下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

2023年06月

浅草 精養軒

天璋院のイチニチ
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今日は天璋院(篤姫)の一日です。
天璋院の起床は六つ半時(午前7時)です。
それから御年寄(表向きの老中に匹敵する役職)がお目覚めを触れると、それからお三の間(雑用係=>器量の良いものしかなれない)の9人から、六つ半時御目覚、御目出とうございます、と言って大奥中に触れ回るのです。
それで大奥のみんなが起床します。
御台様(将軍夫人)は、御嗽(口すすぎ)があって、お風呂に入ります。
特に天璋院は毎日朝湯を召したそうです。
自分の身体は自分で洗います。
しかしながら身体にかける湯はお三のものが天璋院に渡していました。
その後、髪の毛を整えて、それから朝御飯になります。
その時間は五つ(午前8時)です。
それからお召替えがあり、それが済んで奥の御仏前に御拝があります。
それが済みますとお昼のお召替えがあります。
御拝が済のむは早くて11時頃です。

おかいどり
お昼のお召替えは御掻取(打掛小袖)ではなく略したようです。
12時にはお昼を頂きます。
その後は御机(読書)になります。
天璋院の御付きは、年寄が5人、中年寄が3人、中臈が1人の計9人です。
御付の召物は掻取(打掛小袖)です。
御机で読まれる本は「千字文」及び「伊勢物語」でたまには「百人一首」もなされます。
夕飯は夕六つ半(19時)です。
オカズは魚が多く、肉も食べますが、ほとんどは鳥肉です。鳥肉と言いますと鶏を連想されるでしょうが鶴が多かったようです。
公方様の召し上がりものは自ら手を付けて食べる事はなく、中臈が一箸、二箸などむしってさしあげていました。
公方様の料理は美味しいものではなかったようです。
公方様はあったかいものが食べられないという風評がありますが、御膳所には火鉢があって、汁物などは終始温めていたようです。
総じて食事は公方様といえども粗食であったようです。
夕食にはお酒がつきますが必ずではありません。
公方様のお酒は御膳酒という真っ赤な酒です。
匂いがキツクてあまり美味しくないようです。
普通のお酒を飲んだのは慶喜だけらしいです。
公方様のお泊りは人それぞれですが、家定(天璋院夫)は月に一度か二度程度でした。
この引用した文献は「旧事諮問録」というかつて古老の旧幕勤仕を招いて行った質疑の記録です。
従いまして、その信用度は高いものです。
どうですか、あの天璋院といえども、その日常は「判で押した」ような毎日を紡いでいたのでした。
あまりに質素なせいかつに驚きを禁じ得ません。
明治になって、独り身の天璋院は江戸市中を勝海舟に案内させて色々な処に廻ったそうです。
さぞかし楽しかった事でしょう。


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今日は浅草に出没です。
浅草で「精養軒」の食事が食べらるというのでおっとり刀で行ってまいりました。
今日のお店は「上野精養軒」浅草店さんです。


住所: 東京都台東区花川戸2-6-5 区立台東区民会館 8F
電話:03-3842-0771
定休日:月曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「ハンバーグステーキ」@1,000円です。
店内は見た感じ社員食堂です。
偏屈な固陋な昭和なボーイさんがいて、お客の一挙手一投足に対してゴチャゴチャ言っていて極めて感じが悪いです。あたかもここが自分のお店のような発言をしています。

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お水と珈琲はセルフサービスです。

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待つこと10分で「ハンバーグステーキ」が到着です。
見た目、学食の定食です。

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それでは実食です。
肉がパリンとしています。
肉汁もプシュッとでてきません。
もしかして電チンかもしれませんね。
食べれることは食べれますが美味しくは感じません。
珈琲だけはお替わり自由でうれしいのですが、それとて3杯も飲めません。
ここは二度とくることはないでしょう・・・

それでは(^_-)

赤羽 キョンミ

テレフォン人生相談
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奥様がラジオの人生相談が好きよく聞いています。
私はこの手の番組が好きではないので右から左に聞き流しています。
しか〜し、この間の相談は、私の耳がガッチリと釘付けになったのです。
相談の内容は、大学を卒業した息子が、ミュージシャンになりたいといって定職につかないでバンド活動をしていて、お金がなくなると無心をしてこまる、というものでした。
相談員が、まったく働いていないの、と聞かれると、イチニチ3時間程度は働いているとのことでした。
しか〜し、それでは生活ができないので、私にたかってくるのです、というので、今までいくらくらいお金を渡しているのですか、と聞かれると、400万くらいですかね、というので、大金ですね、と言われて、私は年金暮らしなのでお金がありません。
生活が苦しくてしょうがありません、というので、そのお金は今まで貯めた貯金を取り崩しているのですか、と聞けば、私の母から借りています、というので相談員が絶句して、アナタ、自分の息子に渡すお金を自分の親から借りているの、と言うと、そうです。
夫とはだいぶ前に離婚をして、収入が少ないのです、というので、お母さん、そんな状態なら息子にお金を渡さないで、もう面倒見れないからと突き放せばいいんじゃないのですか、というと、そう言った事もありますが、その度に息子から汚い言葉でののしられるのです。
それなら余計、お金を渡さなければいいんじゃないですか、というと、それは簡単だけれど、そう言ったら息子が私から離れていくのが怖いのです、と言いました。
この辺りから相談員がキレてきます。
お母さん、貴女が今していることは、息子さんをますますダメにしているのですよ、分かりますか、と詰め寄りますと、イケない事だとは思いますが、頼られるとツイツイお金を渡してしまうのです、と言って泣き始めました。
相談員は怒って、貴女がこのようなどうしようもない息子にしたのですよ、それを分かっていていないのですか、と興奮して大声で言いました。
さら〜に、相談員は、お母さん、アナタもしかして、私はこんなに大変な思いをしているので、それをみんなに同情してほしいのでしょう、とまた怒鳴りました。
すると母親は、そんなことはありませんがどうしていいか分からないので相談しているのです、というので、これが放送でなければこの電話を切りたいくらいです。
いいですか、お母さん、しっかりしてください。
アナタのやっている事は息子さんをさら〜にダメにしているのですよ。
今度息子さんから無心の電話があったら、アナタに払えるお金は一銭もありません、と言ってすぐに電話を切りなさい。それで息子さんとの縁が切れたなら、それまでの関係なのです、と言って纏めました。
誰が彼をそうさせたのかと言えば相談してきた母親の今までの過保護な対応だったのです。
しか〜し、そんなドラマのような母親など存在するわけもなく、私はこの相談については100%放送局のシコミだと思って聞いていました。
こんな漫画のような話はありえませんしあってはいけません。
ラジオ放送局のレーゾンデートルもかなり失墜したものですね。
で〜も、聞く人がいるので放送しているのでしょう。
人の不幸は蜜の味ですか・・・


