下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

谷中 ハギカフェ

今日は「期限」です
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私は決められた事を期限内に済ませます。
このように書きますとキチンキチンとした性格に思われますがそんなことはありません。
どちらかといえば「いい加減国」の一等国民であります。
本来のいい加減によりかなりの修羅場をくぐってきています。
その代表例が免許取得です。
20歳の頃、自動車教習所で寿司屋上がりの教官と、その教え方をめぐって、つかみ合いの喧嘩になり教習所にいかなくなりました。お金をだしてくれた父親には、今は気がのらないからいかないだけで、期限内には必ず取るよ、とうそぶいていたのです。
しか〜し、いっこうに教習所には行かず、大学の友人と怠惰な毎日を送っており、それを見かねた母親が、私の親友に、なんとか免許だけは取らせてあげて、と頼み込みこんだのです。
その頼まれた親友は、それを意気に感じて私を毎日車で教習所まで送ってくれました。
そのおかげで期限の三日前になんとか滑り込みセーフで免許を取得したのであります。
それ以外にも似たようなふるまいは枚挙にいとまがありません。

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いつの頃からか期限を守るようになりました。
それは期限がある事の幸せを感じるようになってきたからです。
期限があるから集中できたし、一生懸命にやれるのです。
もし期限がなければ、いつからやるのだという機会も到来しません。
よく図書館で本を借りますが、返却期限があるから借りた本を読破するのです。
いつでも好きな時に好きな事を思う存分やってみたいという話は巷間でよく耳にしますが、ほんとうにそれで楽しいのでしょうか。
かつて「料理の鉄人」という番組があり大ヒットしましたが、このシェフ同士の料理の戦いも時間以内で決着をつけるから面白いのです。
私の最近の口癖は、蟻が鯛(ありがたい)なら、私は神様、もう少ししたら仏様、であります。
どうやら人生の期限もそろそろ迫って来ているのかもしれません・・・


映画「ALWAYS三丁目の夕日'64」見どころ 感動編



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今日は谷中に出没です。
谷中のかき氷の行列店「ひみつ堂」の前を通ってしばらく行きますと、今日のお店にたどり着きます。
今日のお店は「HAGI CAFE」さんです。

住所: 東京都台東区谷中3-10-25 HAGISO 1F
電話番号:03-5832-9808
定休日:無休

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お店の外観です。

店内の雰囲気です。
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なんともサレオツな店内です。
いるだけで心が和んできます。
お店の「木造アパート『萩荘』から、最小文化複合施設『HAGISO』へ」からを以下に紹介します。
元禄十四年(1701)より当時の谷中新堀村螢沢、現東京都台東区谷中に本堂を構える、妙祐山宗林寺。
当時より宗林寺の境内には多くの萩が植えられ、そのことから「萩寺」として親しまれてきました。
その「萩寺」の愛称にあやかって、境内に隣接して建っているのが「萩荘(現HAGISO)」です。
HAGISOは、1955年から木造アパートとして、また2004年からは東京藝術大学の学生によって、アトリエ兼シェアハウスとして使われてきましたが、2011年の東日本大震災をきっかけに、老朽化のため解体する方針となっていました。
実は萩荘解体の前にも、ある日近所の愛されていた銭湯が突然なくなっていた、というようなことがあり、元々の東京の風景が次々と無くなっていくことに対して、私たちはどうすることもできない無力感を感じていました。
そこで2012年2月、解体に先立って入居者一同より大家さんへの最後のお願いとして企画したグループ展「ハギエンナーレ2012」を開催しました。
解体を止められないまでも、このような場所があったことの記憶を残すきっかけとなることが目的でした。
萩荘に集っていた学生やアーティストたち約20名が、建物全体を使って作品を展示したところ、3週間の展示期間で1500人もの方々が訪れてくれました。
この予想外の盛況を受けたことによりこの建物の価値が見直され、計画は一転、なんと改修され生まれ変わることとなり、2013年3月「最小文化複合施設」としてオープンしました。

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メニューです。

今日のオーダー「夏野菜たっぷりのガバオご飯&オリジナルブレンド」@1,250+@500=1,750円です。

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待つこと2分でお水が到着しました。

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待つこと18分で「夏野菜たっぷりのガバオご飯」の到着です。
見た目、本格的タイ料理みたいです。

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それでは向きを変えて実食です。
たっぷり入った夏野菜と大きめの鶏挽肉がバジルソースで絶妙に味付けされています。
味が深くて美味しいです。
加えて想像以上にスパイシーであります。
私の好きな辛さです。
ご機嫌です。

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大好きな玉子に穴を開けてトロ〜リと黄身を垂れ流します。
そこにチリペッパーをかけ回して味を引き締めますと・・・
さら〜に美味しくなりました。
最後の方は具材と玉子をハッチポッチ(ごちゃ混ぜ)にしていただきますと、この渾然一体となった味わいは,
得も言われぬものとなりました。
想像していた以上にレベル高いですね。

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オリジナルブレンドを飲みながら暮れなずむ外の景色を見ていましたらこのような古風の趣は自分に合っているなと思い始めていました。
もうしばらくすると灼熱の朱夏になります。
ここには夏の雲が似あうなと思い再訪を誓ったのです。

それでは(^_-)

続 中野坂上 キャンティ・ピエトラ

今日は「墓あばき」です
日本人は墓参りのときに墓のまわりに生えた雑草をみんな抜いてしまい、かわりに切り花を供えますね。
自分らの先祖が埋葬されている墓から生まれてきた植物の新しい「命」を無造作に抜き取り、切り花という「殺して」しまった花を供えるのは意識としておかしいのではありませんか。
海外では埋葬した遺体なり遺骨なりはよほどの事情がない限り、埋めた土を掘り返し、再び外にさらすことはありません。ところが日本のカロート式そのものは、その一族の新たな死者の遺骨を納める度に、言葉は悪いのですが実質的には「墓あばき」に近いことが普通に行なわれていますよね。
何故なのですか。
とカナダ人に聞かれて、私も不思議に思いました。

