下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

マラソン三昧

今日はマラソンクラブの月に一度の記録会です。
最初は、月例レースです。
私は今日久々にタイムが良く5.25kmを4分30秒/KMをきるランとなりました。
今日は特別に仲の良いマラソンクラブも参加して大人数となっています。
月例レースの後は、タイム差レースです。
タイム差レースとはまずチームを三人で編成します。
そこで各々が自分の一周タイムを申告します。
そしてズルをしないように時計を外して走ります。
申告タイムと記録タイムの差が一番近いチームが優勝というわけです。
ということで午前中はマラソン三昧です。
そしてお昼からは、反省会です。
といってもただの「飲み会」ですが・・・

今日は病気の為、初めて素面での参加です。
しかし酔っ払うと、人って面白いですね。
一に「話がくどくなる」、二に「話が脈絡がなくなる」、三に「話しすぎると、何処で終わらせて良いか分からなくなる」という傾向が顕著になります。
飲んだときの我が身を見ているようで、思わず汗が「タラーリ、タラーリ」でした。

その後クラブの先輩からレース用の自転車もらったのですが、この自転車本当にレース用で「スピード早いわ=車を追い抜いてしまう」「スタンドは無いわ=自立駐車できない」「ライトは無いわ=夜走れない」ほとんど「どうしましょう」状態です。

来週普通に乗れる様手直しするのですが、果たしてうまく乗りこなすことができるかどうか心配です。



それでは(^_-)


線香臭い一日

今日小学校からの親友の三周忌が浅草のお寺で営まれました。
彼との思いでは色々あるのですが、今日はスキップします。
ただ亡くなった時に三歳とゼロ歳の子供が二年の月日の中で成長し、顔などが似てきたのは救いですかね。

その後は三河島に在る病院に治療にいきました。
三河島といえば、私的には「三河島事件」です。
三河島事件

それは昭和37年5月3日に父の姉(私の叔母)が父に宛てた一本の電話ですべてが始まりました。
電話の内容は、叔母の三男坊がまだ帰宅していない。
ひょっとすると今ラジオで大騒ぎしている三河島の脱線事故に巻き込まれたかもしれないとのことです。
現場には今日中に行くことができないので、代わりに確認してくれないかという依頼でした。
は即座にすべてが理解できたようで、「三河島に行ってくる」とい言い残して事故現場にすっ飛んでいきました。
しかし現場は想像以上に混乱しており遺体の確認などできる状態ではなかった様です。
朝方赤い目して帰ってきた父はそのように言っていました。
その後遺留品から徐々に身元が判明し始め、私の従兄弟の「死」は新聞等のプレスリリースによって遺体を現認する前に周知されたようです。
享年19歳でした。

その後遺体の引き取りやら葬式等で慌しく時間が移ろい、事件の四日後には切望していたの女の子(要は私の妹)が生まれました。
今このブログを書いてて思うのですが、かなり印象に残る一週間だったのでしょうね。
それからしばらくして何処かのお寺に三河島事件の慰霊碑ができ、父と一緒に従兄弟の名前を確認したことが思い出として残っています。

そんなことで私の中では、三河島は三河島事件であり、あまり良い思いででもないのであまり好んで行きたくない街なのです。
しかし父と見た慰霊碑のあるお寺は、三河島に来るたび気になっていました。
かといって探そうという気にまではなりません。

普段は日曜日診療なので、車でこの病院に行くのですが、今日は三周忌があったので電車です。
診察が終わり行きの道と返りは変えるかと決めブラブラと三河島の駅に方に歩を進めます。
すると何気なく、あるお寺の前で偶然足が止まりました。
体を左に向け寺の左側にあるステンレスの銘板を見ました(というか必ずこのようなものはチェックします)。
内容を読み下しますと、寺の名前は浄正寺で、三河島事件慰霊の三河島観音が安置されている旨が書かれています。
「Bingo、ここジャン」と叫びました。