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今日は所用があり赤羽に参りました。
この街の食べるところはチェーン店が多くて食指が動きません。
こういう日は第六感を信じてお店を選びます。
ということで今日のお店は「 慶美(キョンミ)」さんです。

住所: 東京都北区赤羽2-9-1 TKCビル 1F
電話: 03-6454-4149
定休日:火曜日(火曜日が祝日の場合、翌水曜日)

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「石焼チーズダッカルビ定食」@1,000円です。

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お水はセルフサービスです。

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待つこと1分でバンチャ(突き出しのようなアテ)とコムタンスープとご飯が到着しました。
手持ち無沙汰なのでバンチャでご飯を食べていました。
これだけで十分に美味しいです。

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待つこと7分で「石焼チーズダッカルビ定食」と新しい「バンチャ」が用意されました。
バンチャのサービスはうれしいものです。

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それでは実食です。
ソースはかなり辛めですね。
辛さは喉に来る辛さと頭に突き刺さる辛さとの半々です。
チーズが辛さを緩和してくれて且つマイルドな味わいにしてくれます。
鶏肉が柔らかいですね。
箸休めにはバンチャの野菜が丁度よいです。
なかなか美味しい韓国料理でした。
あんど接客がとても親切でした。

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赤羽で所用を済ませた後、新宿に珈琲を買いに参りました。
奥様友宅でのんだ「メキシコ」珈琲にハマりました。
東京ではここしか売っていません。
きれいな店舗で念願の「メキシコ」が買えました。
今日から私はメキシカンテイスト珈琲が楽しめます。
とてもうれしいです。

それでは(^_-)

新宿 牛兵衛

The Beatles Great!
ビートルズ公演
ビートルズが人種差別に対して明確に反対していた事を知りませんでした。
そんなビートルズのいい話を紹介します。
当時のアメリカの野球場は、有色人専用の座席があり、黒人はそこで見るしかありませんでした。
1964年8月、公演で渡米していたビートルズは、それを知り、人種隔離をするならコンサートを行わないと宣言したのです。
ポールマッカートニーは、人種隔離なんかくだらないよ。
黒人だって他の人だって何も違わないじゃないか、彼らを動物か何かだと勘違いしているよね、人間を動物扱いするなんてバカみたいだ。
僕は自分の隣に誰が座ったって構わない、僕ら4人はいつもそう思っている、とメデイアに対して発言しました。
イギリス人は皆そう考えているし、コンサートでも人種隔離なんかしてない。
そんなことするなら僕らは演奏なんかしない、と畳みかけたのでした。
それに対してアメリカのメディアは、彼らはモップ頭の芸術家気取りで、彼らの音楽は一過性の流行に過ぎないと一刀両断で切り返しました。
これらのやり取りの中で、ビートルズの申し入れが通って1964年9月11日ジャクソンビル公演は、黒人の隔離席がないまま決行されることなりました。
会場には白人と黒人が入交り23,000人が集まりました。
オリジナル曲だけではなくリトルリチャードなどの黒人ミュージシャンのロックンロールも演奏しました。
観客の黒人の女性は、大勢の白人に囲まれ、みんなで一斉に立ち上がり、思い切り叫んで大声で歌を歌いました。自分とは違う人々といる初めての経験だったそうです。
彼女は、そんな違いなんてすぐに消えるだろうと、信じていました
この年公民権法が成立して差別意識の強い南部のほとんどのスタジアムでも人種隔離政策が撤廃されたのです。ビートルズの輝きの前では人種も階級も古ぼけたガラクタでした。

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9歳でコンサートを見た黒人女性は、まるで神の啓示だった。
世界がパッと開けた気がした。
みんなが私に「ビートルズが好きだって?」
「白人になりたいの?」って聞いてきた。
でも私は彼らを白人だとは見ていない、と言い、彼らはビートルズ、色なんて関係ない、私も私自身なのよ、好きな格好をして、好きなように生きればいい、私は彼らからそういう考えを学んだの、と語っていました。
この黒人の少女はこの20数年後ウーピー・ゴールドバーグという俳優になりました。
そもそも、人種隔離を法律(アメリカの場合は州法)にしていた国は、アメリカ合衆国と南アフリカ共和国ぐらいなものですね。
ヨーロッパでも黒人差別がなかったわけではありませんが、法律で人種隔離を規定していた国はありません。
そんな大きな因習の壁に大きな風穴を開けたのはビートルズなのです。
ビートルズの偉大さは枚挙に厭わないですが、まさか、アメリカの人種差別に一石を投じたのはすごいものです。


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今日は棟方志功展を見に行きました。
彼の作画中のビデオを見ていましたが、棟方志功さんは天才ですね。
特に書き方をみていましたら、おもむろに白紙の上に鼻の線を描いたとおもったらそこから目を書き、顔の輪郭を描きそして脈絡なく吉祥天の顔を描きあげました。
画像が頭の中に入っているのでしょうね。
まして彼は片目を失明していたのですね。
敬服しました。