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そこで理由を考えてみました。
私の一族は旧家です。
私はその第44代目というくらい長い歴史を有しています。
その埋葬といえば、土葬の際には墓地の真ん中を深く掘って遺体を埋葬していました。
しか〜し墓石はその墓地内の別の場所に作っていました。
遺体を埋めるところとは別にお参りするところに石塔をたてる一種の両墓制の変形ではないかと思います。
ちなみに両墓制では、埋葬場所から離れたところに石塔は建てられていました。
ということは「墓あばき」になったそもそもの背景は火葬の普及によるものだと臆断しています。
そこでその確証を得る為にネットで調べてみました。
今のような先祖代々の墓が見られるようになったのは、1960年代から70年代以降の行政による火葬施設の整備とともに、お墓に納骨のためのカロートを備えることによって普通になってきたそうです。
そもそも私たち日本人は遺体を埋葬するところとお参りするところは別だったのです。
火葬の普及により、土地を再生産できないというその有限性からカロート式が選ばれて、その結果、墓あばきになったのです。

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供花も同様です。
故人の好きな色や花にこだわり花を供えることも、故人を思う気持ちは同じです。
私たちはお墓に花を供えているので、そのカロートに格納している骨壺にそなえているのではありません。
従いまして、「墓あばき」論は後付ででてきたものだと臆断しています。
ちなみにカロートという不思議な日本語ですが、「かろうと」及び「からうど」という日本語が語源で漢字では「唐櫃」と書くようです。
皆さん、お墓参りに出掛けましたら、故人のために花を選び、故人を偲びながらお墓を華やかに飾ってあげましょう。


いきものがかり/歩いていこう 鉄拳のパラパラ漫画



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今日は中野坂上に出没です。
今日のお店は再訪店です。
今日のお店は「キャンティ・ピエトラ」さんです。

住所: 東京都中野区本町2-29-13
電話番号:050-5589-4449
定休日:無休(年末年始等は除く)

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お店の外観です。

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店内の雰囲
気です。

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メニューです。

今日のオーダー「カイゾクピッツア」1,490円(アミューズ込み)です。

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待つこと4分でアミューズのパンが到着です。
このパンは暖かくて美味しいです。
しか〜し、今日はピッツアを食べますので、味見程度で留め置きました。

待つこと10分で「カイゾクピッツア」が到着です。
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見た目、美味しそうな感じはしません。

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気を取り直して実食です。
今日の「カイゾクピッツア」のトッピングは、エビ、イカ、アサリ、ムール貝他です。
ピッツアそのものはまずまずなのですが、魚介類がふるいません。
熱々でないのもあるかもしれません。
ムール貝はほんのりと貝独特の異臭を発しています。
アサリも小ぶりです。
奇をてらいすぎたのかもしれません。
一応完食しましたが個人的には好きな味わいではありませんでした。
こんな日もあります。

それでは(^_-)

池袋 ラーメン二郎 9th

今日は「夫婦喧嘩」です
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この間、久喜駅の近くにある喫茶店で仕事の打合せをしていましたら、前の席に座っている夫婦がかまびすしいのです。

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奥様が一方的に怒っています。
仕事の打合せをしていたので、全部を聞いていたわけではないのですが、時折、黙っていないで何とか言いなよ、とか、今さら40年前の事を持ち出してどうするのさ、とか怒鳴っています。
私は仕事の打合せをしながらも、20歳で結婚したら60歳か、と思いながら、入ってきた時にチラ見した感じでは70歳越えだから30歳くらいで結婚したのかとか、脳の別の部分で余計な事を考えていました。
それにしてもおとなしいご主人です。
これだけ罵詈雑言を浴びせられているのに、一言も返しません。
私はこの奥様のご主人の事が気になりました。
ところが私の前に座っていた商談の相手は学生時代に柔道をやっていて巨岩のような体躯なのでどのように姿勢をかえてもそのご主人を見届けられません。
しばらく商談に集中していましたら、またくだんの奥様が、かなりの音量で、さっきから黙ってばかりいて、なんとか言いなさいよ!と怒鳴ったのです。
そこでさっきからその動静を見かねていた店主が、そのテーブルに近づき、これ以上大きな声を出しますと、他のお客様に迷惑がかかりますのでお店を出てもらいます、とキツク退店をうながす引導を渡したのです。
それが功を奏したのか店内には沈黙の空気が支配しました。
しばらくして、くだんの奥様が、金を払うわよ。いくらなの、と怒鳴りながら席を立ちました。
そして、その奥様に続いて席を立つ無口のご主人をみようと、その後を眼で追いました。
すると意外な事実が私を待ち受けていました。
それは・・・
はなから無口なご主人はいなかったのです。
私が真剣に聞き入っていた夫婦喧嘩は、実は、このオバサンの独り芝居だったのでした。


必殺!サザエさん 弦楽四重奏+ピアニカ sazae hissatsu



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今日は池袋に出没です。
たまにはラーメンでも食べるかと思いこのお店に立ち入りました。
今日のお店は「ラーメン二郎ラーメン」 池袋東口店さんです。

住所: 東京都豊島区南池袋2-27-17
電話:03-3980-0210
定休日:月曜日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

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コップに冷水とレンゲを入れて席でラーメンが来るのを待っています。

今日のオーダー「らーめん(半麺)・チョイ野菜・にんにく・麺カタ」@700円です。
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待つこと3分「らーめん」の到着です。
見た目、今日はビジュアルがいいですね。

