下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

2018年07月

続 谷中 ハギカフェ

今日は「Noと言えない人」です
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私の元部下が人事異動で私の隣の島に戻ってきました。
すごく人が良いのですが、その人の良さが裏目にでてエライことになっています。
私の隣の島は、例えて言うと日大アメフト部みたいな部署で、無理偏に拳骨と書いてグループリーダーと読むみたいなところなのです。
彼の欠点は、取引先からの無理難題に対して「NO」といえないのです。
それはビジネスの世界では通らないので、彼が編み出した技は、受けたコンプレインには直接には答えず、質問の周辺状況の説明に徹するものです。
しか〜し、そのよう底の浅いテクニックはその怒り狂ったくだんの取引先からは、瞬時に木端微塵(こっぱみじん)に粉砕されています。
そうしますと相手が飽きられるまでの、すみません、の連呼です。
私は見かねてたまに「できない事はできません」と言わなきゃダメだよ、と助言をするのですが、その時は、おっしゃる通りです、というものの言った試しがありません。
まだ会社生活がかなりあるに暗雲が垂れ込めているというかすでに耳をつんざくような雷雨の中に日々身を置いているようなものです。
よく耐えているなと逆に感心さえしています。

私はもしかしてこれはある種の精神障害ではないかとネットで調べましたら、彼のような性格は「依存性パーソナリティ障害」に当てはまるみたいです。
以下はネットからのその紹介文です。
人にNOと言えない依存性パーソナリティ障害とその性格タイプの人は、一言でいうと「意志を無くしてしまった人」なのです。
このような性格タイプの人は、幼少期に支配的に振る舞う両親または養育者の言いなりにされていたり、過保護に育てられたりしている傾向が多く認められます。
そのような場合、親は子どもの気持ちに寄り添ったものではなく、親の価値観で善かれと思っていることを一方的に子どもに押しつけることで、子どもの自己愛(自己肯定感)を傷つけ、子どもが自分の意志を持って自立していく能力をダメにしてしまいます。
このような背景があって、この性格タイプの人は、親の代わりとなって、自分の行動を指図してくれたり、手を引っ張ってくれたりする他人に頼って、自分の存在意義をかろうじて保ち、安心感を得ようとします。
独りでいると孤独感と不安に襲われて、居ても立ってもいられなくなるからです。
人にNOと言えない依存性の人は、他人に頼らないと生きていけないので、相手から嫌われたり、見放されたりしないように、反射的に自分の気持ちを抑えて、相手の要求に逆らわず、合わせてしまうのはそのためです。
しかし、自分が頼った相手が、運良く善意の人であればよいのですが、相手を間違えると大変なことになります。
相手に都合良く利用されて、長時間働かされたり、お金を貢がされたり、犯罪の片棒を担がされたりしてしまうこともあります。
さらに不幸なことは、人にNOと言えない依存性パーソナリティ障害の人は、相手がどんなに悪意のある人であっても、自分からその関係を断ち切ることが難しいということです。
他人に頼らないと生きていけないこうした人達にとっては、独りぼっちにされるよりも、悪意のある相手と一緒に居る方が潜在意識では安心できるからなのです。
こうして、他人に執着し、必死にしがみつくのがこの依存性パーソナリティ障害の特徴になります。

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仮に彼が「依存性パーソナリティ障害」という診断書を医師からもらって、上司にタフネゴシエーションはできないので、そのような仕事から外してください、など言われたらそれこそ開いた口が塞がらなくなります。
さりとてクビにはできないので、管協部門に異動させるでしょう。
彼は多分にそれすらできそうもないのでこの漆黒の不条理の世界に身をおく事で安心感を得ていくのでしょう。
私のような下町生まれは口八丁手八丁ですから、間尺に合わないことは即座に「NO」と言いきってしまいますので、この「依存性パーソナリティ障害」の人は異人種であります。
しか〜し、人にNOと言えないこのような人達が、依存を脱し、自立へ向かうことは、端から見るよりも大変勇気のいることなのかもしれません。
もう年齢的には難しいのでしょうね。
心から同情する次第ではありますが、改めて幼児教育の重要性を痛感しました。


