今日は「食事は残すな!」です。
関東から東北にかけて、その惨烈、目をおおわしめる大飢饉におそわれた。
とくに仙台、南部、津軽諸藩領はひどく、米はもちろん雑穀も野菜のかけらも見られなかった。金があっても買う米がない。草苔を買い、藁団子や松皮餅を食い、犬一匹が五百文、猫一匹が三百文という相場までたったが、それも食いつくして、ついに南部、津軽では死人の肉まで食うにいたったのだ。   
のちの寛政の三奇人の一人、高山彦九郎(上野国新田郡の人)が、そのころたまたま東北地方を旅して帰ってきたが、下野国(栃木県)黒羽藩の家老鈴木武助のところに寄って、旅の見聞を話している。その話を、鈴木武助は著書『農喩』のなかに記して言う。  
「卯年(天明三年)の飢饉も、関東のうちはまだ大飢饉というほどではない。……奥州では餓死したものが多かった。わけても大飢饉のところでは、食い物と名のつくものはなに一つないから、牛馬の肉はいうまでもない、犬猫までも食いつくしたけれども、それでもとうとう命がもたないで飢え死していった。はなはだしいところでは、家数が二、三十もあった村々、あるいは四、五十軒もあった里々が、みんな死にたえて、一人として生きのこったものがないありさまだ。その亡きあとを弔うものもないから、いつ死んだものやらわからず、また死骸を埋葬もしないままだから、鳥獣の餌食になった。そんなところは、庭も門も畑も荒れはてて、村や里がすっかり跡かたもなくなったところもある」  
また同書にはつぎのような話ものっている。  
その旅のあいだのことだ。山路に踏みまよった高山彦九郎が、とある人家を見つけて、ヤレ助かったと、声をかけたが返事がない。そっとのぞいてみたところが驚いた。 
家の中には白骨が散乱しているのだ。さすがの彦九郎も、あまりの凄惨な光景に肝をつぶし、人の住む里をもとめて走りに走った、と書いてある。   
もはや草の根、本の皮も食いつくした飢民は、死人の肉を食ったばかりではない、自分の子供の首を切り、頭の皮をはいで、それを火にあぶって食ったり、頭蓋骨の割れ目に箸や匙をさしこんで脳漿をぬきだし、これに草葉をまぜて食ったともいう。 
また、ある橋の下に餓死者の死体が一つころかっていた。その股の肉を切って龍の中に入れている者たちがいる。橋の上から見ていた人が、なににするのだときいた。すると、この肉に草葉をまぜて、犬の肉だといって売るのだと答えたという。
「幕末の動乱」松本清張著より転載

大飢饉
大飢饉は恐ろしいですね。
この話の続きは転載することが憚れる内容なので敢えて割愛ましたが、さらに一つのepisodeを付け加えます。
ある村で死人がでたそうです。
するとその事を聞きつけた女性がその肉を家族に食べさせる為に無心にきたそうです。
それも死期が迫っている我が祖父の死体と交換することが条件でした。
その女性の頭は飢餓で錯乱したわけでもなく、極めて当り前の人肉交換取引だったのでした。
前代未聞、奇怪至極の貸し借りが大飢饉のさなかには平然と行われていたのですね。

私は好き嫌いがなく且つ自分の胃袋の容量以上のものを頼む事がないので食べ物を残す事はありません。
しか〜し最近の若い方は特に女性の方は美容のために平気で食べ物を残しますよね。
さら〜に食べて不味かったら平気で残しますよね
何ですか、飽食の時代だから許されるのでしょうか。

食べ物というのは作り手がいるわけです。
米はその字の通り88回の手間がかかっているので農家の方に感謝していただきなさいと、亡き両親に言われて育ちました。
肉はその生き物の命を頂くものだから残してはいけないとも教えられました。
それなのに平然と食べ物を残す現代の風潮は許せません。

