下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

2010年03月

月島 けん軒

今日は「長野のカツ丼」の話です。

車窓から見える半晴れの空の向うがすいている。
空の境に連なる群峯(ぐんぽう)をぬきんでて、聳(そび)え立った山の頂の雪に、遠い日がきらきらする。
「阿房列車(あほうれっしゃ)内田百聞著より転載


私はこの一文から遠い昔のあるサプライズが蘇ってきます。私は25〜28歳の間甲信越地区を担当していました。ある時メーカーの担当者と長野県の取引先を同行しており、まさしくこの一文を車窓の絵として、流れいく景色を楽しんでいました。


けん軒1
長野駅でおりそこがその日の昼食でした。駅前に流行(はやって)ってそうなお店があったので私達は躊躇(ためらい)いもなくそのお店に入りました。
私はかなりの空腹感が有ったので即座にボリュームのある「カツ丼」を頼みました。しばらくして出てきたのがこのパチリです。そのカツ丼を見るやいなや、エーッ、と驚いた私はお店のオバチャンに、これってカツライスじゃないですか、私が頼んだのは“カツ丼”ですよ、といいますと、お店のオバチャンは、これはカツ丼ですよ、念のため表のサンプルを見てくださいな、といいます。私は押っ取り刀でお店のサンプルウィンドウに出向き確認しました。確かにこれはカツ丼でした。ちなみに私が食べたかったカツ丼は“煮カツ丼”というものでした。これって青天の霹靂です、まったくこの使い分けはしりませんでした、絶対下町っ子には分かりませんね…

山梨県では「カツ丼」といった場合に、甲府市を中心に甲府盆地ではソースカツ丼を意味し卵でとじた「煮カツ丼」とは区別されることが一般的で、笹子峠・三坂峠を越えた地域では「カツ丼」は煮カツ丼を意味する。甲府タイプのソースカツ丼は長野や群馬、福井などのソースで煮込むタイプとは異なる。起源は明治30年代に甲府市内のそば店が考案したものであるといわれ(『山梨日日新聞』1995年9月13日記事)、同時期には「煮カツ丼」の食文化も流入しているが、カツライスの丼版である甲府タイプのソースカツ丼は出前に際した簡便性から現在に続いているものであると考えられている。
影山正美「カツ丼の不思議?」『山梨県の不思議辞典』(2009、新人物往来社)より転載


今日は久々に月島に出没です。冷たい風が身に染みるので、たまにはラーメンでもということで、今日のお店は「けん軒ラーメン」さんです。

住所: 東京都中央区月島4-13-11
:03-3531-8850
休日:無休

けん軒2
お店の外観です。

けん軒3
店内の雰囲気です。

けん軒4

けん軒5
このお店開店当時訪れています。確か安不味(やすまず)だったとの記憶でした。
さてしばらくの間に進歩しているのでしょうか…
久々の訪問なので、為念お店のオバサンにこのお店のお勧めをお聞きしましたところ“塩ラーメン”とのことでしたので、今日のオーダーは「塩ラーメン」@650です。
麺は細麺です。少し湯切りが悪いようで麺の周りがお湯っぽいですね。スーブは熱、熱で結構ですが、深みがなく平板です。それにかなりショッパイです。チヤーシューはパサパサしていて噛むとへんな味がします。シナチクは美味しいですがなにやら出来合いみたいです。全般的にかなりレベルは低いといえるでしょうか…
夜のメニューを見ていたら完璧な中華居酒屋さんです、ラーメンではないようですね。
それにしてもショッパかったですね、サハラ砂漠に迷いこみ数日間彷徨したあまり、こらえきれない喉の渇きに、たまさか見つけたサボテンにすっ飛んで行って、トゲトゲで口が血で溢れかえれのるも厭(いと)わずにサボテンにくらいついている夢を見そうです(笑)

それでは(^_-)

2010 年 勝どき ブラッスリー「フォーメス」

今日は「私のお酒との出会い」の話です。
私は父親が鯨飲人でしかもネチネチのカラミ酒だったので、お酒のみは大嫌いでした。
よって生涯絶対お酒は口にしないとその約を心に刻んでいたのです。

私は中学生になってから剣道を始めました。学校の部活剣道だけではなく、実態は道場剣道が主流でした。
中学校の側にある「若竹会」という道場に通っていました。
道場の先生は井之頭先生といいます。新潟の肉寺(儲かっているお寺の意)の放蕩息子で、散々極道をしまくり、命のやり取りもかなりあったようです。あまりに悪行をしすぎ、とうとう逃げ場がなくなってしまい、身の安全を計るために、軍隊に下足(ゲソ)をあずけたのです。
軍隊ではなぜか憲兵になり、中国に渡りその職掌から坑日中国人ゲリラの首を100人は落としていたとのことでした。
戦後無事帰国したのですが、上述の通り中国で大殺戮をしていたことから、C級戦犯の嫌疑がかかりました。
さすがに13階段に登るのは嫌だったようで、国内を逃げ回り、結果とある小学校の用務員に身を潜め事なき得たようです。
武道は、剣道6段、柔道3段、居合3段、空手2段、合気道2段という猛者でした。

しかしこの井之頭先生が日本剣道連盟最大のヤクネタ(度外れ者)でなおかつ酒乱ですごかったのです。

剣道の試合の会場で、午後からの試合の始まる前に右翼の大物の立会遊説会がありました。
たまさか先生はトイレでその大物と朝顔で隣り合わせになりました。
先生はおもむろに隣の右翼の大物のイチモツを覗きこみ、なんだ!エラそうな演説しているが、息子は縮こまっているじゃないか、そんな輩(やから)の話しなんぞ信じられるか、とその大物に気合をいれました。
大物は激怒したのですが、先生のイチモツを見返したら、なにもいえなかったとのことです。
しかしトイレの外ではその大物の親衛隊が数多く詰めており、世が世なら簀巻きになって隅田川に浮かんでいたのかもしれないのですよ、からむ相手を全く選ばないというのはすごいことです。

先生は職場まで原チャリで通っており、帰宅はいつも酒気帯び運転です。
たびたび検問で捕まるのですが、そのたびに、日本剣道連盟の井之頭です、お役目ご苦労様です、と敬礼して通り過ぎるのですが、これがまた警視庁と日本剣道連盟との大軋轢になりました。
そりゃそうですよ、いくら日本剣道連盟と警視庁が紐帯の関係にあるとはいいながら酒気帯運転を敬礼で見逃していたら法治国家は成立しません(笑)
結果井之頭先生は日本剣道連盟から行状不見識とのことから除名になっています。

そんな先生の道場で剣の道を究めているわけですから、当然のことながらお酒は飲まされています。
先生の持論は、男子は15歳で元服、いわゆる成人だ、よって14歳になったら成人の練習をしなければならない、とのことから、中学校2年の時から、稽古後の茶話会では飲まされました。しかも先生は、ビールは水とのことで日本酒しか飲ませませんでした。
いくらなんでも剣道で鍛えているととはいえ、まだ中学校2年ですから大量の日本酒は厳しいものです。
道場仲間の三分の一は飲み始めて小一時間もすると、トイレで吐きまくっています。
先生はそれが始まるととても喜んで、吐いて強くなるお酒かな、とカンラカンラ笑っています。
飲んでいる最中は高歌放吟です、歌わないと怒られます。
よって飲んでいるか歌っているか手拍子しているかのいずれかの作業に忙殺されます。
そして最後の締めは、全員での立ちション距離レースです。
先生に万が一負けると、若いのになんだ、との説教になります。
なんともすごい話です、しかも実話だけに書いている本人も当時の記憶がよみがえってきて慄然としています。

結局、お酒を飲まないという私の戒めは、なんのことはない中学2年の時に抗(あらが)うこともなく簡単に吹っ飛んでしまっていたのでした(笑)

今日のお店はブラッスリー「フォーメス」です。
ブラッスリー「フォーメス」とは仏蘭西語で居酒屋「燃料」です。
何故かといえばこのお店昔は燃料店を営んでおり、その名残から食べ物で人の体にエネルギーを与えるという願いをこめてつけられたそうです。

住所: 東京都中央区勝どき2-10-2土信田ビル1F
電話:03-3533-0308
休日:日曜、祝日、第三土曜日

フォーメス41
お店の外観です。

フォーメス42
店内の雰囲気です。就活の季節ですが、リクルーターが先輩を訪ねて会社訪問後、昼飯をご馳走してもらっているようです。いいなあ、これから入社の方は夢があって…
これからのリクルーターさんに一言、給料高いところは、仕事がキツイ、これは箴言ではなく真理です。

フォーメス43
前菜のコールスローです。

フォーメス44

フォーメス45
今日のオーダーは「ポークピカタ」@880です。
味ですか、普通「ポークピカタ」は厚めの豚肉ですが、ここは豚薄肉にパルメザンチーズをまぶせてとき卵を絡ませた衣です、しかし下味が弱すぎます。
これでは豚肉の脂っこさが際立ちすぎています。折角のブラスリーですのでもう少し塩味と胡椒で味を整えたほうが美味しいと思います。
ピカタの上にかけられたトマトソースも酸味が強すぎて、折角の豚肉の甘さを損ないます。
久々にすべりました、あまり外れのないお店だけに残念でした…