キャロルルイジアンナ



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今日は声帯萎縮症の治療の為に早退です。
予約の時間まで余裕があったので病院への通り道である谷中でランチにしました。

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谷中のかき氷の行列店「ひみつ堂」の前を通りましたらスゴイ仰天ではなく行列です。
皆さん、かき氷食べる前に熱中症で倒れますよ(笑)
今日のお店は「HAGI CAFE」さんです。

住所: 東京都台東区谷中3-10-25 HAGISO 1F
電話番号:03-5832-9808
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

きょうのオーダー「サバサンドセット(珈琲・シャーベット付)」@1,300円です。
店内は中老年の女性で満席状態です。
しつらえがオサレですから女性に人気があるのは理解できます。
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待つこと2分でお水が用意されました。

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まずはサバサンドの紹介図です。

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待つこと28分で「サバサンド」の到着です。
見た目、ディープフライド感ありありです。

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それでは実食です。
28分も待ったのに熱々ではありません。
まさか作り置きか・・・
サバフライはカリッと感がありません。
加えて、サバだけに塩レモンドレッシングやマスタードで味を引き締めるのかとおもいきや申し訳程度にその存在を感じた次第です。
混雑時にお店に入ったからといって、結果的に「手抜き」になっていたのはいただけません。

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問題の声帯萎縮症ですが症状が急速にすすめば、どこかで手話をならわなければならないのかな、とため息交じりのつぶやきを唇にのせていました。
それでもこのお店で珈琲を飲んでいますと心が落ち着きます。

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デザートのシャーベットは普通の味わいでした。
残念・・・

それでは(^_-)

御茶ノ水 カフェ・ポンヌフ

今日は「芸舞妓雑感」です
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京都には良く行きますが、芸舞妓をはべらせて酒席を張った事はありません。
一度くらいはそのような宴席でてオーセンティックな京都を堪能したいとは思いますが、それではその為に努力をするかと申せば「No」なのであります。
その理由としては、面倒くさいのです。
まず祇園では細かな通過儀礼があり且つ宴席で踊りをみても、もしかしましたらその良さがわからいのではないかという危惧があります。
歌舞伎はよく観に行きますが、この観劇の場合は、音声ガイドを付けて観ていますので、芝居の内容はあらかた理解できています。
祇園で芸舞妓をよんで音声ガイドをつけてその歌舞を観るのはさすがに「あきまへんえ」であります。
数年前に京都五花街に所属する舞妓の人数が、4年ぶりに増加に転じたとい記事を記憶しています。
舞妓体験や修学旅行などを通じ、舞妓にあこがれる少女が増えたためとみられていますが、行儀作法や芸事を教え、一人前に育てるのは大変なのですが、花街にとっては衰退に歯止めをかけるチャンスになっているようです。
さら〜に、舞妓志望者は増えていますが、芸妓の数は増えていないという特徴があるそうです。
芸舞妓の需要が多くある京都には芸舞妓志望者も多く、受け入れる置屋の数も全国屈指です。
しかし年季が明け、置屋を離れ、自らの力で生計を立てる芸妓になってから、自分の限界を感じて引退する方が多いそうです。 需要が多い土地だからといって地位が安泰するわけではなく、厳しい競争があるという職業なのであります。
そこで良く昔の映画にでてくる「旦那」がでてくるのです。
昔、芸・舞妓は旦那(だんな)と呼ばれるスポンサーを持つのが普通とされていました。
水揚げとは、舞妓が初めての旦那を持つ儀式の事です。
現在ではそれが変じていかがわしい儀式とされていますがそれは一つの悪しき都市伝説であります。
大昔は、旦那の選択権は芸・舞妓には無く、旦那が見初めれば、お茶屋や屋形の女将、男衆が言いくるめて、強制的に添わされました。
水揚げには大きなお金が動きますから、屋形側から少しでも条件の良い旦那にお願いをする事もあった様です。
花街に「身売り」というイメージが根強く残っているのはこの為です。
基本的に、お茶屋の座敷に上がる(宴会を催す)お客は、何らかの目的を持っています。
例えば、お祝い、接待、会合などです。
つまり、飲食や芸・舞妓といった外から見える部分は、その目的を達成する為の演出にすぎない訳です。
お茶屋はお客の宴を全力でサポートしてくれる心強い味方なのです。
ということで、このような宴席を供応するのはかなりのセレブレティか上場企業の役員クラスだけだと思います。
京都で一番の富裕層といえば寺社仏閣の神職・僧侶ではないかと思っています。
彼らが祇園を支えているのではないのではと臆断しています。