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それでは向きを変えて実食です。
半麺ですので完食は間違いないでしょう。
まずはスープです。
乳化の状態が良いですね。
まろやかでコクのあるスープは美味しいです。
しか〜し、スープは熱々ではありません。
かなり残念です。
麺は麺カタにしてありますので好みの硬さです。
チャーシューは柔らかく噛みしだくと肉汁があふれでてきます。
今日のチャーシューは特に味わいが深いです。
白眉は野菜です。
臭みがまったくなく特にもやしは軽やかな弾力があり最高です。
大学から通算で約40年間もこのラーメンを食べています。
多分、このラーメンは体の一部になっているのでしょう。

それでは(^_-)

保谷 リンカント

今日は「親心」です
在宅医療
BS1スペシャル「在宅死“死に際の医療”200日の記録」を奥様と観ました。
番組のあらすじは次のようなものです。
お金がなくて施設に入れない、介護する家族が身も心も疲弊してパンク寸前など、厳しい在宅死の現実と向き合い続ける老医師がいる。
埼玉県新座市の堀ノ内病院在宅医療チームの小堀医師80歳。
森鴎外の孫で元東大病院のエリート外科医が選んだ最後の現場が在宅訪問の「老老医療」だった。
家ごとに異なる厳しい環境を乗り越え、「家で安らかに最期を迎えたい」という患者の願いをどう叶えるのか、200日に渡ってカメラが追った。

人が死ぬところを写すドキュメントなので驚いたのです。
その中でも涙なくして見られなかったのは末期の肺ガンの父親を看取る娘さんのドキュメンタリーでした。
47歳の娘さんは全盲です。
病気により7歳で失明しました。
その全盲の娘さんの身の回りを世話していたお母さんは7年前に倒れて昨年亡くなりました。
お母さんが7年前に倒れてから、お父さんが娘さんの世話と、奥様の面倒を診ていました。
そのお父さんが、肺ガンになり余命いくばくかになりました。
そこでお父さんはここで初めて娘さんに独りで暮らしていく事を教え始めたのです。
失明した娘さんが不憫だったのでしょう。
それまでは娘さんの生活のかなりの部分はお母さんが補っていたのです。
両親とももっと早く生活の自立をさせたかったのですが、かわいそう、かわいそうでできなかったのでしょう。
末期ガンになったお父さんは入院もせず、床にひかれた万年床で寝転ぶ在宅医療を選択しました。
入院しない理由は、娘さんの自立を見届けたかったからです。
上述の小堀医師は、看取りの心構えを娘さんに教えるのですが、その実感がわかずというか実感したくなかったのか、先生の教えをよく分っていませんでした。
その中で、娘さんは自立の一歩として料理を覚えました。
その料理は近所に住んでいる叔母さんが教えてくれました。
全盲なので、料理の勘所がわからないようです。
それでも悪戦苦闘しながら、料理のレパートリーを増やしていきました。
ある日、娘はお父さんが食べやすいようにとうどんを作りました。
本来なら末期ガンですから喉も通らないのでしょうが、お父さんはその娘の苦心作を美味しそうに食べていました。
と申しても、うどんを2〜3本を口に入れただけですが、本当に美味しそうな顔をしていました。
もうこの辺りでTVの画面に雨が降ってきたのでしょうかTVが雲って観られませんでした。
どうなのでしょう、ご両親、このドキュメンタリーではお父さんですが、いつか来るこの日は分っていたのですが、あえて先送りしていたのでしょう。
そして本当なら、病院で終末医療を受けて、楽に旅立ちたかったのでしょうが苦難の道を選択したのです。
最後の場面ですが、娘さんは先生から言われていた教えを守って、父親が動かなくなり、その心臓の動きが弱くなった旨を、先生に電話で連絡しました。
そして近隣に住む親戚が看取りにあつまり、遅れて先生が到着しました。
そして、娘さんは先生の指導のとおり、父親の首筋に手を当てて、呼吸が薄れていくのを確認しています。
約30分位経ってから、今、呼吸が止まりました、と娘さんが先生に伝えましたら、先生は、その瞬間がご臨終だよ。
良く観取ったね、とねぎらいの言葉をかけてくれました。
娘さんは、良かったね、お父さん、皆に見送ってもらえて・・・
小堀先生も来てくれたよ、と言ってこのドキュメンタリーは終わりました。
娘さんは、全盲なので、万が一、自分が気がつかなかった事で、父親が誰にも看取られずに天国に旅立ってしまうことは絶対にしたくなかったのだと思います。
この事務的にもみえる看取りの場面は、この娘さんの決意を思うと、本当に泣けてきました。
末期ガンで、苦しいはずのお父さんも、娘の自立を確認したくて、最後まで在宅に固執したところも頭が下がります。
もしかしましたら、このNHKへの撮影許可も娘さんにその撮影料を与えがたい為という親心かもしれません。
さら〜に、このドキュメンタリーでフィーチャーされる事で、残した娘に有形無形の支援が得られるかもしれないという深謀遠慮なのかもしれません。
このドキュメンタリーを通して、ご本人の意思を支え、苦痛なく最期を迎えることに一意専心されていることがよく伝わってきました。
周りが良かれと思うことは本人の意思でなければ何の意味も持たないことも再認識させられました。
感動的なドキュメンタリーでありました。


Kubota FARM TRACTOR owned MITSUBISHI PICKUP TRUCK in Drag Racing !!!