それでは(^_-)

浅草 D's diner

今日は「松風考」の話です。
浅草の有名居酒屋「松風」さんが2009年3月に70年の歴史を閉じました。
このお店に私は何歳の頃から行っているのでしょうか、もしかしたら生まれる前(母親の胎内)から行っていたのかもしれません。というのは私の父がこのお店が大好きだったからです。当時は夫婦でいっていたのだと思いますが、母親はあまりお酒が好きではなかったのでそれはないかもしれませんね…
いずれにしても物心ついた頃から父親についていき、脇でじっとジュースを飲んでいた記憶があります。
幼少の頃の私はこのお店が好きでした。というのも私の父は意地汚いお酒飲みだったのですが、このお店ではお酒が三本しか飲めなくいつも早く切り上げたからです。
しかしそんな父の酔態を見ながら成長したので、大人になったら絶対にお酒は飲むまいと決めていたのですが、既に中学二年生から飲み始めていたのは恥ずかしい限りです。

このお店Local rule(特殊約束)が多いのです、確か「酔客禁止」、「知らない人への献杯の禁止」「お酒は一人三本まで」がありました。記憶を遡れば、お酒は3本、ビールは3本だったはずです。もともと吉原(遊郭)にいく客が景気づけに立ち寄ったので、酒は売るが、量は売らないということですが、これはコジツケですね。上述の飲兵衛の父が、昔はタンと飲めたのにな、とよく言っていましたので、客の回転率をあげる為でしょう。

長じて大学生の頃から、松風へ再訪し始めました。
このお店は燗がつくたびにお燗番さんの「ます〜み(日本酒「真澄」のこと)〜、三番さ〜ん」「あ〜い〜」の甲高い抑揚のある呼び声がこだまします。私はこの節回しが三代目「三遊亭金馬」の落語「居酒屋」にでてくる小僧さんの声に似ているので、お可笑しくいつもこの声がこだます度に笑いをこらえていました。

それにしても上述のLocal rule(特殊約束)の中の数量制限は全く忌々(いまいま)しいものでした。
とぼけて多めに頼むのですが、店員さんに気づかれ、絶対にだしてもらえませんでした。よくやったのが友人と飲みに行く時、一人を15分ほど散歩させてから店に戻らせて、今来た客だからといって数量を嵩(かさ)上げさせていました。
さらにあまり飲めない女性達を多く連れて行き、数量を嵩(かさ)上げして飲んだ記憶がありますが、結局そこまでしてまで飲む必要がないことに気がつき、その後足が遠のきました。

世の中には奇特な方がおられて、松風のアテをパチリしていたので紹介します。
D's diner1
「おじゃこの佃煮」と「昆布の紫蘇」です。この店はこのアテから始まります。これは「松風」さんでのお約束です…
D's diner2
「湯豆腐」です。「湯豆腐」といえば「湯豆腐」なのです。これ以上なくこれ以下でもありません・・・不思議なアテです(笑)
D's diner3
「湯葉」と「マグロのヌタ」です。湯葉は山葵で、ヌタは隠れていますが若布の下には青柳が偲んでいるとのことです・・・忘れていました。これは美味しかったですね。
D's diner4
「おでん」と「塩辛」です。「塩辛」は柚子の香りがきいていていけます、日本酒がすすみます。おでんは確か最後のほうにでてきた記憶があります、そうこれがでてきたら「お積(つも)り」なのです。
上記画像は「KISHO director's blog」さんblogより転載

ということで今日のお店は浅草「浅草ビアホール D's diner」の暖簾をくぐりました。
要はフリネタの「松風」さんに居抜きで入ったお店です。

住所: 東京都台東区浅草1-15-6 1F
:03-5806-5566
定休日:月曜日

D's diner5
お店の外観です。

D's diner6
店内の雰囲気です。このお店「ダイマス」さんの浅草での三軒目のお店です。ということで期待して入ったのですが、駄目ですこのお店、まずストールが坐りにくい…長時間滞在させない為ですか。お店がガチャガチャして喧騒と紫煙のトルネードです。
なにか食べようかと思いメニューをみるとhotchpotch(ごちゃ混ぜ)です。
スペアリブ、ハンバーガー、うどん、餡蜜…なんだこれは、耐えられない、耐えることはできません、というこでスーパードライの中ジョッキ一杯を急速に胃に流し込み、這う這うの体で立ち去りました。
こんな日もあります…

それでは(^_-)

池袋 山頭火 池袋店

今日は「私の京都奇譚二つ話」です。
高校生の修学旅行のときの話です。当時の修学旅行は三泊四日の中で一日がfree planでした。友人同士でグループを組み京都市内の観光spotを廻ります。嵐山近郊を重点的に歩きました。皆歩きつかれたので、お茶でも飲もうよ、ということになり、とある喫茶店にはいりました。
お店に入るやいなや私達に対する視線が異様に熱いのです、なんか変だなと思い冷静に店内を見回すと、店内は100%女性客ばかりです。さらに皆それぞれが色鮮やかなビニールキャップをかぶっています。
異常に気がついた友人の一人が表に飛び出し、このお店の看板を確認しに行きました。そして足早にもどり皆に、店まちがえたようだ、このお店は美容院だ、といったのです。
その時点では皆だれもがこのお店が美容院であることがわかっており、なんでこのお店に入ったのかが知りたかったのです。
答えは簡単でした、この店名は正確には「コーセーロレアルサロン嵐山」なのですが、オッチョコチョイのやつがいて、この名前を「コーヒーロレアルサロン嵐山」と読み間違えていたのです、しかしとてもcloseな名前なので、ありかなという感じですが、突然東京弁を喋る私服の高校生らしきグループが大挙して店に入ってきたのですから、一番驚いたのは、中にいたお客さんでしょう。

30歳前後の時の京都出張の話です。夕方に京都につきcheck inして、時間に余裕があるので風呂に入り、後は取引先を接待するだけのitineraryでした。ホテルの窮屈なバスユニットをヘジった私は、京都の銭湯に入ろうと考えていたのです。偶然ホテルへ行く途中に銭湯がありそこの暖簾をくぐりました。
番台のオバサンはトレンチコートを着た、みるからにサラリーマン風の若いお兄さんが忽然と入ってきたので驚いていました。
番台でタオルと練りシャンプーと石鹸を求め、おもむろに脱衣して、引き戸を開け風呂場に入りました。京都の銭湯は下町のように風呂場の奥に長方形の湯船があるのではなく、風呂場の真ん中に長方形の湯船があります。さすがところかわれば湯船も変わるものだなと私は妙に感動していたのです。
体を軽くながしてから、風呂にはります。すると突然ブクブクと体が急速に沈む感じと、それと同時に鼻腔の奥底に大量のお湯がツンと差し込んできました。どうやら私は溺れているようです。
何故なんだと思いながら、水面にでようとして手足をバタつかせました。時間にして数秒なのですが、なんとか水面上に顔をだすことができました。そして心の安静を取り戻した私は、この水没の事態を理解したのです。
要はここのお風呂は湯船が深いのです、丁度私の乳あたりに水面があります。私の身長は177cmですから、その乳に水面があるということはかなり深いのです。よってすぐに足が着くものだと思って湯舟に入った私はたまらずふかみにはまってしまったのでした。本当に“アブナイジャナイデスカ”といいたいところです、世が世なら溺死していました(笑)
他の京都の銭湯はいったことがないのですが、京都の銭湯は皆このような深さなのでしょうか、私の長年の疑問です。

山頭火1
今日はお彼岸なので、奥様と揃って私の両親の墓参りに行きました。
行く途中、この間の「アド街ック天国“牛込神楽坂”」編にでていました俳優?の「峰竜太」さん宅を見学してきました。
建物は思ったほど大きくはなく、なぜか我が下町の名物アサヒビールスーパードライホール屋上のウ○コオブジェに相似しています。
為念、パチリしてきました。しかし「峰竜太」さんはお金持ちですね…

今日のお店は池袋「山頭火ラーメン」の暖簾をくぐりました。

住所: 東京都豊島区南池袋1-23-3
電話:03-5957-1191
定休日:無休

山頭火2
お店の外観です。

山頭火3
店内の雰囲気です。厨房スタッフは中国人が多いようです。

山頭火4
私のオーダー「塩ラーメン」@850です。ここの塩味は豚骨と野菜に北海道特有の「タラ」の干物をベースに、絶妙なブレンドで作られているそうです。味はいいですね、美味しいです。具は、大ぶりのチャーシューと木耳、ねぎ、そして小梅が乗ります。小梅の必然性はよくわかりません。麺は中細のちぢれ麺で北海道ラーメン特有の低加水麺らしいですが、もそもそして美味しくありません。全般的にです。しかし、塩ラーメンが@850とはかなりお高いですね・・・

