。
コンソメスープもサラダも共に美味しです。
サラダのシャキシャキ感高評価です。

IMG_8674
待つこと8分で「ランチカニピラフ」の到着です。
なんて蟹肉がこんもりしているのでしょうか。

IMG_8675
それでは実食です。
炒めピラフなのか炊き込みピラフなのかホールスタッフさんに確認しましたら、カニのエキスをいれたお米を大きな特殊釜で炊いてから、炊きあがった後で特注の攪拌機で掻き混ぜ、その後で蟹肉をのせるそうです。
味ですか、ご飯にカニのエキスがみっしりと染み込んでいてこれは激美味です。
蟹肉も美味しいです。
札幌在勤の時は、一生分の蟹は食べきったと豪語していましたが、やはり蟹は美味しいです。
梅沢冨美男さんが惚れ込んだのも納得です。

それでは(^_-)