下町っ子の上の空

好奇心が人一倍強く、見栄っ張りで、お人好しの下町っ子のBlogです。 ウンチクネタがくどいのがたまに傷ですが、お気軽にお立ち寄り下さい。

本日多忙の為休載<m(__)m>

忙しすぎてBlog書く時間も作れません

次回をお楽しみください(^_-)

うどんの店「はな山」

忙しくて死にそうです(笑)

フランスのマクドナルドでマックシェークを頼んだところ店員から発音が悪いと言い直させられブッチギレた人がいました。
とりもなおさず発音を治すということは意味が通じているわけで、何が悲しくてと異国の地でもう一度仏蘭西語でマックシェークと言わなければならないのかと。
日本のマクドナルドなら、この店員即刻首ですね。

私も大江戸線の上野御徒町駅B1コンコースの物産屋さんで焼き饅頭を買おうとしたときに、たまさか一万円しかなく
「すみませんね、小銭の持ち合わせないんですよ」
と言ったところオジサン店員に
「あんた常識ないよな、こんな小物しかおいてないところでさ、一万円札で物買える訳ないじやない」
と言われました。
あまりにもスゴイ応対に珍しくすごすごと退散したのでしたが、確かに自分の想定外の反撃に会うと人はこのようなふるまいになってしまうものですよね(笑)

さて今日は東武線館林駅前うどんの店「はな山」(0276-74−0178)です。
そして今日の獲物は「野菜かきあげ釜揚げうどん」850円です。


実は私釜揚げうどんは生まれてこの方食べた記憶があまりありません。よってほとんど初体験です。
そしてその記念のお味といえばとても美味しいのです。日高昆布と鰹節からダシをとり薄口醤油で仕立てたツユはモツモチ熱々のうどんに良く合っています。さらに野菜かきあげはほっこりとほのかに甘くしかも中の野菜はしゃきしゃきです。
このお店タダモノではありません、驚きました。

それでは(^_-)

本日多忙の為休載<m(__)m>

次回をお楽しみに(^_-)

逃亡者

今日は「浪人時代」の話です。
予備校は代ゼミ原宿校に行っていました。
その時の仲間が 会津若松賛歌 に出てくる面々です。

簡単に面子を説明します。因みに名前は全て仮名です。

今村 高校こそちがうが中学校の同級生(武闘派)。
菅家(かんけ) とりあえず東京の大学に行けば良いという脳天気な会津若松人。
神田 既に二浪しており一橋大学合格しか眼中にない。たまにしか会わない、実態は宅浪生。
美穂 なぜか私たちの廻りに纏わりついている女の子。菅家が惚れていた。
それにです。

ある時誰かに見られている気がして仕方ありません。
それも予備校に来ている時だけ。そしてそれは気のせいではなくまごうことない事実でした。しょぼちぃオジサンが私たちの周りにつかず離れずにいるのです。

今村がそれであれば一度ご挨拶しようということなり、私だけそのオジサンに気付かれないようグループの群れから離れ猫のような忍び足でそのオジサンの背後ピタリとつきました。

私「オジサン、最近俺たちの周りに纏わりついているようだけれど何か用なの」
オジサン「(ギョッ)失礼な、あなたなんか知らないよ、勘違いはよしてくれって」
私「それならそれでいいけどさ。今度会ったら偶然じゃないからね、よく覚えておいてよ」

数十秒の内に今村達が私のところに駆けつけてきました。
今村「また会うのも面倒くさいから、今から交番でゆっくり話そうか」
するとオジサン途端に顔色を変え、脱兎の如く私達の前から走り去ったのです。

しばらくしてオジサンの正体が判明しました。
美穂の父親が娘の素行が悪いので私立探偵をつけて調べさせたのです。
その当時美穂は日大の左翼活動家さんと付き合っており結構危ない事をしていたのです。
危ないこととは美穂はその活動家さんの逃避活動を陰で支えていたのです(ヤバ)

その当時左翼活動家はマジに粛清とか総括とかの名の下(もと)の内ゲバが横行しており、それにより殺された学生活動家はかなりの数いたのです。逃げ回っているということは狙われているということで、充分に生命の危険もありえる訳なのです。

結果美穂の家で話し合いが行われ彼女は家に戻ることとなり私達グループは再び平穏な受験生活に戻ったのです。

ある時原宿竹下通りにある喫茶店で美穂の元彼(結局その後別れた為元彼と書いている)と会うこととなりました。美穂は二人きりで会うのが怖いので皆も同席してくれというのです。
会ってみると長髪で口髭、身なりも汚くそして片時も煙草を口から離さないというステレオタイプの活動家さんでした。しかしかなりカッコいい。