山頭火5

山頭火6
奥様のオーダー「とろみ醤油ラーメン」@850です。これは魚介系スープにトロミがついています。味はかなりのレベルです。「塩ラーメン」ともどもですがチャーシューがとても美味しいですね。しかしスープの攪拌が悪く丼の底の方でダマになってのこっていましたのが残念でした。

しかしここのお店はnet上ではすごく評判が悪いですね、久々にこれだけ叩かれているお店にめぐり会いました。たぶんコストパフォーマンスが悪いのと、接客かなと推察するのですが、個人的にはそれほど酷評を受ける感じではなかったと思うのですが…

それでは(^_-)

京都 きんなべ

今日は「イケズのテクニック」の話です。

以下は京都にハマった京都在住でない女性が作られたイケズの例です。
「その洋服似合(にお)たはりまんな〜!馬子にも衣装でんな〜!」
「ビンボー人の子沢山て言いまっけど、おたくお子さん何人でっか〜!」
「おうちのお嬢さん肥えててよろしな〜!砂漠で迷ても生き残れまんな〜!」

ところが京都人からすると、これらはどれもイケズではないようです。そこで京都人が添削すると次のようになります。
「今日のべべよう似合わはるわ〜。ほんまに普通の人に見えますえ」
「おたくさん ようさん(沢山)お子さんいてはるんやろな〜。偉いわ〜」
「品があって可愛(かい)らしいお嬢さんやこと。末は天平美人やね」

しかし、感性の問題でしょうか、上記と比して直截的ではないことは確かですね。よくよく考えないとイケズとは分かりません。これを標準語でいうと次のようになります。
「みっともない容姿でいらっしゃるのに上手に服装で誤魔化されましたね」
「貧しそうにお見受けしますが実際のところはいかがですか?」
「ひどく太った娘さんですが、なにか取り柄はあるのでしょうか」

「イケズの構造」入江敦彦著より転載

下町っ子としては、やはりイケズは毒を秘めた言葉といえるでしょう。しかし下町っ子は単純ですからもしかするとその裏側に隠れた意味が分からず、イケズの毒性に気がつかないでいるかもしれません。
かつて当blogにも書いていますが、京都はあまりにも多くのlocal rule(特殊約束)が横行しています。そういう中ではlocal rule(特殊約束)の弊害により物事の運行が速やかに進みません。
京都はおおいなる鄙(ひな)といいたいですね、時間が今でもまったりと動いているのでしょうか…

きんなべ1
私の京都のお奨め店といえばやはり「きんなべ」さんです。

住所: 京都府京都市東山区大和大路3丁目博多町68
電話:075-531-4188
定休日:無休

きんなべ2
ここは取引先の同僚の方がここのお婿さんで、当初は二足の草鞋をはいていたのですが、最終的にはここに戻られて家業を継がれたのです。そのため京都での接待は圧倒的にこのお店でした。ここの「紙鍋」では本当に美味しいですよ
「紙鍋」とは金網に秘伝の和紙をかぶせ、そのなかで鶏肉や旬の野菜、京湯葉、手作り豆腐をゆっくり炊いていただくものです。しかし何で焼けないのでしょう、何で孔が開かないのでしょう、ここに来るたびにいつも不思議に思っていました。
なんで「きんなべ」かっていいますと、本当に金の鍋があったとか、戦争で供出して現存してないそうです。それでも金の大杯(おおさかずき)は残っています。丈夫な歯で金を噛みちぎってはいけまへんえ、といつも女将さんにわれながら、この大杯(おおさかずき)になみなみと日本酒を注ぎ、皆で飲みまわしていました。
日本がジパング(黄金の国)だということを痛感した瞬間です!

きんなべ1
そうそうここの鱧(はも)も美味しいですよ、たしか梅肉でなく山葵で食べるのがお約束です。
本日の画像は「美食三昧」さん他より転載

ということ本日は実食ネタでなく、すみません。
どうしても「きんなべ」さんのことを書きたくなったものですから…
しかしここのお店は一回も身銭をきったことがありませんが、多分値段は@10,000/人見当です。決してお安くはないので、気合を入れて訪れてください。

それでは(^_-)

続 大泉町 やぶ重

今日は「お龍さん異聞」の話です。
今日NTVの「ぶらり途中下車の旅」を見ていましたら、「お龍さん」がでていましたので紹介します。
やぶ重21
まずこの有名な写真ですが、これは調べてみたら35歳の時のパチリです。
お龍さんは、龍馬が暗殺された時26歳ですから、それから9年後の時撮ったものです。
以下にでてくる「田中家(創業文久3年の老舗料亭)」で働いていた頃のパチリでしょうか?
このあたりは歴史的にはハッキリとしていません。
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これは「田中家」さんの社員旅行での写真です。すなわち37歳以降の時ですが、前述のパチリからすると、たった2年間で大分老け顔になったといえます。

そして横浜の老舗「田中家」さんでの「お龍さん伝説」です。
明治八年頃、母と弟に死別して全くな孤独な身となってしまった坂本竜馬の妻であったおりょうは神奈川の田中家(原文は田中屋)という高級料亭の仲居として働いていたが、深酒に溺れるようになっていて、女将も困っていたらしい。当時彼女は三十七歳位であった。
この料亭に遊びに来る客で西村松兵衛という男がいたが、彼は横須賀造船所建設用の資材の回漕業をしていて、度々来るうちにおりょうさんと意気投合し、彼の住んでいる横須賀の地で世帯を持つことになった。入籍は明治八年七月で、この時おりょうさんは西村ツルと名前を変えている。
出典「おりょうさん」追想より、大津観光協会発行より転載

※当時を知る仲居が調査員に語った内容
「おりょうさん」は非常に頭が良く酒を好み、人情深く、客あしらいもうまく、当時無数にいた仲居の中でも飛び抜けて目立つ存在だった。勉強家で英語を喋り海外事情にも詳しく話題も豊富な彼女は別格であっただろう。おりょうはきっぷの良い粋な人であった。泥酔して根っこを生やしてしまったお客様を帰すのにも活躍していたであろうとは想像に難くない。田中家を去った後も彼女を知る贔屓客より「今日はおりょうはどうした?」という声が長い間聞かれ、当時在籍していた多くの仲居が「もういないのにナニヨ!」と嫉妬したという逸話が残っている。
「田中家」HPより転載


龍馬と同じく土佐藩士だった佐々木高行は、お龍のことを「有名なる美人なれども、賢婦人なるや否やは知らず。善悪ともに兼ぬるように思われたり」(大変な美人だが、賢婦と言えるかどうかは疑わしい。善にも悪にもなるような女)と評している。
「楢崎龍-Wikipedia」より転載

「田中家」さんの現女将さんから、ここで語り続けられているお龍さんは毎日一升酒を飲んでいる酒豪でした。そして極めて頭の回転がよく、そのため接客も最高だったようです。さらに独学で英語を勉強し、外国人の宴席にもでていたとか、かなり才気走った姿が彷彿されます。しかし晩年はアルコール依存症状態で、かなり苦労したそうです。
そうか当時のお龍さんは、今でいう肉食系、キャリアウーマンみたいな感じだったのですね、酒が強くて、話が面白くて、美人であれば、さぞかし人気があったことでしょう。
しかし京都生まれのことからとてもprideが高く、さらに狷介なところもあったようで、嫌われる人には嫌われていたようです…
やはり龍馬の膝下にいて、初めて活き活きと暮らせた人ではないかと思います。

今日は久々に寛いでいます。昼飯を何にしようか悩んだのですが、次男がいたので相談のうえ大泉町「やぶ重」さんの暖簾をくぐりました。

住所: 東京都 練馬区大泉町1-2-2
電話: 03-3922-3352
定休日:水曜日

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お店の外観です。今日はランチのコアタイムを外していったのですが満員でした。マッここ美味しいからな(笑)

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店内の雰囲気です。所謂気取りけのない町のお蕎麦屋さんです。

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私のオーダーは「天もり」@1,100です。
天麩羅は、海老、ぜんまい、南瓜、茄子です。ぜんまいの天麩羅って生まれて初めて食べたのですが、エグミの中に甘みがあって美味しいですね。それ以外の天麩羅もカラって揚がっていってとても美味しくいただきました。蕎麦はいつも通りです。

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次男の頼んだ「カルビ丼定食」です。これはカルビ丼に野菜の煮物、香の物、味噌汁がつきます。味ですか、お蕎麦屋さんならではのシッカリとした味付けで迷いがありあません、これも美味しいです。

このお店は、いつ訪れても裏切らないので安心していただけます。やはりこのようなお店を手持ちで持っていることは必要ですね。
ご馳走様でした

それでは(^_-)

神田 麺屋武蔵神山(かんざん)