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一方、それを支えている芸者に目を向けますと、芸者の花代は、昔からそれでひとりの女性が暮らして行けるようになってはないらしいようです。
高い着物を買って、踊りの会の入り用や先輩お姉さんへの祝儀などを出していたら暮らしていけないようになっているそうです。
そこで先ほどの旦那(スポンサー)がでてきて月々まとまったお手当てをもらわないと暮らして行けないというのは都市伝説で、現在では引退の道をとるみたいです。
さら〜に、客層の大半は老人です。
芸者さんは何が楽しいのでしょうか。
なんでこのような苦行を続けているのでしょうか。
その志望動機で圧倒的に多いのは「舞妓になりたい症候群」に陥った少女です。
その大半の理由は「綺麗だから」レベルの理由のようです
それならば変身舞妓屋さんに行って写真を撮ってもらえば、それで充分満足できるはずなのですが、彼女達は、芸・舞妓がサービス業である事に気づいていません。
たとえそれを説明したとしても、ほとんどの少女がごく普通のサラリーマン家庭の子でしょうから、サービス業がどんな物であるかもわからないでしょう。
だから途中でリタイアしていくのでしょうね・・・
業界紙「花街タイムズ」によりますと、芸舞妓は、北は北海道の芸妓ふく尚さんから南は沖縄のつる葉さんまで43人おりますが、その中で京都府比率は7%です。
要は京都の芸舞妓はその歴史的存続の為に、京都純潔主義をいち早く断念し、その人材を他府県に求めたのです。これが芸舞妓の置かれている現実ではないでしょうか・・・


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今日は御茶ノ水に出没です。
このお店はかなり来ているのですが何故かアップがされていませんでした。
今日のお店は「カフェ・ポンヌフ」さんです。

住所: 東京都千代田区神田駿河台3-11-5 中央大学駿河台記念館 1F
電話番号:03-3219-6086
定休日:不明

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

きょうのオーダー「チキンソテー マレンゴ風(スープ・サラダ・珈琲付)」@1,080円です。
このお店の「ポンヌフ」の和訳は「新橋」です。
ここの経営母体の「第一ホテル」の旧名称である「新橋第一ホテル」の「新橋」から店名が冠されているのではないでしょうか。
その背景から店内の接客はホテルグレードであります。

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待つこと4分でサラダとパンプキンスープの到着です。
サラダはホテルテーストでシャキッとしていて新鮮さが歯の上に乗っかってきます。
サパンプキンスープは極上の美味しさです。

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待つこと16分で「チキンソテー マレンゴ風」の到着です。
見た目、美味しそうな風合いをだしています。
この料理は、西暦1800年、ナポレオン・ボナパルトの料理人デュナンがイタリア・ミラノ近郊のマレンゴ村でオーストリアを破ったナポレオン軍は戦勝祝いの夕食を作ろうとしましたら、戦いの最中に食材物資が行方不明になりました。
仕方がないので村にあるもので即席に作ったといわれています。

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それでは実食です。
鶏肉がよく煮込まれていて柔らかいです。
白ワイン、トマト仕立てのソースはケレンミがない正統派の美味しさです。