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今日は保谷に出没です。
美味しいイタリアンがあるという友人の情報に基づきお邪魔しました。
今日のお店は「トラットリア エ ピッツェリア リンカント」さんです。

住所: 東京都西東京市下保谷4-8-18 アネックスマノア 1F
電話:050-5593-9840
定休日:月曜日(月曜祝日の場合、翌火曜定休日)

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。


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メニューです。

今日のオーダー「クアトロフォルマッジ&チョコレートケーキ&珈琲」@1,600+@650+@400=2,650円(内税)です。
店名の「リンカント」はイタリア語で「魔法をかける」だそうです。
店内はコジャレタしつらえですね。
厨房のセンターにある薪窯がその偉容を誇っています。
オーナーはイタリアに3カ月修行に行った筋金入りだそうです。

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待つこと1分でテーブルセットが用意されました。

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待つこと5分で「クアトロフォルマッジ」と「蜂蜜」が運ばれてきました。
このお店の「クアトロフォルマッジ」は、モッツアレラ、ゴルゴンゾーラ、タレッジオです。
あれ「クアトロフォルマッジ(4種類のチーズ)」なのですが3種類しかありません。
一般的には青カビのゴルゴンゾーラ、ウォッシュのタレッジョ、ハードのパルミジャーノ・レジャーノ、フレッシュのモッツァレラなどですがまあ75%カバーされているので「良し」としますか。

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それでは蜂蜜をかけ回して実食です。
チーズは美味しいです。
ドウ(生地)はさすがに薪釜ですからモチモチしていますが全般的にパリッとしていません。
その証左にはコルニチョーネ(額縁部分)がしっかりと膨らんでいません。
基本的には、焼けた縁の部分はサクッとした口当たりで、中に空洞の部分があるので香ばしくて軽い食感なのですが・・・
それでも私の好きな味わいなのでノープロブレムです。

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食べ終わりましたのでドルチェ「小麦粉を使わないチョコレートケーキ」の到着です。
最初、冷えすぎていたので食べにくくなっていましたが、仕事のメールを片付けていましたらほどよい食感になり、美味しくいただきました。
ピスタチオのジェラートは高評価です。

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ちょっと濃い目のアメリカーノは好みの味わいです。
窓辺に座っていたので、漆黒の闇が漂いはじめた窓辺に流れる赤いテールに眼を細めていました。
今日は良い一日だったな、とつぶやきながら唇に微笑をのせていました。
明日も頑張りますか・・・

それでは(^_-)

東日暮里 サッツカール

今日は「父の日」です
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今日は父の日です。
毎年、我が家の母の日には子供たちから奥様が欲しがった品物が届くという、きっかいな出来事がおきています。
これは忖度ではなく、誰かが事前にインタビューしているのではないかと思わせるほどのジャスピンのプレゼントなのです。
私が子供の時の母の日は、母の誕生日が3月27日なので、そこから約1カ月で母の日を迎えるわけで、私の薄い貯金は母の誕生日で払底しています。
従いまして、これの副作用でカネネーションのプレゼントとあいなるわけであります。
私の父の日のプレゼントはあまりしたことがなく、たまに父の好きなビールをプレゼントとして買って渡すのですが、これは父の嗜好品ではありますが、父の日常に埋没してしまい、まったくの感謝もなく飲みほしてしまうのです。
従いまして、いつの日か絶滅した恐竜状態になり、プレゼントはしなくなりました。

父のとは1909年当時、アメリカ在住のドット夫人は母の日にならい、「父に感謝する日もあってしかるべきだ」との考えから、教会に嘆願したものです。7年後、父の日は全米に認知され始め、26年にはナショナル ファーザーズ・デイ コミッティがニューヨークで結成されました。
そして72年、ドット夫人の父親の誕生月である6月の第3日曜日が「父の日」とされ、国民の休日となったのです。
要は先に母の日ありきで、父の日は母の日の副産物であります。

私の父は完璧な亭主関白でしたが、現在はその比率は13%程度のようで、亭主関白は停主足軽に成り下がったようです。私も偉そうなブログを書いていますが、その実は座布団状態で、奥様の尻にしかれております。
確かに、家族から、お父さんありがとう、などと言われますと、なにか魂胆があるのではと邪推してしまうようになってきました。
そもそも漢字の「父」は、古代における家長の象徴であった斧を手に持っている形を表しています。
それから幾星霜、戦いは広野での狩猟からコンクリートジャングルでの戦いに変じた事から、父親の頑張る姿を見られなくなりました。
父親は父親で、会社で上司から怒られている姿を見せたくもなく、闘う戦士は、闘う前から戦死状態に、その武器も「斧」から「OH NO!」に変わってしまいました。
唯一の救いは、父親がみんなから相手にされないのは、昨日今日にはじまった現象ではないようです。
従いまして父の日は、いつも日陰にいるお父さんをもっと大切にしようとする日に替えたら宜しいのではないかと思う今日この頃であります。

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ということでこのフリネタを書き終えましたら、宅急便屋さんの来訪をつげるチャイムが鳴りました。
何かなと思い印鑑を持って玄関口に出向きますと、家族からの父の日のプレゼントでした。
早速その梱包を開梱しましと、今年の父の日のプレゼントはPORTERのカバンでした。
まだまだ大切にされているみたいです。
Thank you for all family!