今日は「京都人のイケズ」の話です。
両親は共働き。しかも土日のない仕事。年の離れた兄は変わり者で相手にしてくれない。妹を苛めるにも飽きると、寂しかった弟は某親戚の家にしょっちゅう遊びに行っていました。そんなある日、親戚宅でお昼時を迎えて叔母が食事について尋ねたそうです。「おソーメンでええか?」。ええもなにもかも彼の前に五分とたたず素麺を盛った鉢が置かれたので、いやだと言っても「これしかなかったわ」ということだったのでしょう。ともあれ食卓についた弟ですが、麺を浸す汁(つゆ)がないのに気がつきました。
「たんとおあがりやす」
うながされて「そやけどおだし、、、があらへん」と訴えた彼に叔母がにっこりと答えます。
「そやから、たーんとおあがりやす」
ようやく異変に気づき、弟は逃げて帰ってきたといいます。

「イケズの構造」入江敦彦著より転載
これは著者の弟さんが叔母さんにお昼時の迷惑からとられたお仕置きなのです。しかし手が込んでいますね、京都人は「お昼時は避けてね」とか「お昼時に来るときは前もっていってからきてよね」ということを敢えて避けて、このように骨身に沁みいらせる行動に出るのです。私の認識は、京都人はいい意味での自己至上主義で、それが侵されるとき、「イケズ」に走ります。それに自らの「損得」に敏感で、それが侵されたときも、「イケズ」に走ります。先の大戦は「応仁の乱」といいきる京都人は、11年に亘る「人の世、虚し」という戦乱から虚無感を植えつけられ、イケズの骨格になったと思うのですが…
そういう意味では、猫の目のように長年に亘って政権が変わった中国人と同様の匂いを嗅ぎ取ることができます。

今日のお店は神田「麺屋武蔵神山かんざんラーメン」さんです。私このお店有名店なのに行列がないなといつも思っていたのですが、店内で行列ができていたのですね、まったく知りませんでした。

住所: 東京都千代田区内神田3-8-7
:03-3256-3634
定休日:無休

麺屋武蔵神山1
お店の外観です。号の「神山(かんざん)」は、移転前の麺屋武蔵青山の「山」と新天地神田の「神」から取ったそうです。「神の山」とのことで、富士山が店舗にかかれています。

麺屋武蔵神山2
店内の雰囲気です。私の大嫌いな厨房スタッフ全員でのご発声の湯切りです。なんでこんなパフォーマンスするのでしょう、五月蝿いし、厨房スタッフの唾が飛散して不潔です。個人的には、“食べ物屋さん”は美味しいものを作ることに専心して、黙して余計なことはせずにちゃっちゃっと調理することだと思うのですが…

麺屋武蔵神山3
今日のオーダーは「らー麺」@750です。
スープは豚骨魚介系のダブルスープでどちらかというと魚介系が勝っています。スープの温度はお約束の熱々というか、火傷寸前の熱さです。中太ストレートの麺は、風味・弾力・食感もいけますね。具は、ジューシー、ホロホロ、トロトロの角煮、太めのメンマ、すこしヘタッタ刻みネギです。全体として完成度が高いラーメンですが、私は好きではありません、何故ナンだろう?
多分それぞれのパーツパーツが際立ちすぎて、全体のハーモニーが無いように感じるからだと思います。

それでは(^_-)

有楽町 中本

今日は「伊勢崎町カレー屋奇譚」の話です。
私が日吉に通っていた頃の話です。土曜の二限が休講になったので、たまにはハマで飯食べようぜ、との友達の誘い言葉にのって伊勢崎町まで足を伸ばしました。伊勢崎町はイセザキモールあたりで食べ物屋を捜したのです。学生ですから可処分所得も限られており、安い店をさがしていました。
当時のイセザキモールもやはりセレブな方が集うところで、学生の価格帯のお店にはなかなかめぐりあうことはできません。しばらく歩くとカレーライス@400という看板があり、これは安いということでそのお店に入りました。
お店に入りますと、誰もいません。二人とも歩きつかれたので暫くその店の薄暗いカウンターのストールで寛(くつろ)いでいました。しばらくしてというか、時間的には15分位たってから、お店のご主人がでてきました。
私達は、カレーライスが食べたいんだけど、といいますと、このご主人は、ゴメンナサイネ、そのカレーは売り切れです、とのことです。私は、まだ十二時前なのに売り切れなんですか、今日はそんなにお客が入ったんですか、と聞けば、ないものはないんだよ、と突っ慳貪(つっけんどん)に返します。なんだか嫌な予感がして腰が引けてきたのですが、それでも、何ができるのですか、と聞きかえしますと、ご主人は、カツカレーならできますよ、と応えます。しかしそれは@1,500もするので、私が逡巡していると、友達は、それではそれをお願いします、と間髪いれずに頼みました。私といえば値段でヘジリ、それなら“カツカレー”の“カツ”抜きのやつを下さい、といいます。するとご主人は、このルーは“カツカレー”専用のルーなので、それだけだと味わいが違ってしまうのでお出しできません、というのです。私は、おかしくないですか、“カツカレー”専用のルーが常備されていて、通常のカレーがこの時間で品切れなんて意図的としか思えないですよ、といいますと、お兄さん、ナンダイうちの店にイチャモン付けにきたの、それともカレーを食べに来たの、どっちなのハッキリしてよ、と凄みます。
空腹だったことも相俟って私もキレてきました、学生相手にこんな絵図書いて、何が面白いの、と言い返しますと、友達が私の脇腹を小突いて、馬鹿だな、そんなことしていたらこのオッサンの手の内に入るだけだぞ、この手のオッサンには、ハイハイと聞いてすぐに立ち去るのが人生の達人だぜ、と小声で諭します。そういわれれば、そうだなと思いなおし、致し方なく、私も@1,500のカツカレーを頼んだのです。
後日学校でこの話をすると、このお店は伊勢崎町で有名な“ぼったくりカレー屋さん”らしいのです、よって地元の人は誰も入らず、私達みたいな一見さんが引っかかるとのことです。付け加えますと、すぐに店内に出てこないのは、お腹を空かせて仕方なく“カツカレー”を頼まさせる作戦とか…ここまで徹底すればお見事です。

今日のお店は有楽町「中本ラーメン」さんです。私このお店学生の頃から「直久」さんと勘違いしていたことが今日分かりました。このお店は実は「中本」さんだったのですね(笑)

住所: 東京都千代田区有楽町1-10-1 有楽町ビル B1F
電話:非公開
定休:土曜日・日曜日・休日

中本1
お店の外観です。

中本2
店内の雰囲気です。このお店は昭和の爆笑王「林家三平」が常連だったお店で、長男の「正蔵」も親子二代に亘って通っています。しかしとてもキタナイお店です、こういうのはレトロと呼んではいけないと思うのですが…

中本3
今日のオーダーは「盛合せラーメン」@780です。「盛合せラーメン」とはラーメンに茹で野菜と生卵がのっているものです。ちなみに生卵はゆで卵にも代えられます。
麺はうどんのように太い麺です、見たかんじ濃い目の醤油スープです。スープはお約束の熱々ではありません。脂身の少ないチャーシューですがなかなかイケます、大量にのっているメンマはコリポリして美味しいです。そしてこの店のトレードマークの三つ葉がのっています。味ですか、私の寝不足の体調のせいもあるのですが、とても不味いです。まずスープの味がしません、極めてのっぺりとした味です。そして太い麺ですが、モソモソして弾力がありません、これはいただけませんね。
数多くのOld fanの常連さんに支えられて流行っているお店ですが、やはりラーメンは好き好きだと思わされました…

それでは(^_-)

月島 愛伊堂留亭 リターンズ

今日は「KFCの鶏肉」の話です。
ケンタッキーで使っている鳥ってKFCという名前の、毛がなくて・目がない見た目には鳥とは思えない味だけが鶏肉という生物だって話を聞いたことがあるのですが本当でしょうか?
という質問がnetにのっていましが、これは所謂一つの「都市伝説」です、ありえません。

しかし以下のような記事もnetに載っています
愛伊堂留亭31
ケンタッキーフライドチキンの下請けの鶏肉加工工場にて、従業員達がどのように鳥を殺しているか撮影したビデオがインターネット上で公開され物議を引き起こしている。
動物愛護団体(PETA)によって公開されたこのビデオには、従業員達が鳥を蹴飛ばす場面、壁にたたき付けたり、踏みつけたりして鳥を殺しているシーン等が写っている。
今週火曜日に公開されたこのビデオはピルグリムズ・プライド鶏肉加工工場内(ウエスト・バージニア州)での実態を暴露したもの。動物愛護団体の潜入調査員が昨年10月から今年5月までこの工場で働き、極秘に撮影したという。
この潜入調査員の目撃した話によると、従業員達は生きている鶏に対し、くちばしから引き裂く、首をねじり切る、タバコを鶏の口や目に突っ込む、半分に引き裂く等の行為をしているとのこと。調査員達の名前は今後更に他工場の実態調査を行うため明らかにされていない

