下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

西安料理「XI'AN」

今日は有楽町のお取引様に出向きました。お昼はイトシアでバインセオサイゴンのベトナム飯でも食べようと思い行きましたら行列です。さすがに並んで食べるほど暇ではありません。
しかし行列のできる店イトシアでの本日の最長行列はクリスピー・クリームドーナツの只今七十分待ちでした。結構お暇な人が多いいのですね(笑)。

仕方ないので近隣で探します。すると西安料理「シーアンと」いう看板が目に入ってきました。
ここの惹句は以下の通りです。
「シルクロードの起点、古都西安多彩な食材とスパイスが織り成す独創的な西安大衆料理をご賞味あれ!」

私は「ご賞味あれ!」この言葉に弱いのです。
成程々と頷きながらお店に吸いこまれます。メニューを見ながら今日の獲物を探していたら、このお店に漂う中国山椒を主とした中国料理独特の混在した匂いが何か私にデジャブを感じさせたのでした。それを探るべく料理がくるまでこの店を携帯で検索しました。
そうするとこのお店、何と串八珍グループ豊創フーズ蠅経営していた「刀削麺荘」の換骨奪胎のお店だったのでした。
ナーンダだったのでした。「刀削麺荘」なら会社が御茶ノ水に有った頃、このお店が近いところにありよく食べに行っていたものでした。よってここの味はよく知悉しています。
ということで私のシックスセンスの正しさは証明されたのですが、メニューを見れば「刀削麺荘」とほぼ同じだったのでした。(すぐ気付けヨ!)
今日の獲物は「麻婆定食」です。
代替テキスト

味ですか美味しいですけれど、何度も食べているのでサプライズもありません。
特に拍子抜けしたので凄ォーく損をしたような気分ですネ。

それでは(^_-)

崎陽軒シウマイ弁当

今日は名古屋に出張です。
午前中会議のため昼食もゆっくりとれず、新幹線内にて駅弁です。
取り急ぎ崎陽軒のシウマイ弁当(セキネのシウマイ食べてから最近病みつき)とお茶を買い求め車中の人となりました。
席についてから、この弁当を見ていると子供の時の思い出が蘇ってきました。
その思い出とは、記憶が曖昧なのですが多分小学校の行事か何かで、亡き父に伊豆迄迎えに来てもらい二人で一緒に東京帰った時の話です。

というのも子供の時夏は、いつも母の実家伊豆に避暑だったのです。
これって冷静に考えると下町より伊豆の方が却って熱いので避暑にはならないのではと今思いましたが、構わず先に進みます。

大船駅手前で昼時間となりちょっとお腹がなった頃、父が大船駅につくやいなや突然横浜名物崎陽軒のシウマイ弁当を買ってくるとのたまわって、ホームの駅弁販売のオジサンの所に走っていきました。
こういう時私は父が発車時間に間に合わなかったらどうしょうと、いつもヒヤヒヤしていたものでした。
その時も崎陽軒のオジサンは私たちの車両から大分離れた所でお弁当を販売しており往復にかなりの時間がかかるのはわかりました。

足の短い父はそれでもダッシュし突進です。
それを窓から首を伸ばして見ていた私は何とか間に合うなとホットしていましたが、父は弁当だけにすれば良いものを余計にビール迄買っています。そして発車ベルが鳴るとさすがに慌てて最寄りのドアに滑り込んだようです。
しばらくすると息を切らせながら席にもどってきました。
私はホカホカのシウマイ弁当を父はホカホカのシウマイをつまみにビールを美味しく頂きました。

さて前置きが長くなりましたが本題は此処からです。数日後新聞を見ていたらその当日大船駅で販売されたシウマイ弁当を食べた人が、多数食中毒になったという記事が新聞を賑わせていました。
早速父にその記事を見せ、お父さんお腹こわさなかったのと聞きますと、男はシウマイ位で食中毒になってはいけないと逆に気合い入れられたのでした!
そうか男はシウマイ位で食中毒になってはいけないんだなと妙に感動したことを思い出したのでした(当然ながら私も食中毒にはならなかったのでした)。

よって冒頭の通り今日の獲物は崎陽軒のシューマイ弁当です。
代替テキスト

結構こう見えてもおかずが多く、シウマイ、筍煮、鮪の照り焼き、卵焼き、鶏唐揚げ、蒲鉾、アンズ、昆布と八種類有ります。
味ですか、シウマイは温かくなければ美味しくないのですが、今日は何故か隣に亡き父が座っているような気がして二入で美味しく数十年ぶりのシウマイ弁当を頂きましたただしビール抜きです!(ネッ親父

それでは(^_-)


指きりゲンマン?