早速中に入り慰霊碑を見つけました。
そして40年ぶりに背面にある犠牲者名簿の中に従兄弟の名前を、大分経年変化で字が薄くなっていましたが何とか再確認できました。
今日は数珠もちなので、しっかりと犠牲者の方々のご冥福を祈りました。
この従兄弟たちの尊い犠牲により、国鉄は自動列車停止装置(ATS)の開発に着手したのです。

さて今日の獲物ですが、三周忌の後の会食場所です。
私は浅草はかなり詳しいつもりでいたのですが、このお店は知りませんでした。
というか店構えがダサいので入ろうともしなかったでしょうね。
そうそうお店の名前を書き忘れました。
中国料理「香港楼」です。場所は田原町の焼ソバ屋さんの前です。
味ですか、とても美味しいのです。

今日のメニューは(印は私の評点です)

☆☆ 三種前菜の盛り合わせ
☆☆☆ むきえびのチリソース
☆☆☆ 二種類の揚げ物
☆☆☆☆ 鶏肉とカシューナッツの炒め
☆☆☆☆☆ 蒸しえびぎょうざ
☆☆☆☆ 海の幸と豆腐のとろみスープ
☆☆☆☆ 五目やきそば
アンニンドーフ



これが五つ星「蒸しえびぎょうざ」です。

アンニンドーフ以外は溜息の連続です。
特に蒸しえびぎょうざは、ゼラチン系の皮が口の中で縦横無尽にからみつき、それを噛み切ると美味しい肉汁とプリプリえびが口の中で舞踊るというほぼ天国状態です。
これは凄すぎますね。

それでは(^_-)








銀座

今日は11時頃有楽町のお取引様で打合せです。
よって今日は銀座でお昼です。
銀座は大学の時日吉、三田キャンパスとそれぞれ銀座経由で通学していたので、浅草の次に詳しい街です。
銀座を書いたらキリがないので、いつの日かガツンと纒書します。

今日はなにやら、有楽町丸井さんの銀座での鼎の軽重を問う有楽町イトシア(ITOCiA)のグランドオープン日です。
「ITOCiA」の周りは、サクラを含めた関係者がゴチャンと来ており、まさしく芋を洗うが如きの混雑となっていました。
「ITOCiA」とは、愛しい+ia(場所を表す名詞語尾)から作られた愛称だそうです。
でもテナントを見るとあまり行きたいなと思う店は少なく、しいていえばベトナム料理の「バインセオ サイゴン」くらいですか
ところで「ITOCiA」の前に並んでいるこのタクシー無償に乗ってみたくなりました。
かなりお洒落ですよね。
一度体験してみたいものです。


私なら、乗るやいなや札束をポンと運転手に渡し
「悪いな兄ちゃん、急いでいるんだ大至急八王子まで行ってくんな」
と言ってみたいのですが、料金が@300の固定ですから絶対に無理でしょうね(笑)

今日の獲物です。
何故か「ラーメン」が食べたかったので、中華西銀座大王に行きました。


ここ結構銀座の「穴場店」かと思います。
一押しは「カタ焼そば」です。
練りカラシとお酢を併せて食べると、三分以内で間違いなく口福状態になれますヨ。
是非お試しアレ

それでは(^_-)

知らなかった!

今日お取引様を訪問した際、期中入社の方を紹介されました。
お約束にしたがって色々とその方に質問をします。
その中で、その方は以前スーパーの紀伊国屋に働いていたそうです。
紀伊国屋話で盛り上げようとしたら話がが噛み合いません。

そうなのです、私は長い間勘違いをしていたようです。
実はスーパー経営の会社は「紀ノ国屋」さんで、本屋経営の会社は「紀伊国屋」さんだったのです。
まさに「エ〜〜!!」でした。
私は全く同じ会社だとおもっていましたが、実は全く関係ない会社だそうです。
そういわれて見れば、よくみりゃ字が違うジャン。

