今日は「彰義隊異聞」の話です。
白虎隊
一枚の絵があります。
この絵は、はるか昔上野公園の西郷さんの銅像の後ろにある上野彰義隊墓所に屋外展示されていました。今も現存するかどうか未確認ですので不明ですが。
私はこの壮絶な絵を物心ついてから数えないくらい見ています。というか、正しくは見せられていたのです。

彰義隊墓
幼い頃の私は父に連れられて上野公園にくると、必ずこの上野彰義隊墓所で墓参させられて、そのついでにこの壮絶な絵を見せられていました。
そしてこの絵は彰義隊の戦士の自刃画だと小学校高学年になるまで信じていたのです。
そしてこの絵を見る度に、このような小高い山々がどこにあるのかいつも上野の山から周囲を見回していたのです
歴史に造詣のある方はこの画が白虎隊自刃の図であることがお分りだと思います。
白虎隊は負傷者を抱えながら郊外の飯盛山へと落ち延びましたが、ここから眺めた戦闘による市中火災の模様を、若松城が落城したものと誤認して悲観、その結果総勢20名がこの場所で自刃を決行したといわれています。事実は少し異なるようですが。

何で上野彰義隊墓所にこの絵が掲示されていたのかは不明ですが、それ以上に幼児にこのような刺激的な絵をみせるという我が父親の情操教育は如何なものなのかなと今となっては思うところではあります。
一つだけ父親の弁護をしますと、実は私の名前にはこの彰義隊の「彰」の字が使われており、私が長じて「彰」の字を説明するときには、彰義隊の「彰」と言わせるべくの深謀遠慮だったらしいのです。しかしpracticalな話「彰」の字を説明する際には、彰義隊の「彰」より「表彰状」の「彰」の方が万民の方には理解されていたのでした。
東京の下町ならともかく、「彰義隊」のことを知っている人は数少なく、昨今の若年層の歴史離れにより年々急速に「彰義隊」のことは希釈されてきましたからね。

その彰義隊ですが、明治戊辰の役、上野戦争における彰義隊の敗北で、江戸ッ子侍の壮丁数百人が斬り死にしたことと、勝ち誇った薩長人の得意顔の市中の大闊歩、古今を通じてこれほど江戸ッ子に痛痕の衝撃を与えたことはありません。 
ということを私は幼児の頃、地元の古老よりよくその憤慨を聞かされていました。
といってもその古老も父親ないし祖父からのimprint(擦り込み)ですが。
いずれにしても、それほどにも徳川幕府の壊滅や彰義隊壮丁多数の戦没は、江戸ッ子の痛憤のきわみで、戊辰戦後の江戸ッ子は怒りと哀愁でみちていそうです。 
まことに彰義隊士の奮起は、徳川武士の立場として止むに止まれぬ江戸ッ子侍の行為であったと言われていました。敵を迎えて何の要営もなき岡に無謀の戦い、時の大勢に反抗して大軍に挑む(2,000人VS28,000人)、敗北は知れたこと、血気に走る烏合の衆との酷評をなす幕末歴史評論家もおりますが、彰義隊はそんな軽率なものじゃありません。武士道に殉じた尊き時代の犠牲者であります。戦没に江戸ッ子が深く哀悼なすも道理であったのです。

上野の山で戦った彰義隊ですが、隣接する忍不池にも悲劇がおきていました。
戦いに敗れ、忍不池の蓮池に潜み、ときおり水面に出て息を吸うところを生け捕りになり、殺された彰義隊士もいたそうです。

ちなみに当時本所に妻、子供を寓居に住まわせていた新撰十番隊長の原田左之助は家族に、上野の山の戦いに行ってくる、と言い残してその戦闘での負傷がもとで落命しております。まるでコインの裏表のような政権の激変から将来に絶望し、原田左之助のように死に場所を探して参戦して人も数多くいたのではと個人的には思っております。

江戸ッ子がいちばん憤ったのは戦いで死んだ新政府軍の遺体は即座に荼毘にふされたのですが、彰義隊の遺体は見せしめのために放置されていたことです。
戦争が梅雨時だったことも相俟って遺体の損傷がひどく、勝海舟の尽力があって始めて遺体の埋葬が叶ったそうです。

その彰義隊士の遺体は南千住の円通寺に埋葬されております。
ここには激戦の拠点「黒門」も移転されており、多数の弾痕はその戦闘のすさまじさを無言で表しています。

教王寺弾痕

 
教王寺
これは谷中にある新政府軍の射撃した弾の痕が門に残っている教王寺さんです。
彰義隊の一部は谷中まで敗走してこの寺に身をひそめていました。
しかしこの様に攻撃されたのでいたたまれずさらに逃走し、最後は千住まで追いつめられそこで壊滅したのです。
上野から千住といえば約6kmですので、武器を持っての逃避行ですから、かなりつらかったのではと想像するに難くありません。


今日は東池袋に出没です。
今日は地元サラリーマンに絶大の人気がある「伊東食堂」さんです。

住所: 東京都豊島区東池袋5-11-10
電話:03-3982-8601
.定休日:土・日・祝日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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名物「鳥羽の山カレー」です。
鳥羽の山とは店主の贔屓の関取だそうですよ。
このカレーは盛りがすごく、三人前だそうです、ハイ。

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本日のオーダー「焼肉カレー」@600円です。
元はサンシャインのそばにあったお店がこちらに移転しきたそうです。
それにしても超満員の店内ですね。
待つこと10分で着皿です。
見た目普通のカレーです。
味ですか、カレーはチョイ辛です。
ボリュームも普通です。
味噌汁も普通です。
何で超人気なのだろうと思わず考え込んでしまったのですが、これはやはりコスパでしょう。店内には多数のメニューが櫛比しており、夜の部の充実さがうかがえます。
鶏玉子論でいくと、夜の常連さんが昼の部にもなだれ込んでいるのだと断じたのですが如何でしょうか・・・

それでは(^_-)