今日は打ち合せで川崎に出向きます。
久々に訪れたこの町は、すっかり変貌してしいました。
遥か昔は、ヤクザ、チンピラ、銀竜会(これヤーサンの組名か?)、キャロルという四大話で有名な処でした。
ここに地獄の蓋を開けでてきたような、魑魅魍魎の人たちが闊歩するとてもオトロシイ街でした。
しかし今や洗練されたお洒落なビッグシティに大変身です。
かつて不良の溜り場の映画街もLA CITTADELLA(ラチッタデラ=イタリアの丘の町をコンセプトにしたシネコン)に変わっています。

代替テキスト

チンピラさんがいなくなった代わりに、日本語の上手な黒人さんがイカガワシイお店の客引きを一生懸命なされていました。しかしこの黒人さん見た目超アブナイのですが、誰に習ったのか日本語が丁寧のうえ上品なのです。
思わず私はこのアンマッチの時空を、まるで初めて洋画の吹替えを見て驚いた老人のようにしばし佇んで堪能しておりました(しかしマジにオモコワです

川崎といえば焼肉です。昔焼肉店がいっぱい有った場所に出向くとキレイサッパリワープして無くなっていました。
仕方無いので1961年創業の老舗「食道園」に出向きます。
今日の獲物はここの一押しバラ汁(テグタンクッパ)ランチです。

味ですか、肉君は柔らかくて申し分のないお味ですが、スープ君は少し酸味が強すぎまして今一つですね(伝統が泣くぜ!)。
代替テキスト

帰社は京浜急行です。
停車待ちしている電車に急いで飛び乗ると、眼鏡含めた装身具がすべてキンキラキンのオジサンが大股開で足を放り出し大声で携帯しています(ウルサイ)。
このオジサン良くみれば指切りゲンマンができないオテテでした。
やっぱり間違いなくこの街は川崎だったのです。

過日事故を起こしましたが、その沙汰を所轄警察の事故処理係に問い合わせますと、敷地内の自己は原則事故扱いにならないとのことでした。
よって1989年3月29日以来の「無事故無違反」記録は引き続き延伸されるのです(万歳民草よ控えおろうゴールドカードでごじゃるゾ

それでは(^_-)


本郷散策

今日は所要で本郷に行きました。
用事がすみ、本郷界隈をそぞろ歩きです。
最初は、夏目漱石邸跡地です。

小説では「我輩は猫である」に出てくる主人公の飼主である英語教師の珍野苦沙弥先生がすんでいたところですが、実態はモデルの夏目漱石先生の住居です。
代替テキスト

さらに良く珍野邸敷地内横行する学生達は小説では落雲館高校の生徒ですが、実態は郁文館高校の生徒です。
いま同校は新校舎を建設中ですが、それにより見晴らしがよくなり、何と夏目漱石先生の住居と郁文館高校は隣り合っていたのが分りました。
明治頃はセキュリティも今と違ってうるさくなく生垣で仕切られた邸内に、落雲館高校の生徒達が縦横無尽に侵入を繰り返えせたのは理解できます。
漱石先生もこれには小説内に書くくらいですからマジに頭にきていたのでしょうね

その後は今日の目玉の東大安田講堂前にある東大中央食堂です。
代替テキスト

しかし土曜日の営業は、11:00から14:00までで残念なことに入館がおくれ食べられませんでした。
メニューを確認しますと、本当にたいした事も無く、この食事が日本の最高頭脳を支えているかと思うと少し驚かされました。