昔の「慶早戦」は神宮球場にて前日より泊り込みで待機していました。
当然学生だから飲みますよね。
そして酔って勢いで青山の紀ノ国屋に買出しにいき、スゴーク迷惑をかけた思い出が多々多々あります。
だから「紀ノ国屋」さんという名前を聞くと、殆ど「平身低頭=ヒラーニヒラーニ」状態になってしますのです。


今日の獲物は会社の近所のお鮨屋さんの大好きなチラシです。
わたしは、このチラシを食べている時が一番幸せです。


でもこのパフォーマンスで@700円は安くないですか

それでは(^_-)

都電

大学二年のときの真冬の話です。
土地っ子の悪友達と浅草で朝方迄飲み、朝が白けてきた頃、お茶付けでも食うかと雷門から田原町の方に歩いていきました。
その当時、仁丹塔の前に廃線となった都電の停留所がありました。

歩き疲れたし、ここで「暖」でもとるかという話になり、停留所の先端の丸い腰壁のところでおもむろに焚き火を始めました。
土地っ子なら、目をつぶってもわかるとおり、その停留所の真後ろは交番です。
3分もしない内に逮捕されました。
今でも不思議なのですが、何であんな「ヤバイ」ところで焚き火をしたのでしょうか?
人生は不可思議です

さて今日の獲物です。
お取引様のOさんと、門前仲町「魚三」に特攻です。
以前Oさんと、「魚三酒場森下店」に行きましたが、「サービス悪い」「料理遅い」「店員オチャラケ」と三重苦のお店でしたが本店の「魚三」もあまり変わりません(怒)
確かにメニューが多いので仕方ないのでしょうが、だったら仕組み変えろヨです。

メニューは確かに多いですね。

それでは(^_-)

エッ!

初めて韓国に上司とお取引様と一緒に出張したときの話です。
韓国は仁川(インチョン)空港から車で四時間、大田(テジョン)に出向きました。
訪問目的は、新規取引メーカーの工場サーベィ兼値決めです。

韓国の商談は、始めはお互いの会社の自慢話からスタートです。
私どもは誰もハングルが喋れませんので、上司が良く使う通訳さんをアレンジしておきました。
しかしこの通訳さん当社のこと良く知っているのか、通訳を頼んだ事以上に話をします⇒一体何を話しているか本当に知りたいところです。
長いセレモニーが終わると、商談スタートです。
お金のことですから、お互い「ガチンコ」です。
私達は先方の社長が日本語が分からないことを良いことにして、通訳さんにまだまだ余裕ありそうなのでもう少し値切れとかもっとオプションつけさせろとか日本語で言いたい放題です。
先方の社長も言葉が分からないものの、ボディラングエィジで分かるようで、徐々にヒートアップしてきて、身振り手振りの声高ボイスで応戦します。
長時間の侃々諤々の果て、商談成立です⇒メデタシメデタシです。

この社長さん無事商談が纏まりうれしかったのでしょう、私たちが帰る際に相好を崩しながら駐車場においてある車まで見送りです。
しばらく一緒に歩いていますと、突然私の左側により次のように話しかけました。
(社長)「私先週広島にウォールドカップ見にいたよ」
(私)「そうですか、もちろん韓国戦すよね」
(社長)「もちろんです」
(私)「・・・・・・」
エッこのオジサン日本語喋れるじゃんと思うと同時に血の気が引いていくのが分かりました。
周りを振り向くと、皆口をあんぐりと空いたままです。
綺麗に「技有一本」というところですね。
やるじゃんハングル

今日の獲物は、韓国「チゲラーメン」です。
会社の近くの食堂がやっている一品です。


これに後小鉢が3個と、ライスがついて800円です。
麺はもちろん、韓国代表選手「辛ラーメン」の乾麺です。
味ですかモチロン「ウマスミダ」です。

それでは(^_-)