結局何の事はなく雑談で終始したのですが、突然「しまった××派につけられてしまった。悪いけど君たちに迷惑かけるからこれで失礼するよ」といってトイレに駆け込みました。

しかし私は入口に背を向けて座っているのに何故分かるのだろうと嘯(うそぶ)いていたのです。
多分トイレに行きたかった(若い時にはそういうことは恥ずかしい)ので、それの言い訳かなと思っていたのです。

しばらくしても出てこないのでトイレに確認にいくともぬけの空で、どうやらトイレの窓から抜けだしたようです。しかしこんな小さな窓からどうやって抜け出たのでしょうか。私はマジにあんたは忍者か引田天光かよと…変な風にスィッチが入ってしまい、その場でしばらく笑い転げ続けていたのです。

かくいう私は仕事から逃げられず日曜日だというのに今日も朝からずーっとお仕事です。腹だたしい事に昼も夜もご飯は社員食堂です。何てコッタイ

今日の獲物はロコモコカレー@850です。



ロコモコカレーとはロコは「田舎」でモコは「混ぜる」です。要はハワイの混ぜカレーライスなのです。味ですか、あまり美味しくないのですが、妙に私に合うのです。
ハンバーグと温泉卵とサラダと福神漬とライスをグチャグチャに掻き交ぜると何と、異次元な美味しいが誕生するのです。イケますよ(笑)

それでは(^_-)

月島 新富鮨

ここのところ絶不調です。

坂本竜馬の妻お竜の若い頃の写真が発見されました。
それでまではお竜の写真と言えば晩年のころの写真しかなくこれを見る限りでは竜馬が近眼だったという史実が証明されたのかなと思っていました(笑)


これならマズマズではないですか。

それと以前 ブログ で書いた勝どきラーメンなのですがその後の顛末を聞きました。
何とあのオジサン自裁されたのでお店がクローズされたようですね。
仄聞するにオジサンの母親が交通事故で亡くなり、それを悲観して縊死されたようです。
殷賑をきわめたお店ではないためB級グルメネタにはならなかったのですが、人なりを知っているだけにそのご冥福をお祈りします(南無)

今日のお店は「新富鮨」です。
住所: 東京都中央区月島4-8-10
電話番号:03-3534-8268
今日の獲物は「ちらし寿司」@700です。

月島では一番美味しいお鮨屋さんではないでしょうか.
ここのちらしのお約束は酢飯にのっけるネタは7種類ですが、気分によって増やしてくれます
それと定休日は毎週水曜日です。月島通の人なら皆知っていますよね、そうなのです市場が水曜日はお休みだからですね。

それでは(^_-)

本日多忙の為休載m(__)m

次回をお楽しみに(^_-)

会津若松賛歌

今日は「会津若松」の話です。
大学の合格記念で予備校の友達と、予備校友達菅家(仮名)の実家会津若松に予備校友達四人と行きました。会津若松といってもそこから小一時間位の山の中が菅家の実家です。

行って驚いたのは玄関が二つあることです。冬は雪が深いので二階から出入りする用玄関と一階にある冬以外用玄関階と二箇所あるわけなのです。
それと接待がしつこい。鹿児島県と福島県は日本で一番接待がしつこいと噂では聞いておりましたが噂にたがわずスサマジかった。

福島の名酒「榮川」が夕餉に供され、毎日一升飲み干さないと菅家のお母さんが心配して、今日の「榮川」不味かったかと真顔で心配します。19歳の若者達ですが、菅家入れて全員五人。その内飲めるのは私含めて2.5名、残り一人は下戸で論外、さらに残り一人は女子(良く母親が行くこと許した)なのでいうまでもなく論外。

初日は何とか気合で一升半を飲み干しましたが結構きつくて死にそうでした。その姿を見て心配したお母さんは次の日から乾杯ビールがお酒の進まない原因と断じ乾杯ビールを禁止しました(エツ)
ツマミもほとんど山菜と刺身系でほとんど動物性タンパク質が有りません。しいていえば魚肉ウィンナー位かなでもこれって魚では
これじゃ悪酔いするために飲んでいるようなものです。
結局五日いたのですが、徐々に肝臓障害か顔がどす黒く変わっているのが分かりました。