結局今日の獲物は以前から狙っていた、本郷三丁目かねやす前にある創業昭和45年の「洋食せんごく」です。
数あるメニューからハンバーグを選びました。
代替テキスト

メニューの惹句をご披露しますと以下のようです。
ステーキ用赤身牛肉を細切りにした、贅沢なビーフ100%のオリジナルハンバーグ」との事です。
ソースが次の三つから選べます。
/裕No.1せんごくバター
△気辰僂蠅箸ろしポン酢
やみつきになるガーリックマヨネーズ
私はヤミツキになろうぜということでガーリックマヨネーズを指定しました。
味ですか、贅沢ビーフを使用しているだけあって、肉の味もよく美味しかったのですが、付け合せの野菜(モヤシ&コーン)がショッパすぎてプラマイチャラという感じですね(残念)

その後は樋口一葉住居跡に行きました。
ここでは一葉が使っていたという「井戸」をパチリしました。
代替テキスト

画像が見にくいかもしれませんが、井戸水を沸かして飲みましょうの張り紙には思わず笑ってしまいました。だって水道水すら飲まない今の東京人が、ワザワザ古式豊かな水は飲まないでしょう

最後はいまでも東大の学生が住んでいる名門下宿「本郷館」をパチリです。
代替テキスト

最近の東大学生はお金持ちの子弟が多いと聞き及んでいますが、なにも好き好んでこのような安下宿にすまわなくてもと思うのは私だけでしょうか?
参考までにHPよりの引用を記しておきます。

【QOT】
1905年に建築された木造三階建ての建築物で、部屋数は70室前後。全体はL字型となっている。木造建築物としてはかなり大規模なもの。関東大震災や東京大空襲で東京の古建築が壊滅的な打撃を受けた中で、生き残った。所在地は東大正門より200メートルほどの場所である。この付近にはかつて学生相手の「賄いつき」「共同炊事場」の下宿屋が数多く存在しており、その名残を残すものである。長年にわたって現役の下宿屋として使われており、地域のシンボル的な存在になっている。2007年に老朽化のため取壊して建替える計画が公表された
【UNQOT】

ということで本日の本郷界隈逍遥はいかがでしたか。

それでは(^_-)

風が吹くと桶屋が儲かる

街が少しずつ色づいてきました。一陣の風が枯葉を巻き上げています。
代替テキスト
※今日から画像の上にポインターをおくとコメントがポップアップされます

ところで[風が吹くと桶屋が儲かる」ですが、諸説ありますが私が覚えているのは
以下の通りです。
‖臧が吹く
∈峻爾舞失明する人ができる
失明した人は恩曲で生業をたてる為三味線が必要となる
い海粒擺錣惑の皮を使用しているので猫が減る。
チ佑はびこる、鼠は桶をかじる。
Σ害阿儲かる
諸説もほとんどおなじですが、桶というのは米が入っている木桶のようですね。
でも子供の時、風が吹いたら盲になるのが嫌なので皆桶をかぶって外出する。
だから桶屋が儲かる方が分りやすいと思っていましたが、すこし天邪鬼ですかね
しかしなにか異常です。
11月23日は勤労感謝の日ですが、併せて三田祭でもあります。
学生時代この頃はとても寒く、三田祭ではその寒さをしのぐ為熱燗を飲んでいたこと思い出します。
ちょっと暖かすぎますね。

今日も月島のお取引様に出向きます。
今日の獲物は、東京税関晴海出張所内食堂です。
この場所を知っていることはすごい(自画自賛)と思います。
玄関入口にあるポスターには、密輸禁止、模造品禁止、拳銃持込禁止と日本中の禁止が集合しています(笑)
ここは値段が安い、A定食(390円)、B定食(520円)、C定食(650円)です。
今日の獲物は、味噌鯖定食、これに納豆と福神漬けがついて520円です(ドウダ!)
代替テキスト
※今日から画像の上にポインターをおくとコメントがポップアップされます

味ですか、なにやらオバサン集団が調理をしているので間違いないですよ。
今日は「五目堅焼きそば(390円)」が良く売れていましたね。

それでは(^_-)