例えばこのフリネタの様な飢饉がおきても、若い女性は美容の為といって食べ物を残すのでしょうか。
あるいは飢饉のさなか不味い食料に巡りあっても、やはり不味いものは嫌いということで同様に残すのでしょうか、否ですよね。
単なる気質的なものですし、自分の所得との相関関係で決めているだけですよね。

個人的に食べ物の好き嫌いを言う人は下品だと思います。
徳のある方でそのようなことを広言する方は皆無です。
ただしアレルギー体質の方は根本的に違いますのでこれはout of scopeです。
若くて見目麗しき女性が平然と食べ物の好き嫌いをいうのは、自分の心の中にある一番恥ずかしいところを見せている様な感さえするので、それを聞くたびに慄然とします。

人間ですから私の様に好き嫌いがない人間の方が少ないのは理解しています。
しか〜しあたかも特権階級のように平然と自らの好き嫌いを広言するのをやめていただきたいと共に自分が頼んだものはいくら不味くても残さず食べていただきたいと願う今日この頃であります。

Eat to live!

生きるために食え!

By Splash


外国人からは東京の夜景はどのように見えるのか?
ユーチューブの夜景動画からの反応を集めてみました(其の壱)



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今日は池袋に出没です。
なぜかパンを大量に食べたいなと思ったらこのお店に足が向いていました。
今日のお店は私のお気に入り「ビストロ オットー」池袋店さんです。

住所: 東京都豊島区西池袋1-4-5 佐々木ビル1F
電話:03-5958-0418
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「ビュッフェ・ドリンクバー付」@800円です。
今日は嫌な思いをしました。
入店して空いている席もあり、すぐに通していただけるかと思い、午後の打合せの事を考えていたら、男性の店員さんが、今日は午後から予約があり、席の用意はできません、との事です。私は訝(いぶか)しがって、目の前の団体席と無縁の様に空いているこの席も予約席なの、って聞けばそうです、とのことでした。
依然意味不明なので、その宴席は何時から始まるの、って聞けば午後から間もなくです、との事でした。
あまりにも要領を得ない説明に加えて空腹だったこともあり、それらなら「ただいま貸切です」とお店の前にその旨のplateを下げるべきだろう、と怒気を含んだ声で言い放った後即座にお店を出て3〜4歩、歩を進めたところ件(くだん)の店員が追いかけてきました。お客さんは勘違いをしています。待てば席は用意できます、との事でした。
またランチのお店を探すのが面倒臭い事もあり戻ったのですが問題はこの若い男性店員にあります。
午後から予約が入っているので、ただいまご用意できる席数が限られています。したがいましてお席にご案内するに10分から15分位かかりますが、お待ちになられますか、と最初に聞けばよかっただけの話です。
多分その時に自分が持っている情報を全部言おうとしたために起承転結のない日本語になったのでしょう、加えて私が怒って帰ったので、自らが逆切れしたのです。
そして私を追いかけて、自分の正当性を立証したかったのでしょうか・・・
今の若い人によく見受けられる金魚のフン的メリハリのない言葉使いです。
多分社会人になってから困ると思います。

店員はペケポンでもこのお店の料理は好きです。
ビュッフェですので用意された料理の中から自分の好きなものをplateにのせて頂くだけです。
これなら好き嫌いもなく且残す事もなく極めて合理的な食べ方です。

今日のランチプレートです。

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キュウリとツナのマリネです。
酢の加減が秀逸です。

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生ハムです。
所謂ひとつのプロシュートです。

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ハリハリ野菜のサラダです。
安定感ある美味しさです。

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ナスとズッキーニとエリンギのフリッターです。
軽やかに揚がっています。これは超ウマウマです。

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私が選んだ料理の数々です。

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そして選んだ料理をこのパンにはさんで頂きます。
美味しい、今私の中に口福の神が降臨しました。
この上のない幸せが訪れています。

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結果こんなにも食べてしまいました・・・
大大満足です!

それでは(^_-)