棟方志功展の後は奥様友と新宿で焼肉ランチです。
ということで今日のお店は「焼肉ダイニング GYUBEI」 新宿ミロード店さんです。

住所: 東京都新宿区西新宿1-1-3 小田急新宿ミロード 9F
電話: 050-5600-5235
定休日:不定休(小田急新宿ミロードに準ずる)

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。今日は個室ですがあまり良い画像が撮れなかったので割愛します。

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個室から見える外の景色です。

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メニューです。

今日のオーダー「牛カルビ&牛ハラミランチ(1.5倍)」@2,100円
肉の量を確認しますと100gとのことなので150gに変更しました。

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待つこと4分で「牛カルビ&牛ハラミランチ(1.5倍)」が到着しました。
見た目、いかにもランチですね。

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肉が美味しそうです。
実際、焼いたら柔らかかったです。
ツケタレも好みの味です。
肉量は150gで丁度良かったです。

食後はH.Q.CAFEでお茶しました。

住所: 東京都新宿区西新宿1-1-3 小田急新宿ミロード 8F
電話: 050-5600-5235
定休日:不定休(小田急新宿ミロードに準ずる)

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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皆のオーダーは、チョコバナナのパウンドケーキと珈琲@1,230円です。
女性は良く話します。
脈絡のない話を90分もしていたのには驚きました。
男性は脈絡のない話を90分もしていましたら頭がトケテきます。
ある意味で感心しました・・・

それでは(^_-)

郡山 イタリアンダイニング

坂本龍馬は何をした人?
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司馬史観で拡散していた龍馬の存在が希釈しています。
かく言う私も司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」で坂本竜馬を知りました。
あんなに劇的な事が絶えず起きるものオカシイとは思います。
これは司馬先生のストーリーテーラー(筋立ての巧みな作家)としての力量のもので、ついつい皆がその世界に入りこんでしまったのです。
個人的には龍馬が大政奉還を目指したのは、国内の経済的な疲弊を鑑みると、武力討幕は極力避けるべきである考えていたからです。
龍馬は、戦争をすれば、それだけ国力を浪費するし、幕府側、反幕府側、双方で人材や生活インフラが大量になくなりますので、新しい国家建設を行う上では回避すべきと考えていたのでしょう。
また内戦が長引けば、1840年のアヘン戦争以来国が混乱し、1851年には国家規模的の内乱である太平天国の乱がおきた清国のようになります。
情報収集に長けていた龍馬は当然ことながらこのような悪しき前例は知っており、内戦を起こさずに、幕府に変わる新政権の樹立を考えていたのでしょう
実際の明治維新は、すでに幕藩体制が終焉し、挙国一致で近代化を進めようとしていたにもかかわらず、主導権を握りたい薩摩藩や長州藩、一部の公卿が強引に起こしたものであり、その権威を誇示したいがために東北戦争では多くの血がながされたのであります。
戦争はカネがかかるものと商家育ちの龍馬は皮膚感覚でわかっていて、そこには佐幕とか勤王というような濃厚な政治思想は無かったのでしょう。
実際、鳥羽・伏見の戦いで勝利した官軍は、勝利したのだからすぐに幕府軍のいる江戸に向かうべきだったのですが、遠征費用が捻出できず、その費用を調達するために1カ月も京都で足踏みをしていたわけです。
要は官軍には龍馬のように軍事費迄は頭が廻らなかったのであります。
那辺は西郷・大久保の限界でしょう。
このような経済問題は、生前の龍馬が新政府に招聘した由利公正が活躍するのです。
「竜馬がゆく」での由利は、一陣の風で懐にあった竜馬からもらった写真が吹き飛ばされて、竜馬の前途に暗い暗雲が立ち込めたと感じたと言っていた人物です。
実際、彼の予感は当たりそれからしばらくして龍馬は殺されたのであります。
その由利は、資金集めに公債を発行し、三井、小野、島田の商人たちに金を出させて、300万両(6,000億円)を集めようとしました。満額を集めることはできなかったものの、取り敢えず当座の費用を徴収できたので、官軍は進撃を開始したのです。
さら〜に、由利は「太政官札」を発行して、新政府の財政危機の急場をしのぎ、最終的には4,800万両(10兆円)の太政官札を発行するまでに至ったのであります。
このような由利との交友があった龍馬は、精神論や主義主張な面ばかりに偏重していた当時の志士たちの中で稀有な存在でありました。
倒幕運動をするにあたっても、龍馬はつねに軍資金の事を考えていました。
その結果、龍馬は明治維新直前に殺されていたにも関わらず、官軍の軍費を彼が賄っていた部分が散見されていました。
それどころか、明治後の財政、金融においても、龍馬は布石を打っていたのでした、
明治政府が維新の大混乱の中で、財政破綻に陥ることなく、速やかに安定をもたらす事ができたのも、龍馬の功績があったからなのでしょう。


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今日は野暮用で郡山に出没しました。
折角ですので、明治のはじめ、灌漑用の池として造成された五十鈴湖を中心に都市公園として整備された郡山一広い開成山公園のバラ園に立ち寄りました。

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その後ランチです。
今日のお店は「イタリアンダイニング」郡山店さんです。

住所: 福島県郡山市開成2-30-10
電話: 024-927-8088
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

今日のオーダー「ランチセット+蜂蜜」@1,000+@100=1,100円です。
店内はジモティーで混んでいます。
ピッツアを焼く石窯があります。

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座るやいなやサラダが到着しました。
野菜がシャキシャキしています。
ドレッシングも爽やかです。
これは美味しいです。