実はこのビデオ見たのですが、かなり劣悪です、しばらく鶏肉は食べられないでしょう。
というほどデリケートでもないのですが、やっぱり「食べる=命をいただく」ということについて考えさせられますね。自分たちの中で栄養となって自分たちを生かしてくれることへの感謝が大事だと思います。
動物の屠殺については、動物愛護団体の方が口角泡を飛ばしても、これこそ中国、韓国etcがありますから多分“モグラ叩き”になるでしょう、仕方ないと思ってはいけないのでしょうが…

今日は勝どきの癒やし居酒屋「愛伊堂留亭」さんの暖簾をくぐりました。

住所: 東京都中央区月島4-8-10
:03-3533−8565
定休:日曜日・休日


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お店の外観です。

愛伊堂留亭33
店内の雰囲気です。このお店のお客様は、月島の地元の方で構成されています、よって店内は完璧な年功序列になっていますのでその関係がとても分かりやすいのです(笑)

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今日のオーダー「さば塩定食」@900です。サイドメニューに鮪納豆、カボチャの煮付、蒟蒻、香の物がつきます。味は最高です、申し分ありません。
ちなみにこれは裏メニューですので、普段は作りません。よって突然頼まれるとキョトンとされますからご注意ください。

今日もとても美味しゅうございました、ご馳走様でした

それでは(^_-)

神田 たまごけん

今日は「人間の寿命」の話です。
人間の寿命は寿命を示す細胞によって決まるといわれており、それによると最長で150年とされています。しかし生没年月日が判明している者で、150年生きた者はいまだにおらず、仏人女性ジャンヌ・カルマンさんの122年164日が最長です。そのため、120年前後ではないかとする説もあります。
心拍数によって決まるという説もあります。これは心拍数に上限があり、その上限がほ乳類は20億回で、それに達すると寿命だといいます。ただ、この上限には科学的根拠があるとは言えず、少なくとも人間の場合はあてはまらないともいわれています。
さらに細胞再生説があります。人間は、毎日3000億〜4000億もの細胞が死んでいます。全身の細胞の数は60兆個ほどだそうです。200分の1程度は毎日死んでいるらしいのです。死んだ細胞の不足分は細胞分裂によって補われます。ただし、1個の細胞が行なう分裂の回数は、50回程度が限度らしいということから人間の寿命には限界があるのです。
ちなみに鼠は約10回だから寿命は約3年、像亀は約120回だから寿命も約200年、分裂回数が多い動物は寿命も長いのです。
寿命を決めるのは遺伝と生活です。生活を改善すれば遺伝で決まった最大寿命に近づけます。長生きするにはカロリー制限が有効です。つまりカロリーを多く取るとその分消化しなければならず、活性酸素(老化の原因)が多く生まれます。だから老化がはやまり寿命も短くなります。ただし単にダイエットするのではなく、栄養バランスのよい食事が原則です。
参考文献「親子教室NIKKEI PLUS1」

ずっと天寿は128歳(なんとなく百二十八と読めますもの)と信じていたもので今回の寿命の話は個人的には“ OK ”です。遺伝説で申しますと私の両親は二人とも70歳前後で早世?したものですから、多分私の寿命はそのあたりでしょうか。いずれにしても孫の顔をみてから死にたいものです、子供達の親孝行に期待しましょう。
たまごけん1
そうそう妹の子供犬“太郎爐任垢久々にあったら老けちゃって、おまけに少しメタボも入っていたのでビックリしました。太郎くんもう若くないのですから、従来の食生活を見直すなどして自ら健康管理をしなければなりません!
子供犬なのですから、妹夫婦の面倒をしっかりと見てください。

今日のお店は、「大人が食べるオムライス」のお店「神田たまごけん」さんです。

住所: 東京都千代田区神田司町2-19-3丸越ビル1F
電話:03-3295-5066
定休日:日曜日、祝日

たまごけん2
お店の外観です。

たまごけん3
店内の雰囲気です。

たまごけん4
前菜のコンソメスープです。

たまごけん5
食べ放題の自家製ピクルスです、とてもシャキシャキしていてイケます。柑橘フルーツ、ハーブで漬けられた酸味が私好みでした。

たまごけん6

たまごけん7
今日のオーダー「カレーオムライス」@900です。豚肉と香味野菜をじっくり煮込み、ブイヨンで仕上げたカレーをたっぷりかけたオムライスです。これは美味しいです、特に卵がギリギリの半熟です、これ以上硬くては駄目ですし柔らかくては嫌味ですね。ケチャップライスも深い味わいです。白眉なのは豚肉です、口の中でトロケマス、なんだろうこの柔らかさは、初めていただきました。
これは本当に美味しい、最高です合格合格合格合格合格
ご馳走様でした

それでは(^_-)

池袋 やよい軒 南池袋店

今日は「美智子(仮名)さん」の話です。
やよい軒1
今日は完璧に身内ネタですので読み飛ばしてください。
私がASP(application service provider)という新規ビジネスの責任者だったころの話ですから10年位前に時計の針が戻ります。そしてこのパチリのオバサンですがなぜフリネタになるかを説明しましょう。

その当時会社の同僚と飲んでいて、一次会で飲み足りなく浅草千束の煮込み家さんに行きました。そこで飲んでいると脇の中年カップルが何やら痴話喧嘩をしています。カップルのかたわらの中年オジサンはイケメンの九州男児で、口ひげをはやしていました。そして中年オバサン(以下美智子さん)はこの画像から10年位若くした感じですか。
結局オジサンは美智子さんを見捨ててお店をでました。そして美智子さんのみが残りました。これからの話のために座り位置を確認します。
まず左から、美智子さん、部下、私、下町ビキナーさんです。私が下町ビキナーさんと話しこんでいたら、隣に坐っていた部下は“袖摺りあうも他生の縁” で美智子さんに話しかけられ雑談しています。十四〜五分位たった頃に隣の部下の方から、チュッ、チュッという艶(なまめ)かしい音がします。私が音の方に視線を向けると、なな何と部下が美智子さんからホッペにキス攻撃を受けています。私が見ず知らずの他人に何するの、と聞きますと、だって可愛いんだもの、とのことです、エッ、どこが、誰が、と返してもキス攻撃は執拗を極め間断なく続いています、それにしてもシツッコイのです。多分泥酔していたようです。
キス攻撃が途切れた時、彼女の氏素性を聞くと美智子さんは下町育ちで、現在昼は曳舟の菓子メーカーに勤め、夜は私の母校の高校の側の小料理家さんで働いているとのことです。
少し酔いが醒めたらしく美智子さんから、今日のお騒がせのお詫びでサービスするから、今度来てね、とお店の電話番号を教えてくれました。

次の日会社で、昨日のオバサンすごかったな、という話で盛り上がりました。そしてこのチュチュのオバサンは私の記憶の澱(おり)となっていきました。
それから数ヵ月後ASPの仕事で接待することになり、下町ビギナーさんにどこのお店にしようかと相談をしましたが、彼は道産子なので東京の飲食店の知見はありません。
相手は関西の方なので、何か変わった店がよいなということで考えをめぐらしていましたら、このチュチュのオバサン、美智子さんのことを思い出したのです。
早速電話したら私の事をお覚えていてくれて、約束通り格別のサービスをするからということでそのお店を予約しました。
数日後出向いたお店は格調高く、料理もよく、おまけにカラオケ設備も併設されており、値段もやすくとても満足したものなのです。普通ならここで話が終わります。

それから半年位たった頃、私の携帯に美智子さんから電話が入り、小料理屋さん辞めて、スナックに勤めたから、接待の機会があったらよってね、とのことです。下町ビギナーさんにも話をしたら一度行ってみようかということになり、とある時二人で訪れました。
お店は私の実家のすぐ側で完璧に地元です。前のお店は、ママと喧嘩して辞めたとか、まだまだこの当時は血の気も多かったみたいです。美智子さんと話をしているなかで、奇妙な偶然がありとても気になりました。何の偶然かといえば、二人で別々の女性の話をしているのですが、なぜか色々な点で一致するのです。
異なる女性の話なのですが、豪快な酔い方等メインキャラクターは同じなのです。どうして何だろうと、灰色の脳細胞を総動員して考えましたら解明しました。
二人で話題にしていた女性とは、“私の妹”なのです。妹は結婚しているので当然のことながら苗字が変わっており、そこの部分が引っかかって混乱していたのです。苗字ではなく名前で話をしたら一致したのです。これってすごい偶然ですね、要はこの話は我が妹を軸に皆が微妙に絡み合っていたのです、こんな話ってあるのですね(笑)
ちなみに妹が美智子さんと知りえたのは、美智子さんがイケメンのオジサンと同伴する為に待ち合わせするお店が、妹の定番店だったのでした。そして美智子さんは“チュチュの件(くだり)”は完璧に記憶から欠落しており覚えていません。よって今でもこの話をするたびにとてもいやがります、それにしてもあれから10年ですか月日の移ろいは早いものですね…

今日は所用があり奥様と池袋で待合せです。
サクサクご飯を食べようということで、今日のお店は「やよい軒 南池袋店」です

住所: 豊島区南池袋2−24−2
:03-5956-6385
定休日:無休

やよい軒2
お店の外観です。やよい軒は株式会社プレナスがフランチャイズ展開する、定食、丼ものを中心とする外食チェーンストアです。ほぼ全てのお店で、券売機が導入されており、券売機にてチケットを購入するとリアルタイムで調理場に、オーダー内容が画面に出ます。