甘味徒然

Che Guevara, his eyes framed by heavy brows, a single-starred beret pulled over his unruly hair …で始まるのは英語の宿題でゲバラの記事を読んでいたからです。


ゲバラの略歴は以下の通りです。
【Q0T】
チェ・ゲバラ(Che Guevara)、本名エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ(Ernesto Rafael Guevara de la Serna, 1928年6月14日 - 1967年10月9日)は、アルゼンチン生まれのマルクス主義革命家で、キューバのゲリラ指導者。「チェ」はアルゼンチンのスペイン語で「ねぇ君」などと相手に呼びかけるときに使う言葉に由来するあだ名である。そのため、現地では通常「チェ」もしくは「エル・チェ」(elは英語のtheに相当する定冠詞)と呼び、「チェ・ゲバラ」と呼ぶことは少ない。
【UNQ0T】
なかなかナイスガイで一見荒々しく見えますが、とてもチャーミングで悪戯っぽいキャラだったようです。
さらに医者でもあり外観とは裏腹にかなりのインテリで読書を愛する勉強家でした。
世界で一番「格好良い男」とあのジョン・レノンに言われていたそうです。
宿題もたまには勉強になります

ということで午前中は宿題をやり、午後から奥様と池袋に買い物です。
三時のおやつに、池袋にあるあんみつ「みはし」に行きました。
実は私は、「辛い」ものも好きなのですが、「甘い」ものも好きで、いわゆる「両刀使い」なのです。
今日行った「みはし」はよく「上野本店」でも食し、好きな甘味屋の一つでもあります。
しかし「甘い」ものは、体調が悪いと特に美味しく感じられず難しい食べ物ですね。
一度湯島の甘味処「みつばち」で「ぜんざい」を頼んだところ、とても甘くて三口で箸を止めたことがあります。
自分の舌がおかしいのかしらんと思い、確認のため一緒に食していた奥様にも味見をしてもらいましたが「これはヒドイ」というコメントもいただき、体調以前の話ということでした。
私が思うに「みはし」は店員さんの教育=躾もよくいつ行っても感じがよいのですが、「みつばち」の店員さんは私語も多く応対も悪く、何か「老舗の看板」に胡坐をかいているような感じがします。
調理をしている所を見たわけではないので、異常な甘味についてこれを関連付けて裁断してはいけないのですがそのように思えたのです。
甘味屋だけに、脇が甘かったり(笑)
今日の獲物は私が「白玉ぜんざい」


奥様が「田舎じるこ」

どちらも美味しく口福感一杯で帰路に着きました。

それでは(^_-)

吉祥寺異聞

昨晩突然持病が十年ぶりに再発しました。
夜も痛みで良く寝れず、朝一番でお医者様に直行しました(最近日曜日も診察してくれるのでアリガタイ)。
何とか措置してもらい、事なきを得ました⇒ヤバイヤバイ

今日は吉祥寺に買い物です。
その前に前から見たかった「楳図かずお」邸見学です。
新聞記事から大体の場所は分かっていたので、全く迷わず到着し少し拍子抜けしました。

見学の意図は以下新聞記事ご参照ください。
【QOT】
「漂流教室」や「まことちゃん」などの作品で知られる漫画家の楳図かずおさん(70)=本名・楳図一雄=が東京・吉祥寺に建築中の住宅をめぐり、近隣住民が「周囲の景観を無視した奇っ怪な建造物だ」として、楳図さんと施工を請け負った住友林業に対し、建築工事差し止めの仮処分を東京地裁に申し立てていたことが1日、分かった。
申立書などによると、楳図さんが建築している住宅は2階建て。壁面を約60センチ幅の赤と白の横じまで塗装し屋上には巨大な「まことちゃん」の像が設置されるという。
【UNQOT】