帰る前夜の九時頃ラーメンが食べたくて食べたくてお母さんに作って貰うようお願いしました。早口の会津弁で何か言われたのでテッキリ作ってもらえるかと思っていたのですが・・・その実は真逆で、食べた事も作った事もないそうです(エッ)仕方なくとりあえずお隣からインスタントラーメンを分けてもらい、それをこれまたお願いして女子に代理で作ってもらったのです。
しかし昭和60年代にインスタントラーメンを食べたことのないお宅があるとは・・・(笑)

それと一番驚いたのは夜お酒を飲んで皆で談笑していると、本当に色んな人が訪れるのです。ちなみに菅家のお父さんは地元小学校の校長先生で地元じゃ名士だからかなと思っていたのですが、二日目ですかね、ぷらっと来た菅家の分家のオジサンが私たちの飲んでいる姿を見て「いたいた」と会津弁で呟いていたのです。
このオジサンお酒がお好きで、そそくさと私たちの宴に加わり話しこみ始めたのです。

気になっていたので、このオジサン少しだらしなくなった頃見計らい「いたいた」の意味合いを聞き出しました。するとナナ何と村の有線放送で東京の大学生が菅家の家に滞在していると流したらしいのです()近隣の人が東京の大学生とはどんな顔しているのかなあと見学に来たのが来客の多さの真相でした。

ここは動物園か・・・あまり驚かない方ですが、人間が人間を見にくるとは二の句が告げられませんでした。まだまだ話は尽きないのですが今日はこの辺で終・し・ま・いです。

ここのところ忙しくてお昼も儘ならず、今日は社員食堂の「塩サバ定食」@850です。

なぜか知らない間に値上げしていて驚きました。
味はまずまず値段は高いという感じですね。
でも焼き立てアツアツですから、醤油をかけまわすとジュワとサバ君がはじけます。
これが醍醐味ですね(笑)

それでは(^_-)

野口英世異聞

今日は「野口英世」の話です。
「ロックフェラーの創世記である二十世紀初頭の二十三年間を過ごした野口英世は、今日、キャンパスではほとんどその名を記憶するものはない。彼の業績、すなわち梅毒、ポリオ、狂犬病、あるいは黄熱病の研究成果は当時こそ賞賛を受けたが、多くの結果は矛盾と混乱に満ちたものだった、その後、間違いだったことが判明したものもある。彼はむしろヘビィ・ドリンカーおよびプレイボーイとして評判だった。結局野口の名は、ロックフェラーの歴史においてはメインチャプターというより脚注に相当するのでしかない」「生物と無生物のあいだ」 福岡伸一著より転載。
そうだったのか・・・(残念

私は野口英世の歴史書から伺う彼の破天荒の性格は一種の病的な気質だと思っていました。
一番すごいのは赤貧にあえいだ生い立ちからか纏まったお金を持つと、持つこと自体が不安で使ってしまうという性癖です。たしかアメリカに留学するのに必要なお金を無理矢理大恩人の血脇守ノ助に作ってもらいながら、件(くだん)の性癖が首をもたげ留学の直前に大宴会で浪費してしまい再度血脇守之助に無心したのは有名な話です。
でもこの様な性格は下町っ子は好きです

樋口一葉も赤貧に苦しんだあげく結核で早世したのですが、その人生の過半はお金の遣り繰りに終始しています。現在のお札仲間の二人がお金に執着した青春時代であったというのは偶然の奇貨といえるでしょうか。

さて今日も忙しくB級グルメに程遠くパチリでご案内します。
最初は今日のお昼です。
焼きそばハムカツウィンナーハムパン@120です。
これ不味すぎます。揚げ物は添加物の味強く、パンもパサパサです。これは買った私が悪いのでしょうね(笑)
和風ツナマヨおにぎり@120です。
これは美味しゅうございました・・・しかしイズレモ貧しい



これは谷中の老舗洋食「マロ」のポークソテー@850です。
肉も柔らかく美味しく、人参のグラッセもいけました。デミグラソースも一週間煮込んだ上での仕事をしておりほのかの甘さがタマリマセン。



最後少し聞こし召した後で入った谷中の中華料理店です。お店の人に頼まれ?通訳をしました。
何と彼らはフランス人で、観光で日本に来ているようです。
妙に箸の使い方が上手いので聞きましたら、日本のガイドブックのマニュアル通りとのことです。
下手なコギャルよりはお上手でしたね(笑)



それでは(^_-)

西荻窪 ひごもんず

今日は「野球」の話です。

▼最も屈辱的だったのは28対0で破れた4月13日の早大戦。早大が後一点取れば、1929年に慶大が東大戦で作った一試合最多得点に並んだ。六回から登板した安原宗哲投手が辛うじて阻止した。灘高から最難関の理科三類(医学部進学コース)に現役合格、今二年生だ▲日経新聞「春秋」よりの転用ですがこれを記事にした意味がよく分からない