やよい軒3
店内の雰囲気です。

やよい軒4
奥様のオーダー「なす味噌としまほっけの定食」@780です。これは美食のプロが選んだ同店メニュー第一位の料理です。これはなすがカラット揚がっていて美味しいですね、それにしてもこのお店はご飯と漬物が美味しいです。

やよい軒5
私のオーダー「彩(いろどり)定食+納豆」@690+@100=790です。
これは、メンチ、さば、ハンバーグ、豆腐、牛肉煮付け、ポテトサラダという構成です。
味は平板ですね、不味からず、美味からず、です。しいていえば納豆が不味い?変な味です。

定食屋さんの料理としましてはレベルが高いと思います、それと料理が出てくるのが早いのがうれしいですね、ご馳走様でした

それでは(^_-)

大泉学園 ナカタヤ

今日は「横浜親不孝通り」の話です。
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京浜急行線「日ノ出町駅」から「黄金町駅」を結ぶガード下の路地は俗に「黄金町」と呼ばれ、かつては「ちょんの間」という小さな特殊飲食店が軒を連ねる風俗エリアだった。良くも悪くもハマのある側面を象徴してきた存在でもある。一昨年、近隣住民の浄化活動と神奈川県警の一斉摘発によって売春が一掃されたが、それに伴い人の往来が減り、無人となった店舗がそのままになっているのが実情だ。一口に「黄金町」といっても、正確には日ノ出町、初音町、黄金町という3つの町からなるエリアである。この地域は戦前から大岡川の船運を活用した問屋街として栄えたが、終戦後はまずガード下にバラック小屋の住居が集まり、次第に飲食店に変わっていった。そんな店の中から女性が客を取る店、いわゆる「ちょんの間」が現れ、いつしか関東でも屈指の「青線地帯」として知られるようになる。現在、この街に放置されたままの特殊飲食店の店舗は、終戦直後のバラック小屋に端を発している。そのため、地権者などの権利関係が複雑で調査に時間がかかってしまうのである。ちなみに「青線」とは、昭和31年に施行された「売春禁止法」で売春が公認された地域が「赤線」と呼ばれたのに対し、非公認で売春が行われていた地域を指したものだ。警察が地図上で赤い線と青い線で書き分けたのがその由来だと言われている。
「ヨコハマ経済新聞」より転載

新入社員の時初担当の一社に横浜黄金町にある老舗の硝子問屋がありました。とても真面目に通っていたのでその問屋の社長に気に入られていました。いつもは日中行くのでこの街の異常さに全く気がつきませんでした。
ある時打合せが夕方になりいつものコースを通ってその問屋さんに行くのですが、すると街の角々に妙齢の女性が立っており、お疲れ様、ご苦労様です、と声がけしてくれます。最初は何と挨拶のしっかりとした街なのだろうと思いましたが、街の角々で夕方のみ女性が挨拶するわけもなく、やはりこれはイカガワシイことをする女性なんだろう、と思いをめぐらせていました。

打ち合わせが終わり七時過ぎになったものですから、先方の社長が、××君(私のこと)近くに美味しい煮込み屋台があるからそこで軽く飲もうか、と誘っていただきました。断る理由など全くないものですから、即座に快諾してそのお勧めの煮込み屋台さんについていきました。4〜5分歩くとその店の前に着きます。
着くやいなや私は目の前に広がるこの不思議な光景にキョトンとして社長に質問しました、社長、「煮込み屋さん」といわれましたが、ここってただの戸締りした酒屋さんじゃないですか、社長は、そうだよ、酒屋だよ。少し待ちな、意味が分かるから、とのたまいます。しばらくするとシャッターが開き中から、鼻腔をくすぐるよい匂いのする屋台が現われお店の外に設置されました。
屋台の支度が整うと社長は、ここの煮込みはハマイチだよ、といいながら、中の酒屋に入りカップ酒を買ってきて、煮込み串を数本頼み私に口にするようにすすめました。

確かに社長が横浜で一番美味しいというだけあって、この煮込み串はトロトロ、ホクホク、ジューシーです。それに七色唐辛子をタップリかけ、それを冷酒とともに食べますとこの上のない至福が訪れます。

しばらく歓談していると、件(くだん)のお姉さんと思(おぼ)しき一人がお店に立ち寄りました。屋台のオジサンとの話を聞いていますとそのお姉さんは地元のお方で、どうやら立ちんぼのお姉さんではないようです。10分位すると今度は開口一番、今日はお茶ッピキだわ、しけた客しかいないネ、と煙草を燻(くゆ)らせながら、蓮っ葉な女性が屋台に首を差し入れてきました。おじさん煮込みちょうだい、といいながら酒屋に入り、カップ酒を求め戻ってきました。

すると先にいたお姉さんが、その女性に気がつき、あなたまだ客とってるの、もう家庭があるんだから、そんなことしちゃだめじゃない、と即に叱り飛ばしました。エツ、姉さんいたの、見なかったことにしといてよ、とおたおたしながら哀願しています。さらに叱り飛ばしたお姉さんは、もう戦争が終わって何年たつと思うの、苦労して家庭もったんだから、昔に戻っちゃ駄目じゃないの、といっています。叱られたお姉さんは、内の宿六、博打ばっかやって、まったく家にお金いれてくれないもんだから、仕方ないのよ。私だってこんな汚れた仕事したくないわよ、と言い訳をします。
そんな会話を酒のツマミにしながら、そのあとも社長と取り留めない話をして別れました。

しかしこの話はとても恐ろしいのです。何故ですって、この女性の会話をまとめますと、二人はともに戦争未亡人です。そして私がこの社長と飲んでいたのは昭和60年前後です。仮にこの二人が昭和元年生まれで戦争が終わった昭和20年に二十歳で結婚してその年にご主人が戦争で亡くなったとしても、御年60歳です。そんなわけもなく二人とも由(ゆう)に60歳を超えていたのです、そういう意味で恐ろしい話なのです。さらに取引先の社長の話を付け加えますと、この町は戦後、麻薬取引のメッカとして暗黒化し、それに戦争未亡人が糊口を凌ぐために春を鬻(ひさ)ぐ仕事に大挙流入して、このような一大売春窟に伸張したとのことです。“This is an old story!” でした。

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海外版です、「売春婦に注意」ですって、一体どういうふうに注意したらいいのしょう(笑)

今日は疲労が溜まりすぎて朝起きられず、雨模様の一日だったこともあり会社にいかず、ゆっくりと心と身体の洗濯をしました。家でくつろぐかと思えば性格なのかセカセカと雑用を片付けていました。外出のさなかなぜかコーヒーが飲みたくなり、さらに甘いものもあればいいかなと思い大泉学園の有名洋菓子店の一つである「ナカタヤ」さんを訪れました。

住所: 東京都練馬区大泉学園町7-19-11
電話:03-3924-8102
定休日:無休

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お店の外観です。このお店は自由が丘「モンサンクレール」の有名パティシェである辻口博啓さんが、若いとき修行したお店です。
彼の母親も、大泉のお店のご主人がいい人でね、「厨房(ちゅうぼう)の材料でも道具でも、なにを使ってもいいから、修業してりっぱな菓子職人になれ」、と言ってくれたらしいです、とこのお店に対して感謝をしております。

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店内の雰囲気です。何故かお客はご高齢の方ばかりです、最初養老院のティールームかと勘違いしました。

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今日のオーダー「ケーキ(モンブラン)セット」@700です。このお店安いですね、まずモンブランが@350です、さらにコーヒーが@400でさらにサービスコーヒー@400もつくので@1,150のものが@700でいただけるわけですからお徳感アリアリです。
味はすごく丁寧な仕上げで、甘さもクドクなくとても美味しくいただきました。中の栗も美味しい味わいです。隠し味のラム酒も絶妙な風味を醸しだしています。とても結構でした。店員さんの接客もよく繁盛店なのは納得です。
ご馳走様でした

それでは(^_-)

千石 千石自慢ラーメン 本店

今日は「お開き」の話です。
よく宴会等でその会を終わらせる時の決め台詞に“それではここらでお開き…”といいますが、この「お開き」とはどういうことなのでしょうか、忌み言葉という説もありますが今ひとつ納得感がありません。しかしかかしNETで調べてみたら以下の通りでした  

「お開き」の語源は?
「お開き」という言葉は、武士の使っていた言葉。
武士は、敵陣が押し掛けてきて、もう退陣せざるを得ないという時も、
逃げる」「引き退く」という言葉は使いません。「ここを明け渡してやる」ということで「お開き」という言葉が使われるようになりました。


