下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

B級グルメ

家でBBC放送なぞ聞きながら英語の勉強をしており、今日はほとんど引篭もり状態です。夕方に定期を買いに練馬駅に行きました。

定期購入後少し練馬駅周辺を逍遥します。
まず目に飛び込んできたのがこの看板「B級グルメ俺んち」、まさしくわが世界です。


でもお品書きをみると、ただ単に安いだけなのかも知れませんね。
代替テキスト


この後練馬で特大豚カツで超有名な「とん陣」の前で立ち止まります。


これはショーケースの写真です。
この店のお約束は以下の量を以下の条件で25分以内で食べることです。
ジャンボロースカツ定食 総重量2.5KG
【内訳】
ロースカツを750g、キャベツ千切り750g、味噌汁2人前ライス600g、お新香
【条件】
,茶1杯
▲宗璽1本(200g)
失敗の際は、料金5,000円
食べる時は水気のものが欠かせない私にとって、なにやらお茶一杯ではこの超特大豚カツが喉につっかかりそうです。
私なら挑戦する以前に、喉に食べ物を引っかけながらの食事はイヤですね。
話し変わりますが、たしかここのお嬢さんオリンピックかなんか出て一躍時の人になったことを覚えています、しかし何の大会でしたっけ?

最後は地元の大鳥神社です。
お酉様は浅草しか行かないので多分行くことは無いと思われますが一応練馬にもあるのです。



それでは(^_-)

ヘアスプレー

今日はお楽しみの映画「ヘアースプレー」を奥様と鑑賞します。
映画館は豊島園のユナイッテッドシネマ豊島園かTジョイ大泉ですが今回はTジョイ大泉に行きました。
この映画の内容は以下の通りです。


舞台は1962年の米東海岸の港町ボルティモア。
おしゃれとダンスに夢中な肥満の女子高生トレーシー(ニッキー・ブロンスキー)は、ヘアスプレー製造会社のTV青春ダンス番組「コーニー・コリンズ・ショー」に夢中になる。
ある日、番組のオーディションが開催されると知ったトレーシーは、父のウィルバー(クリストファー・ウォーケン)に励まされ、自分と同じく大柄な母親エドナ(ジョン・トラヴォルタ)の反対を押し切りオーディションに参加し運良く出演の夢がかなう。
その結果超肥満を恥じて家にひきこもる彼女の母は元気になる。
「黒人も一緒に踊れば楽しいのに」と無邪気なトレーシーの発言が黒人差別の美人番組ディレクターベルマ(ミシェル・ファイファー)を怒らせて警察まで出動する騒ぎへと発展する。

感想はネタバレにならない程度にいいますと、最初スクリーンを見た多くの観客は森公美子が外人キャラで歌とダンスをしているのかと思ったと思います。
主人公トレイシー役のニッキー・ブロンスキー1000人のオーディションから見事大抜擢された超大型新人ですが、それまではただの普通の高校生では何と御年17歳であの体です。
劇中で自ら言っていいた通りまさに「チビ(身長150cm位らしい)・デブ」です。
さらには、アメリカの超カリスマ人気アイドル、ザック・エフロンとのキスシーンも経験してしまったのですからまさにシンデレラガールの冠の通りですね。
しかしあれだけ踊りが上手いのに、あの体型なのは日本でも大人気なアイスクリームショップ「コールド・ストーン」でバイトをしていて、その合間にパクパクアイスクリームを食べていたせいなのかもしれません。
個人的にコーニー・コリンズ役のジェームス・マースデンの踊りが好きです。
ロックンロール好きにはタマリマセンね。
にさらには60年代を再現したレトロでキュートなファッションなどが最高でした。
私的には☆☆☆☆☆です。
ヘアスプレー

ところで映画から離れて今昔です。
まずは大泉学園の昭和31年です。

どうやら現東映大泉撮影所ですが、周囲に全く何も無い農村です。もともと西武の東京の別荘地としてできた町ですが何処に別荘地帯があるのでしょうね。

その後浅草に行きましたので浅草の今昔です。
その前に浅草寺の縁起です。


この浜成、竹成兄弟が救い上げたご仏像が、非常に高名な「聖観世音菩薩」であることが分り、この仏に深く帰依し改めてこの仏像を祀ったのが浅草寺の始まりです。そしてこの兄弟とこの仏計三人を祀ったのが「浅草神社(三社様)」なのです。
でもこの兄弟どちらが浜成さんでどちらが竹成さんなのでしょうか?