3校のダンス部が共演(同志社香里高校、大阪府立今宮高校、大阪府立登美丘高校) 第100回全国高校野球選手権記念大会CM&メイキング映像



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布の街「日暮里」にやってきました。
よくもまぁこれだけの端切れを街全体で集めたものです。
ということで今日のお店は「サッツカール (Satkar)」さんです。

住所: 東京都荒川区東日暮里5-1-1
電話:03-3891-0679
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「Aセット」@700円です。
店内は満席です。
地元の人気店みたいですね。
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待つこと3分で「サラダ」の到着です。
ここのサラダは美味しいです。

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時間差で「ラッシー」の到着です。
うん、普通に美味しいです。

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待つこと12分で「ダルカレーとナン」の到着です。
見た目、美味しそうです。

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それでは実食です。
ナンは甘くて美味しいですが、私はもう少しパリンとしたナンが好きです。
ダルカレーはもう少しコクがあった方が好きですがこれは好き好きでしょう。
総じて合格点ですが、特筆すべきはコスパです。
これで700円はお得感満載です。
ごちそうさまでした

それでは(^_-)

池袋 タカセ 17th

今日は「自己中な老人」です
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数日前の水道橋駅での出来事です。
70歳前後の初老の男性と駅員がなにやら揉めています。
駅員が、もう一度、ポケットや持ち物の中を探してもらえませんか、といいますと、男性は、切符は間違いなく買ってある。それでいいじゃないか、と駅員に詰め寄っています。
ですから、お客様が切符を買っていないとは申していません。
切符がないと出場はできないのです、と言いますと、切符を買っているというのであればそれでいいじゃないか。
何が問題なんだ。疑われているみたいで気分が悪い、と怒気を含んだ言葉で言い返しています。
お客様みたいな方ばかりなら良いのですが、例えば、はなからキセル目的で、切符を失くしたと言われる方もおられるのです。そのような方と一緒にしないためにも見当たらない切符を探してください、と駅員がお願い口調で言っています。
私はいまだかってキセルなどの不正な行為は一度たりともした事がない。
失敬な奴だな!と少しキレかってきました。
私は地元では町会長という要職を務めてきた男だ。
人から後ろ指を指させることは一切したことがない、と大きな声を上げ始めました。
簡単に申しますと、もう一度探して切符がなければ、先ほど乗ってきた駅からの乗車料金を再度払っていただきます。これがJRの決まりなのです。
郵便だって切手を買ってあっても、その封書に切手が貼ってなければ届かないのと同じ理屈です。
ご理解ください。
ここまで言われたので男性は、JRは客から二重取りをするのだな、と言い返したので、今度は駅員がキレてきて、そこまで言われるのであれば切符を探してください。
それでこの話は終わりです。
何時間かかっても切符をお探して身の潔白を証明ください、と言って所定業務に戻ろうとしはじめました。
ここで初めて、くだんの男性は自らの置かれた立場が理解できたようで、わかった。
それなら、私が切符を買ってないと言ったことを謝ればお金を払うぞ、と言ったので、私はそのような事は一切言っていません。ですから謝る必要はありません、と言いました。
証拠はあるのか、とその男性がきりかえしますと、只今のやり取りはこのスマホに全て録音されています。
宜しいですか。もし私の言った通りにそのような事を言っていないのであればどうされるのですか、と一刀両断で切り捨てていました。
このやり取りの一部始終を傍観していた私は、この駅員はできるなと思いました。
その一方で、元町会長の男性は往生際が悪いというか、大局観がありません。
このような人を自己中老人というのでしょうか。
他山の石にしようと思いながらこの騒動の場所から離れていまきました。


予めお断りしておきますが、
これは映画の一場面とか、舞台での演技ではありません。
世界3大広告賞のひとつと言われる賞のうち、
銀賞を獲得したCM作品です
これ何のCMだか分かりますか?



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今日は池袋に出没です。
美味しいサーモンステーキが食べたくなりました。
こういう時にはこのお店です。
今日のお店は「タカセ」さんです。

住所: 東京都豊島区東池袋1-1-4 3F
電話:03-3971-0211
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「サーモンステーキ&ライス」@900+@180=1,080円です。
今日のお店はガラガラです。
あら珍しい・・・
ホールの老齢な責任者が接客の仕方が悪くて、お客様から怒られていました。
ここでも老害インシデントか?

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待つこと0分でテーブルセットが用意されました。

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待つこと12分で「サーモンステーキ&ライス」が到着しました。
見た目、美味しそうです。

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それでは実食です。
うん、美味しいには美味しいのですが脂のノリがイマイチです。
途中から見離れが悪くパサパサしています。
最近分ってきました。
一年を通じて美味しい「サーモンステーキ」を供するのは、流石のタカセさんでも至難の業のようですね・・・

それでは(^_-)

本郷 ニッキカフェ 11th

今日は「砂を噛むような人生」です
20180105-00080157-
成人年齢を20歳から18歳に引き下げる改正民法が国会で成立し、明治以来146年ぶりに大人と子どもの線引きが変わります。
施行は2022年4月ですから、翌年以降は受験シーズンと成人式シーズンがバッティングするみたいです。 
こうなると浪人生はつらくなります。
2浪生となるともっともっとつらくなります。
高校の同級生は楽しげに成人式に向かうのに、ちょうどその時期は大学入試センター試験の前後にあたります。
とてもじゃないが式に参加する時間も気力もなくなっていることでしょう。
と書き始めて、ふと考えることがありますした。
2浪生っていまだいるのでしょうか。
調べてみました。
浪人生1

               浪人生2
浪人生全体で12.4%です。
内訳は、1浪生9.8%、2浪生1.5%、3浪生0.4%、4年以上生 0.7%です。
いるのですね・・・
難関大学の東大では現浪別合格比率(平成21年度入試、東京大学発表) は以下の通りです。
文一 現役65.3%一浪31.2%二浪3.0%三浪以上0.5%
文二 現役61.5%一浪3.68%二浪1.7%三浪以上0%
文三 現役63.0%一浪33.4%二浪1.5%三浪以上2.1%
理一 現役69.8%一浪27.5%二浪1.4%三浪以上1.3%
理二 現役59.8%一浪36.4%二浪27.5%三浪1.1%
理三 現役66.3%一浪23.5%二浪3.1%三浪以上7.1%
東大だと流石に浪人比率は高くなっています。

