今日は「京都・奈良吉野山特攻編其の四」の話です。
今日は前回 に続き奈良は吉野の「観桜の旅」後編です。
それではパチリ主体ですが宜しくお付き合いください。


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世界遺産「吉水神社」です。
吉水神社は元 吉水院と称し今から凡そ千三百年前、白鳳年間(650〜654年)に役行者の創立と伝えるきわめて古い吉野修験宗の僧坊でした。
そして明治の初めまで永年の間幾多の歴史を秘めて修験道の勢力と共に発展して来ましたが明治維新の神仏分離の際(明治八年)神社と改まったものです。
元より当社は南朝の元宮でありここに第九十六代 後醍醐天皇を祭神とし当時天皇の忠臣であった楠木正成、吉水院宗信法印を合祀しています。
また、後醍醐天皇、源義経、静御前、豊臣秀吉公ゆかりの地で百二十数点にのぼる重要文化財や秘宝を展覧しており、中でも南朝の資料に関しては全国一多く、一般に重要文化財の宝庫といわれています。

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残すところ145万筆となった「拉致被害者救出」の1,000万筆署名のために横田夫妻が「吉水神社」に来られて署名のお願いをしていました。当然のことながら私達夫婦は救出の祈りをこめてしっかりと署名しました。

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源義経潜居の間です。
文治元年(1185年)雪降る中、源義経が兄の頼朝に追われて吉野の吉水院を頼り、静御前、弁慶とともに約五日間この部屋に身をひそめ再起をはかりました。
しかしすでに鎌倉から吉水院に義経追討状が送られていて、義経はやむを得ず山伏の姿に身を変え、大峯山へ目指して弁慶等とともに吉野落ちをしました。

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弁慶思案の間です。

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源義経着用の「色々威腹巻」です。
パチリなので分りにくいのですが、この腹巻の大きさから推察するに源義経は相当小柄だったようです。

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弁慶の小手です。
その一方でこの小手から推察するにやはり弁慶はかなりの体格であったことがうかがえます。

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弁慶の力釘です。
弁慶の力釘の石は、弁慶が力試しに二本の釘を親指で石に押しこんだともの、と伝えられています。

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後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の玉座です。
後醍醐天皇は、鎌倉時代後期から南北朝時代初期にかけての第96代天皇にして、南朝の初代天皇(在位は文保2年2月26日(1318年3月29日)〜延元4年/暦応2年8月15日(1339年9月18日)です。
ただし、歴史的事実としては在位途中に二度の廃位と譲位を経ています。諱は尊治(たかはる)。鎌倉幕府を倒して建武新政を実施したものの、間もなく足利尊氏の離反に遭ったために吉野入りし、南朝政権(吉野朝廷)を樹立しました。

「吉水神社」邸内の雰囲気です。
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ここから一気に吉野の桜です。
吉野の桜は1578年に摂津平野の豪商末吉勘兵衛が桜の苗一万本を寄贈したのが嚆矢です。
このころから参詣の人々による桜の献木植樹が盛んになったそうです。
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花矢倉です。
展望台から蔵王堂を中心に広がる町並が一望できる、桜の絶景ポイントです。
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金峯神社(きんぷじんじゃ)です。
金峯神社は奈良県吉野郡吉野町にある神社です。吉野山最奥の青根ヶ峰のそばにあり、金山彦命を祭る吉野山総地主の神で、一命金情(こんじょう)明神ともいって古くから信仰を受けてきた延喜式内神社です。

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義経隠れ塔です。
金峰神社脇の小径を下った場所に建つ宝形造・檜皮葺きの簡素な塔です。追っ手に囲まれた源義経が屋根を蹴破って逃げたといわれ、「蹴抜の塔」とも呼ばれています。

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奥千本からみた山間(やまあい)の景色です。

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吉野水分神社です。
上千本に鎮まる静寂境です。
水を司る神を祀り、もとは吉野川畔とも青根ヶ峰山頂にあったとも伝えられています。
平安時代にはすでに子守りの神として知られ、豊臣秀頼や本居宣長もここの申し子と言われています。

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豊臣秀頼公寄進の400年前の八角神輿です。
六角神輿は見たことがありますが八角神輿は初めて相見(まみ)えました。

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竹林院です。
弘法大師開基と伝えられています。
大和三庭園の一つ群芳園は、豊臣秀吉観桜のおり千利休が作庭したと云われています。

ということで吉野桜は如何でしたか?
観桜とは名ばかりで実態は登山です。
下千本か奥千本まで往復約9kmの行程でしかもパチリでお分かりの通り奥千本はかなりの標高のところにあります。
普段運動していない人は敬遠された方が宜しいかと思います。
ちなみに本日の私達夫婦は原則“余裕のヨッちゃん“でscheduleを刻んできていたのですが、最後の竹林院の立ち寄りが余計でして帰りの時間がキワキワとなりました。
従って帰路のケーブルカーに乗車するために往路同様猛dashし間一髪で間に合ったのです。


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本日の夕食は大阪名物「肉吸い」で超有名な「千とせ」さんって決め打ちしていたのですが5時にお訪ずれたら、ななんと閉店していました。
呆然として立ちすくんでいたら、近所の反物屋さんのオジサンが「今日は、3時半に店閉めとったで」と言われ、何れにしても間に合わなかったんだと自らに言い聞かせて自分との折り合いをつけました。
しかし3時半でsold outになる料理ってどのような味なのでしょうか?
そうそう「肉吸い」っていうのは「肉うどん」のうどん抜きです。下町でいえば台抜きですね。

もともと関西の「肉うどん」はとてもレベルが高いと思っているので、ここの「肉吸い」が奈辺をかき分けて特段に突き抜けているとは思ってないのですよ。
さらに関西の人は行列して並んでまで食べる様なcultureはないと思っているんですよね。
ですから観光客の行列ではないかという極めて視野狭窄的演繹をしているのです。
さらにをもう一つ付け加えれば、花紀京さんか横山やすしさんかが二日酔いの時うどん抜きで頼んだとか、毎日うどんばっかり食ってられるか、肉だけ食い(吸い)たいから、うどん抜きの肉うどん持ってこいと言ったとか諸説ありますが、所謂ここの行列は吉本興業発信の都市伝説に端を発しているのは間違いないようです。
しかしかかし一度は食べてみたい・・・まだ未練たらたらですね(笑)
という事で気を取り直してお邪魔したのが「千とせ」さんの並びにある炭焼豚丼の「楽豚(らくとん)」さんです。

住所: 大阪府大阪市中央区難波千日前9-1 佐々木ビル
電話:06-6643-2511
定休日:月曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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お店のiconです。

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メニューです。

本日の私のオーダー「豚丼」@680円。奥様のオーダー「トロ丼」@1,000円、「キムチ」@200円です。
まずこのお店すごくオサレですね。
白い木を基調としたインテリアと、ゆったりとした空間が妙に落ち着かせてくれます。
ちょっとこ洒落たboutiqueみたいな感もあります。
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そうそう味ですが、「豚丼」美味しいですね。焦げとテリがイケています。
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「トロ丼」すこしタレが甘いものの、肉はもうお箸でさっくりトロッと切れるくらい本当にやわらかく煮込まれています。これは美味しいですよgood!

コラーゲンスープも嫌みのない上品の味で美味しいです。
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白眉はキムチです。これはかなりlevelですね、美味しさにクリビツです。

支払いのときに店員さんに「千とせ」の評判をうかがったところ「普通の肉うどんですわ、わざわざ並んで食べるもんとちゃいますよ」と笑って申してました。
やはり一度は「肉吸い」食べてみたい・・・シツッ子

それでは(^_-)