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後半は黄身と絡めていただきますと味がまろやかになります。
極めてご機嫌な味わいです。

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食後の珈琲を飲みながら午後からのビジネスプランをリマインドしていますと体中にヤル気がみなぎっています。
まさに炎熱戦士の誕生の瞬間でもあります。

それでは(^_-)

谷中 ハギカフェ

今日は「期限」です
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私は決められた事を期限内に済ませます。
このように書きますとキチンキチンとした性格に思われますがそんなことはありません。
どちらかといえば「いい加減国」の一等国民であります。
本来のいい加減によりかなりの修羅場をくぐってきています。
その代表例が免許取得です。
20歳の頃、自動車教習所で寿司屋上がりの教官と、その教え方をめぐって、つかみ合いの喧嘩になり教習所にいかなくなりました。お金をだしてくれた父親には、今は気がのらないからいかないだけで、期限内には必ず取るよ、とうそぶいていたのです。
しか〜し、いっこうに教習所には行かず、大学の友人と怠惰な毎日を送っており、それを見かねた母親が、私の親友に、なんとか免許だけは取らせてあげて、と頼み込みこんだのです。
その頼まれた親友は、それを意気に感じて私を毎日車で教習所まで送ってくれました。
そのおかげで期限の三日前になんとか滑り込みセーフで免許を取得したのであります。
それ以外にも似たようなふるまいは枚挙にいとまがありません。

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いつの頃からか期限を守るようになりました。
それは期限がある事の幸せを感じるようになってきたからです。
期限があるから集中できたし、一生懸命にやれるのです。
もし期限がなければ、いつからやるのだという機会も到来しません。
よく図書館で本を借りますが、返却期限があるから借りた本を読破するのです。
いつでも好きな時に好きな事を思う存分やってみたいという話は巷間でよく耳にしますが、ほんとうにそれで楽しいのでしょうか。
かつて「料理の鉄人」という番組があり大ヒットしましたが、このシェフ同士の料理の戦いも時間以内で決着をつけるから面白いのです。
私の最近の口癖は、蟻が鯛(ありがたい)なら、私は神様、もう少ししたら仏様、であります。
どうやら人生の期限もそろそろ迫って来ているのかもしれません・・・


映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」見どころ 感動編



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今日は谷中に出没です。
谷中のかき氷の行列店「ひみつ堂」の前を通ってしばらく行きますと、今日のお店にたどり着きます。
今日のお店は「HAGI CAFE」さんです。

住所: 東京都台東区谷中3-10-25 HAGISO 1F
電話番号:03-5832-9808
定休日:無休

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お店の外観です。

店内の雰囲気です。
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なんともサレオツな店内です。
いるだけで心が和んできます。
お店の「木造アパート『萩荘』から、最小文化複合施設『HAGISO』へ」からを以下に紹介します。
元禄十四年(1701)より当時の谷中新堀村螢沢、現東京都台東区谷中に本堂を構える、妙祐山宗林寺。
当時より宗林寺の境内には多くの萩が植えられ、そのことから「萩寺」として親しまれてきました。
その「萩寺」の愛称にあやかって、境内に隣接して建っているのが「萩荘(現HAGISO)」です。
HAGISOは、1955年から木造アパートとして、また2004年からは東京藝術大学の学生によって、アトリエ兼シェアハウスとして使われてきましたが、2011年の東日本大震災をきっかけに、老朽化のため解体する方針となっていました。
実は萩荘解体の前にも、ある日近所の愛されていた銭湯が突然なくなっていた、というようなことがあり、元々の東京の風景が次々と無くなっていくことに対して、私たちはどうすることもできない無力感を感じていました。
そこで2012年2月、解体に先立って入居者一同より大家さんへの最後のお願いとして企画したグループ展「ハギエンナーレ2012」を開催しました。
解体を止められないまでも、このような場所があったことの記憶を残すきっかけとなることが目的でした。
萩荘に集っていた学生やアーティストたち約20名が、建物全体を使って作品を展示したところ、3週間の展示期間で1500人もの方々が訪れてくれました。
この予想外の盛況を受けたことによりこの建物の価値が見直され、計画は一転、なんと改修され生まれ変わることとなり、2013年3月「最小文化複合施設」としてオープンしました。