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待つこと9分で私がオーダーした「クワトロフォルマッジ」と「蜂蜜」が到着しました。
焼き加減が美味しそうです。
蜂蜜を掛けまわしていただきます。
これは生地の塩加減にゴルゴンゾーラチーズと蜂蜜がよく合います。
焼き加減も過不足なくふっくらしています。
美味しいですね。
これはあっという間に胃袋に吸収されました。
期待以上の美味しさで大満足です。

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食後の珈琲は私の好きなテイストではありませんがこれは好き好きです。

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食後のデザートも私の好きなテイストではありませんがこれも好き好きです。
郡山でこのクオリティが味わえて大満足なランチです。
ごちそうさまでした

それでは(^_-)

半蔵門 幸福園

歌舞伎を勉強しました・・・
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大学の先輩達と歌舞伎を観に行きました。
演目は「日本振袖始」というものです。
扇雀が岩長姫を虎之介が素戔嗚尊(すさのおのみこと)をそれぞれ初役で勤め、歌舞伎ファン待望の親子共演が実現しました。
芝居本編の前には「歌舞伎のみかた」と題して、虎之介による解説があり、これは「歌舞伎教室」できていた学生には好評でした。
今回の主催の先輩は、歌舞伎は小学校から見続けていて、大学時時代には「慶應義塾大学歌舞伎研究会」に在籍していて歌舞伎役者とも親しくて、その蘊蓄はすごく、色々と教えてもらいました。
その蘊蓄のいくつかを紹介します。
歌舞伎には花道というのがあります。
その先輩に知っているかと聞かれたので、観客席を縦に貫いて舞台に至る、役者の出入りする道でしょ、と答えますと半分あっている、と断りを入てから、もとは役者に花(祝儀)を贈るための通路であったのだよ、との答えでした。また大向う(中村屋〜♪みたいな役者への声掛け)は、選ばれた人しかやってはいけないんだよ。
コロナの前、誰でも声掛けしていたが、それは厳禁なんだ。
さら〜に、大向こうは3階以上でしかやってはいけないんだ、と言われたので、私が見ていた時に、1階で若い女性が声掛けをしていました、というと明確なルールはないんだけどそういう輩は暗黙知違反だよな、と一刀両断でした。これは覚えていて欲しいのだけれど、故・十八代目中村勘三郎丈が言った言葉で、あなたたち大向うが自分で掛けて気持ちのいい“間”と、役者にとって気持ちのいい“間”が同じとは限らないよという言葉があるが、大向う連でも難しいのだから、素人にはハードルが高いとおもうよ。
どうしてもやりたければ、やってもいいけれど芝居そのものを壊したら、その責任は重いよね、とも付け加えていました。
また拍手は終わった時にやった方がいい。
これは強制ではないが、三味線や鳴物の音が聞こえなくなることがあるから、最後の方がいいなぁ。日本の古典芸能の礎である「能」は無拍手でやるくらいだから、歌舞伎も最後くらいでいいと思うよ、と言われていました。

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役者でやっていけないのは、ドタキャンだよ。
今、市川猿之助の一家心中が問題になっているけど、そもそも役者一家だろ。
輪廻転生もいけど役者一家なんだから、演目が終わってからやりたければやればよかったんだ。
明治座は明治座創業百五十周年記念公演を滅茶苦茶にされたのだから怒り心頭だろうと思うよ。
まして次の公演の「菊宴月白浪」も代役(実際は市川中車=香川照之)になるのは確定だと思うがこれとて噴飯ものだよ。歌舞伎役者として猿之助は大失格だよ、とこれまた一刀両断でした。

中村壱太郎
中村虎之介の従弟の中村壱太郎は、松濤幼稚園〜慶應義塾幼稚舎〜慶應義塾中等部〜慶應義塾高校〜慶應義塾大学総合政策学部だよ。
まさに絵に描いたような「慶應ボーイ」だよな。
歌舞伎役者には猿之助を始めとして慶應が多いけれど総合政策学部は壱太郎だけなんだよ。
さら〜に、最近、女子高の文学部離れが酷くて女子は経済、商学部を狙うらしいよ。
笑っちゃうのは成績の悪い女子は看護学部に強制送還だってさ、と話が歌舞伎と関係ない話になってきたので先輩の蘊蓄はこの辺りで終わりにします。
肝心要の歌舞伎は、ストーリーが分かり易く迫力ある立ち回りは魅せていただきました。
今回もまた歌舞伎の魅力に沼ってしまいました。


今日は半蔵門に大学の先輩たちと出没しました。
半蔵門というと服部半蔵です。
服部半蔵は忍者ではありません。
三河の武将であります。
実戦では、家康より預けられた伊賀衆(伊賀同心組)と甲賀衆を指揮していました。
ということで今日のお店は「幸福園」さんです。

住所: 東京都千代田区平河町1-9-1 メゾン平河町 1F
電話: 03-5212-9888
定休日:年中無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

今日のオーダー「飲茶セット」1,880円です。
なんでコース料理なんだろ?食べきれない気がします(笑)
先輩の指示なので応諾しました。

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まずはバンバンジーです。
白ねりゴマと花椒の風味がよく合い、コクのある旨味たっぷりのタレです。
鶏のささみとよく合います。
これは美味しいです。

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エビのチリソースです。
大き目のエビを使用し背開きにして衣をつけたらカリッと揚げ、チリソースをサッと絡ませましたものです。
これも美味しいです。

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粽です。
もち米と鶏肉、シイタケなどをハスの葉で長方形に包んで蒸したものです。
香りがたっていて蒸しあげた餅ゴメと具材の相性は抜群です。

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春巻です。
広東料理の定番です。
餡美味し皮美味しです。
ご機嫌な味わいです。

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焼売です。
コリコリとした挽肉が秀逸です。
皮もしっとりしていてよく餡にあいます。
これは美味しいです。

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揚げワンタンです。
カラッと揚がっていて外連味のない味です。
パリパリ感が楽しめました。