浅草ロック座の屋上から撮った珍しい「ひょうたん池」の写真です。前の方の池が現パチンコ屋さんで後ろに見える池が現JRAです。
ひょうたん池は明治17年に作られ昭和26年に観音本堂再建資金調達のため埋められたのです。
下町っ子の私も、生まれてなく名前こそしれ場所もおおよそしか知らなかったのでこの写真でハッキリと確認できました。
その名残で今ひさご(瓢箪)通りが残っています。



戦後間もない、全焼した「浅草寺」の改修工事の写真です。
「浅草寺」は昭和20年3月10日東京大空襲で消失しました。
たしか沢村貞子の随筆「私の浅草」にもこの東京大空襲の話がでており、彼女は当日「浅草寺」の境内の下に隠れていて、空襲が終わった次の日外に出たら地面が熱くて歩くのが大変だったと書かれていました。



お知らせです、あのお酒飲みの殿堂「松風」が店を閉めるようです。
残念ですね、しかし最近かなり敷居が高いのでお店に行くことも憚れます。
でもメンバーしか入れないのはヤリスギのような気がします。
記憶を紐解くと、当時お酒より酒のつまみの方がとても美味しくこれがあるから酒が引き立つように思えました。
お酒(日本酒)は、その当時(良く通っていた30年前頃)のお酒より今流通している方が美味しいと思います。
余談ですが、このお店「一人お酒三本ルール」ですが纏めて頼むと注文数が分らなくなり、滅多にないのですがたまに頼みすぎを指摘されると、連合いが急用ができて帰ったといえばそれですんだよき時代もあったのですよ。



現在の「松風」全景です。

「松風」の前の通りに有ります、10体近くある御利益タヌキ様の
置物です。今日はその中から「夫婦タヌキ」をお参りします。
この「夫婦タヌキ」様を拝むと夫婦仲がさらに良くなるそうです。
迷わず私は拝みましたが奥様は???

今日の獲物は浅草老舗「セキネ」のシュウマイです。
三十年ぶりに食しましたが、とても美味しかったです。
どちらかというとシュウマイというよりもミートローフをシュウマイにしたという感じですね。ツナギが強いのですかね肉が?今はやりの柔らか系と違い十分な歯ごたえ感がありとてもこれもよいですね。
まさに下町名物の名に値します。





最後に夫婦で手相を見てもらいました。
将来はお互い幸せな人生が待っているようです。
何故手相見さんは、必ず先生のような説教的な話し方になるのでしょうか

ということで今回はパチリ主体でオムニバス的Blog となりました。

それでは(^_-)







復活万歳!

月島にはお取引先様があり良く行きます。
月島は渋い美味しい店が多く好きな街の一つです。

特に中華料理は「S広」という店があり、そこの「上海焼ソバ」は大大好きです。
その店は公園のまえにあります。
去年公園の桜が葉桜の頃そのお店に行きました。
すると定休日でもないのにお店が休みです。
なにやらシャッターの上に張り紙が見えます。
「しばらくの間休業します」
どうしたんだろうと思いましたが、この時には長期化するとは思っていませんでした。