私たちの高校生時代は、「一浪」は「ひとなみ」と読み替えて、現役で大学に入る輩はガリ勉と見られていて、皆浪人して大学にいっていました。
私が所属していた剣道部は8名全員が浪人でした。
このような背景があった為、私は現役で皇室御用達の大学に受かったのですがなぜか蹴っ飛ばして浪人の道を選びました。そこで浪人生活に入ったのですが、9月までは予備校には行っていましたが、ほとんど勉強したふりを演じていただけで遊びほうけていました。
8月の終わりになって、このままじゃいけないと大反省して猛勉強を始めたのです。
色々な幸運に恵まれ、志望大学の2学部に受かり事なき得たのですが、浪人時代の末期の砂を噛むような生活は二度と味わいたくありません。
浪人は志望大学に入れる可能性があるから偉ぶれるのです。
例えば、MARCHの大学に現役で行っている友人なんかには、勝ちを急ぎやがって、とうそぶけるのも、その当の本人がMARCH超えの大学に入ることがその大前提であります。
もしそれが有言実行できなければ所謂面子丸つぶれなのであります。
個人的な経験からしますと、頭は急に良くはならないのです。
猛勉強すればあるレベルまでは成績は上がりますが、そこから先が厳しいのです。
何度模試を受けてもある程度の成績からは大きくは上がっていかないのです。
そうなると志望大学のランクを落とさなければならず、私の場合は万が一現役の時に受かったレベルの大学しか入れなかったら、それこそ頭を丸めませんと親兄弟友人知人に顔向けできません。
それでも刻苦奮闘で頑張ったから何とかなったのですが、仮に志望大学に受からず、2浪の道を選んだら無理だったでしょう。
それに加えて、たかだか志望大学に入る事ができなかっただけで、全人格を否定される当時の風潮には耐えられなかったと思います。
私の予備校の仲間で、一橋大学法学部狙いで2浪までした奴がいたのです。
しか〜し、桜散るで念願の一橋大学に落ちて不本意ながら日大法学部に入ったのでした。
3月になってその彼を含めた予備校の仲間と会津に卒業旅行に行ったのですが、彼は少し精神に変調をきたしていました。
彼は私に、母親から泣いて頼まれたから3浪はやめてやったよ。
俺の能力からすれば日大でも司法試験は受かるからたいした問題ではないよ。
4月からは日大に行って、俺が日大学生に喝をいれて日大を立て直すか、と話をしていたのですが、こいつ、どこかおかしいと本当に思っていました。
最後に浪人生が減った理由として確実にいえるのは、少子化が進んだのに大学の数や入学定員が増えていった事がその背景のようです。
その副作用で大学進学のお手軽化が進行し、高望みをしないで楽を取る、といった風潮が広がったようです。
良かったですね、今の若い方々は浪人生活を味わなくて・・・


レコード大賞 荻野目洋子と登美丘高校のラストコラボ
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今日は東大御用達の街本郷に出没です。
今日のお店は私のお気に入りお店です。
今日のお店は「「ニッキカフェ (NIKKI Cafe)」さんです。

住所: 東京都文京区本郷4-1-5
電話:03-6801-6105
定休日:無休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

きょうのオーダー「グリーンアスパラ、高知産・茄子、牛肉とオニオンの野菜たっぷりビフカレー&珈琲」@840円です。今日の店内は外国人の家族での観光客がいてママが英語で応対していました。
お腹が減ったのか、料理ができるのを待ち切れずに、パパさんがスナック菓子を食べていたので、ママから注意をされて恥ずかしそうに、バッグにしまっていたのには笑えました。
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待つこと4分で「グリーンアスパラ、高知産・茄子、牛肉とオニオンの野菜たっぷりビフカレー」の到着です。
見た目、美味しそうなカレー色をしています。

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それでは実食です。
カレーにコクがあります。
香りも立っています。
辛さも程よく申し分ありません。
半熟玉子が良いトロケ具合です。
牛肉もたっぷり入っていてご機嫌です。
今日のカレーはとても美味しかったですね。

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私はこのお店で珈琲を飲みながらママさんと他愛のない話をしているのが楽しみなのでもあります。

それでは(^_-)

丸の内 きじ 9th

今日は「337拍子」です
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337拍子の起源は、明治大学相撲部出身で同大学の初代團長となった相馬基(そうま もとい)さんが創作したものだそうです。
レガッタの応援の際に「勝った ほうが いい♪勝った ほうが いい♪勝った ほうが いいったら♪勝った ほうが いい♪」というかけ声に合わせて拍手ができるようにと考えて作られたのですが、その後掛け声がなくなり手拍子だけになりました。
一度は太平洋戦争で途絶えたのですが、戦後に復活し、337拍子が受け継がれようになりました。
後に六大学野球の応援でその知名度が上がり、中学や高校の応援団もこれを使うようになったのです。

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その後、時間を経て、多くのヒット曲に337拍子が使われるようになってきました。例えば、X JAPAN「紅」、ピンクレディー「サウスポー」、モーニング娘「恋愛 レボリューション21」、TRF「EZ DO DANCE」等沢山の楽曲にこの337拍子が使われています、

実はこの337拍子は、農耕民族達の畑を耕すリズムなのだそうです。
ですから日本人ならこのリズムを聞くと血が騒ぐのです。
実は、私にはこれを証明できる事実があります。
それは私の子供で実証済みだったのです。
長男が幼児だった頃、ノリヤスイ性格だったので、おもちゃのタンバリンを使ってどのリズムがノルか実験したことがあります。
その結果、彼が一番ノッタのは337拍子だったのでした。
タンバリンで337拍子を叩くと徐々にノリノリになり最後はトランス状態になっていました。
さすがにこれには驚いてすぐに止めましたが、その時の私の気分は太古の時代のシャーマン(巫師・祈祷師)です。
シャーマンとはトランス状態に入って超自然的存在(霊、神霊、精霊、死霊など)と交信する現象を起こすとされる職能を有する人物のことです。
もしかしましたらシャーマンもこの337拍子を使っていたのではないかと臆断しております。