私の上司や先輩に東大野球部の方が数人います。皆現役の頃の思い出として法大のクリーンアップの打球は球筋が早く怖くて取りにいけなかったと語っていました(笑)
私は六大学野球に東大がいること自体おかしく、大学野球発展の為に絶対に六大学と一部リーグの入替戦をすべきだと思います。

はるか昔接待でよく野球観戦を使っていた頃、ワンサイドゲームで試合が早く終わると間が持てず仕方なく二次会に繰り出しかえって高い接待になったのを思い出しましす。
それを当時の先輩に言ったら相撲の接待はもっと早く終わるのだからまだましだとのたまっていましたが、それは論外だろと思っていました。

今日お昼も食べずに侃侃諤諤の打合せをやっており獲物は夕飯です。
今日のお店は西荻窪「ひごもんず」のラーメン@650です。


住所: 東京都杉並区3-19-13
電話番号:03-3301-2028


味ですか以前はもっと美味しかったのに。麺はややバリ堅で結構でした。チャーシューもトロミにあふれマズマズです。しかしスープがいま一つです。深みがなくなったような感じがします(何故)。多分作り手が変わったからでしょうか(残念)
この店新宿「桂花」の出自だそうですがこの味だと親元が泣きますよ

それでは(^_-)

月島 もんじゃ譚

今日は「もんじゃ」の話です。
私は基本的に観光××が嫌いです。
卑近な例でいえばすすき野ポンポコ祭の観光神輿とか月島の観光もんじゃ(修学旅行で食べにくるな)とか。
すすき野ポンポコ祭はナンッタって神社でお払いしないのだから。でも嫌いなわりにはポンポコ祭には参加して神輿を担いでいたのでした。

昔よく月島に行くたんびに必ず立ち寄る肉屋さんがあり、そこの揚げたてコロッケにウースターソースをグシャッとかけハフハフで食べるのを常としていました。
いつもの通りオジサンとコロッケ食べながら立ち話をしていると

オジサン「ヤダネ月島もいたるところでもんじゃ屋に宗旨替えして。昔はキリットした商店街だったのにナ」
私「そうだよね。最近TVか何かで取り上げてから雨後の筍のようにできてきたよね」
オジサン「大体(ダイテイ)昨日まで米屋やっていた店が今日からもんじゃ屋だとよ。そんなもん恐ろしくて食えるかよなあ」
私「フムフム」

でもしばらくしてその肉屋さんに行くとキッチリともんじゃ屋さんに替わっていました(笑)

いつからですかね月島焼き(炒めたキャベツ+具で土手を作り土手の中にもんじゃのタネを入れる)とか浅草焼き(こちらはキャベツ+具は炒めずに土手を作り土手の中にもんじゃのタネを入れる)とかができたのは?

昔の下町っ子はめいめいで自分の食べたいもんじゃを頼み、小分けしながらしみじみと食べていたのに。よく自分のもんじゃタネが相手のタネに流れ込むと自分の領地だといって取りっこしたもんです。
今の下町の子供達はどうしているのでしょうか

今日も一日お・仕・事なのでグルメネタなし。
一寸用事があったので月島に来ました。後はパチリでお楽しみください。


今月島はNHK連続テレビ小説「瞳」でハジケテイマス。これってNHKとブルドックソースの陰謀では(笑)



な何と月島もんじゃはここまで進化しました。
「花の木」さんのメキシカンもんじゃです。チーズ、ニンニク、ネギ、唐辛子、豆(キッドビーン、ひよこ豆、グリーンピース)、レモン、トマト+豚、タコ、イカ、海老の中から一品選択。
このもんじゃをトルティアチップスに乗せて食べるのがお約束です。
私は@1,300でなく@300なら食べても良いかなデス。
さすがにゲテモノですよね、でも意外と美味しかったりして(笑)
ちなみにお客さんはほとんど入ってませんでした(17:30頃)



月島西仲商店街で唯一頑固親父オーラを出しているやきとり「鳥秀」さんです。
ここの親父さん迫力有りすぎですがいつもテキパキと鳥を焼く姿には敬服しております。
死ぬまで頑張って焼き続けて欲しいものです(押忍)



鳥秀さんの「手羽先」です。
美味しいですよ。ちなみにこの手羽先は数分後には私のビールのおツマミになります(ゴックン)



それでは(^_-)
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