しばらくして、月島の居酒屋で飲んでいたら「S広」の話になり、どうやら調理をしていたご主人が脳梗塞で倒れたそうです。復帰は絶望のように聞こえました。

ここのご主人とても偉いのです。
この店はとても繁盛店なのですが、昼時に五十種類近くあるすべてのメニューとランチメニューを作るのでいつも注文が溢れかえる所謂ボトルネック状態となり待つこと夥しいのです。
当然の事ながら、たまには注文の順番違いが起きます。
すると麺の茹で方をやっている奥さんが般若顔で「何で順番間違えるのよ」とか「段取り分からないの」と聞くに堪えない怒声をご主人に浴びせます。
そしてお配りをやっている多分息子さんと思われるお兄さんが「俺はちゃんとオーダー通している」と腰の引けた言い訳をします。
その会話を聞く度に、君達文句は誰でもいえるさ、こういう忙しい時に協力し力を合わせて助けあうのが真の家族だろうおじさん一人が悪いのではない、君たちにも配慮という分担があるのだよと思う私がいたのでした。
しかしこの悪妻と阿保息子のなかで何も文句も言わず、美味しい料理を作るこのご主人はいつも偉いと思っていました。
まさに「男は黙ってサッポロビール」の世界の具現者です。

公園の枯葉が落ちたころ、店の張り紙に「早く良くなって!」、「オジサンの麻婆早く食べたい!」とか休業の張り紙の上に暖かい応援の寄せ書きが書き込まれるようになりました。

そして今年公園の桜の蕾が膨らみかけた頃、件の居酒屋での会話ではお店を再開するとの話が私の耳に飛び込んできました。

そしてGW頃かと思います、お店は「麺類」限定メニューで再開されました。
しかし私は完全復活するまで満を持して待っていたのですが、二週間ほど前その事を確認できました。
そして今日一年半ぶりに訪れたのです。
ご主人は顔色も良く、中華鍋のアオリも完璧です。
「完全復活おめでとう!ご主人」と心の中で祝福させていただきました。
もう一つ、般若奥さん看病疲れかですっかりゲッソリし、ご主人の調理している姿を慈しむように見ていたのが印象的でした。
阿保の息子さんは姿が見かけられませんしたが、私の想像では立派な跡取りになるようどこかで修行されているのではないかとお思いを馳せます。
特に死線を越えた、ご主人の顔には観照のようなものがうまれたように感じられました。

本当に良かったですね

ということで今回の獲物は「上海焼ソバ」です。


写真が今一です
私はここの麺の揚げ方がたまらなく好きです。時折「甘さ」すら感じます。
これが上の餡かけと絶妙に合うのです。
まさに今日、今ここに一年半ぶりの「口福」が口の中に蘇えったのです。

それでは(^_-)


財布が出てきたヨ!

そもそもお取引様に呼ばれて上野にいったのがこのトホホ劇の始まりなのです。
そこでお取引様のお客様も同席されました。
当然の事ながら初めての方なので酒量が分からずまず一次会の中華料理でビールを六杯、紹興酒をフルボトルで三本のんで地獄の蓋が開いたのです。
その後初めての方とお別れし、大虎チョイ悪オジサン二人が浅草の街に放たれたのです。二次会はカラオケに行き、さらにそこからもう一件そこで濁酒をしこたま飲み(ここで二人ともお陀仏状態)、そして〆にさらにもう一件行きそこで(後付で分かったのですが)財布を無くしたのです。
書いていて本当におぞましくなります、まさにキチガイ水の真骨頂ですね。

しかし今回何で財布が戻ったのかつらつら考えますと次の幸運があげられます。
1.この日全くお金を支払わなかったことが全てです。
たかりではありません、割振りが面倒なので後で纏めて精算しようと考えていたのです。本当ですよ(^_-)
よってどこで飲んでどこからどこまでTaxiに乗ったのかお取引様がすべての領収書をもっておられたのでその日の道行きが完璧にトレースができたのです。
逆でしたら、財布の中にすべてが入っているので探しようもありません。
落とした店もお取引様が支払いましたので領収書がありトレースできたのでした。
しいていえば2人とも最後の店に行ったことすら覚えていないので、これのおかげで財布を落とした店に辿り着けたのです。
これが無ければ完璧にお陀仏です。