TRF / EZ DO DANCE



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今日は丸の内に出没です。
たまには美味しいお好み焼きでも食べるかと出向いたのはこのお店です。
今日のお店は「きじ」さんです。

住所:  東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルB1
電話:03-3216-3123
定休日:不定休

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「モダン焼き」@1,150円です。
相も変わらず店内は満席です。
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待つこと0分でテーブルセットが用意されました。

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調味料の面々です。

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事前準備として大好きなマヨネーズをいただきました。
私はこのくらいの量で充分です。


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待つこと10分で「モダン焼き」の到着です。
それでは実食です。
ここの「モダン焼き」はまず焼きそばを炒めるのですね。
炒め終わった焼きそばは、ステンレス製の円筒状の容器にいれて、その中にあるお好み焼きの生地にからましてから、一気に鐵板の上に流し込んで焼くのです。
ある程度焼けたらお客様の前に出すのですが、今日に限ってはよく焼けていないままの状態で出されたのです。
たまらないのは私です。
ほとんどゾル状の状態でしたので気分はつけソバを食べているようなものです。
もう少し焼けるまで待てばいいのではというご意見もおありでしょうが、やはりお店は食べごろのものを供するのがお約束です。
最後の方では美味しくなってきたのですが、すこしお粗末な調理ではないかとキツメに言わせていただきます。
こんな日もあります。

それでは(^_-)

錦糸町 ぼらぼら

今日は「私の青い空」です
子供の頃の、元旦の空って覚えていますか、と聞きますと、ほとんどの人が、私の記憶では、真っ青に澄んだ空です、と答えるそうです。
ところが元旦って、実際のところ、雲の日、雨の日、雪の日もあるのです。
だけど家族が揃って、普段は気難しいお父さんや、お祖父さんもみな穏やかで笑っているし、お母さんもいつもより優しそうにしているから、実はそんな皆の表情が子供たちを、元旦はまぶしくてきれいだ、という記憶にさせているそうです。それに元旦は、皆が希望を見ているでしょう。
特別な事などなくたって、やっと年を越せたという安堵と、さあ新しい一年がはじまるぞって、皆の顔が生き生きしている、それだけのことなのですが、そこに幸せの風景があるようです。
皆の顔がまぶしいから、空も青くまぶしいという記憶になっているようです
これは伊集院静さんの「浅草のおんな」の中の一文の引用ですが、さもありなんです。

俳句で「去年今年」は新年の季語です。
あわただしく年が去り新しい年がやってくることを意味しています。
大晦日から元旦へ一夜明け途端に、なにかが新しく変わったような気がして、人はそこに清新な喜びを見出そうとします。
日本人だけですかね、大晦日の日にすべてをリセットしてしまうという習慣があるのは。
子供の時、大晦日の掛け取りで集金する人と、そこから逃げ回る人の悲喜劇は決して落語の世界の出来事ではありませんでした。
我が家の新年は、お雑煮を食べるところまでは、非日常な空間になっていますが、それ以降は日常の世界に舞い戻ります。
それでもお雑煮を食べるまでは、今年一年頑張るぞと思っています。
今年も残すところ後半年になりました・・・

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私にとっての青い空は伊豆の海です。
4歳から17歳まで夏は、母の実家がある伊豆で避暑をしていました。
そこでは毎日毎日海で泳いでいました。
前の島まで泳いで、疲れた体を寝転んで太陽に向けていますと、潮風がはこんだ海の香りに包まれます。
体の水気が取れるまでの間、少しの間まどろんでいます。
太陽のじりじりした熱線で目を覚ましますと、そこには突き抜けるような青い空が広がっています。
太陽がいっぱい、と感じるこの青空が私の好きな青い空であります。


ドラマーおばあちゃん A列車で行こう♪
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今日は錦糸町に出没です。
路上で歌宣をやっているのを久々に観ました。
生歌の迫力に圧倒されました。
今日のお店は「ぼらぼら」さんです。

住所: 東京都墨田区太平3-3-4 池澤ビル 1F
電話番号:03-5608-9630
定休日:日曜日・祝日


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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「ドライカレー」@880円です。
店内はジモティでほぼほぼ満席です。
皆さんの会話の中には、押上がとか向島がとか、地元の地名が飛び交っているので、このジモティ御用達というのは正鵠を射ているでしょう。

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薬味の面々です。

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待つこと1分で「ゆで卵」の到着です。

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待つこと12分で「ドライカレー」の到着です。
見た目、小ぶりですね。

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そこに先ほどのゆで卵と薬味を乗せて実食です。
うん、べチャッとしたドライカレーです。
辛さはそれなりにあります。
水牛のバターのギーでマイルド感を演出しているのですがそれがくどいように感じます。
私はチャーハンのような煽りが効いたドライカレーが好きなのですが、これは好き好きです。
特筆するのはプリンプリンした海老と感じの良い接客です。
近ければ毎日来て常連になりたいですね。

それでは(^_-)

神田 イル フルロ

今日は「停酒をして7年間」です
停酒をして7年間になります。
酒席でも私が飲めないのが恒常化してきて完璧に酒席の景色に溶け込んでいます。
そんな酒席において、ある程度の時間を過ぎますと皆が酔っ払って羽目を外し始めてきます。
それを見ている私は、なんでこんな悪魔に魂を売るような恐ろしい飲み物を7年前まで飲んでいたんだろうと感慨にふけっています。
酔っ払うってこういうことだったのだな、と改めて再認識しているのです。
人には戻る時間というものがあります。
それは上述のように「こんなもんだったのかな」というものです。
ところがこのような感情は、以外の感だけでは終わらないのです。
例えば、旧友と酒を飲んでいますと、彼らと過ごした時間をふりかえっているのです。
そういう時に私は記憶の中に立って、過去の時間を見つめ、彼らとの関わり、そして自分がここまで生きてきた時間の存在を思うのです。
あいつとは、あの時、あの店で無頼をして出禁になったな。
あの当時だからできたんで、もうあの店主のパンチはかわせないな、など若くみずみずしかった自分を振り返っているのです。
私にとって帰る事ができる友人というのはありがたいものです。