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メニューです。

今日のオーダー「夏野菜たっぷりのガバオご飯&オリジナルブレンド」@1,250+@500=1,750円です。

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待つこと2分でお水が到着しました。

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待つこと18分で「夏野菜たっぷりのガバオご飯」の到着です。
見た目、本格的タイ料理みたいです。

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それでは向きを変えて実食です。
たっぷり入った夏野菜と大きめの鶏挽肉がバジルソースで絶妙に味付けされています。
味が深くて美味しいです。
加えて想像以上にスパイシーであります。
私の好きな辛さです。
ご機嫌です。

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大好きな玉子に穴を開けてトロ〜リと黄身を垂れ流します。
そこにチリペッパーをかけ回して味を引き締めますと・・・
さら〜に美味しくなりました。
最後の方は具材と玉子をハッチポッチ(ごちゃ混ぜ)にしていただきますと、この渾然一体となった味わいは,
得も言われぬものとなりました。
想像していた以上にレベル高いですね。

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オリジナルブレンドを飲みながら暮れなずむ外の景色を見ていましたらこのような古風の趣は自分に合っているなと思い始めていました。
もうしばらくすると灼熱の朱夏になります。
ここには夏の雲が似あうなと思い再訪を誓ったのです。

それでは(^_-)

続 中野坂上 キャンティ・ピエトラ

今日は「墓あばき」です
日本人は墓参りのときに墓のまわりに生えた雑草をみんな抜いてしまい、かわりに切り花を供えますね。
自分らの先祖が埋葬されている墓から生まれてきた植物の新しい「命」を無造作に抜き取り、切り花という「殺して」しまった花を供えるのは意識としておかしいのではありませんか。
海外では埋葬した遺体なり遺骨なりはよほどの事情がない限り、埋めた土を掘り返し、再び外にさらすことはありません。ところが日本のカロート式そのものは、その一族の新たな死者の遺骨を納める度に、言葉は悪いのですが実質的には「墓あばき」に近いことが普通に行なわれていますよね。
何故なのですか。
とカナダ人に聞かれて、私も不思議に思いました。

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そこで理由を考えてみました。
私の一族は旧家です。
私はその第44代目というくらい長い歴史を有しています。
その埋葬といえば、土葬の際には墓地の真ん中を深く掘って遺体を埋葬していました。
しか〜し墓石はその墓地内の別の場所に作っていました。
遺体を埋めるところとは別にお参りするところに石塔をたてる一種の両墓制の変形ではないかと思います。
ちなみに両墓制では、埋葬場所から離れたところに石塔は建てられていました。
ということは「墓あばき」になったそもそもの背景は火葬の普及によるものだと臆断しています。
そこでその確証を得る為にネットで調べてみました。
今のような先祖代々の墓が見られるようになったのは、1960年代から70年代以降の行政による火葬施設の整備とともに、お墓に納骨のためのカロートを備えることによって普通になってきたそうです。
そもそも私たち日本人は遺体を埋葬するところとお参りするところは別だったのです。
火葬の普及により、土地を再生産できないというその有限性からカロート式が選ばれて、その結果、墓あばきになったのです。

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供花も同様です。
故人の好きな色や花にこだわり花を供えることも、故人を思う気持ちは同じです。
私たちはお墓に花を供えているので、そのカロートに格納している骨壺にそなえているのではありません。
従いまして、「墓あばき」論は後付ででてきたものだと臆断しています。
ちなみにカロートという不思議な日本語ですが、「かろうと」及び「からうど」という日本語が語源で漢字では「唐櫃」と書くようです。
皆さん、お墓参りに出掛けましたら、故人のために花を選び、故人を偲びながらお墓を華やかに飾ってあげましょう。