2.落としたお店の主人が道徳心ある方だったことです。
一応一昨日電話で確認した時は、二人の前夜のすごい壊れ方でケンモホロロの応対でした。
電話の会話も探したけれどありませんという冷たい回答でしたが、昨日電話がありよくよく探したらバーチェアの足元に隠れていました。却って落胆させてすみませんとのことです。
私から念のため中身確認してもらえませんかというと、人様の財布などのぞけないとのことです。
偉いな!そんな言葉が出てくるなんて私には信じられません。
ぽっぽしても分からなかったのに・・・


ということで財布は一泊二日の旅で無事に帰任されたのです。
しかし飲みすぎに注意しないと、いつかトホホではすまなくなりそうです。
家族に合わせる顔なかとです
尚この場をお借りしまして、多大なるご迷惑をかけました関係者にお詫び申し上げます。
多分もう二度としないと誓える予感がしますm(__)m

それでは(^_-)

しばらく休載です

酔って財布を落としそのショックで立ち直れません。
しばらく休載します。

女工哀史

昨日昭和五年の帝都東京の地図を見ていて思い出したことが有ります。
それは実家のそばにある文花団地を子供の頃トウモスとかモスリン跡地と呼んでいた事です。
昨日地図でその当りよくよく見ると東京モスリン紡績となっていました。
これ調べてみると紡績工場でかの有名な「女工哀史」で有名な労働文学作家の細井和喜蔵が働いていた所です。
ここでの体験が後の女工哀史に結び付いていったのですね。
でもここでの体験というのが好きになった女工の手がどす黒く節くれだっているのを見て、美しい衣服を織るために幾万の若い女性が犠牲になっている現状に疑問を持ったのが女性労働に目を向けるようになった端緒だそうです→かなりフェミニストです。
しかしトウモスが東京モスリンを短縮した言葉で、さらに自分の実家のそばに有ってあの女工哀史の構想がそこで醸成されていたことも知りませんでした。
でもこの本が人口に膾炙したので、昭和2年同工場での始めてのストライキで労働者が勝利し、初めて女工の外出(外出ですよ)が認められたのです。
当時その東モス周辺にに立地していた女工哀史的工場はきたる時代の波に巻き込まれみな消滅しました。
唯一花王石鹸(現花王)のみが現存しています。

そうそう地図の中で浅草も見ていたのですが、今でも現存している食べ物屋さんは、
雷おこし「常盤堂」、天麩羅「大黒屋」、同じく天麩羅屋「天定」の三店のみです。
やはりここでも時代の移ろいを感じさせられました。

さて今日の獲物は社員食堂の「大アジ」ですが、しばらくみない間にすっかり小さくなってしまいトホホです。


以前はこのお皿からはみ出ていたのにネ
店員さんにお聞きしますと、入荷の関係でこういう日もあるのだそうです。
味が一緒なので、小さい分損した気分です。

それでは(^_-)

下町散策

本日は奥様と下町散策です。
始めは「一葉記念館」です。
夭折した天才小説家樋口一葉(本名:奈津)の波乱の24年の人生を展示した記念館です。
建物自体がきれいで採光性に溢れ、展示内容も分かりやすい構造になっています。
また良く知らなかった一葉の人生にもふれることができ感動しました






これは記念館前にあるコジャレたお店で販売していた、「楊枝入れ」です。
奥様がお友達にと購入していました。


お昼はここまで来たら浅草は、中国料理「香港楼」でしょう。
最初は「くうしんさい炒め」です。ニンニクの香りとくうしんさいの歯ごたえ抜群です。


私は「マーボー豆腐そば」です。
何故か日本ぽくって美味しい


奥様は「 四川風辛酸とろみそば」これはTooHotの様でした。
味は美味辛ですが、かなりいけます。
でもここは「炒めもの」勝負店だと思います。


次は「下町風俗資料館」です。
私が育った下町の昭和5年当時の地図がありましたが、やたら池が多いのに驚きました。
これじゃ地盤が軟弱で「大地震」がきた助かる確率が低いのも頷けます。




最後は「水月ホテル鷗外荘」です。
ここでお茶して帰りました。しかしお従業員のぞんざいな対応に折角の名庭園の美しさも半減です。






それでは(^_-)

星国異聞

LONG TIME NO SEE!