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焼き餃子です。
焼売同様ここの点心は美味しいです。
野菜主体の餡は美味しくてムチムチした皮との相性抜群です。
これは美味しいです。

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五目チャーハンです。
強い火力でさっと煽っています。
その為かくどさがなく美味しくいただきました。
過不足のない塩味は匠の技ですね。

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フカヒレスープです。
スープの王様です。
コクがあるスープはシメにピッタリです。

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デザートは杏仁豆腐です。
甘さ控えめの杏仁豆腐は美味しいです。
ということで苦も無く食べきってしまいました。
この味わいなら完食は難しくないですね・・・
ごちそうさまでした

それでは(^_-)

会津若松 ありがたや

会津若松哀史
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会津若松に観光に行ってきました。
と申してもそんなに積極的なものではなく、奥様の友達が郡山に住んでいたので遊びに行くのに便乗して、翌日、会津若松に立ち寄ったのです。
個人的には会津若松の観光は今回で3回目です。

#白虎隊異聞
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今回、会津にきて色々な資料をみる限り、白虎隊少年兵士達は、体験したことのない凄まじい戦闘と、敗走、睡眠不足により疲れ切っていた為に冷静な判断ができなかったのでしょう。
一説によるとお城が燃えたので殿すでに自裁なされているはず、私たちはここでお供しようと命を絶ったという説もあります。
私の見立ては、まずは重傷者もいる中で、城まのでほとんどの道を政府軍兵が櫛比しており、城までは戻れないという事と、銃弾を受けた1人が前途に絶望していち早く自裁した事が相俟って集団自殺のメインファクターになったのだと憶断しています。
さて戊辰戦争後、明治政府は戦闘で死亡した朝敵をそのまま放置しておくよう命じた埋葬禁止令に白虎隊が該当しており、白虎隊の遺体には埋葬の許可がでませんでした。
風雨に晒される少年たちの衣服・遺留品は盗賊に盗られ、その遺体は狼などの動物に食い荒らされて酷い状態だったのです。
不憫に思った当時の山主飯盛正信が、村の吉田伊惣次及び有志らと夜な夜なコッソリと骨を拾い集め、今の墓前広場の一角に仮埋葬をしました。
しかし、このことが政府軍にわかり、正信爺は処罰され、その後許され出てきた時には正信爺は縄のようにやつれていたそうです。
自裁は哀れですがこれは酷すぎますね。
義侠心からの好意であり、まして死んだ仏には罪がありません。

#さざえ堂
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お堂の高さは実に16.5mと当時の建物にしてはなかなかの規模です。
外観は名前の由来ともなっている「さざえ」のような渦巻きも見て取れます。
建築されたのは1796年ですのでその時の将軍は子供を63人もこしらえたあの家斉です。
徳川幕府の中でも華やかな頃ですのでこのようなファンタジーな建物ができたのでしょうか。
図面を引いた人はすごいですね。
この建物は、個人的にはメビウスの輪を想起しますが、ドイツの数学者アウグスト・フェルディナント・メビウスが「メビウスの輪」を発見するのは1858年のことですから、この堂の誕生は発見より60年以上も前ということになるみたいですね。
いずれにしても、階段を登り続けていると途中から下りになり最後には入口にたどり着くのは不思議な気持ちになります。

午前中は2件で終わりました。
ランチです。
ランチのお店は奥様の友達が選んでくれました。
飯盛山からはそこにはタクシーで向かいました。
最初のお店の「あたごや食堂」は「臨時休業」で締まっていました。
続いて出向いた「すみれ食堂」も「臨時休業」で締まっていました。
タクシーの運転手さんからは、二つとも高齢な店主が趣味でやっているので「体調不良」で突然休むことは多々あるとのことでした。
さすがにこれ以上のアテがなくなったので運転手さんに「オススメのお店」に連れて行ってもらいました。
今日のお店は「めでたいや」さんです。

住所: 福島県会津若松市千石町3-1 メゾンド ドルチェ 1F
電話: 0242-33-0288
定休日:月曜日 ( 祝日の場合は翌日)

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

今日のオーダー、私、カレー焼きそば@900円、奥様、塩ラーメン@700円、奥様友、ミニかつ丼@700円です。
店内はジモティーと修学旅行生たちで満席です。
タクシー運転手さんの薦めるお店ですから人気店ですね。

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まずはミニかつ丼の到着です。
すこし分けてもらいました。
ソースは甘めです。
カツの面積は大きいですが、厚みは薄めです。
かつ全体にソースが染みていてサクッとした食感は美味しいです。

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ちなみに学生さんたちはこの「大名ソースカツ丼(大盛)」を頼んで旅の思い出にしていました。
このドスコイ盛り(ミニカツ丼×2個分)は見ているだけで胸が焼けそうでした(笑)

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奥様の塩ラーメンです。
最近、会津若松でも塩ラーメンが人気のようで当地では魚介スープ系が多いようです。
当然のことながら、このお店も魚介スープです。
意外に癖がなくて美味しいです。
ちぢれ麵がよくスープに絡みます。
これはとても美味しいです。

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私のカレー焼きそばです。
ソース焼きそばにカレーのルーをかけ回したものです。
一見、ジャンクぽいですが、これがとても美味しいのです。
辛いカレーと甘いソースの相性がとても良いです。
弾力あるキクラゲパンチも良い味わいでした。
これはココイチですね。
自信あり❣

#御薬園
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食後は「御薬園」まで歩いて行きました。
ここは戊辰の戦いをくぐり抜け残った庭園です。
国の名勝指定を受けただけあってきれいな庭園です。