しかし忌み言葉って多いのですね、こんなにもあります。

アシ(ヨシ)〔イネ科植物〕 アシが「悪し」に通じることから。
おしまい(おひらき)
鏡割り(鏡開き)「割る」に通じることから。
亀梨(亀有) 昔は「亀梨」という地名だった。「梨」が「無し」に通じるため、江戸時代初期ごろから変更。
九・く 「苦しむ」に通じることから。特に病室の番号および病院の待ち番号では使用されない。
切り身、刺身(お造り) 「切る(切腹する)」に通じることから。
猿(得手、エテ公のエテのこと)猿が「去る」に通じることから。
四・し(よん) 死に通じることから、訓読みの「よつ」から新しい読みが作り出された。アパート・マンション・ホテル・病室の番号および病院の待ち番号などでは使用されないことがある。特に病室の番号および病院の待ち番号では絶対と言って良いほど使用されない。しかし現在、アパート・マンション・ホテルではあまり気にされず使用されることが多い。
醤油(むらさき) 醤油の「し」が「死」に通じることから。
塩(浪の花) 塩の「し」が「死」に通じることから。
シクラメン 「シク」の部分が「死苦」に通じることから見舞いで持ち込むには禁忌とされている。
シネマ(キネマ) シネが「死ね」に通じることから。
スルメ(アタリメ) スルが「摩る(ギャンブルに負ける)」に通じることから。
すり鉢(あたり鉢) すりが「摩り」に通じることから。
梨(有りの実) 梨が「無し」に通じることから。
フグ(ふく) 「不具」(=身体障害)に通じることから。下関市周辺で用いられる。
プレステ(プレイステーション) 「捨て」に通じることから。主にソニー関係者などて多く用いられる。
豆腐 (豆富) 腐るという言葉を避けたことから。

Wikipedia「忌み言葉」より転載

正直なところこのように「忌み言葉」がこれほど多く使われているとは知りませんでした。
特に上から、切り身、猿、シネマ、醤油などは初めて知ったのです。
私の会社はルーツが関西系の会社なので、関西出身の人間が多いのです。昔はよく関西出身の管理職は部下に「死ね、ボケ、カス」という、忌み言葉を乱射していました。さすがに今はパワハラで訴えられるので少なくなりましたが…関西人には忌み言葉という概念はないのでしょうか(笑)

ここのところ一段と多忙になりお昼はとらないことが多くなりました…さらに夕飯も帰りの電車の中でパンとビールを胃に流し込むという、車中超顰蹙(ひんしゅく)視線矢襖(やぶすま)状態の毎日です。
よってblogネタも集まりませんので、ここのところblog upもままなりません、とはいいながら久々のランチです。今日のお店は「千石自慢ラーメン本店ラーメン」さんです。

住所: 東京都文京区本駒込6-5-4
:03-3944-0336
定休日:水曜日

千石自慢ラーメン1
お店の外観です。

千石自慢ラーメン2
店内の雰囲気です。

千石自慢ラーメン3
調味料連の面々です。

千石自慢ラーメン4
今日のオーダーは「もやしらーめん」@680です。このお店は光が丘にある「めんくい」 さんの修行店です。「めんくい」さんはすごく美味しいので期待してラーメンが出来上がるのを待っていました。しかし時間がかかりますね、20分以上は待たされました。
どうにかこうにかラーメンが運ばれてきました、もやしがタップリと入っています。まず麺にたどりつく為にはもやしを片付けなければなりません。“アチチ!”決して郷ひろみの歌ではありません、私の悲鳴です。これって熱すぎます、舌が火傷しました、“ナンジャコリャ”です。麺は中太麺で、硬さは柔柔です。これは好きな麺ではありません。スープは背脂チャッチャ系です、“アレツ!”このラーメンのスープ温いではないですか、モヤシと温度管理が逆です。おまけに味がしない、醤油ラーメンなのにかなりの薄醤油です。背脂の香り、味が全面にでてクドイです。何ていうのか‘薄口ではあるがしかしコクのある濃厚スープですね’という表現はあてはまらない様な気がします。
私の体調の問題もあるのでしょうが、これは好きなラーメンではありません、半分残して退店しました。
とても期待が大きかっただけに残念でした、ということで久々のblogはここいらで「お開き」とさせていただきます。

それでは(^_-)

千石自慢ラーメン 本店 ( 千石 / ラーメン一般 )
★★☆☆☆2.0
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名古屋 七五八庵 

今日は「味噌煮込みうどん 山本屋さん」の話です。
今までさりげなく気になっていたのですが、実は味噌煮込みうどん店に「山本屋総本家」と「山本屋総本店」の二つがあります、今日はnetでその違いを調べましたのでご紹介します。

山本屋総本家 ホームページを開くとフッタにさりげなく、しかしはっきりと、「弊社は全店「山本屋総本家」の暖簾で営業しております。紛らわしい店名にご注意ください。」と表記してあるのが目に飛び込んでくる。つまり、双方は相容れない関係にあることだけは間違いないらしい。
矢場町にある総本家の本店(紛らわしいな!)以外は、名鉄百貨店、松坂屋本館、JRタワーズ、ベイシティモールなどテナント系が中心のようだ。でも自分の記憶では確か飯田街道の吹上あたりに一軒家の店舗があった記憶だが、もうなくなったのか?
総本家の略歴をホームページから抜粋させてもたったが、
・大正14年 名古屋市中区大須にて創業
・昭和18年 太平洋戦争により営業中止
・昭和24年 名古屋市中区南呉服町にて開業
・昭和29年 合資会社山本屋を設立
ちなみにサイドメニューとしておでんが存在するという特徴があります。

一方山本屋本店
こちらにもあった。例のキャプションが燦然と。「弊社は全店「山本屋本店」ののれんで営業しております。まぎらわしい名前のお店がございますが、弊社とは一切関係ございませんのでご注意ください」おおっ!一部漢字とひらがなの使い分けが違うとはいえ、基本的な文章フォーマットまで一緒。一見よっぽど仲が悪いように見えるが、ここまで来るとむしろ本当は仲良しで両者以外の第三勢力に対し共同で予防線を張っているようのでは…と勘ぐりたくもなってきた。
ま、おそらく前者であろうけど。店舗展開でいえばこちらもテナント店がいくつかありつつも、栄白川店、桜山店、極楽店…など単一店舗も少なくない。またコース料理のある錦店など他店舗とはポジショニングの違う形態の店舗も存在する。そういえば昔ここへ深夜に入店したら、うどん一杯で恐ろしい金額をとられた記憶がある。
会社概要を読んだが、いわゆるポリシーというかコンセプトが掲げられているだけで、沿革には触れられていない。総本家の沿革と比較すればどこで分家したのかがわかるかと期待したのだが、残念。 繰り返しになりますが、あっさりしたお漬物が食べ放題というのが魅力です。また、牡蠣や松茸など、季節限定のメニューが存在するのも特徴です。

■結論
どういうイキサツがあるのかはわかりませんでした。あるルート(といってもナゴヤ在の別の友人に過ぎないが)から聞いた話では、「大昔は多少のつながりがあったものだが、紆余曲折あって今は全く無関係」とのことでした。また、「総本家で働いていた女中さんが、その後独立して本店を立ち上げた」という情報もありましたが、これも真偽はわかりません。イメージだけで言えば、古くからの歴史を継承する総本家と、新しい歴史に融合していく方針の本店、といった感じがします。でも、これもあくまでイメージに過ぎません。まさにその「紆余曲折」とやらを知りたいわけだが、とにかく今は全く別モノとして存在していることだけは間違いない。

■元従業員談その壱
総本家が最初です。総本家にうどんを卸していた製麺屋が始めたのが本店。総本家が味噌煮込みを作って、しばらくして麺に固さを求めて自家製麺を始めたため製麺屋との縁が切れたのですが、儲かっている様子を見ていた製麺屋がまねして始めたのが本店です。名東区高針に数年前まであった山本屋さんは総本家の社長が「趣味で」やりはじめた仲居さんが目の前で作ってくれるお座敷味噌煮込みでしたが現在は飽きたらしく閉店しています(笑)

■元従業員談その弐
私は昔山本屋総本家の社員でした。
どうも山本屋本店は昔総本家の出入業者だったらしく、情報をてに入れ突然始めたらしいです。
昔一度裁判になったらしいのですが、先代の総本家の社長が裁判なんかはもぅやめようといって裁判を中止しそのまま今の状態が続いているそうです。
なので本店は厳しい条件のある百貨店には入れずに、総本家は名鉄、タワーズ、松坂屋、岐阜高島屋などの百貨店に入れるそうです。
でも確に漬物食べほうだいは魅力的ですよね。味なども現代に合わせてあるため地方の方も食べやすい味になっていると思います。しかし一人一つ必ず注文しなくてはいけないですし。値段も高いので旅行で来て色んな物を少しづつ食べたい方は、一つ頼んで四人でつついてもなにも言われない総本家がよいかと。味は創業以来ほとんど変わっていないため本来の味噌煮込がたべたいなら総本家ですね。
プチ情報ですが味噌煮込は味噌煮込みではなく『み』は入れないそうですよ。
上記は「ナゴヤスローライフ」さんのblogより転載です。