日本に帰ってきました。
一年ぶりの海外出張なのでトホホの連続でした。
今回はパチリを多用しましたのでお楽しみください。

まずいきなりトホホです。
セキュリティ強化で100ml以上の液体は持ち込めなくなりました。
何が問題か?ですね。
実は私の髪型はリーゼントぽいサイドバックです。
よってこの髪型を維持する為には、愛用のハードムースのお助けが必要なのです。
ところが上述の事を知らない私は手荷物検査でハネラレました。
とりあえずゴネルだけゴネたのですが「糠に釘」です。結局チエックインカウンターに逆戻りし以下の画像の通りになました。
余裕を持って行ったのでフライト時間に間に合いましたが、ギリギリだったら冷や汗ものですね。
私以外にもシャンプーでハネラレタお嬢さんも多く結構この件は多くの旅行者にパニックを与えていました。

こんな感じで荷物として扱われます。
液体持込制限

その日の夜はタイの邦人の方と接待飯だったので、今東南アジアで人気の「ナンジャモンジャ」というお好み焼き屋さんです。やはり海外駐在が長いと日本飯を食べたくなるのでしょうね。

次のトホホです。その日飲みすぎたのか次の日の朝のピックアップ時間06:20を時差の勘違いにより何故か04:00にホテルの待ち合わせ場所にウサギ目でいたのです。
あれ誰も来ないなと、二日酔いの頭でボーとしていたらホテルの時計が目に止まりました。
アーこの時計壊れているなと思っていたのですが、実は壊れていたのは私の頭でした。
結局部屋に戻り寝なおしたのですが、時間に遅れるのがイヤで結局その日は3時間睡眠という超ショートスリーパーオジサンとなった次第なのです。
現地に入ったら時計は現地時間に合わせないとね

シンガポール空港内観です、基本的にこの国は何処もキレイ!

何故か空港内に「元気寿司」があります。

その日はスラバヤです。

空港の売店です。
これを見るときれいだなと思うかもしれませんがここだけですキレイなのは
訪問するメーカーさんに行く途中に電車が私の前を通り過ぎましたが、窓なし扉なしです。かえって怖いので電車から落ちないのでしょうね

シンガポールとインドネシアのスタッフです。
さてたまにBlogにでてくるColleenさんはどちらでしょうか?
BlogPaint


次はメーカーさんのトイレです。去年は紙の代わりに浴槽に荒縄がおいてありそれで用済み後はゴリゴリ拭くのですがさすがにそれはなくなったようです。
しかし一見水洗のように見えますが、用済み後は柄杓でブツを流します。
さらに紙があるように見えますが実はないのです。
一体インドネシア人はその後どうするんでしょうか?これ以上の追求は私の領域外なので止めます。
BlogPaint

次はこのメーカーさんに行くと必ずお昼はここ中華レストラン「ALOHA」です。

何故か焼鳥といっていました?味ですか、甘辛いのですがベリーグッドです。

焼ソバです。これも美味しいですね。

次はシンガポールのTV画面です。華人が70%もいますので字幕も英語と中国語です。
ジャ喋っているのは何語と思われた方はかなりスルドイお方です。
多分喋っているのは北京語で字幕は広東語じゃないかなと思われます。



さて今回のメインは肉骨茶(Bak kut teh, バクテー)です。
肉骨茶はマレーシア特有の食べ物。 (Bak kut tei) というスペルでも表記されます。
発祥はマレーシアに移民した中国人苦力の間から安い金額で体力を補うのが目的で生まれたと言われています。
茶とはいうものの、これは多種のハーブを煮汁に使用する為で、実際には皮付き豚肉を醤油のスープを入れた土鍋で煮込んだものです。
中国茶、主に鉄観音茶を飲みながら食ますが、私たちはご当地定番「タイガービール」で頂きました。