停酒の間接的な理由として父の存在があります。
聡明で真面目でシャイだった父は、生涯、優等生を演じたかったのではないかと臆断しています。
多分に、アカデミックな斯業に就きたかったのでしょう。
それは、時おり話す宮内庁に努めていた友人に対する羨望の言葉の中に込められていたことで分っていました。
その人生設計図を壊したのは戦争でした。
初年兵でいた父は戦地にはいかなかったものの、横須賀市追浜(おっぱま)にある海軍艦船修理廠にいました。
そこで戦闘で傷んだ船体の修理の兵務についていて、その傷ついた船体には沢山の戦死した兵隊も積まれており、それを引き上げて火葬にしていました。
そこで戦争の不条理、人間の脆弱さを、心に刻みこんでいたのでしょう。
鬱憤からの情動にかられなかったのは父がただただ真面目だったからだと思います。
戦後、希望していたアカデミックな人生行路が、戦後の貧困ということで実業という弱肉強食のジャングルに身を投じたのは必然の帰結でありました。
象牙の塔から切磋琢磨の競争の世界では、昇る階梯のそのものが違っていたのです。
就職した先で待ち受けていたのは、唯唯諾諾(事のよしあしにかかわらず、何事でもはいはいと従うさま)の軍隊スタイルの上下関係でした。それは数年とはいえ、軍隊にいましたので服従していましたが、困ったのは仕事が終わった後での先輩たちの酒席です。
飲めない酒の強要はかなりつらかったように聞いています。
しか〜し、父は「吐いて強くなるお酒かな」を実践して、メキメキとその頭角を現し、数年でその酒席番付の上位の地位を占めるようになっていました。
もともと、生真面目でシャイな性格だった事もあり、酔えば大言壮語をはける自らに気づいた事は、酒席にのめりこませる事を加速させていたのでしょう。
当初、父はその酒の効用に喜んでいたのですが、徐々に酒毒に染まり、酒を楽しんでいるのではなく酒に依存し始めたのです。
その人生の晩年は間接的自殺のようなものです。
私を含めた家族も色々と断酒を促したのですが、最終的にはイネーブラー(アルコール依存症者が飲み続けることを可能にする人)になっていました。
お酒を飲まなければいい人なのだから、とか、残り少ない人生だからお酒くらい飲ませてあげなくちゃ、みたいな事ですり替えていたのです。

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かかる私はそのような血筋であったので、お酒は強いと思っていました。
実際、中学1年生の時の、地元の例大祭で冷酒を飲みましたが、生まれた時から飲んでいたかのように体に入っていき且つあまり酒に酔わない自分に気づいていました。
そこで自信を持った私は、父親のような酒飲みにはならないぞ、という事で18歳くらいから多飲を続けていましたが、停酒前頃にはアルコールのコントロール障害に近い状態になっていました。
その為にお酒を停めたわけではないのですが、このままだとアルコール依存症になるなという予感はありました。
色々な偶然が重なって停酒にいたったのですが、なんで停酒を解禁しないのかな、なのですが、長期に断酒していても、再飲酒すればほどなくコントロールできなくなってしまうことです。
これは再発準備性とも呼ばれ、依存症の最も重要な特性のひとつです。
アルコール依存症の患者さんが生涯断酒を続けなければならない最大の理由はこの点にあるのです。
私はアルコール依存症ではありませんが、多分に先祖帰りするだろうという予感がありますので停酒を続けているのです。それと既に一生分は飲んでいますので・・・


ブラジルの女性レハネ・チリさん(49)は、病院で闘病中です。
末期ガンに冒され、余命いくばくもない状態です。
レハネさんには、子犬の頃から飼っており、心の友だった愛犬リッチーに会いたいという願いがあります。
何度も病院にお願いしましたが、 安全面や感染症の問題からなかなか許可がおりませんでした。
しかし、余命が短いことなどが考慮され、二人の再会が特別に許可されることになりました。
レハネさんを見たリッチーは、我慢できず大喜びでベッドに駆け寄ります。
その時の映像がこちらです。



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今日は神田に出没です。
美味しいスパゲッティが食べられるということでお邪魔しました。
今日のお店は「イル フルロ (IL FURLO)」さんです。

住所: 東京都千代田区内神田1-2-6 産広美工ビル 1F
電話:03-3293-0194
定休日:日・祝日

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お店の外観です。

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店内の雰囲気です。

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メニューです。

今日のオーダー「カルボメッツア」@1,300円です。
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すごい人気店です。
かなりの行列ができています。

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待つこと1分でテーブルセットが用意されました。

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待つこと5分でサラダとパンの到着です。
この二つは特筆するものはありませんでした。

待つこと16分で「カルボメッツア」の到着です。
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見た目「赤いカルボナーラ」というよりも「オレンジ色の憎いやつ」みたいな風情です。

まずは辛味対策で多めにパルメザンチーズをかけ回していただきます。
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それでは実食です。
玉子と唐辛子ってあいます。
ベーコンが美味しいです。
パスタもモチモチしていて食感が最高です。
これってすごく美味しいですね。
辛いカルボナーラって初体験ですが想像以上の美味しさです。
病みつきになりそうな予感がします。

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食後の珈琲もお美味しかったです。

それでは(^_-)
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