三本足(松葉杖)歩行も五日目です。
雨です。
健常者の時は傘がさせないな位しか思ってませんでした、ところが以外な処に陥穽(かんせい)が有ったのです。
それは松葉杖が滑るのです。これかなり怖いのですネ。
特にタイル床では、ほとんどアイスホッケーの選手状態です。
仕事が22時30分頃終わり、帰ろうとしたらエレベーターホールに雨マーク(私のオフィスは高層にあるので雲が多いと下界が見えないため、お天気マークがエレベーターホールについています)が消えていたのでラッキーと思い帰路に着きました。
ところが自宅駅についたら、バケツをひっくり返したような大雨でした。
偶然長男と遭遇し彼のヘルプでタクシーにて帰宅しました。

今日のネタは近藤勇です。
調べれば調べるほどこの人、かなりよい人ですね。
先入観で勘違いしていたのですが、勇さんまず人を怒鳴り散らすことが有りません。
八木邸(新選組の一時期屯所だった処)近隣の町民には時候の挨拶もする極めて常識人です。尚且つあれだけ酒宴が多かったのに二日酔いの顔を見せたこともありません。

勇さんの最後は慶応4年4月25日です。
当時18歳の義理の息子の勇五郎君がお母さんの言いつけで、板橋の問屋場に拘束されているお父さんの安否を確認しに行ったところ、偶然その日にお父さんの処刑が確定したことを知ったのです。
彼の記憶によると、籠で処刑場に行く途中お父さんの顔を見たところ、顎鬚が少し延びて、幾らか青い顔だったそうですが、元気そうでした。
黒の紋付羽織に亀彩(かめあや)の袷(あわせ)、胸のあたりに網の目のように縄がかかっていました。
刑場につくと、しばらく空を見上げており、何故か裸足だったようです。
その後傍らの武士に、月代(さかやき)と髭をそってもらうように依頼しました。
それが済むと通る声で「ながながご厄介に相成った」というのが最後の言葉です。
(子母澤寛「新選組異聞」「始末記」より引用)

勇さんは一体何を考えて江戸の空を見上げていたのでしょうか。
彼の人生をみていると、人間というのは生きた長さではなくて、何をしたのかなと思います。
村上春樹的にいえば「存在とうものの意味を便宜的に際立たせる為に、あるいはまたその有限性の遠まわしとしての比喩としてどこかの地点に取り合えず終わりが設定されている」ということになるのでしょう。

享年35歳の人生でした(続く)

すみません、足が痛くて今日もお弁当です。
今日のお弁当は創業45年の中国料理の老舗、赤坂飯店鮭チャーハン中華弁当@700です。



味ですか、やはりチャーハンは冷めたら美味しくありません。
後他の食材も脂っこく、尚且つ味付けも一緒なので面白くも何ともありませんでした。
もう少しオカズにアクセントをつけるべきかと思います(怒)


今日は私が主催する「B食倶楽部」の7回目の会合なのに主宰が仕事及怪我の為欠席です。
ちなみに今回は主宰一押しのイタリアンレストランです。
会員から感想メールがきました。
とても美味しかったそうです(残念)
特に「エゾシカ肉の煮込み(主宰は食べた事がない)」が秀逸だったそうです。
仕事忙しくてシャメ頼むの忘れました(悲)


それでは(^_-)