今肉骨茶はシンガポールで大ブレークです。多分日本人の多くの方もこの味好きだと思います。
特にヘラヘラの後の〆飯には最高でしょうね。
味は薄口の塩味で、それに肉汁が相俟ってふくよかな味です、ハーブが多い割りには芳醇です。特に「海苔肉骨茶」が一番美味しかったです。でもこれ一歩間違えると「海苔茶漬け」ですね。



このお麩をつけて食べるのも良いですが、一番のお勧めはチリペッパーをつけてご飯をかき込みですね。

次に海外でのお楽しみのカップラーメンの調達です。
今回はこの中から「TOM YAM SEAFOOD」と「SPICY SEAFOOD」です。

どんな味がするのか今から楽しみです。
値段はいずれも@110円でした。

次はチャンギ空港のJALのスカイラウンジのパチリです。


チャンギのJALラウンジは初めてなのでパチリしました。飛行機の中でお酒飲んでぐっすり寝ようと思って朝の8:00(ローカルタイム)でしたがガツガツワインを飲んでいました。
しかしその三十分後に日本からクレームの電話があり19:00まで会社に戻らなければならなくなりました、これにはトホホでしたね。

最後に私はかねがね飛行機で疑問に思ったことが一つあります。
それは夜間、飛行機が着陸する時機内照明を消すのは何故かということです。
絶好の機会なのでJALのスッチーさんに質問しました。
すると・・・なんと・・・答えは意外でした。
簡単に説明しますと次の通りです。
夜間の着陸時に事故が有った場合、明るい機内が暗くなると瞬間目がくらみ次の動作に移るのが遅れます。そのため予め機内を暗くしておくのだそうです。
知らなかったです。
そうかエアラインはいつも万が一を想定してOperation Procedureを作っているのですね

これにて、星国異聞の大団円といたします。
最後までお読みいただきありがとうございました

それでは(^_-)




しばらく休戴です(^_^)v

明日から海外出張で東南アジアに行きます。
その為ブログは土曜日から再開です。
さてさて再開後ののブログはどうなるのでしょうか
下町っ子の奮闘旅行、興味深々ですネ

毎日美味しいサプライズが有るのか?
私のドヘタ英語は東南アジアの方々に通じるのか?
シンガポール支店の担当のコリーンは噂どおり美人なのか?

乞うご期待ですね。
トホホにならないよう仕事もグルメも頑張ってきます

So Long

高いもらい物?

今日は先週マラソンクラブの先輩から頂いたレース用バイクを普通に乗れるよう、吉祥寺にある「オミノウェィズ」さんに奥様と一緒に出向きます。
やはりこのバイクは我家ではこのままでは使いこなせないようです。

ショップの方がいうのには、「フラットペダル」「スタンド」「ライト」の三点セットはいるようで、併せて@8,000位の追加出費が必要です。
店内みてもオジサンとかオバサンが来るところではないぞオーラが充満しています。
やはりバイクと一緒に「風になる」のは無理なようですね


その後前から目をつけていた石神井公園ボート乗り場脇「たつみ庵」に出向きます。
目をつけた理由は、いつ通っても繁盛しているのでとても気になっていました。
今日も二時だというのに七割方満員です。

お店のお品書きの「表紙」は、こだわりとんかつ・そば・うどん・和食処となっています。
お客さんの多くも、揚物系を頼んでいるようです。
私たち夫婦は天邪鬼なのでしょうか、私は「ざる蕎麦」、奥様は「天麩羅蕎麦」、後美味しそうだったので「ジャコ天」を頼みました。

生山葵がウレシイですね

これは生姜醤油で食します。口の中でハジケル「ジャコ」の香りがタマリマセン

味ですか、美味しいです。どうやら繁盛している理由は味だけではないようです。
「盛り」が多いのです。この「盛り」は家族連れでいっても取り分けして食することができますのでお得なのでしょうね

最後に口直しに「とろとろ杏仁豆腐」を食べましたが、これは滑りましたね。

泣くな杏仁君他の兄弟が優秀すぎるのジャ

しかし極めて合格点なお店であることは間違いありません(^_^)v


それでは(^_-)








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