今日は「夜がなかった日 其の壱」です。
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1999年2月2日21時30分、帰宅中の私に一本の電話がかかってきました。
電車の中だった事もあり、出るか出ないか一瞬悩んだのでしたが、発信人が弟だったので、何だろうと思って電話にでました。
今、電車の中なんだ、手短に用を言えよ、と言いますと、電波が良くないのか割れた声で、兄貴、おふくろが危篤なんだよ、と取り乱した声が聞こえてきました。
私は、バカ言うなよ。一昨日見舞にいったが元気だった。危篤になんかなる訳がないだろう、と怒鳴ると、俺に怒んないでよ。俺にもよくわかんないんだ。医者からお母さんの容態が急変したのですぐに病院に来てください、と言われて、病院に行ったら、今晩がヤマです。至急ご家族を呼んでください、と言われたので、電話したんだ。兎に角すぐに病院にきてよ、と言っています。
この声で車中にいる事にあらためて気が付き、次の駅で降りて、妻に電話しました。
おふくろが危篤なんだ、と言いますと、何で?一昨日お見舞いに行った時は、少し顔色が悪いかな、としか言ってなかったじゃない。いずれにしても、医者が言っているんだからお母さんは危篤なのよ。
まずは病院に行って、先生の話を聞いてから電話ちょうだい。いい、落ちつくのよ、と言われ、落ち着いているよ。
なんで興奮しなければならないんだ、と知らずに大声をだしていました。

一昨日の日曜日、当時人事のTLだった私は役員会に提出する「新人事システム」をだだっ広い事務所で独り作っていて夕方になって完成しましたので、入院している母親の見舞いでも行くかと、病院に立ち寄ったのでした。
その当時の母親は腎臓の不芳により1月の初旬より検査入院していたのでした。
訪れた病室の母親は、気持ちいつもより顔がどす黒いかなぁと思いはしましたが、それよりも私が気になったのは、母親が私に話した昨夜見た夢の話でした。
母親の見た夢の内容というのは、きれいなお花畑を歩いていると、死んだ母親が突然表れて、△△こっちに来い、△△こっちに来い、と手招きしていた、というものでした。
私は、縁起でもない。病院に永いこと居るから気が滅入ったんだ。そもそも検査入院でどこも悪いところないんだろ。今やっている仕事が今週中に片付くから、それが終わったら医者に早く退院させるようにお願いしておくよ、と言ってはみたものの、不吉な夢が母親の顔をどす黒くしたように思えました。
本当に早く退院させないと精神(こころ)が病んでしまう、と思いながら病院を辞したのでした。
それからたった二日です。
危篤になんかなるわけはないだろうと思うのと、妻がいう医者が危篤と言っているんだからという、二つの思いが頭の中で交錯して、その混乱から頭の中がコンクリートミキサー車のようにガラガラと回り始めました。

母親の病院に向かいました。
池袋に着いた頃、本当のような気がしてきました。
それと同時に明日の役員会のプレゼンはどうしよう、多分明日は会社を休まなければならないだろう、誰が私の代わりに発表をするのだろう、という幾つもの思いが同時進行していました。
まずは冷静な自分が立ち上がり、部長の家に電話しました。
すると、私の話す内容に驚くと同時に、もしお母さんの様態が落ちつかれたら、役員会だけはでてもらえないか。
人事の部長としては言えるような事ではないのだけれど、君に今回の「新人事システム」を任せきりだったので、余人をもって代えられないんだよ、と元明大ラグビー部のフォワードは私に泣きを入れたのでした。
電話を切った後、実の親が死ぬかもしれないと言っているのに、それでも会社にでてこい、という事に対して言いようのない怒りが込み上げてきたのと同時に、ラグビーで鍛えた筋肉の脳ミソでは確かに今回の会議体は乗り切れないだろうな、と妙な納得もしていたのでした。

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池袋からはタクシーで病院に向かいました。
タクシーの中では、早く着きたいという思いと、今起きている不幸を見たくない、という気持ちが頭の中で交錯しそれが膨れ上がりすぎたのでしょうか、通りすぎる残業しているオフィス街の真珠のような窓の明かりが蜃気楼のように見え始めてきました。
もうこれ以上、色々なことを考えるのが嫌になっていました。
それでも痴呆が入った父には今後の事は任せる事はできないし、長男である私はこの現実を受け止めて、冷静に対処しなければならない、そう自分に言い聞かせていたのです。
赤いレッドクロスのランプが漆黒の闇の中に浮かび上がる病院の前にタクシーが横付けされ、投げ捨てるようにお金を払い、そこから弾け出るようにタクシーのドアを開け、6階にある病室まで階段を一目散で駆け上がったのでした。
病室に入ると、そこには酸素呼吸器をつけた母親が普段と変わらない姿で眠っていました。
私は、それを見て、ただ寝ているだけでないかと安堵しましたら、傍らには眼に涙をためた弟妹がいましたので、現実の世界に引き戻されました。

母親の尊厳もありますので、なんで危篤に至ったかは割愛しますが、医者の話では、もう手の施しのない状態であり、このままの状態であればもって明日位との事でした。
母は後二ヶ月で68歳になるのですが、このあまりにも早い旅立ちは、私には辛すぎて、窓際に近寄り夜景をぼんやりと見ていました。
深夜だというのに大粒の雨が落ちてきましたので、窓を開けて外を見ますと、雨は降っていませんでした。
私は言いようのない深い悲しみの縁に沈み込んでいきました。


Subway Performer Mike Yung



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今日は神田に出没です。
今日は美味しいイタリアンが食べたいという事で訪れました。
今日のお店は「トリッペリア ミア」さんです。

住所: 東京都千代田区内神田1-15-5 310ビル 2F
電話:03-5244-5733
定休日:日曜日・祝日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「パニーロランチ(キハダマグロカツ、トマト、チーズ、珈琲)&ティラミス」@900+@400=1,300円です。
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待つこと3分で「パニーロランチ(キハダマグロカツ、トマト、チーズ)の到着です。
見た目、美味しそうです。

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それでは実食です。
キハダマグロは生でも火を通してもおいしい魚です。
生では臭みが少なく、柔らかい身が特徴です。
一方火を通すとしっかりとした歯ごたえが楽しめるのでこのようなカツにも良く合います。
それでは実食です。
カラットあがったカツが美味しいです。
サクサクと口内で魚肉が踊ります。
加えて、このお店の野菜は美味しいのですが、今日のトマトは特にジューシーで且つ甘くて結構です。
チーズもイケています。
パン好きな私としては満足なランチでした。

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食後のティラミスは甘さ控え目で美味しいです。
個人的には、程よい甘さというのは作り手のセンスです。
マスカルポーネ(イタリア原産の牛乳を原料としたフレッシュチーズ)もコクがあり美味しいです。
オーナーシェフの山内美弥のセンスでしょう。
お母さまの話では、これからいくつかのグルメ情報誌にフィーチャーされるみたいで、今でもかなり混んでいるのに、さら〜に混むのはちょっと嫌ですね・・・

それでは(^_-)