月島 もんじゃ

今日は下期最大の新規ビジネスの案件がインドネシアから入港します。
ところが通関に必要な書類が今日現在きません(マジ)、シンガポールの業務担当のミッシエッルさんからは先週金曜日間違いなく送っているとの事でした。
しかし無いものは無いのです(怒)
乙仲からは書類が無ければ通関できませんぜとヤクザチックなご返答があり心が乱れました。
マレーシアに出張中の営業のコリーンさんを捕まえ本件のデレィを伝えます。
日本時間17:00にシンガポールに帰国するとのことで、17:30にコリーンさんから電話がありました。
結果として、ミッシェルさんのポカ(これ日本語?)でした。
どうしようもないのでお客様に謝り、併せて乙仲に謝りほとんど半狂乱でした(疲)

今日の獲物は、お取引様との二次会でのもんじゃです。
私はタイトルにあるよう下町生まれですが、もんじゃだけはお金を払ってもたべるものでは無いと思っていました。
しかしお取引様のネゴにより食べに行きました。

今日の獲物は「生姜もんじゃ」と「カレーもんじゃ」です、店名は「おしお和み店」です。

これはショウガもんじゃです
味ですか、本当にとても美味しかった(二十歳の頃は月島もんじゃを極端に田舎もんじゃと馬鹿にしていました)です。

特に外もんじゃは、会話+お酒により味以上のふくらみが生まれますのでそれが楽しいですね

それでは(^_-)

丸寿 西村商店

昨日の続きです。
大阪単身の時は暇に任せて良く京都に行きました。
竜馬の足跡をたどるのが楽しくて、河原町あたりは定番コースです。
そこで竜馬寓居「酢屋」とか「近江屋(現JTB)」などを見て廻ったのです。
そこでいつも気になったのが、蛸薬師の行列です。
いつ行っても並んでいます。一体何なんだろう???と思っていました。
ある日行列がないので、お店のご主人に聞きました。
(私)「何を売られているのですか」
(ご主人)「焼芋です。今からだと九十分位待たないと食べられないですよ」
(私)「エュ!焼芋屋さんだったのですか」
そうなんですこのお店「丸寿」さんという焼芋屋さんだったのでした。
しかしあのプライドが高そうな京都人が並んで焼芋を買うなんて信じられませんでした。

さて本日打合せが終わり、帰社しなくても良くさらに飲み相手もいなかったので真っ直ぐ帰宅します。
途中飯田橋で乗り換えるので、少し飯田橋を散策しました。
最初は神楽坂飯店のジャンボ餃子のサンプルをパチリです。

ネット調べたら、この餃子2.5kgもあるそうです。
制限時間一時間で失敗したら9,600円だそうです。
モチロン一人でですよね?
ちゃんと火が通っていますかね

その後奥様切望の不二家飯田橋神楽坂店の「ペコちゃん焼」です。
例の騒動から大分時間が経過しているにも拘わらず依然行列です、といっても6〜7人ですがね(笑)

ペコちゃん焼は、渋皮マロンクリーム、チョコレート、カスタード、スィートポテトクリーム、小倉の6ペコちゃんから成り立っています。

ということで今日は平和な一日でした。後はペコちゃんをお腹に入れるだけです。
やはり「小倉」かな

それでは(^_-)

竜馬暗殺

先日竜馬の身長が180cmではなく169cmというニュースをみました。
そうなんだというか私より背が大きくて格好良いとうのがリスペクトの最大要因だっだんのですがチョットがっかりしました。