#会津藩家老(西郷頼母さいごうたのも)邸跡
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明治元年8月23日朝、西軍が鶴ヶ城下に侵入し急を告げる早鐘が打ち鳴らされると会津藩士・家族達は籠城戦に備え競って入城を急ぎました。
西郷邸では、頼母の留守を預かる妻・千恵子が長男・吉十郎を城に送り出した後、一族を集め、幼い物や子女は足手まどいになり、恥辱を受ければ家名の恥になると説き聞かせ、母・律子(58才)をはじめ、季子(2才)までの21人そろって辞世の和歌を詠み自刃したそうです。
これが会津戦争最大の悲劇ですね。
生き残っても生き地獄がまっていました。と申しますのも政府軍は、非戦闘員の女性をレイプしまくり、その後で面白半分に腹をえぐって虐殺したらしいです。
その他家々で略奪を繰り返し、会津の女性を多数生け捕りにして数珠つなぎに縛って連行した後で、どこぞに連れていきそこで兵士たちが寄ってたかってレイプしていたらしいです。
また必死になって抵抗する女性には両内腿を刀で突き刺して、歯向かう気持ち失くしてから慮辱したようです。
これにより会津には父親知らずの赤ん坊が沢山生まれたそうです。
このように卑怯、卑劣、残虐、非道、外道、鬼畜の限りを尽くしたほうが戦争は勝つのです。
いまここで歴史は勝者によって記された記録であるという言葉を思い返します。
昔、会津出身の後輩が飲み屋で鹿児島県人と会って、唐突に戊辰戦争の話になり大激論になった事がありましたが、当地に訪れて初めてその時の後輩の気持ちが分かったような気持ちになりました。

#会津若松城
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奇麗なお城です。
奥様友情報によりますとこのお城は最近リニューアルしたばかりです。
展示内容もプロジェクトマッピングを多用していて観やすかったです。

なかなか良い観光になりました。
個人的には想像していた以上に悲劇の色が濃く残っていた街でした。

#シャープ9
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会津若松から郡山へは行き同様でバスで移動しました。

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郡山では昔通ったロックのライブハウス「♯9」を覗いてみました。
まだやっているのには驚きました。
私にとって郡山はロックの街でもあります。

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さて郡山で「思い出探し」もできたので東京に戻りますか・・・

それでは(^_-)

続 神宮前 とんかつまい泉 青山本店

女子が旗手!
先日のゼミのパーテイで隣に座った體育會應援指導部たいいくかいおうえんしどうぶ(応援団)の先輩が、ウチの指導部にも時代の流れで女子が旗手をやるようになった、と言われていたのが気になっていました。
應援指導部の旗手というのは、リーダー部の中での一番屈強な部員が選ばれていました。
ゼミの一年先輩が應援指導部の旗手で、よくその辛い体験談を聞いていました。
ただでさえ重たい塾旗(校旗)は、風が吹くとその重さは倍になると言われており、風の向きによってはよろめいてしまうとの事でした。
そんな事をしましたら「団の面子丸ツブレ」でありますので、よろめくなんてできるわけがないと補足していました。
その先輩は清水建設に入社したのでさぞかし建設現場で活躍するのかと思っていましたら、経理に配属されて、重たい塾旗から電卓に持つものを替えたのであります。
母校の應援指導部に女性の旗手が現れたのは、ジェンダーフリーとかジェンダーレスという今様なアスペクトをとり入れたわけではありません。
応援指導部のリーダー部(応援部)が新入部員をシゴキにシゴイて全治2か月という重傷を負せたという事件がありました。
それにより部内で不適切な指導が行われていたという事から、應援指導部のリーダー部は解散させられ、応援指導部がチアリーデイング部と吹奏楽団部に別れ且つ旧リーダー部はそれぞれの部門に異動させられました。

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チアリーディング部は、ダンス・スタンツを女性が行う部門から、ジェンダーに関係なく視覚に訴えて慶應を盛り上げる部門、すなわちチア(応援)とリーディング(先導)を担う部門にへとその立て付けを変えました。
これにより、女性だからできる、男性だからできるというのではなく、応援指導部員だからできるというようにしたのです。

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塾旗をあげる女性旗手(画像の真ん中下)です。
なるほど画像でみても小柄の女性であります。
思わず心配してしまいました。
それでも重たい塾旗をあげていますheart02


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またその流れで女性のリーダーもいました。
応援指導部のテーゼは、応援という素晴らしい文化は性別に関係なく、やりたい事とやるべき事が両立し、各自が応援のスペシャリストになる事のようです。
その中でもチア(笑顔)リーダー(応援)の役割は高まってきています。

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奇しくも楽しみにしていた慶早戦は15対1という慶應の圧勝でとても楽しめました。
私も若い女子應援團部員の活躍の思い出を懐にいれて帰宅の途に就きました。
帰ってからどんな女子が旗手をやっているかなと思って、慶應塾生新聞をネットで覗いてみました。
すると・・・
旗手制服についているベルトの穴に塾旗の端をいれています。
起礼の時が重くて大変なのですが、立っている分にはささっているので重くはありません。
最初は軽いものでも難しかったのですが、最近は試合などで旗を上げる機会が多い分慣れてきました、とのコメントが掲載されていました。
大変は大変ですが、それほど重くないのですね(笑)
それでもいいです、私は貴女にはおおきな感動を頂きましたので・・・


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今日は高校の同級生と原宿に参りました。
ちょっとした事をヘルプしてあげたら、とても感激してくれて、お昼をご馳走してくれました。
ということで今日のお店は「とんかつまい泉」 青山本店さんです。

住所: 東京都渋谷区神宮前4-8-5
電話: 0120-428-485
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

今日はコース料理です。
お値段は推定@7,000円だと思われます・・・
ご馳走になります。

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先付けです。
可もなく不可もなくです。

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平目うす造里と鮪です。
鮪は脂がのっていて美味しいです。
平目もグートです。

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焼鳥です。
これは少し熱量がなくイマイチでした。

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野菜のすり流しです。
これはスルリと喉に入って美味しくいただきました。