私見で言わせて貰いますと、やはり少し気になるなという感じです。
特に左隣の白い家の方は妙なトーンで困るでしょうね。
でも意義申し立てた方は、だいぶ離れたところにお住まいのようです。
とりあえず大満足です⇒こういうのを「野次馬」というのでしょうね、でもこれ下町っ子の性質ですのでご笑受下さい。

その後井の頭公園に出向きます。公園内の有名パフォーマー「ブルースマン」に挨拶。
相変わらずパワフルなライブです。


この後「肉のサトウ」に有名メンチとあまり有名でないコッロケを買いに行きます。
通りすがり開店前の超有名焼鳥居酒屋「いせや」を通り過ぎます。
二度ほど「いせや総本店」に行きました。
一度目は、立ち食いでさらっと食べただけですが、お肉がハフハフと熱いだけで美味しくありませんでした。
二度目はお取引様と二階の追い込みの座敷で食しました。二度目は完璧に美味しくありませんでした。
肉はパサパサで口の中で咀嚼することで、その肉の氏素性がわかるという感じです。

不思議ですね行列ができるのは

逆に成蹊大学御用達の「カッパ」の方が23倍美味しいです。
でもここの常連飲み方が半端ではありません。強い中国酒(パイカル、ウカーピー等)をガンガンいきます。
一度お隣の常連と全く同じ飲み物を真似をして飲んでエライ目にあいました。


やっと目的の「肉のサトウ」です。我家では、メンチよりコロッケの方が支持が高いのです。メンチはコッテリしていてそのうち飽きてしまうのですね。
しかし「松阪牛」の切り落としをフンダンに使用したメンチは一度食べる価値があると思います。
肉のサトウ
ちなみに左が「メンチ」兄ちゃん、右が「コロッケ」弟くんです。
当たり前だけど食べないとこの兄弟の違いは分かりません!!

吉祥寺名物「肉のサトウ」の行列

デザートとして、たい菓子本舗「あまね」に行きます。
獲物は「名物羽付たい菓子=鯛焼のこと」でしたが、なにやら「栗入り小倉羊羹」の方が美味しそうなのでそちらを求めました。



最後はロフトで「歯間ブラシ」を求めて買い物ツアーはこれで終了です。
本当のところ、吉祥寺での最大の訪問目的はこの「歯間ブラシ」なのです。
何故か私御用達の「歯間ブラシ」はロフトでしか売っていなく、なくなるとワザワザここにもとめに来なければなりません(アー面倒くさい

それでは(^_-)

ついてないや

朝起きたら不幸な手紙がテーブルの上においてありました。仙洞御所落選
なにこれ二ヶ月前の申し込みで落選かよ
さらにメールを開くと「東京マラソン」事務局から「東京マラソン2008」の落選のメールがきていました。
去年はNETで@30,000で売られていたというエゲツナイマラソンレースです。
去年も落ちたので、今年は少しズルイのですが持っているアドレス総動員して申し込んだのにトホホ、さらに自宅でやろうと思った会社の資料も何故か転送されてなくに失意に追い討ちをかけます。

仕方なく午後から、近所の公園のマラソンコースで15kmほど走ったのですが、タイムも上がらずさらにダブルトホホです。

しかし公園には猫と老人が多いなと思いました。
特に視点の定まらない目で遠くを眺めている私たちの先輩(老人)は一体何を考えて生きているのでしょうか?