いきものがかり/歩いていこう 鉄拳のパラパラ漫画



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今日は中野坂上に出没です。
今日のお店は再訪店です。
今日のお店は「キャンティ・ピエトラ」さんです。

住所: 東京都中野区本町2-29-13
電話番号:050-5589-4449
定休日:無休(年末年始等は除く)

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お店の外観です。

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店内の雰囲
気です。

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メニューです。

今日のオーダー「カイゾクピッツア」1,490円(アミューズ込み)です。

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待つこと4分でアミューズのパンが到着です。
このパンは暖かくて美味しいです。
しか〜し、今日はピッツアを食べますので、味見程度で留め置きました。

待つこと10分で「カイゾクピッツア」が到着です。
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見た目、美味しそうな感じはしません。

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気を取り直して実食です。
今日の「カイゾクピッツア」のトッピングは、エビ、イカ、アサリ、ムール貝他です。
ピッツアそのものはまずまずなのですが、魚介類がふるいません。
熱々でないのもあるかもしれません。
ムール貝はほんのりと貝独特の異臭を発しています。
アサリも小ぶりです。
奇をてらいすぎたのかもしれません。
一応完食しましたが個人的には好きな味わいではありませんでした。
こんな日もあります。

それでは(^_-)

池袋 ラーメン二郎 9th

今日は「夫婦喧嘩」です
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この間、久喜駅の近くにある喫茶店で仕事の打合せをしていましたら、前の席に座っている夫婦がかまびすしいのです。

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奥様が一方的に怒っています。
仕事の打合せをしていたので、全部を聞いていたわけではないのですが、時折、黙っていないで何とか言いなよ、とか、今さら40年前の事を持ち出してどうするのさ、とか怒鳴っています。
私は仕事の打合せをしながらも、20歳で結婚したら60歳か、と思いながら、入ってきた時にチラ見した感じでは70歳越えだから30歳くらいで結婚したのかとか、脳の別の部分で余計な事を考えていました。
それにしてもおとなしいご主人です。
これだけ罵詈雑言を浴びせられているのに、一言も返しません。
私はこの奥様のご主人の事が気になりました。
ところが私の前に座っていた商談の相手は学生時代に柔道をやっていて巨岩のような体躯なのでどのように姿勢をかえてもそのご主人を見届けられません。
しばらく商談に集中していましたら、またくだんの奥様が、かなりの音量で、さっきから黙ってばかりいて、なんとか言いなさいよ!と怒鳴ったのです。
そこでさっきからその動静を見かねていた店主が、そのテーブルに近づき、これ以上大きな声を出しますと、他のお客様に迷惑がかかりますのでお店を出てもらいます、とキツク退店をうながす引導を渡したのです。
それが功を奏したのか店内には沈黙の空気が支配しました。
しばらくして、くだんの奥様が、金を払うわよ。いくらなの、と怒鳴りながら席を立ちました。
そして、その奥様に続いて席を立つ無口のご主人をみようと、その後を眼で追いました。
すると意外な事実が私を待ち受けていました。
それは・・・
はなから無口なご主人はいなかったのです。
私が真剣に聞き入っていた夫婦喧嘩は、実は、このオバサンの独り芝居だったのでした。


必殺!サザエさん 弦楽四重奏+ピアニカ sazae hissatsu



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今日は池袋に出没です。
たまにはラーメンでも食べるかと思いこのお店に立ち入りました。
今日のお店は「ラーメン二郎ラーメン」 池袋東口店さんです。

住所: 東京都豊島区南池袋2-27-17
電話:03-3980-0210
定休日:月曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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コップに冷水とレンゲを入れて席でラーメンが来るのを待っています。

今日のオーダー「らーめん(半麺)・チョイ野菜・にんにく・麺カタ」@700円です。
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待つこと3分「らーめん」の到着です。
見た目、今日はビジュアルがいいですね。