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黒豚角煮です。
これは柔らかくて美味しいです。
かかっている餡も過不足なく良い味わいでした。

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黒豚ヒレかつです。
まい泉さんのイチオシです。
衣はサクサク、肉はジューシーでご機嫌です。

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盛り蕎麦です。
とんかつ屋さんでこのレベルの蕎麦がだせるのですね。
締めのご飯としては最高です。

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ふわふわ抹茶ムース黒蜜かけ〜フルーツ添え〜
これも外連味のない味で落ち着いて頂きました。

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お土産にカツサンドもいただき恐縮です。
しか〜し、他人の財布で食事すると食レポも迫力がありませんね(笑)

それでは(^_-)

上野 山久

竜馬と龍馬はまったく別人
私の大好きな坂本龍馬の功績が秋の日のつるべ落としのように急速に失墜しています
司馬遼太郎作「竜馬がゆく」の竜馬と実在していた龍馬とは違うのだと言われればその通りなのですが、司馬先生があれだけの歴史書や古文書を調べて書かれたのだから竜馬は龍馬の分身だと信じていました。
しか〜し、いろいろ調べてみますと、残念な事に龍馬はなにもしていない事例が多いのです。
勿論、諸説あります。

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その中での衝撃は竜馬の肝煎りで成立させた「薩長同盟」です。
京都の薩摩藩邸にいた同藩家老の桂久武日記がちゃぶ台返しでした。

薩長同盟
慶応2(1866)年正月18日の日記には、西郷隆盛・大久保利通と木戸が長時間におよぶ「国事」の話し合いをしたことが記されています。
20日には大久保の帰国が命じられ、木戸についても送別会が開かれたといいます。
それゆえ「新説」は、薩長同盟の締結が正月18日だったと論じています。
それまでの正月21日説を完璧に否定しています。
そして龍馬が京都に入った正月20日は、すでに同盟が成立した後でした。
したがって龍馬は肝心の会議に同席せず、後日に木戸が同盟を明文化した書状に裏書しただけであるというのが「新説」の結論でした。
しか〜し、木戸孝允の「自叙」は、自身が京都の薩摩藩邸に潜入した経緯、薩摩藩側の対応に不満で退去しようとした直前に龍馬が現われたことなどを記しています。
そして、龍馬が木戸の心境を薩摩藩側に話し、薩長同盟の場に陪席したことを「良馬亦此席に倍す」と明記していました。
160年前の話なので、パークスが官軍の江戸攻撃を止めさせたという、事実に反する「パークスの圧力」のように、この勘違いを想起させたアーネスト・サトウが自らの日記の日にちの誤記をしたのと同様に桂久武の日記にも日にちにの誤記があったのかもしれません。
これはNHKの歴史探偵でも明確に言っておりますので18日には薩摩・長州間で何らかの話があったのでしょう。
その一方で、中原邦平が記録した「品川弥二郎述懐談」によれば、木戸に同行した品川は、薩摩藩邸に龍馬が入ったことで正月21日に同盟の話が進んだと語っています。
同盟に向けた木戸の心境、龍馬の陪席を記した「自叙」は、回顧録とはいえ歴史の史料として無視できない重みを持っているように思うのですが・・・
薩長同盟に竜馬は薩長の仲人という重要な役割を担いましたが、本当の龍馬はこの同盟の成立になにか貢献したのでしょうか・・・
このNHKは、龍馬は土佐でも有名な豪商の家で生まれたので、海外との取引に軸足を置いた商人みたいに扱っていて、竜馬フアンの私はとても残念に思ってみていました。
ここからの演繹として、龍馬の実態は勤王の志士というよりグラバー商会のエージェントだとも言われています。
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話は飛びますが、調べてみて面白かったのは、龍馬はとても「承認欲求」が強いのです。
龍馬というとこの画像が人口に膾炙しています。
龍馬は当時大変高価だったこの写真を、名刺代わりに多くの人に配ったと伝えられています。
これは令和の人のような現代的なふるまいであります。

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龍馬は高価な積荷などないのに紀州藩から1万両(≒1〜2億円)を模擬裁判までして騙し取った「いろは丸」事件というのがあります。
龍馬は、船を沈めたその償いは金を取らずに国を取る♪という俗謡を流行らせ世論を喚起させ紀州藩を追い込みました。
これも調べてみますと、上述のような手練手管の方策で全てを紀州藩のせいにしてたのですね。
実態は龍馬の船のいろは丸が前方確認を怠っており追突の非は龍馬の方にあったようです。
これは龍馬が交渉の結着点、結着対応をハナカラ決めていたことが奏功してたのだと思われます。
那辺は、龍馬やるぞね、といった感じでしょうか。
実態の龍馬はタフネゴシエーターの幕末の商社マンだったのかもしれません・・・


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今日は大学の悪友と上野に出かけました。
上野を散策しながら彼の話を聞いていましたら飲む時間がさら〜に早くなって最近はお昼から軽く飲み始めるようになったみたいです。
うらやましい・・・
今日のお店は「山久」さんです。
ここにはかなりの回数でお邪魔しています。

住所: 東京都台東区東上野4-15-1 1F・2F
電話番号:03-3844-2718
定休日:不明

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

今日はアラカルトです。

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まずは突き出しのキムチです。
これが辛旨です。
ジューシーでほのかに甘さを感じます。
クセになる味です。

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鶏のから揚げ@1,200円です。
私は上野ではここの唐揚げが大好きです。
外剛内柔で美味しいです。
衣がしっとりして美味しいですね。
その衣に包まれた鶏肉も超美味しいです。

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餃子@500円です。
この餃子は飴色の焼き色で美味しさが分るでしょう。
皮美味し餡美味しでご機嫌です。