私のマラソンクラブの先輩が「老い」について次のように語っておられました。
【QOT】
何に明日の希望を持てばよいのか。
既に始まっている、命の収斂に蟷螂の斧をもって抵抗し、そのストレスの中で終焉を迎えるべきなのか。
或いは最後は、酔生夢死という、現場主義を標榜する私のような人間が、最も嫌悪した無為の生活に入り、不動心ならぬ、身動きのとれない全身麻痺の心理状態で、自己嫌悪を含むすべてと、別れを告げることになるのだろうか。
【UNQOT】

老いても「目的・目標」を持って生きなければ、公園で見かけたような人生になってしますのでしょうね。
いつか皆平等にくる「死」と向き合うのも大変です

生きているうちは「美味しいもの」食べなきゃです。

それでは(^_-)

B食倶楽部 in Autumn

良く行く「居酒屋」さんがここのところ店を開けていません。
何やら昼のランチはやっているようなので、昨日顔をだして見ました。
私の予想は、いつも暢気なお母さんが風邪でもこじらせたのかなと思いながら店の暖簾を潜ります。
入るやいなやお店は、どす黒い空気が漂っております。さらに全体を俯瞰しますとお客様の目が皆吊り上っています。
座卓の上は前の客の配膳があちらこちらとっちらかっています。
席に着くとアルバイトと思われるオバチャン(見たことの無い顔だから)が、注文をとりにきました。
開口一番
(オバチャン)「今日は魚類売り切れよ、麻婆茄子しかないから」
(私)「今日夜麻婆茄子食べるからそれはいいよ、又出直すよ」
と話していたら、厨房から私の声を聴きつけてお母さんが
(お母さん)「ごめんね、021チャン、厨房やっていた長男がいなくててんてこ舞なの」
そうなのです。いつも美味しい料理を作るご長男が不在です。
だから実務から遠ざかっていたお母さんが店を切り盛りしている為、注文を忘れるは、段取りを間違えるわでお客に出す料理が大幅に遅れ(皆30分位待っている様子)、皆様あまりの空腹で怒り心頭なのでした。
それで店の空気がよどんでいたのです。
私も食べるものがないので返ろうとすると、誰も注文していない「アジの開き定食」が宙ぶらりんとなり、可哀想なのでそれを食べることとしました。
しばらくお店が落ち着いたので、お母さんと話す機会ができました。
どうやらご長男がバイクで交通事故を起こし、神経をやられ下半身不随という重篤な状態となったようです。
しばらくは店の店賃があるのでランチで切り盛りするようですが、どうやら早晩廃業のようです。
私はこのお店がとても好きだったので残念です。又いつも美味しい料理を供してくれるご長男さんの将来を考えますと、人間諸行無常だなと大きく溜息をつきました。

さて今日はB食倶楽部秋のセッションです。
今回は芝にある中国薬膳料理「味芳斎」です。
私は辛い系料理が大好きです。
ちなみに「辛さ」は味ではありません。「熱」です。それは唐辛子を50度以上に熱すると発熱することで証明できます。
では何故「辛いが美味いか」といいますと、「辛さ」は料理の美味しさを倍増させる最高のパートナーなのです。
前置きがながくなりました。
まずは麻婆豆腐です。

辛さに嫌味がなくすっきりした辛さです。今までこのような麻婆豆腐は食べたことがありません。辛さも適度で問題ありません。

次は店長お勧めの「レバニラ炒め」です。

シャッきりしたニラの歯ごたえと、ジューシーなレバのコンビネーションは絶妙です。これ倶楽部員のなかで一番の評価を得たものです。

次も店長お勧めの「エビチリ」です。

ニンニクがきいたソースと、ホッコリと甘いエビ君うまく調和しています。刻みネギも絶妙なアシストです。これはすぐに完食となりました。

他にも色々食べたのですが、ビールの酔いのせいで写真とるのが面倒くさくなりました。

しかしここでのお約束の「重慶牛肉飯」です。

食べ方は、ビビンパみたいに掻き混ぜて食します。
何だろこの辛さは、経験したことのない非常に複雑な辛味です⇒ヤミツキ系。
中国料理とはことなる心地よい薬膳ぽい臭い。さらに良く煮込まれた牛肉君これもご飯に合い最高です。これは満点ですね。

最後は目の前にある「芝パークホテル」でジャズを聴きながら、秋のセッションは大団円にて終了しました。

それでは(^_-)
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