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それでは向きを変えて実食です。
半麺ですので完食は間違いないでしょう。
まずはスープです。
乳化の状態が良いですね。
まろやかでコクのあるスープは美味しいです。
しか〜し、スープは熱々ではありません。
かなり残念です。
麺は麺カタにしてありますので好みの硬さです。
チャーシューは柔らかく噛みしだくと肉汁があふれでてきます。
今日のチャーシューは特に味わいが深いです。
白眉は野菜です。
臭みがまったくなく特にもやしは軽やかな弾力があり最高です。
大学から通算で約40年間もこのラーメンを食べています。
多分、このラーメンは体の一部になっているのでしょう。

それでは(^_-)

保谷 リンカント

今日は「親心」です
在宅医療
BS1スペシャル「在宅死“死に際の医療”200日の記録」を奥様と観ました。
番組のあらすじは次のようなものです。
お金がなくて施設に入れない、介護する家族が身も心も疲弊してパンク寸前など、厳しい在宅死の現実と向き合い続ける老医師がいる。
埼玉県新座市の堀ノ内病院在宅医療チームの小堀医師80歳。
森鴎外の孫で元東大病院のエリート外科医が選んだ最後の現場が在宅訪問の「老老医療」だった。
家ごとに異なる厳しい環境を乗り越え、「家で安らかに最期を迎えたい」という患者の願いをどう叶えるのか、200日に渡ってカメラが追った。

人が死ぬところを写すドキュメントなので驚いたのです。
その中でも涙なくして見られなかったのは末期の肺ガンの父親を看取る娘さんのドキュメンタリーでした。
47歳の娘さんは全盲です。
病気により7歳で失明しました。
その全盲の娘さんの身の回りを世話していたお母さんは7年前に倒れて昨年亡くなりました。
お母さんが7年前に倒れてから、お父さんが娘さんの世話と、奥様の面倒を診ていました。
そのお父さんが、肺ガンになり余命いくばくかになりました。
そこでお父さんはここで初めて娘さんに独りで暮らしていく事を教え始めたのです。
失明した娘さんが不憫だったのでしょう。
それまでは娘さんの生活のかなりの部分はお母さんが補っていたのです。
両親とももっと早く生活の自立をさせたかったのですが、かわいそう、かわいそうでできなかったのでしょう。
末期ガンになったお父さんは入院もせず、床にひかれた万年床で寝転ぶ在宅医療を選択しました。
入院しない理由は、娘さんの自立を見届けたかったからです。
上述の小堀医師は、看取りの心構えを娘さんに教えるのですが、その実感がわかずというか実感したくなかったのか、先生の教えをよく分っていませんでした。
その中で、娘さんは自立の一歩として料理を覚えました。
その料理は近所に住んでいる叔母さんが教えてくれました。
全盲なので、料理の勘所がわからないようです。
それでも悪戦苦闘しながら、料理のレパートリーを増やしていきました。
ある日、娘はお父さんが食べやすいようにとうどんを作りました。
本来なら末期ガンですから喉も通らないのでしょうが、お父さんはその娘の苦心作を美味しそうに食べていました。
と申しても、うどんを2〜3本を口に入れただけですが、本当に美味しそうな顔をしていました。
もうこの辺りでTVの画面に雨が降ってきたのでしょうかTVが雲って観られませんでした。
どうなのでしょう、ご両親、このドキュメンタリーではお父さんですが、いつか来るこの日は分っていたのですが、あえて先送りしていたのでしょう。
そして本当なら、病院で終末医療を受けて、楽に旅立ちたかったのでしょうが苦難の道を選択したのです。
最後の場面ですが、娘さんは先生から言われていた教えを守って、父親が動かなくなり、その心臓の動きが弱くなった旨を、先生に電話で連絡しました。
そして近隣に住む親戚が看取りにあつまり、遅れて先生が到着しました。
そして、娘さんは先生の指導のとおり、父親の首筋に手を当てて、呼吸が薄れていくのを確認しています。
約30分位経ってから、今、呼吸が止まりました、と娘さんが先生に伝えましたら、先生は、その瞬間がご臨終だよ。
良く観取ったね、とねぎらいの言葉をかけてくれました。
娘さんは、良かったね、お父さん、皆に見送ってもらえて・・・
小堀先生も来てくれたよ、と言ってこのドキュメンタリーは終わりました。
娘さんは、全盲なので、万が一、自分が気がつかなかった事で、父親が誰にも看取られずに天国に旅立ってしまうことは絶対にしたくなかったのだと思います。
この事務的にもみえる看取りの場面は、この娘さんの決意を思うと、本当に泣けてきました。
末期ガンで、苦しいはずのお父さんも、娘の自立を確認したくて、最後まで在宅に固執したところも頭が下がります。
もしかしましたら、このNHKへの撮影許可も娘さんにその撮影料を与えがたい為という親心かもしれません。
さら〜に、このドキュメンタリーでフィーチャーされる事で、残した娘に有形無形の支援が得られるかもしれないという深謀遠慮なのかもしれません。
このドキュメンタリーを通して、ご本人の意思を支え、苦痛なく最期を迎えることに一意専心されていることがよく伝わってきました。
周りが良かれと思うことは本人の意思でなければ何の意味も持たないことも再認識させられました。
感動的なドキュメンタリーでありました。


