今日からブログを始めます。
まずは簡単に自己紹介します。
タイトルの通り、東京は神田で生まれ成長、その後大川(隅田川)を超え墨田区で生息する、小学校から高校まで、巨人軍王監督(今はダイエーでしたか?)と同じ学歴、ただしくは王監督は私の高校を落ち早実に入学する。しかし王監督は補欠一番だったので、もし試験当日一人でも風邪かなにかで欠席していたら、我高校に入学しており、世界の「王」が誕生しなったというのが我下町の定番伝説です(本当かな?)。確か中学の音楽の先生がよく言っていた言葉に「俺の右手を見ろ」(先生)「何ですか、皺が多いように見えますが」(生徒)「ふざけるな、もっとよく見ろ」(先生)「チョーク汚れのことですか?」(生徒)「NO! 世界の王を張り倒した右手だ!」(先生)「!!!」(生徒)これは実話です、ネM下先生。
その後脱下町を計るため有名セレブ系私立大学に入学、しかしかかし大学の友人が殆ど同じ大学に入ったことから交友関係変わらず、大学でも「下町」を引きずる。
その後社会人になり下町とは縁遠く国内を転々する。
地方でのTopicsが一つ、念願の禁酒を札幌の時実現する。しかし大阪での単身生活で簡単に復活、それ以来鯨飲人生まっしぐら。
趣味はB級グルメ食べ歩き、マラソン。

さて本日の「おしたじ」子供の時、醤油のことは「おしたじ」って言っていた、間違いなく!いつの頃から「お醤油」に変わっていた。
子供の時は、おしたし(正しくは「御浸し」?)に付けるから、おしたじかと勝手に考えていた(意味が分からん)。
しかし本を読んでいたら解明しました。
蕎麦のつけつゆをタレと言いますが、これは「垂れ味噌」を略して呼んだ名残だそうです。それに対して「下地」とも言いますがこれは醤油で味をつけるようになってからのことだそうです。「下地」とは吸い物の味付けの土台になるもの、すなわち「醤油」のことです。つけつゆが完全に醤油味になったのは18世紀後半以降の江戸でからです。
そうか「おしたじ」は下町言葉ではなく立派な「日本語(江戸弁)?」のようです。
といこうとは下町言葉じゃないか!(^^)!
しかし何で使わなくなったのでしょうか。醤油メーカーのCMの影響ですかね?
子供の時「醤油」なんていったら、何か「かっこ」つけている様に思えて「封印」してたものですが、要は人口に膾炙しなくなったんですね。

それでは。