そいうことで今日は竜馬暗殺です。
犯人は新撰組、紀州藩、見廻り組、後藤象二郎、討幕派犯人説等がありもう犯人は誰でもOK状態です。

以下が事故記録です。

時:慶応3年11月15日午後9時頃
所:京都河原町蛸薬師下ル西側・醤油商近江屋新助宅二階
被害者:坂本竜馬(海援隊隊長)33歳ほとんど即死。全額部(致命傷)、左肩先から左背骨、さらに全額部に傷喉に2箇所の突き傷(トドメ)があったという資料もある。)
中岡慎太郎(陸援隊隊長)30歳
2日後死亡。後頭部、肩、胴、背、股等12箇所に傷
(頭を3度ほど突き刺されていたという資料もある。)
藤吉(下僕) 死亡。背等に6箇所の傷
現場における刺客の遺留品
,蹐色の刀の鞘
∪菘幼の瓢亭という料理屋の下駄の片方
目撃者の証言:
藤吉「犯人は十津川郷某と名乗り、名刺を出した。」
中岡慎太郎「刺客が斬り込んだ時、『こなくそっ』といった。」
「刺客はトドメを刺さず、『もうよい、もうよい』といった。」
「入ってきた刺客は、2人だった。」

しかし中岡慎太郎のこの重篤な状態では、彼の証言をどこまで信じてよいのやら?
私が一番不思議なのは、たしかこの蛸薬師の家は裏手にあるお寺に逃げ込めるよう脱出用の梯子があったはず(記憶違いであればごめんなさいm(__)m)?
私はこの事実が真であるという前提で、この近江屋(現JTB)裏手に十数回も行きましたが確かにこれは逃げやすいとその度にもうなずいたものでした。
さらに近江屋から長州藩邸、薩摩藩邸などは歩いても十分もかからない距離にあり、明治のエポックメーカー竜馬ががそのセキュリティーの恩恵に属さない理由も不明です。
司馬先生のいうような天地自由のバガボンドという絵図も妥当でないような気がいたします

なぜ犯人は退路を断たなかったのでしょうか。
犯人達は目的を達成したので良しとしておきますが、この現場で前と後ろで挟み射ちをしなかったのが竜馬暗殺の最大の不思議です。

さて今日の獲物は魚がし「田なか」の先着6名限定の刺身定食です。


ちなみに魚は、鮪、カンパチ、帆立、海老、蛸、烏賊の盛合わせで何と800円です。
これは本当に安くて美味しいです!
でも本当に数量もう少し増やして欲しいです、今日結構早めにお店に入ったのにラストの6番目でした(ラッキー)

それでは(^_-)

本日ヘラに付休載です!

すみません今帰宅しましたが01:30です。
すごいヘラなので本日休載させていただきます。
こういう日もあるのです。
でも何故か昨日のショックから立ち直っているようですよ

それでは(^_-)

無事故記録途切れる

本日マラソンレースの為光が丘公園に車で出向きました。
会場近隣の駐車場で車を止める時、落ちていた大きなゴミ(警官はカラスが持ってきたと言ってました)がタイヤに巻きつきそれが空転しているのを知らずアクセルを踏み込んだら車が後方に暴走しました。
この駐車場実は1.5m位の高いところに位置していてそのまま突っ込んだらその高いところから落ちるだけです。
駐車場の駐車料金ポールをなぎ倒し縁石ギリギリのところで止まりました。

もしそのまま落ちていたら、大怪我以上の状態で運悪ければお陀仏になっていたでしょう。もし落ちてさらに暴走していたらその先のマラソン周回コースに突っ込み、走っているランナーを巻き込み二重災害を起こし交通刑務所行きかさもなくば同様にお陀仏だったでしょう。
事故調査の警官も、旦那さん運が悪ければ死ぬところだったねといわれても決して大袈裟で無いと思いました。
たまに新聞で高所駐車場からアクセル操作を誤り、落車してその上二次災害を起こして亡くなる方がいますが、同様の状態を体験すると背中に寒いものを感じます。
当事者は車の空転は分らないのですよ。
ということで1989年3月28日以来頑なに守っていた、無事故無違反記録がストップしました。
車は買い替えなければいけません(トホホ)。
しかし命あってのモノだねとはいいますが、事故当時は緊張で軽度すんだことを感謝しましたが、徐々に体の中で硬く絞った結び目のようなものがほどけてくると何故自分がこのような悪夢に巻き込まれることが得心できません。

ということでハーフラッキーな一日でしたが、果たしてこのショックから立ち直ることができるか?

それでは(^_-)



訪問者数

    Archives
    Categories
    記事検索
    • ライブドアブログ