Kubota FARM TRACTOR owned MITSUBISHI PICKUP TRUCK in Drag Racing !!!



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今日は保谷に出没です。
美味しいイタリアンがあるという友人の情報に基づきお邪魔しました。
今日のお店は「トラットリア エ ピッツェリア リンカント」さんです。

住所: 東京都西東京市下保谷4-8-18 アネックスマノア 1F
電話:050-5593-9840
定休日:月曜日(月曜祝日の場合、翌火曜定休日)

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。


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メニューです。

今日のオーダー「クアトロフォルマッジ&チョコレートケーキ&珈琲」@1,600+@650+@400=2,650円(内税)です。
店名の「リンカント」はイタリア語で「魔法をかける」だそうです。
店内はコジャレタしつらえですね。
厨房のセンターにある薪窯がその偉容を誇っています。
オーナーはイタリアに3カ月修行に行った筋金入りだそうです。

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待つこと1分でテーブルセットが用意されました。

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待つこと5分で「クアトロフォルマッジ」と「蜂蜜」が運ばれてきました。
このお店の「クアトロフォルマッジ」は、モッツアレラ、ゴルゴンゾーラ、タレッジオです。
あれ「クアトロフォルマッジ(4種類のチーズ)」なのですが3種類しかありません。
一般的には青カビのゴルゴンゾーラ、ウォッシュのタレッジョ、ハードのパルミジャーノ・レジャーノ、フレッシュのモッツァレラなどですがまあ75%カバーされているので「良し」としますか。

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それでは蜂蜜をかけ回して実食です。
チーズは美味しいです。
ドウ(生地)はさすがに薪釜ですからモチモチしていますが全般的にパリッとしていません。
その証左にはコルニチョーネ(額縁部分)がしっかりと膨らんでいません。
基本的には、焼けた縁の部分はサクッとした口当たりで、中に空洞の部分があるので香ばしくて軽い食感なのですが・・・
それでも私の好きな味わいなのでノープロブレムです。

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食べ終わりましたのでドルチェ「小麦粉を使わないチョコレートケーキ」の到着です。
最初、冷えすぎていたので食べにくくなっていましたが、仕事のメールを片付けていましたらほどよい食感になり、美味しくいただきました。
ピスタチオのジェラートは高評価です。

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ちょっと濃い目のアメリカーノは好みの味わいです。
窓辺に座っていたので、漆黒の闇が漂いはじめた窓辺に流れる赤いテールに眼を細めていました。
今日は良い一日だったな、とつぶやきながら唇に微笑をのせていました。
明日も頑張りますか・・・

それでは(^_-)
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