なるほど味噌煮込みうどん本家は「総本家」、それをインスパイアしたのが「本店」なのですね、しかし下町っ子としては、あまりそのちがいが分からないのですが。でも昨日のblogで書いたとおりほとんど食べにいっているのがエスカの「本店」です。逆に「総本家」には本家店、名鉄店、松坂屋店に各一回しかいったことがなくさらにその違いも味もわからなかったというのが正直なところです。そうそうHPみたら我が下町、浅草に総本家があるとか、今度行って見ましょう。

ということで、唐突に今日のお店はスープ製造40年の経歴を持つ老舗のスープ屋が、原料からとことんこだわった一品を創りたい、そんな思いからうまれたこだわり味噌煮込うどん屋「七五八庵(なごやあん)ラーメン」さんです。

住所: 愛知県名古屋市中区丸の内2-17-2馬場正ビル1F
:052-231-7580
定休日:不明

七五八庵1
お店の外観です。

七五八庵2
店内の雰囲気です。

七五八庵3
メニューです。

七五八庵4
今日のオーダーは「玉子入り味噌煮込み」@750です。
ここのお店の惹句です。
めん 煮くずれしないコシのある麺
   角が立ったコシのある麺になるよう包丁切りをしています
だし 本物を味噌煮込うどんのだしを忠実に再現
   ムロ節
   ・ムロアジを原料として作られる鰹節で、独特の甘みとコクのあるだしが特徴です。
   ・黴付サバ節
   ・脂肪分の少ない鯖(ゴマサバ)を使用
   ・荒節に優良種の黴を付け干す
   ・香りはあっさり甘味のある濃厚なだし
みそ 宮内庁ご用達の八丁味噌と白味噌の最高峰、西京味噌をブレンド
八丁味噌
・味一筋に19代、宮内庁ご用達の栄誉を賜った 八丁味噌
・二冬二夏熟成され、うまみが多く、甘みが少ないのが特徴
・植物性不飽和脂肪酸も多く含まれ、消化吸収の良い栄養食品です。
西京味噌
・関西地方を中心として作られる、米の麹をたっぷりと使った、甘口で薄塩な白味噌
七味 全国から選び抜いた名品
名品と誉れ高い長野・善光寺前、八幡屋磯五郎の七味唐辛子。

味ですか、これは美味しいですね、スープは魚介系の味が強いもののかえってそれが八丁味噌の味と相俟って絶妙な味わいです、そしてスープは熱々というか沸騰してだされます。さすがスープ家さんが作る汁(つゆ)ですから完璧です。麺はかなり硬い感じがしますが、edgeがよくきいたコシの強い麺です…美味しい。具はアゲ、茸、蒲鉾、鶏肉、長葱、麩、みな良く吟味されています。これは本当に美味しい合格合格合格合格
件(くだん)の山本屋さんより美味しいと思います。
ご当地の味を堪能いたしました、ご馳走様でした 


それでは(^_-)

名古屋 若鯱家 名古屋駅エスカ店

今日は「名古屋新幹線地下街エスカ」の話です。
エスカとは「名古屋駅」の「新幹線改札口」からすぐの所にある「地下街」で1971年の開業、今年で約40年たちます。店舗エリアはおよそ6000屐△気蕕鵬竺の「駐車場」は1万屬剖瓩すさを誇ります。出張者ならば帰りの「新幹線」までの限られた時間でも訪問する事ができます。80を超す「テナント」の内、31店舗は「飲食店」で、「ひつまぶし」「きしめん」「みそかつ」「味噌煮込みうどん」などの「名古屋めし」が堪能できる他「若鯱屋カレーうどん」「コメダ珈琲店」「ラーメン寿がきや」など「名古屋」が発祥の店舗も充実しています。
ちなみに「エスカ」の由来は「駅西ショッピングセンターアベニュー」の「英単語」の頭文字をひとつずつ取ったそうです、 詳細は下記を御参照下さい。
E:eki nishi(駅西)
S:shopping(ショッピング)
C:center(センター)
A:avenue(アベニュー・通り)
「初芝スライリー#26」さんのblogを参照しました

この地下街はよくきますし、出張帰りの新幹線を待つ間軽く飲む憩いの場所でもあります。今回の出張でお昼を食べに立ち寄りました。いつもは「きしめんよしだ」さんが定番なのですがたまにはチャレンジしようと新規開拓をしました。
ちなみに今日のエスカの行列店は
味噌煮込みうどん 山本屋本店
みそかつ 矢部とん  
担担麺専門店 想吃担担面 
の順でした。やはりご当地topは「山本屋本店」なのでしょう…ちなみに私はこのお店高いのでいかないのです、というか50回以上はいっているのでサプライズもないこともあります。

若鯱家1

若鯱家2
このキットカットは東海・北陸限定の「みそ風味」です。そいういえば月曜日軽井沢に行ったら「一味唐辛子」のキットカットを売っていました。はたして美味しいのでしょうか、さすがに味噌はだめでしょうsad

ということで今日のお店はエスカのどこにしようか悩んだのですが、「スパイスとダシをあわせたピリ辛のオリジナルルゥは、とろみが強く極太のうどんにしっかりからみます」という惹句に惹かれて、暖簾をくぐったお店は「カレーうどん 若鯱家」さんです。

住所: 愛知県名古屋市中村区椿町6-9先
電話:052-453-5516
定休日:無休

若鯱家3
お店の外観です。

若鯱家4
店内の雰囲気です。

若鯱家5
今日のオーダーは「カレーうどん」@840です。本カツオの削り節をふんだんに用いた和風だしと様々なスパイスをブレンドしたスープに秘伝のカレー粉を加えた独自のルウとのことです。程よくルウに絡み合う秘伝の製法で打たれた極太麺も秀逸とのこと。具はアゲ、ネギ、豚肉、蒲鉾です。味ですか、美味しいことは美味しいですが、やはり「カレーうどん」は「カレーうどん」です、しいていえばスープがクリーミーでコクがあり最後まで飲めました。ということで期待が大きかったぶんだけ、サプライズが相殺されたエスカのランチでした。

それでは(^_-)

神田 浜よし

今日は「中岡慎太郎」の話です。
浜よし1

浜よし7
「薩長同盟は、坂本が周旋で仕上げたというのも過言ではないと思いますが、私は坂本より内実の功労は中岡の方が多いと思います」とは元筑前藩士、早川勇(吉田養敬)の談です。
龍馬は自由な発想で「日本の洗濯」を考えていましたが、慎太郎は強い信念を持って努力を積み重ねていたのです。龍馬は、そんな慎太郎のことを「此の人ハ私同よふ(同様)」の人」と手紙に書いており、同志として非常に信頼を寄せていました。
慎太郎は武力倒幕を推進した為、武倒派のイメージが強いのですが、しかし同志は「実際の人となり温和にして…」と語っています。
龍馬の妻お龍も「面白い人で、会うたびに、私の顔になにかついていますか、と冗談を言っていました」と証言をしています。
「歴史人坂本龍馬の真実」KKベストラーズより転載
しかし慎太郎さんは、イケメンですね。そして色々な幕末の志士の写真がありますが、白い歯を見せて笑っているのはこの方だけと記憶しています。
しかしこの当時の撮影時間はおおよそ5分間ですので、そのあいだズーット笑い続けているというのは、余ほど茶目っ気があったのでしょう…
ちなみにこの切り取られた写真(上段の写真)の左には芸者さんがいたとか、モテマスネheart02
襲撃されてから二日間存(ながら)え、身罷(みまか)う前日には焼き飯が食べたいということで作ってもらい、結局これが最後の晩餐(3杯も食べた)になったそうですが、なんとなく現代に通じる感じがして好感がもてます。

浜よし2
今日は神田西口商店街を通ると冬場になると、鼻に針金を通した野鴨が吊るされています。これってここの主人が土日に群馬の猟場で撃ち落としてきたものだそうです。
ということで今日は鴨料理の名店「浜よし」さんの暖簾をくぐりました。
ちなみにこの野鴨君は捌いたあとのものです、なんで吊るしているのでしょうか?

住所: 東京都千代田区内神田2-10-9 村木ビル
:03-3252-1011
定休日:土日祝日

浜よし3
お店の外観です。

浜よし4
ランチメニューです。

浜よし5
店内の雰囲気です。

浜よし6

浜よし7
今日のオーダーは「さば煮付」@700です。味ですか、パチリの通りよく煮付けられたさばでとても美味しいですね。それとお約束のシジミの味噌汁のお代わりは絶妙のタイミングで女将さんがだしてくれます。鴨料理の名店ということですが、昼間は気配りの和食屋さんていう感じでしょうか。ちなみに見た目一番美味しいそうだったのは「すき焼き丼」でした。しいて苦言を呈せば、食事時に軍歌のCDは流さないで欲しいですね…折角の食事が落ち着いて食べれません。
ご馳走様でした

それでは(^_-)


浜よし ( 神田(東京) / 鍋料理 )
★★★☆☆3.0
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