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レバーの生姜焼き@1,200円です。
キョウイチです。
レバーの全く臭みがありません。
レバーとはこのように調理するというお手本のような料理です。
なまら美味しいです。

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青菜の塩炒め@900円です。
これは箸休め的に頼みました。
青菜のエキスを余すことなく頂きました。
美味しいです。

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きくらげ玉子炒め@1,000円です。
個人的には玉子にしっかりと火が入っているきくらげ炒めは好みではありません。
それでも美味しくいただきました。

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茹で豚のねぎの山椒だれ@1,000円です。
今日の締めです。
豚肉が柔らかいです。
葱の山椒だれが秀逸です。
もうお腹がいっぱいです。
大満足でした。
このお店はいつ来ても裏切りませんね・・・

それでは(^_-)

新橋 カレーは飲み物

江戸開城談判
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上野戦争後の寛永寺
江戸っ子を戦火から守ったとされいる勝海舟は、よい事は俺がやった、失敗した事は他人がやった、と私は揶揄していますが、いいところもあります。
上野戦争の時、敗走する彰義隊を匿うことは厳罰に処され、その死体を処理することすら禁じられていました。
上野の山には、ずっと死体が放置されていて折しも梅雨が訪れた為、遺体の腐敗が急速に進んで惨憺たる状況が醸し出されていました。
そこで江戸っ子は勝海舟に遺体の埋葬を願い出て、海舟は旧知の西郷隆盛に、死んだ者に罪はない、そろそろ見せしめはやめてくれないか、ということで了解をとり、寛永寺の僧侶によって多くの遺体は荼毘に付されたそうです。海舟は江戸っ子ですから那辺の機微はよくよく承知していたのでしょう。

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さてこの絵です。
私は妙な違和感を覚えました。
そこで調べてみました。
まず座布団がない?
当時の武士は座布団には座らないので除外します。
この日の西郷は遅参しました。
したがいまして、すみもはん、遅れもうした、と言って部屋に入ってくると、なんと海舟は上座に座っていました。
助けてくれというので会ってあげるのに、下座ではなく上座に座っているのはWhy?だったはずです。
さら〜に、刀を自らの左側においています。
これは「抜き打ちの座」といって、何かあれば刺し違えるぞ、というこのような席では失礼な座り方であります。
上座に座ったのは、背後からの攻撃を避けるためのものです。
同様に西郷の背後から、会談の内容如何では桐野利明や村田新八が抜刀して飛び込んでくるかもしれません。
その時に、すぐに対応できるようにするものです。
この時の海舟の心の奥底に立ち入ってみましょう。
この会談で自分が殺されたら徳川慶喜の恭順も意味をなさない。
なんとしてもこの会談を成功裏に終わらせなければと言う不退転の決意で臨んでいたのでしょう。
この絵「江戸開城談判」が完成されたのは昭和10年(1935年)です。
作はおなじく下町っ子の東京美術学校教授・結城素明のものです。
したがいまして当時の会談の再現図はかけるわけがありません
この絵の寄進・奉納者は、公爵・西郷吉之助と伯爵・勝精(くわし)の2人です。
その為に、両家の思惑や作者の忖度があったのかもしれません。
歴史というのはこのようなたった一枚の絵でも想像の翼を拡げますと、色々な景色が見えてくるのは面白い事です。本当なら海舟の隣には幕府最強の剣士である山岡鉄舟が傍らに座っていたので、そのような防御策は不要だったはずです。
山岡鉄舟が何故書かれていないのかというと、この絵画が制作された時、山岡家は財政的に厳しい状態であったのでこの絵画の奉納に係れなかったのでした。
参考文献:「氷川清話」勝海舟著,「江戸無血開城」岩下哲典著、「勝海舟の罠」水野靖夫緒、「勝小吉と勝海舟」大口勇次郎著、「江戸無血開城の深層」磯田道史著、「山岡鉄舟」教育評論社著、「勝海舟」墨田区教育委員会著、「無水独言」勝小吉著
追記:この「江戸開城談判」の出席者、薩摩藩は西郷隆盛、村田新八の2名、幕府は大久保一老(会計総裁)、勝海舟(軍事取扱)、山岡鉄舟(精鋭隊頭)の3名です。負けた側の条件確認ですから、海舟のねじれた性格により些末な事がおおく、西郷隆盛はこれが本当に首脳会談かと、あっけにとらわれていたそうです。※諸説あります。


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今日は新橋に出没です。
昔、大学の帰りに新橋に立ち寄りました。
そこで一文無しになりました。
そこで一文無しで雀球屋さんに入り、コインが詰まったと言ってコイン1枚を出してもらい、それを元手に2回打ち止めにして大金をせしめた事がありました。
今は昔の話ですが、若い時はヤンチャな人だったみたいですね(笑)
今日はカレーです。
今日のお店は「カレーは飲み物」ニュー新橋ビル店さんです。

住所: 東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビル B1F
電話番号:03-3502-1550
定休日:定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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無料トッピングです。
最初、日本語で頼みましたら数字で言ってください、と言って怒られました。
日本語で通じているのだけどダメなのでしょうか・・・
言い直して、私は1.3.9を選びましたが、福神漬だけはサービスにして欲しいなぁ‼

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今日のオーダーは「黒い肉カレー(小)」@990円です。

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お水はセルフサービスです。

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待つこと2分で「黒い肉カレー(小)」が到着しました。
トッピングは、味玉、福神漬け、豆サラダです。
見た目、ジャンクですね。

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ソースで味変して実食です。
カレーのルーは濃厚でコクがありますが粘度が高くて私の好みではありません。
この粘度だとこれを飲んだら喉につまるではありませんか(笑)
肉はパサパサですね。
後、熱さが足りずでこれは不満です。
レモンを絞りごちゃ混ぜにしたらそこそこ食べれました。
これで@990円ではコスパ悪いですね。
再訪は100%ありません。

それでは(^_-)
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